第13話 新部隊

 魔術の訓練が始まってから一ヶ月。アキトは鴻上からいくつかの魔術を教わり、なんとか飛行術式も形になっている。

空中戦闘訓練もある程度形になってきた所でアキトの半年間の訓練は終了となった。

もっとも鴻上から時間があればまた訪ねてくるようにと言われ、今後は定期的に訓練をしてもらう約束を取り付けていた。

 

 訓練が終了してから鴻上とアキトは揃って対魔本部へと移動していた。

近くに住んではいたが、ほとんどの時間を五番隊の特別訓練所で過ごしていたため、

アキトは本当に久しぶりという感覚が強かった。

鴻上と揃って一階のエントランスへと足を入れたアキトはそのままエレベーターへ向かい前回と同じ十階へ移動する。

十階への扉が開き、鴻上の後に続いてアキトも移動を開始した。

半年前に来た時とは違う扉の前に辿り付き、鴻上が扉の向こうへと声を掛けた。


「おう、鴻上だ。入るぞ」


 扉の向こうの返事も聞かずブレスレットを使い扉を開け、中へ入る鴻上。

そしてそれに続くように、以前とは違い。胸を張り背筋を伸ばすようにして、アキトは入室した。

 以前入った部屋と同様に広い会議室。

そこには何名かの顔見知りと初めてみる顔があった。初見の人物。

無意識的に舐められてはいけないと半年間指導を受けていたアキトは身に纏う魔力を増大させた。


「落ち着け馬鹿者」


 小声でそう鴻上に言われて、深く呼吸を繰り返しながらアキトは目の前の人達を改めてみた。


「鴇。非公式の場ではあるが、もう少し見栄えを気にして欲しいのだがな」

「一々堅苦しいのは嫌なんでな、皐月。

それと、神代の嬢ちゃんは兎も角、綿谷の爺がいるとは思わなかったな」


 綿谷は鴻上の言葉に怒るでもなく、淡々と答えた。


「時間が空いたのでな、それと玖珂アキトの様子も見て置きたかったからな。

日本国、防衛大臣を務めている綿谷だ」


 そう話すと綿谷はアキトを見つめた。


「玖珂アキトです。よろしくお願いします」


 アキトは目線を外さず、軽くお辞儀だけをして事務的に答えた。

言葉遣いも最低限に留め、何があっても動けるようにだけ心掛けている。


「ほう、随分生意気な小僧だな! 目上の者への態度を分かっていないんじゃないか?」


 綿谷から怒声が飛ぶもアキトは視線を逸らさず、逆に睨むような形で淡々と答えた。それに対しアキトは努めて冷静に、そして鴻上より見た目の件で舐められないようにと指導されていた事もあり、いくら明らかな年長者の方であろうとも簡単に頭を下げてはいけないと瞬時に考えた。


「申し訳ありません。私は初対面の者に対し、

一方的に過度な礼儀を求めるような方へ接する態度を私は知りませんためご容赦ください」


 そうして綿谷とアキトの視線がお互い外れる事はなく、沈黙が流れた。

果たして自分の行動は正解だったのだろうか、この場にいるのだから明らかに大物なのだろう。綿谷の見た目はただの初老の男性ではなく、歴戦の猛者のような凄みをアキトは感じていた。


「ふむ、まぁこれなら外で出しても問題ないだろう」


 先ほどまでの調子から行き成り変わった綿谷の態度にアキトは混乱した。


「アキト。軽いテストみたいなもんだ。

綿谷の爺さんが試しただけだ。まぁ、この爺相手にさっきの態度が取れるなら、どこいっても大丈夫だろう」

「―――えぇ、酷いですよ。かなり緊張したんですよ」

「すまないな、玖珂君。改めて綿谷だよろしく」

「はい、よろしくお願いします」


 そういって二人は握手を交わした。

そんな様子を驚きつつも頼もしく皐月も見ている様子であった。


「アキト君、随分立派になったな。

それに魔力の質も非常に向上している。やはり鴇を付けてよかったか」

「はい、皐月隊長。ありがとう御座いました」

「さて、玖珂アキトさん。あなたの今後についてこの場で指示を出しましょう」


 二人のやり取りを見ていた神代はそこで場を仕切りなおした。

アキトの目を見て、半年前の子供であった人物が、この半年間で成長出来ている事を神代も感じていたのかもしれない。


「では、玖珂アキト」

「はっ!」


 凛とした神代の声に反応し、敬礼をするアキト。

この場で辞令が出される事は事前に鴻上から聞いていたため、こういう所作も勉強していた。


「あなたには対魔部隊の新設部隊として【零番隊隊長】を任命します」

「ッ!? はっ! 拝命しました」


 驚きを表情に出さないようにするのにアキトは苦労した。

どこの部隊に配属されるのか知らされておらず、アキト自身も可能であれば五番隊に入りたいと少し甘い考えもあったが、

まさか新設部隊の隊長として抜擢されるとは思わなかったのだ。


「驚いただろう。アキト君、いや玖珂隊長には今後新設部隊として活動を行ってもらう。

この部隊は対魔でもかなり特殊な部隊になる。

まず、現状では部隊員は玖珂隊長のみとしている。

その理由は君の異能の力を考えると他の隊員が足枷になると考えての事だ。

君には単独潜入、単独殲滅を期待されている。

以後は任務は必ずこの外套を着るように」


 そう皐月から言われ手渡されたのは白い外套であった。

これは皐月や鴻上も羽織ってい外套であった。過度な装飾はないが洗練されたデザインはアキトもカッコいいと思っていたのだ。


「これは………?」

「それは対魔での隊長着のようなものだ。

部隊員は深緑の外套を着ているが、隊長は白となっている。

理由は戦時中、魔物が混戦しても目立つようにするためだ。

そのため、その外套に使用している生地は特注で、血液や泥などといった汚れに非常に強い。だから返り血などで汚れる心配は不要だ」


 そういわれ早速外套に袖を通した。

ボディアーマーの上からでも問題なく切れるようになっており、サイズもアキトに合わせてあるようだ。

肩には<零>と読めるエンブレムが記されている。


「そして、玖珂隊長にはこちらを装備して貰います」


 その後神代から手渡されたものは分厚い仮面のようなものだった。

さすがのアキトもこれには驚いた。用途が不明だったからだ。


これは君の顔を隠すための仮面だ。

装着し魔力を流せばすぐさま展開し、フルフェイスタイプに可変する。

今後、外へ出る際は必ず装着するように」


 綿谷から隊長と改めて呼ばれさらに身が締まる思いをしたアキトは綿谷の補足の説明を受け、アキトは受け取った仮面を目元に持っていき、魔力を流した。

すると、一瞬、仮面のスリット部分が一瞬光、アキトの顔を覆うようにすぐさま展開された。

そして、アキトは仮面を装着した様子で驚いていた。

視界が遮られると思っていたが、これが装着前とあまり変わらない。

しかも顔を覆っているにも関わらず息苦しくないのだ。


「…………これは」

「その仮面は魔石研究所で作成したものです。

製作者は君もしっている梓音博士ですね。

一応、防具としての機能も有していますが、装着時の息苦しさ、視界不良はかなり軽減していると聞いています。

また、ボイスチェンジャーも搭載されているため、肉声からあなたを判別する事は不可能でしょう。

また、通信用の機材も取り付けていますから、お手持ちの端末と連携して通話も可能になります。

玖珂隊長の異能は非常に危険であり貴重なものです。

万が一にでも個人情報が国外に流れた場合、非常に面倒なことになるためそれは避けたいのです」

「しかし、私は今もフルネームで活動していますが」

「安心して下さい。貴方の素顔は三十五歳の玖珂アキトと言われても誰も信用しません。零番隊隊長である玖珂アキトは三十五歳の男性として

法的にも記されています。念のため二十年間の架空の経歴カバーストーリーは既にこちらにいる綿谷さんと連携して修正されています」

「一応話すと君は変異後、新設された神代魔法養成校の2期生として入校。

その後、一定の成績を収め、国が設立する対魔部隊へ入隊、その後鴻上の弟子として訓練を行っていた。という流れとなっている」


 そう綿谷が補足説明を行った。


「問題ありません。その学校は以前は祖父が、今は私が理事をしておりますので、

いくらでも調整は聞きます。一応これらは外から調べられた際の物なので、各隊長にはある程度の事情を説明しておきます。

さて、それでは、玖珂隊長に一人紹介したい人物がいます。成瀬隊員。入りなさい」


 すると扉の向こうから一人の女性隊員の声が聞こえた。


「対魔部隊一番隊隊員、成瀬です、失礼しますっ!」


 そういって扉を開けて入ってきた人物は肩まで伸ばしているミディアムヘアの女性隊員だった。

眼鏡をかけており、どこか知的に見える女性で男性隊員が付けているボディアーマーとはタイプが変わっており、

あまりボディラインが出ないように調整されている様子だ。そして他の隊員と同様に深緑の外套を着ていた。


「こちら新設部隊の隊長になりました玖珂隊長です。

成瀬隊員には辞令で明日より零番隊の副隊長へ任命します」


 神代は入室した成瀬に対し玖珂の簡単な紹介と辞令を出した。


「はっ! 拝命しました。玖珂隊長、成瀬と申します。よろしくお願いいたします」

「零番隊隊長、玖珂アキトだ。どうぞ、よろしく」


 隊長として紹介された事もあり成瀬に対し敬語は止め、少し固い口調で話すようにアキトは試みた。鴻上の顔などを覗き見ると特に何も行っていない様子のため、この口調で正解のようだ。

 そして成瀬の事を改めて観察する。

どうやら内示は受けていたが、上司になる人間がフルフェイスの仮面を被っていたため、成瀬は驚きを隠せなかった様子だ。それもそうだろう。所属する部隊の上司が仮面なんて付けてるのだ、自分だって怪訝に思ってしまう。

 それを察した綿谷からアキトに指示を投げる。


「玖珂隊長。その成瀬は事前に私と皐月隊長と面談を済ませ内示により

今回の任を理解している。その重要性もだ。

だから素顔を出しても構わない。

だが、それ以外はここにいない梓音博士以外にこちらの許可なしに素顔を出すことを禁ずる」

「分かりました」


 そういってアキトは仮面にまた魔力を流し、展開された仮面が最初と同じ形に収納された。


「――――ッ!」


 成瀬の息を呑むのがその場にいる人間には分かった。新設されたとはいえ、対魔部隊の隊長になった人間が、見た目十五歳の少年であれば、驚くのは仕方ないと言えるだろう。


「ちなみに、非番の日は仮面しないでいいんですよね?」


 そんなアキトの声に答えたのは、神代だった。


「構いません。ですが、違う戸籍を用意したから、非番中はその名前を使用して下さい。身分証明書も作ってあります。後で資料を送るので目をよく通して置くように」

「……了解しました」


 偽名を作るなら本名を隠して欲しかったと考えるアキトであるが、実際二十年もの間、禁止区域に国から指定されるなど厳重な状況になっていた嘗てのアパートの事を考えると、偽名を用意しそちらを対魔に入れるには、あまりにも玖珂アキトの名前は国に覚えられてしまっていた。

そのため、プレイベートの方を偽名にする事によって、対処するという方法になったのである。


「さて、零番隊専用のフロアを用意してある。場所は十三階の三号室だ。

部隊全体には私より零番隊の新設を告知する。

本来であれば他の隊長達と顔合わせを行いたいところだが、

今、北海道と大阪、九州の方で活性化したレベルⅢが出現しており、出払っている。

そのため、後ほど、今本部にいる二番隊隊長と顔合わせを行うとしよう」


 皐月の言葉に今更の疑問が湧き質問を投げた。


「皐月隊長、そういえば、対魔部隊って何部隊まであるんですか?」

「ん? そういえば説明してないか。

零番隊が出来た事によって全部で七部隊となっている。

つまり零番隊から六番隊までという事だ。

少ないと感じるかもしれないが、対魔は精鋭でなくてはならない。

そのため、大部隊にはどうしても出来ないのだ。

もちろん、玖珂隊長のように優秀な人材がいればまた隊を増やすことになるだろうがな」

「さて、玖珂隊長、成瀬隊長。

両名はまず両者の異能についてのすり合わせを行うように。今日はそれで解散だ。

もう十三階は使えるからそこに移動したまえ。

皐月隊長と鴻上隊長はここに残って欲しい。確認したい事がある」


 綿谷からそう指示が出たため、アキトと成瀬両名は部屋を退室した。



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