第12話 魔法と魔術

 五番隊訓練所。

そこにもっとも強固な作りになっているフロアがある。

それは鴻上が集中して訓練を行いたいと神代に願い出て隊長権限で作らせた場所だ。

外からの音も中からの音も完全に遮断し、壁、床、天井にいたるまで現在の技術力で可能な範囲でもっとも強固に作らせている。

 そのフロアの中で二つの黒い影が目にも止まらぬ速さで移動し、時には交わるようにぶつかり合っている。

もしこの中に他の人間がいたら、鳴り響くぶつかり合う鈍い音とその衝撃波で思わず目を瞑り、萎縮してしまううであろう。


 迫り来る鴻上の拳を直接受ける事はさけ、右手で流し、身体の回転に逆らわないように頭部に向けて回し蹴りをいけるアキト。

それを上体をそらすことで余裕で回避し、迫ってきた蹴りを掴み、そのまま後方へ鴻上はアキト投げ飛ばした。

バウンドしつつもすぐに体勢を整えるアキトだが、すぐに追撃してきた鴻上の拳を避けられないと悟ると同時にスキルを発動する。


「”魔力の奔流フォルスバースト”ッ!!」


 膨大な魔力をエンジンにし、アキトの肉体強化される。

その様子を見た鴻上も同様に魔力を十全に身体へと流し迎え撃つ。


「”魔力の奔流フォルスバースト”」


 鴻上も同じスキルを発動し、そのまま拳をアキトへ叩き込んだ。

ガードの上からでも鴻上の放った一撃はアキトの守りを破り鳩尾へ深く拳が突き刺さる。


「ぐぅッ!」


 腹部に強い衝撃を受け、アキトはさらに後方へ飛ばされる。

身体が浮きそのまま後方数十メートルは吹っ飛ばされつつもすぐに足に力を入れて、その衝撃に耐えた。


「目線を敵から外すなっl すぐに見失うぞ」


 さきほどまでいた場所に鴻上はいない。

そして声のした方に対し、すぐさま魔力を集中させガードした。

右側面より回転しながら蹴りを放つ鴻上に対し、アキトはすぐさま右腕を挙げ、頭を守ったが、それでもなお完全に衝撃を防ぐ事ができず、アキトはまた吹き飛ばされた。

しかし、今度は目線を鴻上から外さない。

まるでピンボールのように飛ばされているがそのように吹っ飛ぶことはアキトもいい加減になれてきている。

高速で左右に移動しながら接近する鴻上を目線だけを動かし、なんとか補足するアキト。すぐ目の前まで接近してきた鴻上対し、握った拳を前に出し迎撃を試みる。


「ハァアアッ!」


 腹からだ出した声と共に突き出した中段突きは鴻上に迫ったが当たることはなかった。首を捻るだけの最小の動きで交わし、鴻上の魔力が籠められた手刀は吸い込まれるようにアキトの首に衝撃を与え、苦痛の声と共にアキトは床に沈んだ。

しかし、すぐに手を地面に付け身体を捻り鴻上の足を狙って払い技を行うアキト。

その足を掬うように鴻上は向かってきた足を蹴り上げその勢いでアキトの身体を宙に上げた。

 アキトは空中で体勢を整えるをすぐに諦め体を丸め鴻上の攻撃にまた備える。

まるくなった身体のアキトを手の平で軽く触り、鴻上は地面に固定した足を踏みしめその衝撃を魔力を使い足元から身体、掌を辿って防御しているアキトへ衝撃を放った。

 

「――ッ!!」


 アキトは予想していた攻撃とは違う種類の痛みに思わず息が止まった。通常の打撃であれば打たれた箇所が痛むが、今の攻撃はまるで魔力が全身を撃ったような痛みに襲われたのだ。


「今のは魔力運動を戦闘に応用した技でな、先ほどは攻撃に用いたが効果の程は体感した通りだ。内部にまで衝撃を与える事が出来るため、やたら防御力が高い相手でも一定の効果がある。また、これを応用すると――」


 アキトは鴻上が話している間に、すぐさま体勢を整え今自分が受けた攻撃を何とか再現し同じ事を鴻上に行おうとした。魔力運動についてはこの特訓中に何度も師事を受けている。アキトは自身の膨大な魔力を中心にためるようなイメージを行い、

恐らく意図的であろうが棒立ちの鴻上の鳩尾に対し掌打を打ち込み、貯めていた魔力を放出した。

 それを受けた鴻上は僅かに後退しると同時に鴻上の背後より激しい衝撃波が起きた。確かな手ごたえを感じたが鴻上はアキトを見て不敵に笑みを浮かべている。


「この様に、相手から受けた衝撃さえも魔力と共に外へ流すことも可能だ。

もっともお前の魔力が膨大過ぎてあまり外へ受け流せなかったのは俺の予想外であるがな」


 そういうと鴻上は僅かに口から流れた血を指で拭き取った。


「よし、このままもう暫く続けるぞ」

「はい!」





 アキトが鴻上から教えられた事は少ない。

より正確にいえば、異能や魔力の運用方法についてはかなり濃密に指導されているが、戦い方、戦闘技法などについてはほとんど教えられていないという方が正しいだろう。

最初戦闘訓練を開始した際、鴻上から言われた事は非常に簡潔なものであった。


「戦闘をする上で構えなんてものは気にするな」

「え? よく映画とかアニメとかでも構えとかそういうの観たことありますよ?」

「それは身に着けた武術から来る自然な動作であって、最初から教えるような構えなんてない。そもそも構えとは一から戦闘を訓練される際にその流派によって使用する技術がある。その技を効率よく、スムーズに繰り出すために行うために自然に取るのが構えになるのだ。俺はそういった流派を学んでいない。

いいか、お前は俺と戦闘方法が似ている。そしてお前の異能では武器の使用は向いていない。己の肉体を武器とし、戦う方が良いだろう。

なんせ、お前自身が最強の矛であり盾なのだから」

「なんとなく分かりましたが……」

「とりあえず慣れだ。俺の動きを真似ろ。俺自身も構えなんて意識した事はない。

ただ常に最善の動きが取れるように身構えるのだ。

そうすればおのずと相手の隙が分かるようになるし、相手の魔力を感知する事も出来るようになるだろう。だからそれまで徹底的に組み手を行う」





 そうして約五ヶ月…………つまり約束の半年までアキトは鴻上と延々と組み手を行っていた。

最初の一ヶ月はアキトのみ”魔力の強化”をした状態にも関わらず、アキトは一方的にボコボコにされていたため、これでは時間が掛かると考えた鴻上は訓練方法を変更した。


 それはアキトの異能を使い外からの干渉のみを停止させる結界を作る事だった。

組み手の訓練と平行で行っていた異能の訓練で、アキトは自身が認識している範囲内で任意に停止結界を作る事に成功している。

それにより、アキトが絶対的な守りがある状態で組み手させることによって、攻撃される恐怖を緩和し、結果的に鴻上との組み手の精度が劇的に向上した。

 鴻上も本気で攻撃しても間違っても殺すことがないため、アキトは圧倒的格上の人間に対し、何のリスクもなしに戦えるという結果になった。

その後4ヶ月目からはその結界をやめさせ、純粋な”魔力の強化フォルスブースト”のみで戦えるようになっている。

もっとも偶に鴻上の訓練用に結界の使用を求められサンドバッグ代わりにされていたが……。




 今アキトが意識的に出来る異能は次の通りだ。

○”物理結界フィジックステイス” 外部からの魔力及び、物理的な攻撃を停止させる結界。

これにより外部からのすべての攻撃をカット出来る。


○”死の結界ムエルトステエイス” 結界を覆った生き物を殺すことが出来る結界。

これは心臓、脳機能、血流の動きを停止させ殺すものだ。


○”完全なる破壊デストルクシオン” 鴻上、梓音の力を借りて考案したすべての元素を停止させる結界。

レベルⅣ以降のダンジョンを破壊出来る可能性があると考えて作った対ダンジョン破壊用結界。膨大な集中力をしようするため戦闘時の使用は困難と予想されている。



 ちなみに上記の名前は梓音と鴻上考案である。

以前梓音が言った通り、異能に名前を付ける事によって、スムーズに運用することが出来るのはこの数ヶ月でアキトも体感していた。

また、上記の内、”死の結界ムエルトステエイス”と”完全なる破壊デストルクシオン”は使用する際に許可を取るようにアキトには言い渡されている。




 

「さて、アキト。一旦、戦闘訓練は以上となる。

お前に教えた”魔力の奔流フォルスバースト”は以前説明したとおり、俺が考案したスキルで使えるのは現状俺とお前だけだ。

このスキルの特性上、本人の努力、才能だけでは到底扱えないスキルであると自覚しろ。

俺の異能とお前の異能が偶々相性が良かったから発現できたに過ぎん。

これが使えるからといってうぬぼれるな。

最初に言ったことを思い出せ。異能で人間の価値は決まらない。

人間の価値とは――――」

「思考することですね。分かっています、鴻上隊長」


 以前のように人懐っこい声色ではなく、低く相手を威嚇するような声でしゃべるアキト。


「そうだ。それでいい。

あと前にも言ったが、その口調も知り合いの前でやらなくていい。疲れちまうだろうしな。

だが、他の奴にはその調子でいけ。決して舐められるなよ」

「――――はい、分かりました。鴻上さん。本当にありがとう御座います」


 そういってアキトは屈託のない笑顔を浮かべお礼を言った。


「いいさ。俺も楽しかった。だがな、アキト。お前はまだ成長する。

時間がなかったから組み手と異能しか教えてやれなかったが、何かあれば聞きこい。

では、残りの一ヶ月で教える事についてだ」


 アキトは首をかしげた。

約束の半年まで残り一ヶ月。戦闘訓練が終了したなら何をやるのかと疑問に感じていた。この五ヶ月組み手をしながら今の世界情勢について鴻上よりレクチャーを受けていた。

完全ではないと思うがこの変質した世界についてアキトは既に必要な知識はある程度得ている。。


「なに難しいことじゃねぇ。最後に俺からお前に教えるのは魔術と魔法についてだ」

「…………やっぱりあるんですか?」

「そうだ。といってもお前が想像するようなものじゃないと思うぞ。

魔術と魔法の違いから説明してやろう」


 そうしてアキトと鴻上は床に座り最後の講義を始めた。


「まず結論から言おう。

魔法は特定の異能を持っているものしか使用出来ない。

その特定の異能とは”属性魔力アトリエイトフォルス”というものだ。

これは”身体強化フィジカルブースと”の次に多い異能でな、

大体三割くらいの人間がそれに該当している。

まぁ、つまり俺やお前は魔法は使えないという事だ」

「あの、その”属性魔力アトリエイトフォルス”ってどういう力なんですか?」

「これは自分の魔力にいくつかの属性が付与される異能だ。

これは人によって得意属性がある。所謂火とか、水とかだな。

ちなみに妖精種の連中は全員がこの属性魔力を持っているから魔法が使えるぞ」

「へぇー。じゃあ呪文の詠唱とかあるんですか?」

「ない」

「え?」

「ない」


 ここまでファンタジーのような世界なのに呪文はないのか。そうアキトは肩を落としながら思った。


「そもそもお前は魔力を循環させるときに呪文を唱えるか?

発動の助けとなる名称を言う事はあるだろうが、長ったらしい呪文なんぞ、唱える意味なんてない。

きちんと、魔力が制御できていれば、魔法は発動するからな。そして魔術も同じだ」

「魔術は僕も使えるんですか?」

「使える。これは魔力コントロールが出来るものなら扱える術だからな。

俺も結構な数の魔術が使えるから残りの一ヶ月で出来るだけ教えてやろう。

まずはこれだ」


 すると、鴻上から魔力の波動のようなものが広がったのを感じだ。

まるで水中の中にいるように濃密な魔力が辺りを満たしている。


「これはなんですか?」

「いいぞ。しっかりと感じたな? 魔力が精密にコントロールできている証拠だ。

これは俺が開発した探索術式で、簡単にいえば空間に一定数の魔力を満たす事により、敵がどこにいるのかを調べる術だ。ほれ、やってみろ」

「は!? 行き成りですか!?」

「当たり前だ。何安心しろ、お前の異能であればこれは容易なはずだ」

「本当かな…………」


 アキトは目を瞑り、先ほど感じた用にを魔力をこの空間に満たすようにマネをして自身の中心に魔力をため、それを外へ一気に放出した。


「ぬ? 馬鹿者、強すぎるな。もっと弱く薄く放出しろ。

あれでは、一般人に当たったら発狂ものだぞ」

「はい、もっと弱く、薄く――――っ!」


先ほどの十分の一以下の魔力で薄く放出をする。


「まぁ、まだ強いがそんな感じだ。

俺の魔力を感じただろう?」

「はい、とても力強い魔力を感じました」

「そうだ、慣れれば目を瞑っていても相手の場所が手に取るようにわかる。

相手の魔力の錬度を見ればある程度の強さも分かるだろう。

そして、――――次だ」

「――――え?」


 目の前の胡坐をかいていた鴻上がそのまま

そんな様子を唖然とした表情で見ているアキト。


「これが飛行術式だな。高度な戦闘になれば使えないと話にならない。やってみろ」

「どうやるんですか!?」

「まず”魔力の強化フォルスブースト”を使い、上昇するイメージだ」

「…………やってますが、浮かないです」

「イメージの問題だな。そうだな、飛び降りるか。

前にも言った通り今の人間は屋上から飛び降りても掠り傷程度しか負わない」


 そういって鴻上はアキトの首を掴み空中に上昇した。

このフロアは空中戦闘訓練も視野にいれているために非常に高く設定されている。

暴れるアキトを無視し天井近くまで上昇した鴻上はそのまま手を話した。


「とにかく慣れろ。お前はもう魔力操作は一人前なんだ。

あとはイメージを掴め、さすれば鳥のように飛べるさ。

この後お前を一度梓音の所に連れて行く予定だから飛べるまで落とすぞ」


 アキトの悲鳴を聞きながら残り六時間。淡々と落とす作業を行う鴻上であった。


「はぁはぁはぁはぁ」

「まぁ、なんとか浮けるようになったから飛行までは直ぐだろう」

「いやいや! なんで途中から落ちる僕を攻撃して来たんですか!」

「ついでに戦闘訓練も出来ただろう。

味わった通り、空中戦では上下左右からも攻撃が来る。

さらに体勢が違う相手からの攻撃にも慣れが必要だ。

まぁ、残り一ヶ月は空中戦の訓練も平行でするからすぐ慣れる、安心しろ」

「ありがとう、ございます………」

「さて、シャワー浴びたら、一緒に梓音の所に行くぞ。

そこでもう一度実験したい事があるそうだ。

まぁ、まだ時間あるからゆっくり休んどけよな」

「……はいっ! でも、結局まともに攻撃当てられなかったです」

「馬鹿野郎が。半年も訓練してない奴に負けてたまるか。

といってもだ。俺が”魔力の奔流フォルスバースト”を使ってる状態でお前がそこまで戦えたんだ。自信持て、その辺の有象無象にはまず負けない力は付いたさ」

「そうですね………他の対魔の隊長も鴻上さんと同じくらい強いんですか?」

「強さの定義にもよる話だな。単純な魔力を運用した肉弾戦なら間違いなく俺が圧倒的に一番強い。

二番目はお前だ。だが、異能を使った殺し合いになれば別だ。

全隊長の異能を把握しているのは皐月と神代の嬢ちゃんくらいだからな。

少なくとも殺し合いをしようとは思わないな」

「じゃあ、皐月隊長とはどっちが強いんですか?」

「お前、そればっかり聞くな……。そうだな、本気の殺し合いなら5回戦って2回勝てればいい方か」

「……皐月隊長ってやっぱり強いんですね」

「当たり前だ。仮にも一番隊隊長だぞ。そんな事より、随分元気が余ってるみだいだし、模擬戦もう一回やるか?」

「失礼しましたっ! シャワー浴びてきます!!」


 アキトは慌ててシャワー室の方へと走っていった。



****



「まったく、分かってるのかね。

 殺し合いの想定するなら、おめぇと戦ったらこっちは全敗だって事がよ」


 アキトとの模擬戦を思い出す。確かに意図的に受けた攻撃以外で決定打は食らわなかった。

本来であれば、自信を持たせるためにもう少しワザとダメージを貰ったりしても良かったのだが、鴻上はずっとある想定をしながら戦っていた。

それは、今後アキトが実戦に出た場合に使用する”物理結界フィジックステイス”を用いたと仮定とした場合だ。

あれが発動していたら、鴻上からの攻撃はもちろん、アキトからの攻撃に対しても防御する事は不可能になるだろう。

一度梓音の実験で鉄のインゴットを使ってみたが、アキトは

もちろん、俺も同じ事は出来るがあそこまで簡単には出来ない。

今は訓練のため異能を制限して使用させているが、実戦であればそうではない。

本来のあいつと戦う際、使用制限を課していない”物理結界フィジックステイス”でさえも必殺の攻撃に転化する。

そう考えて、鴻上はアキトの攻撃を受けないで戦う事に拘った。

その結果―――――



(決定打は貰ってないが、小さい物を含めるとそこそこ貰っている。

つまり、実戦であれば俺は死んでいた可能性が高いって事だ。)


「くっくっく――――。本当に面白いやつだよ」













 

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