第16話 雲林院
「明日会う二番隊隊長ってどんな人なの?」
アキトは成瀬に二番隊の隊長について質問をしていた。
初めて会う隊長という事もあるが、アキトの事をどの程度知らされているかわからない隊長のため、自分という存在が他の隊長にとってどのような存在として認識されているのか分からず不安になっていたのだ。
「そうですね、私の印象では公明正大な方でしょうか?
有名な古流剣術を学んでいらっしゃっていまして、魔刃という武器で戦う方です。
確か旦那さんが二番隊の副隊長をしていらっしゃるんですが、雲林院隊長は公私共に厳しい方ですので傍から見ると夫婦じゃなくて本当に上司と部下って感じがしてますからね」
「そうなんだ。結婚してて、夫婦で対魔ってなんかすごいね」
「確か今年十五歳になった娘さんもいらっしゃるんですよ」
「へぇー。そうなのか、なんか怖い人みたいで緊張するな」
成瀬のいう公明正大な人物であれば、自分はどう彼女の目に映るのだろうか。
周りから見ればいきなり対魔にやってきた得体の知れない人物であり、しかも顔は隠れているというおまけ付き。
異能の事は知らせていると言われていてもそれで納得するような性格だと話を聞いた感じではアキトは思えなかった。
「あぁー。会いたくない」
「何を言ってるんですか、しっかりして下さいよ」
そんな冗談を交えながら雑談をしていた昨日の会話を思い出す。
雲林院隊長。
思ったよりも若い人、それがアキトの最初の印象である。
結構大きな娘さんがいると聞いていたが、そのような感じが全然しない。
雲林院はこちらを、より正確に言えばアキトを怪訝な様子で見ている。
この視線をどう受け止めるべきかアキトは悩んだ。
(この視線は警戒かそれとも……。出来ればちゃんとした形で会いたかった)
少なくともこの場に部外者の
客観的に見て今がどういう状況なのかを瞬時に考えた。
経歴不明の隊長が一番隊の隊員と口論をしているように見えるのだろうか。
その場合、雲林院はどのように動くのか。
赤石の味方になる? それとも中立になるのだろうか。
情報が限りなくない状態で唯一分かっている事は、
雲林院の視線から自分が良い感情を向けられていないという事だけであった。
「初めましてですね。私は二番隊隊長の雲林院と申します。そちらは、新しく入った玖珂さんですか?」
(玖珂隊長とは言わない辺り、彼女も僕を認めていないという事か)
それならそれでも良いとアキトは思った。
当初は愛想よく接して少しでも良い感情を引き出そうとも思ったが、それでは鴻上の教えに反するとすぐに考えたのだ。
あくまで実力で、アキト自身が隊長として相応しいと認めさせる。
アキトの行動指針が決まった。
「はい、
先日より零番隊隊長を任命されました玖珂です。どうぞ、よろしく」
あえて、隊長という敬称はつけない。
挑発する形になるが、それも構わないと考えた。
「――ええ。その玖珂さんはここで何をしているの?」
「私の部下が一番隊の赤石隊員に迫られていたため、間に入って話を聞いておりました」
「違います! この男が私の腕を強引に掴み、我が隊員であった成瀬を零番隊に寄越せと言って来たんです!」
玖珂と雲林院の話に赤石が割って入った。
恐らく意図的に誤解させるような言い回しを行う赤石にアキトは舌打ちするのを仮面のしたで堪えていた。
「腕を……ですか?」
「そうです。それにコネを使ってきたのか、一番隊に所属していた成瀬を強引に自分の隊へ移動させたのです。
先ほど、一番隊のフロアに来た成瀬に事情を聞き、なんとか戻れるように私が皐月隊長を説得すると話していたところ、この男が途中で割って入り、説得途中の私の腕を強引に掴んできたのですっ!」
「ち、違います! 私は一番隊に置いていた能力補助用の魔道具を取りに行って、そこで赤石さんに事情を聞かれすぐ一番隊に戻れと強引に言われただけです。
私自身はきちんと皐月隊長からも説明を貰っており、今回の辞令に納得しています」
「成瀬! なぜそんな嘘をつくんだ!」
「嘘ではありません!」
言い争うようになった成瀬と赤石に対し、雲林院は少々困った様子であった。
アキトも思ったより成瀬が強く反論していたために、少なくとも零番隊への移動は本当に納得してくれているのだと思い少し安堵した。
「埒があかないですね。成瀬隊員。
あなたは異動の辞令に対し、納得が行っていると?」
少し困惑している様子の雲林院は状況の整理を行うとしている。
恐らく彼女自身も赤石の説明には違和感を感じているのだろう。
「はい」
「では、赤石隊員。一応私が皐月隊長にあなたのいうコネがあったのか確認します。
ですが、一度出た辞令は絶対です。成瀬隊員の零番隊へ異動は決定事項と知りなさい。
ですが、そこに不正があったのであれば、私も尽力しましょう。それでよろしいですね」
「……はい、分かりました」
不服な様子を隠さない赤石に雲林院は淡々と指示を出した。
「ここは共同の廊下です。今後騒ぎは起こさないようになさい。
では、赤石隊員は戻りなさい。
私は玖珂さんに用があったのです。午後の予定でしたが、ちょうど良いでしょう」
そうして赤石はアキトを睨むようにその場を後にした。
(そんなにコネってのが気になるのか?)
赤石の成瀬に対する執着の原因が分からずアキトも困惑している。
成瀬に対する赤石の特別な感情にはアキトも気づけず、それよりも別の問題の方を考えていた。
今回の問題については自分に非があるとはまったく思っていない。
それどころか自身の部隊の隊員すら守れないのは問題だと考えているため、
今後同じような事が起きないように何か成果を出さなければならないとさえ考えていた。
「では、玖珂さん、少し早いですが、行きましょうか」
「おや、どこへでしょうか。予定では我々の隊員室でお話をする予定と聞いていましたが?」
「私の意図に気づいているのでしょう? 時間の無駄は嫌いなのですぐに共同訓練所へ行きましょう。そこで玖珂さんの腕を確かめさせて頂きます」
雲林院からの誘いにアキトは仮面の下で眉を顰めた。
「――共同訓練所ですか? 部隊専用の訓練所などではなく?」
「何か問題が? 私たちの二番隊の訓練所は現在は副隊長指揮の下に訓練中なのです。私たちの隊員の訓練を邪魔するわけにはいかないので、共同の方を使おうと言っているのですよ。零番隊にはそういった場所はないでしょうからね」
つまり雲林院はアキトとの模擬戦よりも自分の部隊の訓練の方が大切だと言っている。そしてその物言いに少し疑問を感じた。
「雲林院殿、私の事は他の方から聞いていないのですか?」
アキトはあえて、誤った方向に誘導するように少し卑屈な感じで話した。
もしコネで入ったという形で考えているのなら、今の言い方で上から何か圧力があっただろうと暗に示す事が出来ると考えたからだ。
「――一応聞いていますよ。皐月隊長から非常に希少な異能を持っているため、出来るだけ便宜を図ってやって欲しいと……ね。
随分、皐月隊長に好かれているようだけど、この様子では、先ほど赤石隊員の言うとおりコネで入ったというのはそれほど的外れではないのかも知れないわね」
恐らく皐月隊長は意図的に情報を省いて説明していると見て良いだろう。
他の隊長にも同じ説明をしているか不明だが、恐らく雲林院に対しては言葉で説明するより直接戦ってその有能性を示せという事なのかも知れない。
「まったく、先ほどから遠まわしな言い方ですね。
素直に衆前の場で私を叩きのめしたいと言えば良いでしょう」
「あら、分かっているならすぐについて来なさい。
あなたに拒否権はありません。どのような形であってもその白い外套を着ているなら最低限の力を示しなさい。それに届かないようですぐにこの部隊から去ることね」
そういって雲林院は前を歩いていった。
すぐにアキトはそれに続き、今の状況に驚きつつも成瀬もその後を追った。
「いいんですか? 隊長」
「構わないよ。どうも元からその予定みたいだしね。
それより成瀬にも所属する部隊の隊長がどの程度強いのか知っておいた方がいいだろう?」
「それは、そうですが……」
小声で話しかけてくる成瀬に安心させるように軽口で話し、雲林院の後に続いて訓練所まで移動した。
屋外にある共同訓練所に初めて入った玖珂はそこで切磋琢磨に訓練している隊員の数が多い事に驚いた。てっきり各部隊事に割り当てられている訓練所を使っているのかと思っていたからだ。
組み手を行っている隊員や、恐らく魔法を使った戦闘訓練などを行っている隊員が数多くいたのだ。
「思ったより隊員が多くいるんだな」
「はい、そもそも部隊ごとに割り当てられている訓練施設はトレーニング器具などがメインで配置されていて、対人戦闘訓練を行う事が出来る程施設が充実している部隊は二番隊と五番隊くらいなんです」
「そうなのか、一番隊とかは訓練の時どうしてたの?」
「大規模な訓練を行うときはここを予約して使っていました。
それ以外は各個人ごとにそれぞれって感じです」
「すみません、午後よりBフロアを使用予定の二番隊雲林院です。
予定より早いのですが使用しても良いでしょうか?」
「はい、少々お待ち下さい。すぐに確認いたします」
訓練所の端に設置されていた受付のような所に立ち寄り訓練所の雲林院は使用許可を取ろうとしてえいた。やはりどういう形であろうとも元からこの場所に連れてくる事は決定事項だったようだとアキトは考えた。
「さて、玖珂さん。ここに刃を潰してある武器があるから好きな物を選びなさい。
ついでにその暑苦しい仮面も外すことです。
何のために付けているか知らないが、邪魔でしょう」
そういって貸し出し用の武器が並べられている場所を指差す雲林院。
それに対しアキトは嗤うように答えた。
「私は無手で結構です。あと仮面も外すつもりはありません。
必要ないのでね。雲林院さんはどうするんです?
なんなら貴方がいつも使っている魔刃という武器でもいいですよ?」
一瞬にして辺りの温度が下がったように感じた。
アキトの横にいた成瀬も顔を真っ青にし僅かに震えているように見える。
「――随分吼えるな。良いだろう。ここには腕の良い治療魔法が使える者もいる。
四肢が無くなっても死ぬことは無いだろう。安心しなさい」
「く、玖珂隊長。すぐ謝罪した方が……」
鋭い殺気に当てられていながらアキトが考えていた事は実にシンプルであった。
――――強さを示す。
この対魔で強さとは絶対であると鴻上から何度も聞かされている。
コネだなんだといわれようが強ければいい。
それだけが何も無い自分に唯一つ示せる物だと信じてアキトは戦うと決めた。
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