第15話 零番隊

「ここが、零番隊専用室か」


 ここ十三階へ移動する前にまた仮面を装着しているアキトとそれに同行する成瀬の二人は共に割り当てられたフロアに来ていた。

各部隊事に分け与えられているという事もあり、思ったより広い場所だった。

机を並べたら軽く30人以上は座れそうなフロアであるが、

今は壁に掛けられているモニターといくつかのソファー、そして給湯室が端に備えられていた。


「成瀬さんは今まで一番隊にいたんだよね? そこではどんな風にここを使ってたの?」

「成瀬で構いません。玖珂隊長。各隊によって違うようです。

一番隊は主に事務仕事が回ってくることが多かったため、

机などが並び、現場に出ない後方支援の隊員が詰めておりました。

ですが、別の隊では事務仕事が回って来なかったため、

もっぱら集合場所程度にしか使っていないようですね」

「それ、どこの隊?」

「――――五番隊です」

「はぁ……鴻上隊長も部隊員の錬度が一番高いって言ってたから、

やっぱり戦う事がメインだったのかな。

って、そう考えると鴻上隊長を半年間拘束したのは大丈夫だったのか?」

「副隊長の吾妻さんが現場指揮を取って近隣のレベルⅢになりそうな場所を潰して回っていたそうなので、多分大丈夫かと思います」


 そう言いながら成瀬は慣れた手つきで給湯室に備えられていた、茶葉を取り出し、お茶を入れ始めた。


「ありがとう。じゃあ、お互いの異能についてすり合わせしようか」


そう言いながらアキトは仮面を外した。


「僕の異能はどこまで聞いてるの?」

「稀有な能力だという事しか知りません。

あとは玖珂隊長自身の成り立ちなどは綿谷防衛大臣と皐月隊長より伺っています」


 近くにあったソファーに体重を預けた。

ゆっくり身体を包み込むように沈むソファーに、まだ貧乏性が抜けないアキトは驚いていた。


「じゃあ、まず僕の異能から説明しようか」


 そうしてアキトは自身の異能について成瀬に説明を行った。

どこまで話せばよいのか分からなかったが、一応今後一緒に働く仲間であれば、

全部話したほうが齟齬もないと考えて鴻上と一緒に作った三種類の停止結界についても合わせて説明もしたのだ。

 説明の途中、鴻上のように拳銃を使った実演なども行い、

停止した銃弾を人差し指と中指の二本で挟むように砕いた所、

成瀬は驚愕したように目を見開き、驚いていた。


「本当に驚きました。

これほどまでに強力な異能は見た事がありません。

なるほど、ですが理解出来ました。

確かに、正しく敵味方の状況が瞬時に把握できれば玖珂隊長の力をより発揮する事が出来ると思います」

「それが成瀬が選ばれた要因なのかな?」

「はい、私の異能”俯瞰索敵”バードアイサーチは任意の場所を地図を見るように俯瞰で見ることが可能で、さらに敵味方の反応を察知する事も出来るのです。

この異能を使い、玖珂隊長に敵影の位置を瞬時に伝え、

早急にこれを撃破して頂く事も可能ですし、なにより――――。

事前にハンターなどを含めた部隊に後退指示を行い、

玖珂隊長の異能を使えば、一気に殲滅も可能かと思います」

「そうか、成瀬が味方が後退したか確認し、

敵の範囲を教えてくれれば、僕が敵の中心へ行き、異能で即時殲滅出来る――か」

「そうです。これまで以上にハンターとの連携が必要不可欠になります。

しかしこれまでどうしても広範囲の即時殲滅を行おうとすると、

周囲の建物などが破壊される事が避けられませんでしたが、

玖珂隊長の力なら生き物だけを殺すことが出来ます。

ちなみに、異能を聞いて疑問に思っていた質問なのですが、

玖珂隊長は時間停止は出来ないのですか?」


 時間が停止されれば仮に味方を巻き込んでも死ぬことはないのではないかと成瀬は考えたようだ。

実際自分と鴻上も同じように梓音と共に研究した事があったのだ。


「実験はしたんだけど、その場合、僕も動けないんだ。

自分ごと周囲を纏めて時間停止させてしまえば発動するんだけど、

自分を対象から外すようにすると、一気に難易度が上がってね。

一応意識は残るようになったんだけど、どうしても身動きが取れないんだ」


 何度か別のアプローチがないか鴻上の力を借りて練習したが、結論としては今以上に異能を使いこなさないとまず不可能という結論になった。


「流石にそれは難しいのですね。

分かりました、今出来る能力は確認出来ましたので、今後の任務に組み込んで参りますね」

「成瀬の異能は現場に行かないと発揮できないの?」

「いえ、日本国内であればここ対魔本部で国内全域をカバーできます」

「すごいな」

「いいえ、ここに能力補助用の魔道具があるんです。

魔石研究所が開発している道具なんですが、

現状では携帯性がないため、ここ本部にしかないのですが、

明日にはこの部屋に運んでいただきますので、

私はここから玖珂隊長を支援させて頂きます」

「分かった、じゃあ改めてよろしく」


 そういってアキトは手を差し出した。


「はい、よろしくお願いします!」


 その手に答えるように成瀬もアキトの手に自らの手を重ね固い握手を行ったのだ。



 そして、翌日。



 ここ対魔本部十三階の廊下で怒声が飛んでいた。


「成瀬を返したまえっ! 彼女は一番隊の隊員なのだぞ!」

「分けのわからんな事をいってるが、彼女の異動は上の指示だ。

私にごちゃごちゃ言う前にそちらの隊長に言うべきなのでは?」

「あの辞令は何かの間違いだっ! 成瀬の異能は一番隊でこそ、

いや私と組んでこそもっとも輝く異能なのだっ!

どこの馬の骨ともしらない男のしかも二人だけの部隊なんぞ、認められるかぁ!

どうせお前が成瀬を脅し、引き込んだのだろう。

大体、この私と話しているのだ、いい加減その仮面を外して素顔を見せたらどうなんだ!」


 なぜこういう事態になったのか。

遡る事十分前の出来事だ。


 アキトは先日成瀬と互いの異能についてすり合わせを行い、

翌日は仮面と白い外套を装備し、本部へ出勤していた。

午後13:00に二番隊隊長との顔合わせを予定していたため、

それまでの間、自室でトレーニングを行い、

昼前には本部の零番隊フロアに来ていた。

特にやることもなかった、アキトは携帯端末を使用し、

今後の連携なども考えハンターについての情報収集を行っているところだった。


 突然扉の向こうから怒鳴り声が聞こえてきた。

最初は驚いたが、それが段々言い争う声になっており、

その片方の声が成瀬の声だったため、アキトはすぐに声のするほうへ向かった。


「ですから、赤石さん。

私は本日付で零番隊へ異動になるという辞令が出ているのです」

「いいや、そんな話認めない。

成瀬は一番隊の隊員だろう。

それがなぜ分けのわからないところへ異動しなければならないのだ。

だから一緒に皐月隊長の下へ行こう。

きっと何かの間違いだ。安心してくれ。成瀬も知っている通り、

俺は皐月隊長への覚えもいいんだ。

俺が言えばすぐに取り成してくれるはず」

「違います。赤石さん! 私も今回の辞令には納得しています」

「いや、君は一番隊にいるべきだ。

俺と成瀬の連携はいつも櫻井副隊長も褒めてくださっているだろう。

そんな新しくできた分けのわからない隊じゃなくて、

ずっと俺と――――」


 そういいながら男は成瀬の肩に手を伸ばそうとしていた。

強引に掴もうとしていた男の手を止めるように横から違う人物が割って入った。


「私の部下に何をしようとしている」

「―――ッ!」


 仮面を装備しているアキトである。

廊下に出てからすぐに言い争う二人を見つけ、

相手の男が成瀬に掴みかかろうとして見えたため、すぐに割って入ったのだ。


「その手を離せっ!

俺は今、彼女と話しているんだ。部外者は引っ込んでいろっ!」


 アキトに掴まれた手を強引に振りほどき、男は睨みつけるように言い放った。

目の前の男は、アキトより少し身長の高い男だ。

少し長めの髪が左右で綺麗に分かれており、

その髪からの覗く鋭い眼光はアキトの事を見ていた。


「私は彼女の上司だ。十分に関係者だろう。成瀬、こいつは誰だ?」

「は、はい。一番隊第二班班長の赤石さんです。

私が以前いた一番隊で同じ班でした」


 そう成瀬から話を聞き、

仮面越しに赤石をアキトは睨んだ。


「それで、私の部下に何のようだ」

「成瀬はお前の部下じゃない!

知っているぞ、お前がコネで入隊し隊長になった玖珂という奴だな」


(コネ? そう思われてるのか)

 客観的に考えると、突然着た無名の男が行き成り対魔の隊長になったのだ、

何も知らない隊員からすれば確かにそう思うだろう。

そうアキトは冷静になり、今後の動き方について考えた。

「君は上下関係も分からないらしい。今回は見逃そう。

何の用事か知らないが、自分の隊に戻りなさい」

「ふざけるな!

成瀬は俺と同じ一番隊の隊員だ。

お前のようなコネで隊長になった奴と同じ隊への移動など認めれない!

 成瀬を返したまえっ! 彼女は一番隊の隊員なのだぞ!」

「分けのわからんな事をいってるが、彼女の異動は上の指示だ。

私にごちゃごちゃ言う前にそちらの隊長に言うべきなのでは?」

「あの辞令は何かの間違いだっ! 成瀬の異能は一番隊でこそ、

いや私と組んでこそもっとも輝く異能なのだっ!

どこの馬の骨ともしらない男のしかも二人だけの部隊なんぞ、認められるかぁ!

どうせお前が成瀬を脅し、引き込んだのだろう。

大体、この私と話しているのだ、

いい加減その仮面を外して素顔を見せたらどうなんだ!」


 怒りのせいなのかむちゃくちゃな発言ばかりをするう赤石に対し実力行使をするわけにもいかずどうしたものかとアキトは頭を悩ませていた。

そこに新たな人物が現れた。




「大声を出していったい何をしている。

もうすこし場所を考えたらどうなんだ?」


 鈴のような凛とした声につられ、その場の全員が声のする方へと顔を向けた。

藍色の長い髪が後ろで纏められ、歩くと同時にそれが左右に揺れているのが見える。

化粧をまったくしてなさそうなその整った顔が、

少し眉が鋭くなり、こちらを睨んでいるようだ。

対魔部隊が着る専用のボディアーマーと白色の外套。

その方には<二>というエンブレムが記されている。


「――雲林院月那うじいつきな隊長」


 午後にアキトが会う予定であった対魔二番隊隊長、その人であった。

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