第17話 模擬戦Ⅰ

「私よ。すぐに共同訓練所に私の歌仙を持ってきてくれない?

ええ、ちょっと必要になっちゃってね。大丈夫殺さないわよ」


 目の前でこちらを睨みながらどこかに通信をしている雲林院から目線を逸らさないようにしながらアキトは成瀬から情報収集を行っていた。


「歌仙ってのはもしかして武器の名前か?」

「はい、魔刃”歌仙”。二番隊は全員が剣士のため、全員が刀を装備しています。

その使用する刀を魔刃と呼ばれておりまして、その特性は魔物を斬る事はもちろん、魔法や魔術なんかも斬る事が出来ると言われています。歌仙というのは魔刃を作っている鍛冶師の名前から取っているそうです」

「ん? じゃあ、二番隊の刀は全部歌仙って名前なのか?」

「いえ、歌仙という名前を付けられるのは雲林院隊長のみです。

それ以外の方は名前を付ける許可が出ていないと聞いています」


 そんな話をしていると訓練所の入り口に一人の男性隊員が入ってきた。

かなり筋肉質の男で身長もデカイ、一目見て強いなと素直に思った。


「月那。一応持ってきたが本当に使うつもりか?」

斯波しば副隊長。ここは訓練所なのですから公私は分けるように」

「訓練に歌仙を持ち込む時点でこれは公私混同ではないのかな?」

「対魔の隊長とは魔を殲滅する一つのシンボルでなければなりません。弱くては勤まらない。多少生意気な部分があるのは事実ですが、現状能力がどの程度あるか未知数なのですから、仕方ないでしょう」


 そういって雲林院はこちらを見た。それにつられて副隊長の斯波もアキトを見た。


(あれが旦那か。尻に敷かれてると思ったが意外に良い夫婦なんだな)

 そんな感想を抱きながらも二人に隙を見せないように注意するアキト。


「俺が見たところ弱い様に見えないが?」

「ええ。雑魚ではないでしょう。ですが、隊長の器かどうかはわかりません。それを試します。どうやら向こうもその意図は分かってこちらを挑発しているようですしね」

「態々この場でやる意味は? 二番隊の舎で行えばいいだろう」

「それは駄目ね。あえてこの場でやった方が人の目に入るわ。

そうすれば良くも悪くも対魔全体に広まるでしょう」


 アキトの思惑が完全にバレておりこの手の腹芸は苦手だなと改めて考えた。

それに向こうも色々考えているという事も分かったし、後はその期待に答えるだけだろうとも思う。



「さて、玖珂。始めましょうか」

「ええ、いつでもどうぞ」

「仕方ないな。ではこの場は俺、二番隊斯波が見届けよう。両者とも致死量を超える攻撃を与えないこと。俺の判断で危険と思ったらすぐに止めるから、互いに必ず矛を収めるように。いいな?」

「ええ」

「ああ」



 雲林院とアキトの一戦にこの場にいた隊員は皆、手を止めその様子を伺っているようだ。確かに二番隊隊長と仮面を着けた謎の隊員が戦うという事であれば注目もされるか、などと考え、立会いの準備を始めた。

 目の前の雲林院まで距離は約5m程。一足の間合いで互いに詰められる距離でもある。相手を見ると既に魔力が高まっており戦う準備は出来ているようだ。


「どうしました? まさか最低限の”魔力の強化フォルスブースト”さえも出来ないというわけではないでしょうね?」


 雲林院は鋭い視線でアキトを睨んだ。

アキトが使う”魔力の強化フォルスブースト”は異能の性質上魔力が外に漏れない。そのため、相手から見ればアキトはほとんど魔力を纏っていないように見えているだろう。


「こっちは準備出来ている、あまり舐めないで貰いたいな」

「そうですか、あくまでその態度を貫くというのですね。

斯波副隊長始めて下さい」


 斯波はこちらを怪訝な様子で見ている。

恐らく大丈夫なのかと問いたいのだろうとアキトは思った。

それに答えるように頷きアキトも開始の合図を待つ。


「では…………始めぇッ!」


 開始と同時にアキトは右足を地面に食い込ませまるで矢のように飛び出した。

互いに近接戦であれば、様子見をする意味はない。肉薄するアキトはまだ刀を納刀状態の雲林院に迫り渾身の中段突きを放とうとした。


「――抜討之剣ぬきうちのけん


 納刀状態からの居合い術。初めて見る居合いにアキトは驚愕を隠せなかった。

目に魔力を込め、強引に動体視力を強化しているからこそ、雲林院の抜刀が辛うじて見えている。


(侮っていたか、まさか鴻上隊長より――!)

アキトにとって師である鴻上が近距離戦闘において絶対的な強者であると考えていた。そのため、どこか心の中で鴻上よりは弱いと勝手に印象付けしていたのだ。

自身が知らぬ内に傲慢になっていた事を悔いすぐに目の前の相手を格上だと改めて認識を強めた。

 これはもう避けられない。そのためアキトは使用を出来るだけ控えようと思っていた異能を使い防ぐ事にした。


「”停止結界ステイシス”」


 辛うじて見えた剣の軌跡を右腕を盾に防ぐ、もちろんそんな事をする必要などないのだが、斬撃が見えているという事を知らしめるためにもしっかりとガードをするという事を選択したのだ。


「――なにっ!」


 不自然な挙動で攻撃が止まった事により雲林院は驚愕の表情をした、そしてその隙を逃す程アキトはもう雲林院を侮っていない。

踏み込みの足を変え、そこから魔力を流し、左手の掌打放つ。

 雲林院もすぐに冷静になり魔力を足に込めすぐに後退を行った。

だが、アキトは避けられる事も考え、空を切った掌打からそのまま魔力を放出し、

雲林院に追撃を放ち、なんとか先手を奪うことに成功したのだった。



****



 驚愕の表情で目の前の仮面の男を見る。

弱いとは思っていなかった。皐月と何より神代が呼んだ男なのだ。素性は不明だが、間違いなく強者であると考えた。

わざわざ、安い挑発をし相手に本気を出させるようにも仕向け、今の立会いまで漕ぎ着けた。まさか向こうも挑発してくるとはあ思わず歌仙まで取り寄せる事になるとは思わなかったが、それもこの結果を思えばよい選択だったと思う。

 一見魔力を纏っていないように見えたが、恐らくかなりの魔力制御に長けている。

それこそ、鴻上レベルと考えた方がいいかもしれない。

それにしても渾身の居合いを素手で防がれるとは雲林院も思わなかった。

魔刃とは魔力をふんだんに染み込ませており、その魔力量は生物のそれを変わらない。そのため、生きた刀とまで呼ばれる魔刃を、それも自身の居合いを防ぐという事実を飲み込むのに雲林院は時を必要としてしまった。


 その結果、直撃は避けたもののあの膨大な魔力波をまともに浴びてしまい、先手を譲る事になるとは不徳の致すところだ。

幸い大したダメージではない。だが、まともに直撃すればどうなるかも分からない一撃だった。

 そして、先ほどの一撃の事を瞬時に考える。あの妙な手ごたえ。

普通に防がれたという分けではない、そもそも当たっていないのだ。

それに感触もおかしかった。

 固い物を斬り付けた感触ではない、まるで、分厚いゴムを斬ったかのような感触。

自分の斬撃が徐々に減速し、停止したような手ごたえに薄ら寒いものを感じた。


「ならばその守りを突破するまで」


 剣を構え、足に魔力を流し、そのまま地面をすべるように移動した。

その摺足を進化させた独特の歩法に戸惑う玖珂を翻弄するように剣を振るう。

こちらの剣を払おうと手を出すタイミングに会わせ、左手を手刀に見立て魔力を刃のように放出し、斬りつけた。

 しかしまた不可思議な壁に遮られ攻撃が届かない。

玖珂の放つ蹴りをいなし、一度後退した。

それを追うように向かってくる玖珂に次の技を放つ。


千鳥之太刀ちどりのたち


 ただ魔力を込めるのではなく、斬撃に合わせて魔力を高速で流す。

少なくとも今まで雲林院はこの技で斬れないものはなかった。

だが、玖珂はその太刀を見切り見事にかわした。よく見えていると感嘆し、

また摺足で接近し今度は玖珂の体勢を崩しに掛かった。

 しかし、玖珂もその接近に合わせ直ぐ様に拳を放つ。

その一撃を待っていたのだ。



千鳥之太刀ちどりのたち


 接近と共に逆手持ちになっていた歌仙を使いまた斬撃を放った。

その一撃は玖珂の拳を捉え、ようやく一撃を与えれたと確信した。


「クッ!」


 そのまま玖珂の攻撃を止められず、逆にこちらの体勢が崩れてしまった。

まさか、この太刀ですら傷すら通らないとは思わなかった。

だが、そこで思考を止めるほど、雲林院は弱くない。


(認識される攻撃では防がれると仮定しますか)


 そして次の手をすぐに実行に移した。


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