第18話 模擬戦Ⅱ
異能を使うのは恥ではない。もしろ、積極的に使うべきであろう。
それはアキト自身も分かっている。しかし、アキトの異能は強力過ぎるため、過度な使用は自身の成長を阻害してしますと鴻上から訓練時指摘をされていた。そのため、対魔で行う訓練時は可能な限り異能を使わず魔力のみを運用した戦闘のみで訓練しようと考えていた。
しかし、今回アキトは雲林院の力を必要以上に過小評価した結果、
今頃異能を使っていなければ両腕を失い、地面を舐めていたであろう事は想像に難くない。
その甘ったれた考えをすぐに改め、防御に関しては両腕に異能を纏い戦うと改めた。
もちろん全身に纏えば一々防御する必要もない、それよりも中途半端に腕にだけ異能を纏う方が疲れるうのだが、
それでも今回の一戦のみそれに拘ろうと考えたのはまだアキト自身の未熟故であろう。
アキト自身はまだ異能の力に頼った戦闘は自分の未熟さゆえだとどこかで考えているからだ。
「面白い異能です。ですが、やはり疑問ですね。身体の外に放出されていないため詳しくは不明ですが、非常濃密な魔力を宿しているのは分かります。
しかし、近接戦闘技術が随分と拙いですね。
確かに、スピード、パワーは一級品ですが、こちらの細かなフェイントに引っかかったりなど、まだまだ修練が足りないのは何故でしょうか」
「それは悪かったな、異能の関係で武器より拳の方が強力なのだが、指摘通り私には格闘技の才能がないんだよ」
「勘違いをしないように。才能がないとは言っていません。
むしろ逆です。才能があるのに修練不足なのでないかと指摘しています」
「痛い所を突いてくるな。だが、一応最近になってから以前より訓練に力を入れ始めたからもう少し伸びると思うが」
「ふむ、色々気になる事が多いですが、やはりまずはその顔を見せてもらいましょうか」
そういって雲林院は刀を納刀し空いた右手を空中に向けた。
「――天蓋術式”極夜”」
そう聞こえた瞬間、雲林院の右手に幾重もの模様が光を発し、空中へ押し出された。
アキトは思わず視線でそれを追うと地上から20mほど上空で光の模様が展開され、
アキトは暗闇の世界にいた。
一歩思わず後ろに下がってしまう。何が起きたのか分からない。
辺りを見回す、そこにはアキト、斯波、成瀬、そしてこちらの模擬戦を観戦している隊員達がいる。
(雲林院さんがいない?)
空を見た。先ほどまで昼間だったはずなのに、まるで深夜のように空に帳が下りている。
周囲の建物も暗くなっており本当に夜になったようにしか見えない。
まわりの人達も行き成り夜になった事に混乱しているようだが、斯波のみ冷静にこちらを見ていた。
(魔術式か)
鴻上から魔術について師事していた頃をアキトは瞬時に思い出した。
『いいか、アキト。魔術には警戒しろ」
『何でですか鴻上隊長? 魔法の方が怖いような気がしますけど』
『魔法ってのはな、確かに強力な物もあるが、ある程度予想が出来る。なんせ魔法には必ず属性がある。
属性があるって事は、その属性ごとに一定の縛りがあるだ。例えば火属性は必ず熱を生み出すとかな」
『つまりどのような魔法かある程度の予想が出来るって事ですか?』
『端的に言ってしまえばな。特にアキトの場合はその異能で恐らくすべての魔法で攻撃されても傷一つ負わないだろう。
だが、魔術は別だ。これは千差万別でな魔力を使い様々な現象を司る。何が起きるか予想しにくい分お前は魔術の方を警戒した方がいいだろう』
『それなら探索、飛行以外も覚えた方がいいですよね?』
『いや、それ以外はすぐには覚えられないだろう』
『え? なんですか?』
『魔術式ってのは所謂数学みたいなものなんだ、お前、戦いながら三桁以上の掛け算できるか?』
『――無理ですね、あれでもなんで僕二つも覚えられたんですか』
『あれは俺のオリジナルで馬鹿でも出来る術式なんだよ、なんせ魔力コントロールさえ出来れば強引に出来る術だからな』
『無茶苦茶ですね……』
『だからすぐ覚えられただろうが』
アキトは鴻上との戦闘訓練ではあまり魔術式を見ていない。恐らく半年しか時間がなかったため、
そのほとんどの時間を模擬戦に使っていたからだと考える。
つまりこれが、アキト自身が始めて受ける戦闘用の魔術式という事だ。
ならばそれも迎え撃つまで。
「”
体内の魔力をフルで回転させ、可能な限り肉体性能を上げる。
恐らくこの闇に乗じて攻撃を仕掛けてくる。
周囲に足音はない、移動していないのだろうか?
そう考えた瞬間。
アキトは右側面に対し拳を振るった。拳に合わせ風が巻き起こり地面が僅かに割れる。
「ちっ!」
アキトの右足の大腿部分に鋭い痛みが走った。
出血しているが骨には達していないようだ。これなら傷は浅いため動きに支障はない。
恐らく気付くのにあと一息遅ければそれでアキトの敗北が決まっていただろう。
アキトはさらに魔力を生み出し雲林院を探す手立てを考えすぐに実行した。
「探索術式”感応”」
この訓練所全体を覆うような膨大な魔力を展開した。本来であればもっと薄く弱い魔力で十分なのだが、
アキトは自身を守るために膨大な魔力を放出していた事もあり手加減する事が出来なかった。
しかし、この魔力の中に動く物体を発見できた。
視覚には映らない。そこから音も発生していない、だが、自分の魔力が間違いなく雲林院の魔力を補足したのだ。
そして仮面の中で思わず口角をあげ、反撃を行おうとする。
****
雲林院月那は珍しく様々な感情をこの模擬戦であらわにしていた。
最初は苛立ち。この男は明らかに自分に対し手加減をしている。
こちらの能力を見誤っている愚か者なのか、単純に舐めているのか分からないが、
久しくそういう事をする愚か者がいなかったため、感情のコントロールに手間取ってしまった。
しかし、最初の一合で玖珂からそういった感情は消えたのはすぐに理解した。
次は玖珂に対する感嘆である。
まだ拙い戦闘技術ではあるが、まだ伸び代がある。
それにこの異能。なぜか両手にのみ発現しているが恐らくこれは全身に本来纏うものなのだと考える。
なぜそれを両手のみにしているのか不明だが、それはこの模擬戦が終わってから聞けばよい。
当初の目的からずれていると自覚しながらもこの模擬戦を楽しむようになった。
玖珂の力を更に見るために天蓋術式を使用し、雲林院は完全に闇の中に溶けている状態になった。
これは空間を操作する術式であり、雲林院家が開発した秘術の一つでもある。
一度発動すれば、五感で術者を発見する事は出来ず、一方的な攻撃も可能とする術だ。
雲林院自身も玖珂を殺すつもりはもちろんないが、この術にどのように対処するのかを見たい気持ちもある。
玖珂が戸惑っている様子を見て、側面に回りこみまず一手、攻撃を行おうとした時だ。
「”
玖珂の行ったスキルを見て、雲林院は驚愕した。
(これは鴻上隊長のスキル。なぜ使えるの?)
以前鴻上に対しスキルの取得方法について聞いた事がある。
これは通常魔力を全身に流す”
それは放出する魔力を極力体外へ出さないこと。
魔力を外へ逃がさず、通常の2倍以上の魔力を流す事によって初めて発現する技能だ。
玖珂の周りに先ほどまでと違い魔力が視覚的に見えるレベルまで濃密になっているのは、スキルが成功している証拠でもあるのだ。
雲林院はすぐさま、行動を開始した。玖珂の様子を見れば今以上に魔力が高まることは必然であり、このまま時が経てばこちらに不利になると考えたからだ、現に今の玖珂の攻撃はもうまともに受けては一溜まりもないレベルになっている。
玖珂の側面より摺足で接近し居合いを行う。
すると、驚異的な感覚で玖珂がこちらに対し拳を振るった。雲林院が放った斬撃が玖珂の大腿を斬りつけたことによって、
恐らく居場所に気付いたのだろうと考え、すぐさま移動を移動し、距離を離れた。
玖珂が放った打撃の衝撃で地面は割れ、延長上にあった壁が崩れるのを見やる。
(さすがに、そろそろ模擬戦の範囲を超えてきたかもしれないかしら)
予想以上の玖珂の力にさすがにこれ以上は雲林院も本気にならざる得ないと考えていたときだ。
辺りを押しつぶすような強大な魔力が辺りの空間を潰したように錯覚した。
すぐに術式が破れていないことを確認し、玖珂が零していた言葉を反芻する。
(探索術式と言っていた? これのどこが探索術式なのだ……)
本来の探索術式は術者は空気中の魔力や地面に含まれる魔力を使い、周囲にどのような生物がいるのかを見つける術式だ。
決してこのような乱暴な探索術式など――
そう考え、すぐに答えに辿りついた。
(鴻上隊長の術か)
通常魔力溶けやすく、流れやすい魔力を一定範囲に維持、さらに知覚に干渉するようにするこの術式は、現状鴻上にしか使えない術式であった。
そもそも、雲林院はこれを探索術式などという名称にしている事が納得できない。
これはそんな生易しいものじゃない、どちらかというと知覚領域を広げる術だ。
なぜなら、この術式範囲にいる魔力を持った生物の動きを五感に頼らずに、まさに手に取るように分かるようになると鴻上が言っていたからだ。
そして玖珂はこの術式を使いすぐに雲林院の場所を見つけた様子だ。さらに玖珂の魔力放出量が上がるのを感じる。
このままでは、さすがに不味いと考えた雲林院は、自身の異能を使おうと判断した時だった。
「これまでっ!! 玖珂隊長はすぐにこの術式を解きなさいっ!
自分の部下を潰すつもりかっ!!」
そう斯波が言葉を発すると周囲に満ちていた魔力がすぐに霧散した。
そして玖珂は慌てた様子で成瀬の元に駆け出している。
「雲林院隊長もやりすぎです。天蓋まで使うなんて、どうしたかったんですか」
「すまない、斯波。私も熱くなってしまったようだ」
「まったく、……それで玖珂隊長はどうでしたか」
雲林院は玖珂の様子を見る。地面に座り込んで、恐らくは腰が抜けてしまっている様子の成瀬に、
一生懸命謝罪しているようだ。周りをみると見学していた隊員達はそれぞれ恐怖した様子で玖珂を見ている。
「隊長としては実力は何も問題ないでしょう。念のため、鴻上隊長には聞きたい事がありますが」
「鴻上隊長か……。確かに鴻上隊長の動きに似ているな」
「間違いなく今回の新隊長の一件に絡んでいるでしょう。それであればこちらに情報を流すのが筋というものです。
正式に抗議しなくては。それよりも」
そうして玖珂と成瀬のほうに雲林院は足を運んだ。
腰が抜けた様子の成瀬をなんとか立たせている玖珂の元まで行き、声を掛けた。
「玖珂隊長、お疲れ様でした。可能であればその仮面の下が見たかったのですが、今回は諦めるとしましょう」
「雲林院隊長、色々と生意気な事をしてしまい、申し訳ありません。ですが、仮面については今後も諦めて下さい。
それで一応は認めてくださったと考えてよろしいのですかね?」
「ふふふ、色々気になる事が多いですが、玖珂隊長は間違いなくその器でしょう。
後で成瀬隊員と共に二番隊室までお越し下さい。お茶でも飲みながらお話しましょうか」
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