第19話 初任務その2
「まったく、少しはしゃぎ過ぎではないですか?」
「はい、申し訳ありません」
「はは、まぁ私が意図的に情報を伏せていたからね。
模擬戦くらいはすると思っていたが、さすがに被害が大きかったかな」
「皐月隊長ももう少し反省して下さい。
あの場にいたのが対魔の隊員のみだったからまだ良かったですが、一般人がいたら問題になっていましたよ」
ここ対魔本部のいつもの会議室にてアキトは神代と皐月から先ほどの模擬戦の注意を貰っていた。
互いに白熱してしまった模擬戦であったが、見学していた隊員の一部が倒れてしまい、すぐに皐月から呼び出しを受けた状態になっている。
この場に雲林院はいないが、模擬戦後には雲林院、斯波両名からも簡単ではあるが申し訳なかったと謝罪を貰っている。
「さて、親睦を深めたという事もありますので、玖珂隊長にはさっそく任務に出向いていただきます」
「はっ」
神代の話を聞き、すぐに姿勢を正すアキトであった。本来であればここに成瀬もいる予定だったのだが、先の模擬戦により現在は零番隊室で休憩中となっている。本人は無理にでも同行しようとしていたのだが、状況を把握していた皐月よりストップが掛かった形だ。
「さて、場所は静岡県上部の都市でレベルⅢの発現を1時間ほど前に確認しました。
現在は陸上自衛隊と現地のハンター達によってこれに対処している状況です。
零番隊玖珂隊長は現地へ赴き、これの早期殲滅を目的として下さい。
成瀬副隊長はオペレーターとして本部より参加するとします。何か質問はありますか?」
「はっ。魔物の規模はどの程度でしょうか?」
「およそ700体前後という報告が上がっているよ」
アキトの質問に対し、皐月が答えた。
「向かうのは私のみでしょうか?」
「玖珂隊長を専用のヘリで近くまで移動、その後飛行術式を使い現地まで移動を開始して下さい。
その際、第一種特殊異能の使用を許可します」
その言葉にアキトは目を見開いた。
第一種特殊異能とは、以前鴻上と梓音と共に開発したアキトの異能で使用制限を掛けられた異能を指している。
今回使用が許可された第壱は結界内の生物のすべての活動を停止させる異能だ。
「……その際、味方を巻き込まないようにするためにはどうすればよいでしょうか?」
「既にすべての自衛隊に対し、対魔第零番隊からの指示は最優先で従うようにと防衛庁から命令が出ています。
もちろん、作戦における命令の件についても玖珂隊長に一時移譲するように徹底しています」
「ですが、私は部隊の指揮を執ったことは無いのですか……」
「もちろんです。そのため玖珂隊長は現場ではまず命令権を預かり次第、すぐに後退指示を出すようにしてください。
今後、零番隊が出る場合は全軍は即時後退させ、貴方一人で対象を殲滅するという作戦となります」
「玖珂隊長の異能を考えればそれがもっとも効率よく、また被害を減らした形で事態を収めることが出来るという判断だ。
そのために成瀬隊員を君の元につけている。
彼女であれば遠隔からでも玖珂隊長の周りに味方がどの範囲にいるのかを指摘できる。君はその情報を元に味方を巻き込まないように異能を展開すればいい。
あとは魔物を倒すだけだ。安心しなさい。雲林院隊長より強い魔物なんていないからね」
「いや、それは皐月隊長の言うとおりでしょうけど……」
初めて魔物と戦う。
半年間という短い間での訓練ではあったが、短いながらもアキトそれなりに自信は付いてきていると思っている。
だが、例え弱くとも魔物、生き物なのだ。
その命を奪うという事にまだアキトは二の足を踏んでいる心境であった。
「玖珂くん。貴方は魔物を殲滅しに行くのではなく、その地域に住んでいる人達を救いに行くと思って下さい。
もちろん、現場は綺麗ごとではすまないことの方が多いでしょうが、そう考えれば多少は気が楽になるというものです」
「……はい、そのように考えてみます」
「よろしい。では準備を行いすぐに出発の準備を行って下さい」
「――はっ」
「成瀬、体調はもう大丈夫かな?」
「はい、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「いや、完全に私の失態だから謝るのはこちらだよ、本当に申し訳なかったね。
さて、任務の内容は確認したかな?」
「はい、私はこの場所より玖珂隊長をオペレート致します。
以前この場所で話した内容と同じ作戦にやっぱりなりましたね」
成瀬の話に苦笑しながら確かにそうだね、とアキトは頷き返した。
仮面を装着し、深く深呼吸をする。
初めての実戦に緊張が隠せず、自身の右手が震えているのが分かった。
それを誤魔化すように強く、拳を握り目的地へ移動するためのヘリへ乗り込んだ。
「玖珂隊長、お疲れ様です! 今回静岡上空まで同伴します、航空自衛隊所属の中川です」
「玖珂です、では移動をお願いします」
「はっ!」
プロペラの音が大きいため必要以上に大きな声で話ながら玖珂は移動を開始した。
「現地までの移動予測時間はどの程度でしょうか」
「はっ。約20分程度で予定の空域まで移動可能です」
ヘリに乗りこういった乗り物特有の浮遊感を感じながら
同乗した中川という隊員に対し緊張を誤魔化す意味も含めて質問を繰り返していた。
「現地の様子は何か報告が上がっていますか」
「既に住民は退避しており、現在陸上自衛隊と現地ハンターが魔物と交戦中との報告が上がっております」
「そうか、住民の避難は終わっているのか」
「はい、今回発生したレベルⅢの地域は田や畑などが多く、都市の外縁部のため甚大な被害は出ていないそうです」
「被害の方はどうでしょうかあ」
「現時点で判明している死亡者数は100名を超えています。怪我人は2500名を超えており、現在回復系の力を持った医療チームが既に派遣されております」
その数字がレベルⅢの災害に対して多いのか、少ないのかアキトでは判断できない。
しかし、100人以上の人の命が犠牲になっている。その中に自分と同じように家族を殺された人達も多くいるのだ。
その事実を噛み締め、両手の拳に籠める力がさらに強くなる。
それに呼応するようにアキトの魔力が練り上げられてきた。
「た、隊長殿?」
「……失礼」
すぐに無意識に強くしていた魔力を抑え、深く深呼吸を行った。
酸素を体内に入れるように深く、深く。体内に入った酸素が体中を回るイメージをし、両手に籠めていた力をゆっくりとといた。
「予定していた空域に到着しました。これより玖珂隊長には現地まで飛行術式で移動して頂く予定です。
何かご質問はございますか?」
ヘリの扉が開き、眼下に静岡の都市が見える。もうすぐ夕方になるためか夕日が影を作り始め、
町並みを美しく彩っていた。その遥か前方に夥しい煙が上がっている。
自分はこの場所を守りにきた、そう改めて自覚するともう両の手は震えていなかった。
「中川隊員はこの場で待機を私はこれより現場の魔物を殲滅する。
対魔零番隊玖珂アキト、これより作戦行動を開始する」
「はっ! お気をつけ下さい!」
敬礼する中川隊員を見やり、アキトはその身を空中へ投出した。
すぐに魔力を全身へ流し、飛行術式を展開する。
そのまま、およそ時速200kmを超えるスピードでアキトは現場へ移動を開始した。
『玖珂隊長、こちら成瀬です。現場の指揮を取っている陸自の山路隊長には既に後退指示を通達しております』
「承知した。では、現場に到着次第、山路隊長へ面通しを行いその後作戦行動を始める」
『はっ、承知しました』
上空から魔物集団が見え始めた。写真などの資料で出現している魔物の姿は把握しているが、
確かにファンタジーの魔物のような姿であった。
それぞれ異なる種族が混じる魔物に対し軍とハンター達が共闘し戦っている様子のようで、
戦車なども動因しているようだが、既に壊れており、今は各々の武器と魔法で戦っているようだ。
上空から見ると上手く魔物を包囲して戦っているのが分かった。これなら自分が漏らしても対処可能かと考える。
「成瀬、山路隊長はどの辺りにいるか分かるか?」
「はい、そのまま前方に約200mほど先に居場所を伝えるための青い発煙筒を出していると報告が上がっています」
「了解。……あそこか」
前方に青い煙を発見し、その場にアキトは着陸した。
その後、陸自の山路へと合流を行う。
「こちら対魔零番隊、隊長の玖珂アキトです。これより現場の指揮権はこちらに一時移譲されます」
「はっ! こちら陸自五番隊隊長、山路範宗と申します。承知致しました。それではすぐにこちらの部隊を引かせて頂きます」
「敵の規模は既に把握しております。すぐに殲滅いたしますが、私が殺し損ねた場合に備えてください。それでは参ります」
形だけ命令権を受け取り、アキトはすぐに行動を開始した。
また飛行術式を展開し、魔物の群れへと移動する。
「”
鴻上から授かったスキルを発現し、自衛隊、ハンター達の視線をよそに魔物の群れへと移動した。
初めて出会う魔物。目の前に立ちはだかるオークは資料で知った情報よりも実物は巨大で、そして醜悪であった。
魔物に対する恐怖あった、だがそれ以上に目の前に広がる、倒壊した建物、荒らされた田畑、そして、そこに住んでいたと思われる人々の死体を見て、アキトは恐怖以上に憤怒に駆られていた。
全力で拳を握り、目の前のオークを殴る。
戦術もないただ純粋な暴力。ただ怒りを発散させるだけの拳を受けたオークは巨大な体を四散しその後続の魔物さえも巻き沿いに死んだ。
『玖珂隊長、あと400mほど前進して下さい。そこが中心です。ただし上位種の魔物も多くいます。ご注意を』
「――了解した」
成瀬の通信で僅かに冷静になったアキトは先ほどまでの暴力的な攻撃はやめ、的確に魔物を殺すために攻撃を加えながら、
前進した。アキトが発現している異能の力により、魔物からの攻撃は一切その身に届かない。
拳を振るい、蹴りを放つごとに魔物は死に、道が出来ていく。
道中今までの魔物に比べより巨大なオークが現れた。全長は5mを超え、その膨大な筋肉に覆われた肉体は人類の戦意を削ぐに相応しい出で立ちだ。周囲にいるオークをなぎ倒しながら雄たけびを上げこちらに向かって突進してくる。
「ブルォォオオオオッッッ!!」
オークキングの叫び声だけで周りの建物のガラスが震え、その振動に耐え切れずガラスが割れる音がした。
「グァアアアッッッ!!」
アキトに向かって放たれた拳にあわせるようにアキトも拳を放った。
停止結界の異能によりアキトの拳に触れたオークキングの肉体の魔力運動は停止し、まるで果物をハンマーで叩くかのように簡単にオークキングの体は破壊された。
拳を破壊され苦しむオークキングをそのまま視界に入れ、空いた手で心臓部分を突き刺す。
アキトは突き刺した手に感じる感触に顔を顰めながら目的の物を探す。
僅かに触れる堅い感触の物体を見つけ、アキトはそれを掴み引き抜いた。
アキトの手にはハンドボールサイズの紫色の石が握られている。
(これが魔石か)
抜き取った魔石は空間を拡張したサイドポーチの中へ入れ、そのまま前進していく。
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