第21話 幕間 雲林院のクレーム
「では
「ん? 月那はどこへ行くんだ?」
「ええ、少し野暮用に」
「そ、そうか。気をつけるんだぞ」
少し引きつった笑いをしていた夫である斯波諒を置いて
今回も先日の模擬戦は雲林院としても中々に刺激的な戦いであった。
あの後、皐月よりお小言を言われたが、それは些事であると雲林院は考えている。
確かに凄まじい魔力量であったが、それでもあの程度の力で倒れてしまうというのは対魔の隊員として鍛錬が足りないと考えていた。
やはり、もう少し五番隊との合同訓練を行う必要性を感じていた。
少々思うところはあるが、鴻上は人をその異能の性質もあり最短で人を育てる事には向いている。
人柄は少々横柄な所もあるが、あれで慕われているのは雲林院も理解していた。
しかし、結果は良くともその過程が問題だと雲林院は感じている。。
その訓練方法なども含めあまりに短距離で進むために本来必ず通るであろう、
必須項目さえも通り越してしまうことが多いのだ。
そう考えて廊下を歩いていると向こうに以前みた顔があった。
「確か……赤石隊員でしたか?」
「う、雲林院隊長っ! お疲れ様です!」
「訓練終わりですか?」
「え……は、はい。そうです。訓練が終わったので少し歩こうかと思いまして」
しかしここは零番隊室の前だ。また、成瀬隊員の事を探しているのだろうか。
そう考えた後、赤石と約束していた事を雲林院は思い出し、それを話すことにした。
「ちょうど良いですね、以前貴方からお話がありました件ですが……」
「どうなりましたか! 成瀬は俺の所に、いや一番隊にいつ戻りますか!?」
「落ち着きなさい。まず玖珂隊長の件は昨日皐月隊長に確認を取りました。
玖珂隊長ですが、神代魔戦養成学校の二期生として卒業。
その後、その能力を買われ神代統括の元で活動し先日対魔へ正式に入隊というしっかりとした経歴をお持ちです。
皐月隊長のほか、鴻上隊長とも懇意にされているそうで、その実力も先日私が直接確かめました」
もっとも皐月より聞いた経歴が本当とは雲林院自身も考えていない。
恐らく調べればその通りの経歴が出るのだろうが、恐らくは偽装工作の類だろうと考える。
だが、この件に神代が関わっているのであれば、雲林院はそこまで心配しなくて良いだろうと考えていた。
玖珂ともあの一戦を通じ、実力も雲林院は認めていた。
顔を見れなかったのがやや心残りではあるが……。
「そ、そんな馬鹿な。では成瀬は!?」
「赤石隊員の言うコネという物は無かったため、やはり辞令は撤回される事はありません。
今後、以前のように強引に成瀬副隊長に接しないように注意なさい。
彼女は既に貴方より階級が上なのです、分かりましたか?」
「み、認めません。そんな話……」
「分かりましたか?」
少し魔力を込め、赤石に諭すように話した。
「は、はい。分かりました」
「結構です。では、これで」
この程度の魔力で震えてしまうとは、まだまだ鍛錬不足だと雲林院は思い、
そのまま目的の場所へ移動をした。
同じフロア内のある部隊の専用室の扉の前でノックをする。
「はい、どちらさんですか?」
「二番隊の雲林院です。鴻上隊長はいらっしゃいますか?」
「え? 雲林院隊長!? ちょ、ちょっとお待ちを! 不和副隊長っ!!」
「中で待っても?」
「あ、申し訳ありません。そちらの椅子で少々お待ちを」
そういわれ、雲林院は扉の近くにあった椅子に腰を掛けた。
中の様子では、多くの隊員が机に向かい書類と格闘している。
軍といえど何も戦うだけが仕事ではない。
各部隊ごとに担当する地域があり振り分けられる仕事にも多少の違いがあるのだ。
例えば、本部にいる一番隊、二番隊は本州北部を分担して担当している。
その際、魔物が発生した場合の殲滅はもちろん、その後の復興活動なども他の自衛隊と共に行っている。
どうしても発生する書類作業として消費した武具の管理と補充、戦死した兵がいた場合の家族への補填等々、
あげればきりがないような仕事は多岐に渡る。
もっとも五番隊は現在、隊長である鴻上が別任務に当たっているため部隊としては遊撃としての活動が主になっている。
「雲林院隊長、申し訳ありません。鴻上隊長はもうすぐきますので少々お待ちを」
「あら、不和副隊長。良いわよ、アポなしで来ているからね」
「そう言っていただけると助かりますわ。ではこちらへ」
不和に案内され奥の部屋へ移動した。会議用の長テーブルの上には書類やペンなどが散乱しており、
何かを打ち合わせでもしていたのだろうか。
書類の内容を軽く見てみると舎の訓練所の修繕費の申請書類のようだ。また何か無茶して壊したのだろうか。
五番隊は鴻上がよく魔術式を構築し部下と実験をしていることが多いため、よくこういった問題を起こす事が多いのだ。
「いよぉ、雲林院。急にどうしたんだ?」
そういって扉が開き、鴻上は入ってきた。
「お久しぶりですね、鴻上隊長。今の任務の方はどうですか?」
「ま、ボチボチって所だな。どうも面倒な所に狙われているみたいだ」
「あら、
「ああ。元々梓音の護衛についてたハンターはAランクを超えていた。単純な戦闘能力でいえば、それこそ俺たちに匹敵する。
それをあそこまで重症へ追い込んだ」
「気になることでも?」
「ああ、単純な怪我じゃない。もちろん、治療しなければ危ない所だったが、それ以上に気になるのは魔力保有量の減少値だ。
どうも調べたところ、以前の約50%まで魔力数が落ちているようだ」
「半分まで落ちたという事ですか?」
通常魔力が落ちることはある。例えば魔力強化を過剰に使用した場合などは一気に魔力が枯渇するし、異能の使い過ぎなどもそれにあたる。
しかし、先ほどの話では保有量が下がっているという事。
つまり魔力の絶対値が下がったという事だ。通常では考えらえない。
「――もしや例の組織ですか?」
「ああ。エルプズュンデとかいうドイツで活発な宗教組織だ。もっとも今は世界中に信者がいるらしいがな」
「人類の原罪、魔界は堕落した人間達を救いにやって来た神の国、というのが活動理念でしたか」
「各国で意図的に魔物が発生するような行動をしているという報告も上がっているが、それ以上の事は何もわかっていない。
組織の規模は年々増大しているが、なぜか幹部連中はもちろん、教祖の顔や名前まで知らされていないというのがやっかいだ」
「表立って活動している人間を伝ってみてもですか?」
「そのようだな。何度かハンターを使い辿ってみたがどれも外れだった」
「この事は?」
「もちろん、皐月や神代の嬢ちゃんにも報告済みだ。ただ、あんまり表沙汰にするとこれもアメリカに握られる弱みになるようだから現状表向きは各国からの護衛って事にはなっている」
「そうですか。まぁ、そういった連中であれば確かに鴻上隊長は適任でしょうね」
「だといいんだがな。んで、雲林院はどうしてここに?」
ようやく本題に入った事で雲林院は笑みを浮かべた。
他の人が見れば妙齢ではあるがその美しい微笑に心を奪われる者もいるだろう。
だが、鴻上は雲林院の笑顔を見てあからさまに嫌な顔をした。
「玖珂隊長と模擬戦をしてきたのですが、中々面白い異能をお持ちのようですね」
「ああ。そうだな。俺も雲林院と玖珂の模擬戦の話は聞いたがお前さん、天蓋まで使ったみたいじゃないか」
「ええ、私もまさか鴻上隊長の”
それにしても酷いじゃないですか。同じ隊長同士、重要な情報は共有すべきでは?」
「他人の異能をぺらぺらしゃべるわけないだろうが。敵ならいざ知らず味方になる男だぞ」
「あら。味方だからこそ。知りたい事もあると思いますよ。それに随分変わった異能のようですしね」
単純な防御系の異能ではない。それは雲林院も直接その力に触れて感じていた。
魔刃で、さらに自身の居合術なども駆使しても傷一つ付かないあの力は恐ろしく異様であった。
「気持ちはわかるが俺からは何も言えん。そういう話は皐月にしてくれ」
手を挙げ首を振る鴻上に対し雲林院はさらに笑みを浮かべた。
「そうですね。もちろんそちらも聞く予定ですが、玖珂隊長。私との模擬戦で貴方の術式を使用されていましたよ」
「ん? 皐月からの依頼でな。かなり特殊な経歴だったから俺の方で訓練をつけるように言われてたんだ。
その際にあいつが使えそうな術をいくつか教えてたな」
「そう、それです。いい加減あの感応という術を探索術式と偽るのはやめてくれませんか?」
「あ? 何言ってんだよ。あれで探索出来るだろうが」
違うのだ。私は言っているのはそうではない。
通常の探索術式は生物の大まかな方角や位置がわかるものであって、範囲内の魔力をもった生物の瞬きの動きまで探知するような術を指していいわけがないのだ。
「
あの感応は私が知る範囲でも対魔の隊長クラスでなければ習得は不可能と思います。
例えば不和副隊長は使えるのですか?」
「いや、五番隊は俺だけだな」
「そうでしょう。玖珂隊長があれを誰でも出来る探索術式だと思ってしまうと、作戦中にそれを他の隊員に求めてしまします。
そうした場合、本来は探索術式は簡易的な術のため魔力の扱いに慣れたものであれば習得できますが、
感応は別物です。その場合に玖珂隊長と他の者で同じ探索術式でも認識の違いが出てしまうのは支障が出ると思いませんか?」
「む……。それはそうかもしれんが」
「よい機会です。今度、玖珂隊長は大きな任務を受ける予定ですので、鴻上君に時間があればちゃんと常識を教えるようにしてくださいね」
「わ、わかった。善処する」
「ええ。頼みましたよ」
「それにしても大きな任務って、もしや中華国の奴か?」
「そうです。形ばかりではありますが、各国合同任務になります。さすがに知識に相違があるのは問題でしょう?」
「それもそうだな。なら忙しくなるか」
鴻上の表情は玖珂を心配している様子はない。部隊員ですらない玖珂に対し命令があったとは言え、
態々自身の使うスキルや魔術まで教えているのだ。それを海外の、それもレベルⅣの任務へ送り出すのだ。
心配くらいしてもよいのではと雲林院は思っていた。
「大丈夫だ、雲林院。あいつは強い。心配するな」
「――まったく逆に私の心配をするとはね。次の任務には私も同行しますから大丈夫です。
あなたも気をつけなさい」
「ああ、任せろ。俺は強いからな」
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