第42話 共闘戦

「これ以上は上空へ上がることが出来ないな。魔力が抜けていく感覚がある……」


 上空のセレスティアと魔人の戦いの様子を見てヴァージルはそう感じた。

同じイディオムの仲間として可能であれば助けに入りたいが、近づくことが困難では意味がない。

あの魔人に対しヴァージル自身の異能を使おうともしたが、やはりあの白い霧に阻まれているのか上手く発動しなかった。


「ヴァージル殿、あちらを」


 雲林院から声を掛けられ下を見ると、何かが近づいてきているのが分かった。

見た目は16階層で何度か戦ったあの犬の化け物に似ている。

しかし、骨の羽を生やし、羽ばたきながらこちらに向かって上がってきていた。


「おいおい。あんな骨みたいな羽でどうやって浮いてるんだッ!? あり得ないだろう!」

「大和ッ! 落ち着いて、私たち全員に大和の異能を掛けられる!?」


 そのやり取りを聞いて何かしら補助系の異能であるとヴァージルは察したために、雲林院に質問を投げた。


「雲林院さん、彼の異能アビリティは?」

「対象全員に能力向上系の力を分け与える異能です」

「では、我々にも掛けてもらえないだろうか」

「聞こえましたか! 葦原さん、よろしくお願いします!」

「おう! ただ、上空にいる嬢ちゃんには無理だッ! どうも力が届かない!」

「いや、構わない! それでも十分だ」


 今は緊急事態だ。他国とかそういう事を考えている場合ではない事はヴァージルにも理解出来ている。

この場にいる全員で力を合わせるべきだろう。魔人が強敵になるという事は予想していたが、

まさかダンジョンの構造自体を自在に変えられる程の力を持っているとは予想外であった。

深呼吸をして、握った剣の柄に力を込め、下から迫ってくる化け物を睨んだ。


「ヴァージル大尉ッ! 大尉の異能アビリティで奴を仕留めることは出来ますか?」

「あのレベルの魔力量を持った魔物だと、完全に仕留める威力を出すのに時間が掛かるね」

「では、私が時間稼ぎをしましょう」


 アルフレッドからの質問に答えた所、近くにいた雲林院からそう言葉が聞こえると、魔力が一気に溢れ出すのが分かった。


「――天蓋術式てんがいじゅつしき白夜極点びゃくやきょくてん”」


 雲林院が天に手をかざし、そこに複雑に織り込まれた魔力が束となり、それを収束させた雲林院はその極光を既に近くまで接近しているカラベラに向かって放った。


「グアアァアァァァア!!!」


 口を開け、今まさにこちらに牙を剥こうとしていた空を飛ぶカラベラの亜種が急に暴れだした。

この巨大な空洞となっている穴の中を暴れ周り頭を壁にぶつけたりしている様子だ。


「……これはどんな術式アーツなんだい?」

「これは対象の感覚を奪う術式です。あのカラベラの亜種に視力があるのか不明ですが、何かしらの方法でこちらを捕捉しているのは確かなようですからね、その感覚を白一点に染めるという術式になります。それではヴァージル殿は異能の準備をお願いします。私が前に出ましょう」

「30秒時間を稼いでくれればありがたい」

「承知しました。天沢さんは属性魔法で援護を、雫さんは異能を使い私と一緒に羽を攻撃して下さい」

「わかったわ」

「やってみるッ!」


 それを見てヴァージルも自分の部下に指示を出した。


「アルフレッド准尉は雲林院さんと連携を取るように動いてくれ。ソニア軍曹はハンター達と連携して属性魔法を使用するように。

ウィリアム曹長はセレスティア軍曹の様子を見ててくれ。何かあれば私に報告を」

「「はッ!」」


 





****





 雫は今回の作戦で自分の力不足を大きく感じていた。

元々今回の作戦の内容に対して自分の力量が伴っていないのは重々理解しているつもりだった。

大和からも戦力以上に機密情報を漏洩しないチームを雇いたかった可能性が高いという話は聞いていた。

そのため、対魔と関係が深いアタシたちが選ばれたのだろうとも聞かされた。

 それでもだ。

アタシはお母様のおまけじゃない。ちゃんと雫個人として見て欲しかった。

だから、ダンジョンに入る前に同じ隊長と聞いた玖珂さんにも強気の姿勢を示した。

結果は玖珂さんを怒らせるだけの結果になってしまったわけだが……。


 ダンジョンへ入ってからアタシは足を引っ張ってばかりだった。

16階層のカラベラとの戦いも仲間の皆がいなければ自分はすぐに死んでいたと思う。

アタシはまだお母様より上手く魔刃を扱えていない。確かに堅い魔物だったが斬れないのはアタシが未熟だからだ。

お父様と同じ異能であるドールズを使えても出現する人形は1体のみ。

(アタシはなんて未熟なのッ! 自分がこんなに弱くてイライラするなんて思わなかったッ!)


 魔人と戦う今も、足場が急になくなり苦手だった飛行術式を使わざる得ない状況になってしまい、余計周りに迷惑を掛ける結果になった。

こんなことならもっと、術式の特訓をしておくべきだったと後悔している暇はない。

お母様の使う術式の影響であのカラベラはこちらを捕捉できなくなった。

指示通りに援護に回る。これ以上の失態は出来ないのだから。


 私と同じ姿をした人形を見て、まず不安定な足場をどうにかする事を考えた。


「歩法”飛燕”」


 足に纏われた魔力を薄く展開し、足場のように広げた。

本来、”飛燕”は空中で急な方向転換をするために生成する飛行術式を応用した擬似的な足場なのだが、今回は空中に留まるために使用した。


「ありがとう、凪咲。もう大丈夫よ」

「……わかった。無理しない事。いいわね」


 ずっとそばにいてくれた凪咲にお礼を言って、お母様に合わせて異能を操作する。

気付けばお母様もアタシ同様に飛燕を使い、空中を駆けていた。


「いやいや、雲林院さん。空中走ってるってどうやってるわけ!?」

「アルフレッド殿。鍛錬の成果ですよ」


 そうどこか軽口を言いながら二人はカラベラに接近した。

お母様はカラベラの顔面に近付き、手に持っている魔刃”歌仙”を振るい、顔を切り裂いた。

それに悲鳴をあげながらも大きく口を開け、闇雲に噛み付こうとするカラベラだったが、突然カラベラの姿が消え、アルフレッドさんが現れた。


「中々便利な異能ですね」

「そうでしょう? でも雲林院さんの異能アビリティは使わないですかい?」

「私の異能は主に対人用に特化しているのです。レベルⅢ程度の魔物なら兎も角、ここまで純度の高い魔力を持った魔物では効果が薄いのですよね」

「そりゃ残念だッ!」


 そう話しながらアルフレッドはカラベラの首に両刃の厚い剣を振り下ろした。

その斬撃に合わせ血が飛び散るが、致命傷にはならなかったようだ。


「雫さん!」

「はい、お母様ッ!」


 鞘に収められた魔刃に魔力を流す。薄く、細く、研ぎ澄まされた刃のように速く魔力を回転させる。

アタシの意思を受け、ドールズはいつものアタシと寸分違わぬ動きを実現する。


「援護します。異能アビリティ属性魔法アトリエイトフォルス” アーススピアッ!」


 イディオムのソニアの属性魔法により、壁から岩の槍が出現し、動きを止めるようにカラベラに突き刺さる。

その隙を見て、アタシはドールズを魔物の背中へと移動させた。


千鳥之太刀ちどりのたち


 流れた魔力が刃となり、魔物の背に生えた不気味な骨の羽を根元から断ち切った。


「ァァアアアッ!!!」


 怨霊のような声を出し、苦しむカラベラから片方の羽が奈落へ落ちていくのが見えた。


「見事だッ! 後は任せたまえ」

「全員退避しろッ! 巻き込まれるぞ!」


 アルフレッドからそう声が聞こえたために全員がその場から距離を取った。





異能アビリティ”リパルシブグラヴィティ”」





 片翼となり、岩の槍に串刺しにされてもなお怨嗟の声を上げているカラベラの周囲が歪んでいく。

始めは小さな、空間の歪みだったものが、徐々にその形が大きくなり、光さえも歪ませているのか段々と色が黒くなっていく。

そして、その中心にいるカラベラは身体が不自然な形に変形し、そこから皮を突き破って折れた骨が露出している。

噴出した血液さえも下へ落ちる事はなくその重力の渦に飲まれているようだ。

骨が砕け、それに苦しむカラベラの咆哮を聞きながら、徐々に圧縮されていく様を全員が見ていた。

そして丸い球体へと変わったカラベラだった物はそのまま重力に従い、遥か奈落へと落ちていった。



「やった。とりあえず、倒せたよね?」


 そうアタシが言葉を零した瞬間だ。


「ヴァージル大尉ッ! 上をッ!!」


 セレスティアの様子を見ていたはずのウィリアムの声を聞き、全員がすぐに上空を見た。


「――いったい何が」


 何の気配もなく、まるで最初からいたかのようにあの魔物は大きく口を開けそこに出現した。

この暗闇の中でも光沢が見えそうなほど不気味な鱗を持つ巨大な蜘蛛。

いや、蜘蛛と呼んでいいのかも不明なところだろうと思う。ただ、8本の足を器用に使い、この巨大縦穴の壁に這いつくばっていた。


「いつ現れた?」

「つい先ほどですッ! 赤い粒子が集まったと思ったらこの魔物が出現しましたッ!」


 その蜘蛛の化け物の顔は今までの魔物と同様に眼孔から赤い光を放ち、こちらを見ている。


「ちッ、連続で守護者レベルの魔物と戦うのは厄介だが仕方ない」

「ん、お待ち下さいッ! ヴァージル大尉。まだ何かが近付いてきます!」


 これ以上まだ何が来る。そんな混沌とした状況の中にお母様の通信機から声が聞こえた。


『雲林院隊長ッ! お待たせしましたッ! ダンジョンの構造が大きく変わったため合流するのに時間が掛かってしまいましたが、もうまもなく玖珂隊長が――」


 そう報告の途中に、一段と大きな衝撃があの蜘蛛の魔物から発せられた。

空気が破裂したかのよう衝撃にアタシは覚えがあった。



「何だ、この邪魔な蜘蛛は?」




 その声を聞き、アタシはお臍の部分が暖かくなった。

上にいた巨大な蜘蛛は先ほどの衝撃でバラバラになり、細かい肉片となって奈落へと消えていく。


「……遅いよ、玖珂さん」



 煙が晴れたその場所には仮面を着け、血に染まってたお母様と同じ白い外套を着た男が、壁に巨大な穴を開けてようやく合流したのだった。

 


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