第43話 対魔人戦Ⅰ

「成瀬、次はどっちだ!」

『はいッ! 先のフロアを3時方向に進んでから上の入り口に入って下さい』


 アキトは道中に成瀬より雲林院達が魔人と接触したと聞いて、急ぐために”魔力の奔流フォルスバースト”を使い飛行術式で移動を行っていた。成瀬のナビに従いながら進んでいるがどうもこのダンジョンの構造が変動し続けているようだった。


『玖珂隊長ッ! また道が変わりました! 一度戻って頂いて左隣の入り口へ入って下さいッ!」


 先ほどからまるで玖珂を遠ざけようとしているかのようにアキトは先へ進めずストレスが溜まっていった。

指示された方の道へ進むために急いで引き返し、成瀬から指定された道を通る。


「どの程度距離があるんだッ!」

『直線距離で約2km程度です。しかしこうも道が変わってしまうと……ッ! 隊長、魔物がいます注意をッ!』


 飛行していた目の前に2足歩行の魔物が現れた。

見た目は斑模様の熊のようにも見えるが、顔は今まで戦ってきた魔物と同じようにねじ曲がった巨大な角が生えていた。


「邪魔だ」


 アキトは飛行の速度を緩めず、こちらを襲おうとしていた魔物を手刀で薙ぎ払うような形で両断した。

ただ、軽く腕を振るっただけの手刀だったが、今のアキトは魔力を高めた状態であったために魔物を両断するだけではなく、その衝撃はダンジョンの壁を破壊し向こう側の通路が見えるまでの破壊を行っていた。

その光景を見てアキトはすぐに次の行動を切り替える事を決心する。


「そうだな。お行儀よく道順通りに進む必要なんてないじゃないか。成瀬、雲林院隊長達のいる方向だけ教えてくれ」

『え、は、はい。玖珂隊長のいる位置から2時の方角になります!」

「了解した」


 アキトはさらに魔力を高め、指示された方向の壁に向かって拳を放つ。

その衝撃によって舞う土煙と瓦礫を無視し、目論見通り壁を破壊できたことを確認し、そのままアキトは進む事にした。


「成瀬、雲林院隊長達が近くなったら教えてくれ、それまではこの速度で進む」

『了解しました!』


 そうしてアキトは直線的にダンジョンの壁を破壊しながら進む方法を取り、先へ進んだ。

道中、守護者レベルと思われる魔物が出現したが、すべて一撃で倒し、異様な速度で先へと進んでいった。


『玖珂隊長、その壁の向こうですッ! そこに皆さまがいらっしゃいます。あと注意して下さい、そこはかなり深い穴が開いてます』

「分かった、しかしようやくか」


 そして多少手加減しながら壁を破壊するとちょうど、何かの魔物の腹がアキトの目の前に見えた。


「何だ、この邪魔な蜘蛛は?」


 そうつぶやきながら同じように目の前に見えた蜘蛛の腹を殴り殺した。

ようやくアキトは先へ進んだ皆と合流できたのであった。


「玖珂隊長、お疲れ様です。詳細の報告は後程に、状況はどの程度把握されてますか?」

「雲林院隊長、道中成瀬から聞いています。一応無事のようでよかった」

「君が噂の仮面隊長かな、初めまして。私はアメリカ軍イディオム第一特殊部隊の指揮官をしているヴァージル・ベイヴィアだ」


 アキトは雲林院の近くにいる迷彩柄の特殊装備を身にまとった男を見た。


「日本軍対魔部隊零番隊隊長の玖珂アキトです。初めまして」

「親睦を深めたい所だが、君ならあそこに行けるかな?」


 そういって上を見るヴァージルの視線を追ってアキトも上を見上げた。

この強大な空洞の上空100mほど上で戦闘を行っているのが遠目で見える。魔力で視力を強化して見てみると銀髪の女性と白髪の羽が生えた男が戦っている様子だった。


「見えるかな、あの羽が生えた白髪の男が魔人だ。本人から申告があったから間違いないだろう。そしてあの周りの白い霧の影響で我々はこれ以上上空へ上がる事が出来ないんだ」

「玖珂隊長。申し訳ありませんが、魔人討伐をあなた一人に預ける事になってしまします」


 そう申し訳なさそうに話す雲林院を見てアキトは首を横に振った。


「大丈夫ですよ、では行ってきます」

「玖珂さん、君とセレスティアなら魔人討伐も上手く行くだろう。どうか気を付けて」


 そうヴァージルに言われ、アキトは頷く形で答え、そうしてアキトは魔力を先ほど以上に纏い上空へ移動した。

特に何の抵抗もなく、すぐに接近出来たアキトは白い霧の中へ突入する。

そして霧を抜けた先に、魔人とセレスティアが激しい攻防を繰り広げていた。

強化した視力でもセレスティアの動きは中々とらえる事が出来ない。そして一見してみるとセレスティアが一方的に魔人を攻撃している様子だった。銀色の軌跡しか残らないような速度で移動するセレスティアに魔人はついていけない様子だ。

そしてアキトの存在に気付いたセレスティアが動きを止め、それにつられるように魔人もアキトの方を見た。


「驚いたな。この人間もそうだが、矮小な魔力しか持たない生き物はこの場にいる事さえ不可能だと思ったんだが……」

「貴方がイディオムのセレスティア殿かな」


 アキトは一旦魔人を無視しセレスティアに話しかけた。


「あ、仮面付けた変な人だ。やっぱり強い人だったね。ちょっと疲れちゃったから交代してくれない?」

「玖珂だ。簡潔にあの魔人の情報を教えて貰ってもいいか」


 セレスティアは無傷のようだが、かなり疲れ切っている様子だ。


「うん、あの魔人の羽が光ると攻撃してくる。どうもほぼ予備動作なしで任意の空間を攻撃できるみたい。

あと、一回首を跳ねたけど死ななかった」

「死なない?」


 その言葉を聞き、アキトは試すことにした。

元より魔人と言葉を交わす必要性はない。ただこの魔人を殺す事が今回の任務なのだ。

人の言葉を交わす生き物を殺すという忌避感は既に薄くなっていた。


「セレスティア殿、私から5mほど離れて貰っても?」

「いいよー」


 そう言った瞬間にセレスティアは既にその場にいなかった。

それを確認した後、すぐにアキトは異能を展開する。


「”死の結界ムエルトステエイス”」


 アキトと魔人だけを包むように死の停止結界を広げた。

そしてアキトは魔人の前まで接近し、魔力を腕に流し首を跳ねた。

だが、それだけでアキトの行動は終わらない。首を跳ねた手をそのまま心臓を狙って抜き手を放つ。

手に僅かに感じる肉の感触を無視し、心臓を体外へ抜き出した。

アキトの右手にある心臓は人間の元と違い、紫色をしており、また強い魔力も感じた。

(安易な考えだったが、やはりここに魔石があるのか)


 そして抜き取った魔石をアキトは容易に砕いた。

さらに念のため、身体から離れた頭部に向かって魔力を放ち、破壊した。

その後、アキトは異能を解除する。


「うっわ。何それすごいね!」

「――急に目の前に現れないで貰えないか」


 いきなり目の前にセレスティアが出現し、それに驚愕したアキトは何とかそれを表に出さないように注意した。

セレスティアを避けて頭部と心臓、魔石を破壊した魔人を見る。

すると、失った頭部と胸部分に赤い粒子が集まっていくのが見えた。そうしてすぐに先ほどアキトが砕いた顔や心臓が修復された魔人がすぐに表れた。


「まったく、会話も出来ない下等生物なのか、人間ってやつはさ」

「ね、ああやって回復しちゃうのよね」

「愚か者共が、我ら魔人をその程度で倒せると思っているのが愚かなのだ。だが、それ以上にこの我に血を流させた罪は重いッ!」


 そうして魔人の背に生えている結晶の羽が輝いた。


「玖珂、来るよ」

「問題ない」


 するとアキトとセレスティアの周囲に50以上の細い結晶が出現し、目に留まらぬ速さでアキト達に向かって迫ってくる。

しかし、その結晶はアキトの近くですべて停止した。

セレスティアの様子を見るといつの間にかその場にはおらず、魔人の後ろに回っていた。


「ちッ! あの人間といい、貴様といいッ! どういうカラクリだ!」


 アキトは魔人の攻撃を上手く止められた事に内心安堵し、先ほどから考えていた事の整理を急いだ。

(あの回復、いや蘇りの仕方はジョンと類似している。という事はジョンは魔人なのか?)


「一つ確認したい。貴様以外に魔人はこの人界に来ているのか?」

「そんなもの知るわけないだろう、数多もの我が同胞たちがこの世界へ渡る準備をしているのだ。そんなもの一々数えているわけがなかろうが」


 アキトは舌打ちしたい気持ちを必死に抑えた。

下手をしたらこの中華国以外にダンジョンが既に存在し、魔人が既にこの世界に来ているという可能性。

少なくともジョンは魔人と何かしら繋がりがあると考えて間違いないだろう。

 しかし、いつまでも既にここにいない敵の事を考えても仕方ない。

まずは目の前の魔人を滅ぼす方法を考える必要がある。


(”完全なる破壊デストルクシオン”を使うか、いや今使うとセレスティアを巻き込む可能性が……)


「いや、試してみるか」


 アキトは今まで以上に魔力を高め術式"感応"を使い周囲を探った。

そして目的の場所を確認し、右手に自身の魔力を集中する。


「無駄だ。貴様らでは我らを殺す事など不可能ッ! おとなしくその首を差し出すが良いッ!」


 アキトは魔力を溜めた右手を魔人ではなく、そのやや上に向けた。

そしてジョンが使っていたあの術式。異能を術式へ転化する技能。異能とはその人物の根幹に根差す権能だ。ならば異能を使った技能であれば他者に出来て自身に出来ないはずはない。

そう力強く自分を信じ、異能を使った。


 アキトの奥の手である”完全なる破壊デストルクシオン”は展開した結界の性能上、アキトの弱点ともされていた存在を認識できないものであろうともその空間上に存在するあらゆる元素を停止して破壊する。そのために使用中は呼吸が出来ず、光子も破壊するために目も見えない。そのため動いている物体に対して使用するのはリスクが大きすぎるデメリットがあった。だが、魔術式として運用出来ればそのデメリットも消すことが可能なはず。

 イメージするのは、自身の異能が魔力に溶けて混じり合い、まるで元から自分の機能のひとつであったと考えること。

(停止とは私に許された、ただ一つの権能!)



「権能術式"魔の波導フォルスエクリプセ"」



 アキトの右手から光子さえも停止させ破壊する漆黒の光が魔人の顔に綺麗な孔を開けるように抉り、その黒の光は止まらずに壁に綺麗な孔を開け、アキトの目標としていた場所を通過した。

しかし、思ったより衝撃が強く、狙いがそれてしまった事を感じたアキトは仮面の中で顔をしかめた。


「な、なんだ今の光は。いや、まて貴様まさかぁッ!」


 抉れた顔が赤い粒子を纏い修復していくが、魔人の顔は最初にアキトに粉々にされた時以上に怒りを露わにしていた。

そしてその顔を見て自分の予想が当たった事をアキトは確信する。


「なるほど、やはりこの奥にある魔力の塊、それを破壊されると不都合のようだな」

「我が聖域を破壊するだと! 人間如きが、大言を申したなッ!!」

「つまりあの奥の部屋にあるものを壊されるのはまずいって事だね、玖珂。ボクが彼の相手するからお願いしていい?」


 そうセレスティアの声が聞こえると銀色の光を纏った剣が魔人の胸から生えていた。


「ちぃぃッ! いい加減に滅びろッ! 人間がッッ!!」


 そうして、アキトとセレスティアとの共闘が始まる。

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