第45話 エピローグ

「玖珂隊長、こちらにいらっしゃったんですか」

「ん、成瀬か」

「はい、今回の史上初レベルⅣを攻略した立役者がこんな所にいていいんですか」

「構わないよ、神代殿からもあまり他国と必要以上に関わらないようにと言われているからね」


 アキトはダンジョンのコアと思われる繭を破壊。

その後、雲林院達と合流しダンジョンを脱出している。その際に中国、ロシアとも連絡を取り、すぐにその2か国もダンジョンを後にした。

当初は中国、ロシアから本当にダンジョンを攻略したのかと問い合わせがあったが、アメリカ軍であるヴァージルからの話もあり渋々ながらも納得した様子だ。


「すぐに帰国の段取りを取るようにと日本から連絡がありましたため、これより1時間後には撤退する予定です」

「了解した。まさか中国に来て一晩で事態がここまで変わるとは思わなかったな」

「そうですね。幸い撤収は早くて済みそうです」


 そうして成瀬と話しながらアキトはダンジョンの様子を日本軍の仮拠点基地から見ていた。

大樹の上空にあった魔力の渦のようなものは既に消えている。成瀬の話によるとアキトが繭を破壊したタイミングで収束していた魔力も消えたようだ。しかしあの巨大な大樹は未だに残っている。念のため中国軍がまだダンジョン内に残って探索しているらしいが魔物は発生しない様子だ。

 血管の様に胎動していた樹木も停止しており、このまま経過観察をしていく形に落ち着いた。

そしてもう一点、問題になっている物が存在している。


については、やはりまだ揉めてるのか?」

「そのようです。斎藤殿は魔人を含め、ダンジョンを攻略したのは日本軍であり、梓音博士の異能もあるため、日本に持ち帰ると各国に伝えていますが……」

「普通の魔物の魔石と違うんだ。そりゃどの国でも喉から手が出るほど欲しいだろうな」

「でも、やはり危険じゃないかと思います」

「だろうな……」

「だからこそ、我が国で管理する必要があるという事です」


 アキトは後ろからここにいないはずの声が聞こえ、すぐに振り向いた。


「――神代殿? どうしてここに」


 黒いビジネススーツに身を包んだ神代二三、そして二番隊副隊長の斯波がいた。


「連絡を受けて直ぐに日本を発ちました。そして魔人を倒した人物がいる国でその魔石を保管するというのは自然な流れでしょう?」

「驚きましたね。斯波副隊長は別件はよろしいので?」

「ああ。玖珂隊長から連絡があり、見張っていたがこちらでも例の男は捕捉できなかった。一応他に仲間がいないか確認したがそれらしい気配もなかったな」


 斯波はエルプズュンデの襲撃に備えて予備戦力として控えていたが、結果的にそれは杞憂で終わった。もっともジョンというエルプズュンデの手の者に襲われたという事もあり、引き続き警戒は続けていたのだ。


「それで神代殿、さっきの話ですが」

「ええ。魔人の魔石は我が国で管理するという事が決まりました。もっとも魔石の研究自体はアメリカと共同でという形になりますが……」

「共同ですか?」

「はい、今回玖珂隊長が魔人を仕留めたという点、ダンジョンを破壊したという点はアメリカも認めている周知の事実です。

しかし、イディオムのセレスティアの働きがなかったわけではありません。その点ではこちらも否定できない事実ですからね。もっともあのエドナ国務長官の苦虫を潰したような顔は中々見物だったようですよ。斎藤殿も自慢げに語っていましたからね」


 事実アキトが到着するまでの間はセレスティアがいなければどうなっていたか不明だったと考える。

雲林院達が簡単に負けるとは思わないが、それでも客観的に考えたとしても魔人の力は強力だったとアキトも思った。


「共同研究とはどうするんでしょうか?」


 成瀬の質問はアキトも疑問に感じた事であった。


「アメリカの技術者が日本へ来る形になるそうです。念のため現在、魔石を保護する新たな施設を急ピッチで建造しています。魔石研究所で保管という話もありましたが他国の研究者を入れて技術漏洩をしては意味がありませんからね。魔石自体は明日、輸送される予定になっています。ともあれ――」


 そういって神代は姿勢を正した。


「玖珂隊長。本作戦での貴方の活躍は私の期待以上でした。本当にありがとうございます」


 予想していなかった神代の礼儀正しいお礼にアキトは少々困惑した。


「ですが、私はエルプズュンデの手の者を逃がしてしまいました」

「玖珂隊長。元々エルプズュンデはこちらの予想出来ない動きをしています。それを気にしても仕方ないでしょう。それに幸い被害も出ていない様子でしたしね。もっとも今後の対策は必要になりますが」


 ジョン・ドウと名乗ったあの男。明らかな偽名なのは置いておいて恐らくあの男は何か魔人と関りがある。

ジョンの蘇生の仕方と魔人の蘇生の仕方は似通っていた。無関係とは考えられない。

それはつまり、ここ以外にダンジョンが存在しているという事実に他ならないのだから。



「失礼しますッ! アメリカのエドナ国務長官から玖珂隊長へ面会の相談が来ております」


 アキト達の近くに日本の空軍の人が来て、報告をしてくれた。

その報告にアキトは仮面の中で困った顔をする。というのもダンジョン攻略後にこのエドナという人物から何度も面会の連絡が来ていたのだ。さすがにアキトも自分で判断するわけにもいかず、神代へ報告を上げた所、無視するようにと指示が出ていたのだ。


「玖珂隊長は忙しいとお伝えして下さい。まったく予想通り過ぎて笑えてきますね。玖珂隊長、一刻も早く帰国の段取りを取りましょう」

「よろしいので?」

「構いません。どうせ勧誘か、玖珂隊長の素性を調べようとしているのでしょう。アメリカからすればあのセレスティアを超えた異能者など寝耳に水でしょうからね」


 そうして神代、斯波と共にアキトと成瀬もその場を後にした。

既に帰国の準備は着々と進んでいる状態だが、魔人の魔石の件もあるため斯波はまだ中国へ残るという事だった。また、魔石から魔人が復活する可能性が示唆されていたので念の為アキトは魔石の近くに半日ほど様子を見ていたがその兆しは無かった。復活に必要なあの繭は破壊されているため恐らく復活はしないだろうと梓音からも連絡があったのだ。


「お帰りなさい、玖珂隊長。予定より早いですが、帰国します。準備は大丈夫ですか?」

「はい、問題ありません」

「あの、玖珂さんッ!」


 雲林院と話していると雫から声を掛けられた。雫の後ろには葦原、天沢の二人も一緒に立っている。

なぜかこちらを見て二人がニヤニヤしているのが気になるアキトであった。


「なんですか」

「ダンジョンの中では何度も助けて頂いてありがとうございました!」


 そう言って頭を下げる雫。

少し困った様子でアキトも雫に話しかけた。


「いえ、私も未熟な所がありましたが、皆さんと一緒に今回の任務に着けてよかったと思っています」

「そんな、玖珂さんはすごく強くて、その……カッコ良かったです!」

「まぁ、今回オレたちは完全にお荷物だったからな。少しでもそう思ってくれてるなら良かったぜ」

「そうね、戻ったら私たちも鍛えなおさないといけないわね」


 少し申し訳なさそうに話す葦原と天沢にアキトも声をかけた。


「そんなことはありません。皆さんを頼りにしていたからこそ私も存分に動けましたから」

「そうですよ、ソードドールズの皆さんと一緒だからこそ、玖珂隊長には単独で動いて頂ける形が取れたのです。

私からも今回の危険な任務の依頼を受けて下さってありがとうございました。

皆さんには戻り次第、指定の口座へ今回の膨大な報酬が支払われる予定ですから楽しみにしててください」


 アキトの言葉を引き継ぎ、近くにいた雲林院もお礼を言った。


「あの、それで玖珂さんに相談があるの!」

「ん、なんです?」


 改まった様子で雫がアキトに話しかけた。


「時間があるときでいいので、私の特訓に付き合って貰えませんか!」

「……私にも軍務が――」

「あら、よろしいではありませんか」


 アキトの言葉を遮るように雲林院が話に参加した。


「私からもお願いします。この子も自分の力不足は感じたでしょうから鍛えてあげて下さい」

「雲林院隊長……さすがに私の一存では」

「なら私が許可しましょう。どのみち、しばらく玖珂隊長は軍務は休みの予定ですからね」

「ん、どういう意味ですか神代殿」


 神代の気になる発言にアキトは仮面の中で眉をひそめた。


「もちろんレベルⅢが国内に発生した場合などは順次出動してもらいますが、恐らく日本に戻れば玖珂隊長はしばらくそれどころではなくなると思います」

「それはどういう事ですか?」


 アキトは何故か言い知れぬ悪寒を感じていた。


「中国のレベルⅣ、つまりダンジョンの事は深い事情は知らずともその存在は世界に認知されています。

そのダンジョンを攻略した立役者である玖珂隊長は世界でちょっとしたヒーロー扱いなんですよ」

「ちょっと待って下さい! 何ですかヒーロー扱いってッ!?」

「既に大々的にニュースになっているからです。史上初レベルⅣを攻略した超級異能者、対魔零番隊隊長玖珂アキトっという形でですね」


 その話を聞きアキトはめまいを覚えた。


「馬鹿な。いくら何でも早すぎませんか? というより超級異能者とは」

「これほど大きな規模の事件です。年々この地域の魔物が増え住民の不安は増える一方でした。その為にもポジティブなニュースは早めに流して安心させて上げたいのです。それに暗いニュースが多かった昨今ではヒーローの登場とは得てして景気がよくなりますからね。ちなみに超級異能者とは我々が作った新しい呼称です。玖珂隊長の力は明らかに今までの特級異能者を超えていますからね」

「では、帰国したら私は何を……?」

「当分は休暇ですが、恐らくメディアなどの対応をお願いする事もあるでしょう。それ以外にもお願いしたい事はありますが、それは帰国してからお話します」

「……了解です」


 そんなやり取りをして、アキトは日本へ帰国する飛行機へ乗った。

今回は行きと違い、同じ飛行機に乗っているのは成瀬のみだ。


「成瀬も随分無理に異能を使ったんだって?」

「はは……。さすがにあの高密度の魔力が集まるダンジョンを異能で見るのは中々大変でした」

「そうか、本当にご苦労だったな」

「……玖珂隊長」

「なんだ?」

「もう大丈夫ですよ。ここの声はコックピットには聞こえません。本当にお疲れ様でした」


 成瀬はゆっくりアキトの仮面に触れ、その声がとてもやさしくアキトの心に響いた。



「そう……だね。成瀬、僕はがんばったかな」

「大丈夫ですよ。ゆっくり休んでください」


 この任務に入ってからずっと被っていた零番隊隊長、玖珂アキトという仮面を外し、久しぶりに15歳であったアキトへ戻りそのまま日本に到着する僅かな時間、眠りへ落ちた。



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夢で最強の異能を貰ったのに目覚めるのに二十年掛かった件について カール @calcal17

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