第23話 ラターシャ
君に紹介したい人がいる。
皐月よりそう言われたアキトはあの話の後に二人で対魔本部14階へ来ていた。
ちなみに、成瀬は報告書を纏めるために先に戻っている。
「それにしても本当に短期間で立派になったね、アキト君」
「はい、有難う御座います」
「次の任務は何が起きるか分からない。たがらその前に君には彼女に会って欲しいと思ってね。神代殿に相談していたんだ」
「彼女……ですか?」
アキトと皐月は目的の階に到着し、そのままエメラルドグリーンの廊下を歩く。二人の足音を響かせながらアキトこのフロアに少し疑問を抱いていた。
(妙に暗いな)
そうアキトが居るフロアは間接照明のみになっており昼間なのに妙に暗い場所だった。
そして、天井、壁、廊下に至るまで全てが緑系の色で統一されている。
「不思議な所だろう。これはここにいる人物のために作られたフロアなんだ」
「ここにいる人物ですか……それはこれから会う人っと言うことですよね」
「そうだね。これから紹介する人物は異界人、妖精種のラターシャ殿だ」
ラターシャ。
以前梓音より聞いた対魔にいる妖精界の人物。
妖精種自体は決して多い人数ではないが、太平洋に出現した妖精の国より各国に住居を移していると聞いている。
ハンターギルドも元々はその妖精種が発起人と以前に聞いた覚えがあった。
「ラターシャ殿はここで研究を行っているんだ」
「なんの研究を……?」
「主に魔物についてだね。今回も中華国の魔物についてまとめている。神代殿はデータでの閲覧だけでも十分に情報は共有出来ると考えていたようだけど、やはり実際に話を聞いた方が良いだろうと思ってね」
「そんなにダンジョン内の魔物は特殊なんですか?」
「どうもそのようでね、その辺は直接聞いてみて欲しい」
そう言って皐月とアキトはこれも同じく薄緑色の扉の前に着き、近くに備えられていた電子機器の近くにブレスレットを近づけ機械音がなったと同時に扉が開いた。
「ん、この匂いは……」
予想しなかった匂いがその部屋の中から一気にアキトの鼻腔へ直撃した。
独特なスパイスの香り、そして日本人であればこの匂いは非常に嗅ぎなれた食べ物だ。
(なぜ、カレーの匂いが充満してるんだ)
皐月と共に部屋に入るとそこは薄暗く、窓には分厚いカーテンが日の光を遮断している。
床に大量の衣服が散らばりテーブルにはアキトも見たことがないような機械なども置いてあった。
そして、その部屋の奥で一心不乱にカレーを口に入れている女性の姿。
少々くすんだワンピース、そこからすらっとした綺麗な足が伸びている。日本ではあまり見ない綺麗なブロンドヘアーから横に少々特徴的な耳が見えている。
「美味、美味、やはりカレーは至高……ん?」
こちらの存在に気づいたのかカレーを食べながらこちらに視線を向けた。
眼鏡を掛けているがそのレンズの向こうの瞳は綺麗な翡翠色をしている。
左右対象に恐ろしいほど整った顔を見てアキトは異界人という事に思ったより簡単に納得出来たのであった。
「誰?」
「ラターシャ殿、皐月です。覚えていらっしゃいますか?」
「さぁ、誰だっけ?」
「ハハ、もう何度も会っていますがまだ顔を覚えられませんか?」
「言われてみれば見覚えもある……かも」
首を傾けその後またカレーを食べ始めるラターシャ。その様子を見て肩を落とす皐月を見てアキトは質問した。
「かなり変わった方ですね」
「妖精種の方々は人を顔ではなく、魔力で覚えるそうなんだ。ただラターシャ殿は特に人を覚えるのが苦手なようでね。まだ名前を覚えているのは梓音博士くらいみたいだよ」
「……なるほど」
「さて、食事が終わるまで待とうか。ラターシャ殿は一旦カレーを食べ始めると止まらないからね」
確かに、カレーを夢中で食べている。よく見ると傍には既に空になった食器もあるようだ。
見た感じかなり小柄のようだが、思った以上に食べるようでそのカレーを食べている様子はあたかも小動物がご飯を食べているようで妙に和んでしまう。
「カレーがお好きなんですね」
「ああ。自国の食事と日本での食事は随分違うみたいでね。ここに来て最初に食べたカレーが衝撃的だったようでそこからハマったみたいだね」
「妖精の国の食事はやはり違うんですか?」
「そうみたいだね。どうも、調味料をほぼ使わない素材の味を楽しむスタイルのようだよ」
「となると随分味が濃くて驚いたんじゃないですか?」
「それが良かったみたいだね。今は妖精国とは主に香辛料や調味料の類が主に貿易の商品として盛んのようだ、さて食事が終わったようだよ」
見ると口元をティッシュで浮いて満足そうな顔をしているラターシャがいる。
「満足。それでそっちは誰?」
「紹介しますね。この度我々の対魔の一員になりました玖珂隊長です」
「零番隊隊長の玖珂アキトです。どうぞよろしく」
「よろしく――ん?」
簡単な自己紹介を済ませるとラターシャがアキトを見て不思議そうな顔をしている。
そのまま数秒静寂が訪れ、おもむろにラターシャは立ち上がりアキトの方へ走って来た。
軽快な足音を響かせ、足元に落ちている衣服を踏みつけながらアキトの近くへ行き、
「くんくん」
「なッ!」
なぜかアキトの匂いを嗅いでいるラターシャに戸惑うアキト。
「いい匂い、貴方良い魔力ね」
「匂い……ですか?」
美人のラターシャに良い匂いと言われるのは悪い気はしないが、このカレー臭がする部屋でよい匂いと言われてもカレーの匂いしかしないのではないかとアキトは思っていた。
「そう。魔力には匂いや色がある。貴方の魔力は熟成した芳醇な匂いがする」
「はぁ、ありがとうございます」
「よかったじゃないか、玖珂隊長。以前にも梓音博士に対しても同じようにいい匂いって言っていたからね」
「うん、アズっちはカレーのような複雑な香りがしてグッド」
(やっぱりカレーの匂いなんじゃ……)
そんな不安を感じ、この後、今着ている服はすべてクリーニングに出そうを決心するアキトであった。
その後、床に散らばったいる衣服をラターシャは適当に隅においやり、椅子の上などにも置いてあった服や下着類などを適当に端の方投げて座る場所を確保していた。
「それで何か用?」
「はい、今度こちらの玖珂隊長が例のダンジョンへ行く予定でして、出現する魔物について教えて頂ければと思いましてね」
「わかった。中華国で発生した魔物の遺体を写真とかのデータで見せてもらった。
どうしても現地で直接みないとわからないけど、今この星で発生している魔物の種類とかなり違う」
「具体的にどう違うのですか?」
「ダンジョン内の魔物は私たちファータエールデンでも見たことがない魔物」
「ファータエールデン?」
「そう。私たちの世界の名前。今はこの星の太平洋という場所と繋がっている」
「申し訳ありません。出来ればそのあたりも詳しく教えて貰えませんか?」
「おけ」
ここからラターシャが語った内容はアキトも少々驚く話だった。
まず、妖精種の住んでいる世界はファータエールデンと言い、そこにも魔界から魔物が侵略しているようだ。
しかし地球のように大規模な侵略をしているわけではなく、数年に一度だけ魔物が襲ってくるというレベルのようで、
そこに襲ってくる魔物達がゴブリン、コボルト、オーク、オーガなどのレベルⅢで発生する魔物達と同じという事だ。
まさか、妖精種のいる世界でも魔物の侵攻があるとは思わなかった。
「ダンジョンに出現する魔物は倒しても死体が残らない。魔石だけ残る」
「死体が残らないのですか?」
「そう。これみて」
そう言ってラターシャは手元のタブレットをこちらに見せてきた。
そこには大きな洞窟のような場所であった。そして四足歩行の魔物の姿が映っている。
一見、シルエットは犬のように見えたが一緒に映っているハンターと思われる人たちと比べると明らかに巨大であった。
映像だけではわかりにくいが全長は約三メートルはあるだろうか。
やたら細く長い脚に髑髏のように陥没した二つの目が赤く光っている。
頭は犬の様な形の骸骨で身体はとても細くどこか病的な印象を受ける。
そんな魔物とハンター達が戦闘を繰り返している映像であった。画面の中で魔法と思われる炎が飛び、人の大きさもありそうな大剣と巨大な盾を装備しているハンター達が連携し激しい戦闘を行っていた。
非常にブレた映像だったため何が起きているか不明瞭であったが、この映像自体は既に戦闘終盤のようで、
この犬のような魔物は足を引きずり、口から夥しい血を流しながらそれでも敵を屠ろうとあがいている。
盾を持っている人物が噛みつこうとしたこの魔物を止め、その隙に別のハンターの剣による一撃で魔物の首が断たれようやく死亡したようだ。
「ここからよく見て」
首と胴体が離れた犬のような魔物はそのまま重力に従い地面へと倒れる。
すると、死体の全身から紫色の煙が上がり、死体から泡がいくつも発生しまるで蒸発するように消えた。
「なんです、これは」
「これは私も初めてみるね」
「うん、これは昨日こっちに届いたデータ。後で送る。
これはね、ダンジョン内の魔物が解ける様子。ちなみに私も見るのはこの映像が初めて」
「ダンジョン内で撮影が可能なんですか?」
「普通は無理。魔力の流れが外界と違うためか普通の機械では撮影出来なかった。でも先月アズっちが開発したカメラのお陰で可能になった。でも凄く危険。この映像も届いた後に戦っていたハンター達は全滅したと聞いてる」
「――全滅ですか?」
「そう、全滅。報告によるとこの犬の魔物、呼称『カラベラ』がさらに五体襲ってきたらしい」
「あの魔物が五体……ですか。ちなみにこの映像は何層なんですか?」
「14層。一時16層まで進められたらしいけど、魔物の強さが上がって来たためまた後退していると聞いている」
先ほどの映像の魔物。どうみてもキングタイプの魔物と一線を越えた存在だと言うのは見るからにわかる。
あれが、もし地上で出現した場合、果たして人類のうち何%の人がこれと戦えるのだろうか。
そう考えずにはいられなかった。
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