第9話 新しい生活
梓音に連れられてアキトは十階へ移動した。フロアには九階と比べ扉の数が少なかったが、明らかに作りが九階と比べ変わっていた。梓音についていくようにアキトも歩いて廊下を進む。そして目の前にあった扉の前に梓音が立ち止まり、ノックをした。
「魔石研究室所属 梓音と、玖珂アキトです」
「入りたまえ」
扉の向こうから皐月の声が聞こえ、アキトは少し安堵の表情を零した。また梓音のブレスレットを扉の横にかざし、機械音がなると同時に扉が開いた。
そこは先ほどの会議室よりも圧倒的に広い空間であった。
(五十人以上は平気で座れそうだなぁ)
そんな場違いな感想をアキトは抱きつつ、梓音と共に奥にいる人物の所までどこかぎこちなく歩いていく。
そこにいた二人の人物。一人は皐月だ。先ほどまで一緒にいたが、事前に報告を上げるために先にこの場所へ来ていた。そしてもう一人。アキトが初めて出会う女性であった。
艶のある綺麗な黒髪に薄く化粧をしているが、それがとても自然に馴染んでいる。少し釣り目に見えるその容姿からアキトは勝手に強気な女性という印象を持った。また、赤を基調としたスーツを着こなし、体型は痩せ型のようだが、出るところはしっかりと出ているとても美しい女性であった。
「随分緊張しているようだから、私から自己紹介をしましょうか。私は神代二三、貴方が入隊する対魔の統括をしています。どうぞ、よろしくお願いしますね」
「は、はい! 僕は玖珂アキトです。よろしくお願いします!」
そう言い終わるとアキトはすぐに頭を下げた。
「アキト君、緊張するなとは言わないが、もう少し落ち着きなさい。こちらにいらっしゃる神代殿は先ほどの説明の通り我々対魔部隊の統括をされている。その仕事は防衛省との他の軍との調整、他国との連携、そしてレベルⅢになった場所への部隊の派遣と多岐にわたる。ある程度は梓音博士から聞いていると思うが、我々がアキト君に―――」
「皐月隊長。ここからは私が説明をしましょう。玖珂アキトさんまずあなたの希望通り、軍と我が家の力を使ってあなたの家族の捜索を全力で行いましょう。調査範囲は神奈川県全域を予定しております。湘南で起きたレベルⅢ発生直前までは少なくとも湘南にいた可能性が高いため、そこを中心に神奈川全域を調査します。さらに平行で杉並区を一緒に調べる予定です」
「杉並区ですか?」
いきなりの申し出にアキトは驚きを隠せなかった。神奈川は分かるが、何故杉並なのか。一瞬疑問が過ぎったが冷静になると理由がすぐに分かった。
「僕の様子を見に杉並のアパートへ来ていた可能性があるから…………ですか?」
「そうです。レベルⅢの氾濫が起きたのは世界異変から5年目でした。当時は突然現れた魔物などの対処が上手くいかず交通を含めたライフラインが止まっている状況も珍しくなかったのですが、もし自分の子供が異変後連絡が取れないなら、様子を確認しようとするのが親という者でしょう。
電車などの公的機関は止まっていたため、車での移動だったのか、もしくは徒歩で移動を考えたのかは分かりませんが、必ずしもレベルⅢが発生した当時、湘南に居たという確証はありません。そのため、私の予想としては異変後、一度杉並へ移動をしたが、あなたと接触する事が出来なかったと予想しております」
その話を聞き、アキトは嫌な予想を考えた。アキト自身が目が覚めアパートから脱出した際に、扉を破壊して外へ出た。それは、自分のアパート、詳しく言えば自分の部屋を中心に瓦礫が密集していたからだ。
「玖珂アキトさんが考えている事はわかります。既に私の方で指示を出し、貴方がいたアパートの解体作業を進めています。表向きは禁止区域指定されていた場所の確認と対象者玖珂アキトの部屋の私物を回収する事としていますが、裏の狙いとして遺体があるかの確認も行いました。結論から申し上げてあの場所に遺体はありませんでした。安心して下さい」
その言葉を聞き、身体の力が抜け、膝から崩れそうになった。万が一にでも自分のせいで両親を殺していたとしたらアキトは精神が耐えられそうになかったからだ。
「ありがとう御座います。それを聞けただけで安心しました」
「いえ、ですが、説明もあったとおり、既に亡くなっている可能性が高いのです。恐らく杉並のアパートへ移動したが息子に接触できず、一旦どこかへ身を寄せた可能性があります。今の世の中では、住民票などがあまり宛になりません。魔物の災害に怯え、今まであった会社の多くは倒産し、新しくハンターとして家族を養っている人も多くいます。私も私財を投資して出来るだけ多くの住民が住めるマンションを作っていますが、二十年経ってもまだ世界は完全に安定していないのです。だからこそ、玖珂アキトさん。魔物に怯えない世界を作るためにもあなたの力を私に貸して頂けませんか?」
「――――はい、こちらこそ、よろしくお願いします」
そうして再び、先ほどよりも深くアキトは頭を下げた。どこか満足そうに頷いた神代は今後の指示を皐月に出した。
「では、皐月隊長。玖珂アキトさんの詳しい所属については追って指示を出します。戦闘訓練の教官役の人選は一任しますが、期間は半年としてください。今後人選された者は玖珂アキトさんへの指導を最優先とします。何か不都合があれば連絡を」
「承知しました。では、アキト君。まずはこれを受け取って欲しい」
皐月が小さい鞄を持ってアキトの前へ移動した。鞄を受け取ったアキトは不思議そうな顔をして鞄を見ている。
「それは魔石研究所と妖精種のドワーフと共同開発した鞄だ。特にきまった名称はないが、鞄内の空間を拡張し見た目より荷物が入るようになっている。開けてみてくれ」
そう言われ見た目普通の肩掛け鞄の中をあけた。不思議な事に中は普通の鞄のように見えるが、明らかに鞄の面積以上に広いのが良く分かった。
「その中に入っているのは君専用のスマート端末と、このビルに入るためのブレスレット、こちらで用意した財布、一応現金とカードが入っている。それは自由に使ってもらって構わない」
「そのブレスレットはこれと同じよ」そう梓音が右手を上げて見せてきた。見た目シルバーアクセサリーのように見えるブレスレットだ。
「その中にチップが入っているからそれがあればこのビルの中は自由に移動できる。念のため今のうちに腕に嵌めておいてくれ」
そういわれ鞄からブレスレットを出し、自分の右手に嵌めた。大きさはちょうど良く、動かしても抜ける様子はない。
「明日からの予定だが、
「分かりました。でも僕喧嘩とかもろくにした事ないんですが、大丈夫でしょうか」
そういうと皐月は少し笑いながら答えてくれた。
「安心してくれ、かなり厳しく行くからすぐに慣れる」
「何の安心にもならないです……」
「さて、アキト君自身の事についてだ。君の存在を知っているのはこの場にいる者以外では、防衛大臣である綿谷氏と対魔でも隊長クラスしか知らない。君が正式に部隊に所属するのは半年後となる。だから、アキト君がまたこのビルに来るのは次は半年後って事になるな」
「あ、せっかく鍵を貰ったのに使わないんですね…」
「大丈夫だ、それは結構万能キーでな。設定している場所であればどこでも入れることが出来る。そのブレスレットでこの後、君が住む予定のマンションにも入れるし、梓音博士が所属している魔石研究所にも入れる。今後必要に応じて鍵を更新するのでなくさないように」
「分かりました」
アキトの返事を聞き、皐月は頷いた。
「明日、対魔部隊の人間が君のマンションに迎えに行く。それまでは待機していて欲しい。今日に限り、食事はこちらで出前を用意しておくから、家で食べると良いだろう」
「本当は私と食事を、と考えていたのですが、皐月隊長に止められてしまいましたからね。では、私はこれで戻ります」
「神代殿と一緒に食事しては休まりませんからね。それはまた後日として頂ければと」
そういって神代は会議室を後にした。
「では、私がマンションまで送っていこう。梓音博士はもう研究所に戻るだろう? 随分連絡が来ている様子だが」
「ははは……。そうなのよね。ごめんね、アキト君、明日の午前中は会えるからその時は研究所を案内してあげるね!」
そう話ながら梓音はそういって梓音も退室した。
「さて、本日は本当にご苦労様。本当はもっとゆっくり休ませて上げたいのだが、色々と立て込んでいるからな。今日はゆっくり休んでくれ。明日からキツイ特訓が始まるからな」
「お手柔らかにお願いします……」
「何、直ぐ慣れる。じゃあ、君の新しい家まで案内しよう」
その後、皐月と共にアキトは新しい住居へ移動した。対魔本部ビルから歩いて十五分程の場所にあったそれはどう見ても高級ホテルにしか見えない、タワーマンションであった。当然のようにオートロックのエントランスを通り、そこから七階へ移動しここでも自分とは場違いのような廊下を歩き部屋の前に着いた。皐月から言われたとおり、扉のノブ付近にアキトはブレスレットをかざすとピッっという音と共に鍵が開いたのが分かった。
中に入ると、今まで自分が住んでいたアパートの軽く三倍以上の広さの部屋にアキトは驚きを隠せなかった。既に家具なども用意されており、クローゼットの中には既に服の用意されており、アキトは引きつった顔をしていた。
「対魔は高給取りだからな。このくらいは遠慮するな。一応アキト君の端末にも私の連絡先も入っているから、何かあれば連絡を。といっても君の教育係は明日来る奴だから、そっちを頼るようにするといいだろう」
「そういえば明日来る人ってどんな人ですか?」
「明日来るのは対魔部隊五番隊隊長
そういって皐月はアキトの不安をよそに笑っていた。
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