第10話 教育係

「おう。おめぇがアキトか」

「――――――どなたです?」


 朝、行き成りドアのチャイムが連射されたと思ったら、玄関が壊れるんじゃと思うほど、叩かれた。

時計を見ると九時を少し過ぎたところだったため、先日皐月が行っていた教育係だとアキトは思った。

ドアモニターを見たところ、画面には大きく男性の身体が映っているが、顔が見えない。

これでは何も分からないため、思い切ってアキトは玄関の扉を開けたのだ。すると見上げるくらい大きな男が立っていた。

身長百七十cm程度のアキトが見上げる巨大な男。髪はオールバックになっておりサイドには剃りこみが入っている。所々髪の色が違うのはメッシュだろうか。身長は恐らく軽く二メートルは超えている事は容易に想像出来た。皐月と同じ黒いボディアーマーを着ているが、明らかに身体の鍛え方が違うのは良く分かった。


「あぁん?皐月から聞いてねぇのか?」


(ヤンキーかよ)

 そう思わずにはいられないアキトはなんとか聞かれたことに答えた。


「玖珂アキトです。もしかして、鴻上隊長ですか?」

「なんだよ、聞いてるじゃねぇか。おら、いくぞ」


 明らかに不機嫌そうな顔をした鴻上がそのままエレベーターの方へ向かっていくため、アキトは慌てて支給された鞄を持ってすぐに鴻上の後を追った。

 鴻上とアキトはマンションを出て、入り口の近くに止まっていた車に乗り込んだ。

今回運転するのは鴻上であり、アキトは助手席に座り、すぐにシートベルトを締めてその様子を確認した鴻上はすぐに移動を開始した。


「アキト。一応おめぇの事は皐月から聞いている。今日から半年俺が一人前になるように扱いてやるが、聞きたい事があれば遠慮せずに聞け」

「では、ひとつよろしいですか?」

「固い、固い。そうだな、もう少し偉そうにしゃべれ」

「え? 偉そうにですか?」

「お前は年齢は十五歳のままなんだろうが、法的には三十五なんだろ? ならそんなガキっぽいしゃべり方はするな、舐められる。ガキの癖に偉そうにと思う馬鹿にいるが、気にするな俺が許す。

それにさっきも話した通りお前はガキじゃない。まずその意識をもっと強くもて。肉体の年齢ばかり上がってもガキのままみたいな奴もいるが、そんなダセェ奴になるな。なに安心しろ、俺が鍛えてやる。自信が着けばおのずと変わるさ」

 

(そういうものなのかな)


 隣で悪そうな顔で笑っている鴻上を見て、都内の様子を見ていた。町並みの様子は思ったより大きく変わっていると感じた。

魔石がどんな恩恵を与えたのかしらないが、新しい建物が多く経っていて何度か行ったことがあるはずなのに知らない場所のような気がした。

そのまま車で一時間ほど、鴻上とアキトは雑談をしていた。


「じゃあ事故における死亡者数って変わってるんですか?」

「おう、人間の肉体に宿っている魔力ってのは無機物の数倍になるからな。車が当たった程度じゃ骨折もしやしない。人間同士の喧嘩の方がよっぽど危険なくらいだぜ」

「魔力における恩恵って事ですか」

「それよりハンター共の方がよっぽどあぶねぇがな」

「ハンターですか?」

「そうだ。アメリカで妖精種と共に立ち上げた組織だ。国連でも承認されていて、国に縛られる事がなく、魔物を倒す奴らだな。軍は国の指示がないと動けないが、ハンター達は個人で判断して魔物を狩る。今の世の中はそういう連中も必要だ。主な収入源は魔物から取れる魔石の売り上げと依頼などがあればその達成料金なんかだな。ちまみにハンターライセンスは十八歳になると受けられる。国ではハンターになる事も軍に入る事と同じくらい推奨しているが、実際は武器をもったガキ共が自分の力に酔いしれて犯罪を起こすケースが多い」

「軍には力を入れていないんですか?」

「半々って所だな。神代の嬢ちゃんが作って運営してる神代魔戦養成学校ってのがあってな。今のガキ共は大体そこを志望している連中が多い。普通の自衛隊訓練校も同じようなカリキュラムらしいが施設のレベルが違うからな。そこの卒業生が軍に入ったり、ハンターとして活躍したりって感じの進路だな」


 そういった今までなかった事柄を聞くだけで時間はすぐに経過していった。


「着いたぞ。そこだ」

「でっかいですね………」


 対魔本部の大きさにも驚いたがそれ以上に大きい。まるで巨大な円柱が地面に埋まっているかのようなデザインのビルだ。窓から反射する太陽を見ながら、その規模の大きさにアキトは驚愕していた。


(東京ドーム何個分だ?)


 そんな感想を抱きながら鴻上が運転する車に運ばれ研究所の中に入っていった。

途中、鴻上のブレスレットをかざし門を開きさらに移動していく。そのまま駐車場に車を止めアキトはようやく研究所に到着した。


「んじゃあ行くぞ。着いて来い」

「はい」


 研究所の中に入るとまたゲートがありそこにブレスレットをかざし鴻上は中に入る。それに習うようにアキトもブレスレットをかざし中へ入った。

研究所は白を基調としており、所々ガラス越しの部屋の中で白衣を着た研究者たちが、何か話し合っている様子が分かる。鴻上の後に続いて移動しながら周りを珍しそうにアキトは見ている。


「あんまり回りを見るなよ。ここの廊下はいたるところに監視カメラがあって、あまり挙動がおかしいと優先で録画される仕組みになっている。恥じをさらすな、みっともねからな」

「すいません!」


 そうして鴻上とアキトは梓音の研究室に到着した。そのまま、扉のロックを外して中へ入る鴻上に驚きながら一緒に入室した。


(ノックとかしないんだ)

「おう、来たぞ、梓音。さっさと始めろ」

「お、いらっしゃい! 鴻上隊長もありがとね。アキト君、昨日ぶり!」

「梓音博士、おはよう御座います」

「じゃあ、さっそく始めようか。といっても変わった事をするわけじゃないのよ。とりあえずこれを着てね」


 そうして長方形の形をしたケースを梓音から渡されそれをアキトは受け取った。

金属の冷たい感触を感じながら恐る恐る手に持つ。見た目に比べ思ったよりも軽いためそれにアキは少し驚いていた。


「その中に対魔仕様のボディアーマーが入っているわ。とりあえず装着してね。着方は特にないわ。強引に引っ張れば伸びるから無理やり着てね」


 ケースを受け取ったアキトは案内された試着室のような場所に移動した。カーテンを閉めて設置されていた台の上に金属ケースを置き、そのまま止め具を外す。すると中に皐月や鴻上が来ているような黒いボディアーマー物が入っていたため、それを取り出した。

思ったより軽い、そんな感想を抱きながら上着を脱いだ。


「アキト君、下着以外は全部脱いでね!」

「分かりました!」


 指示通り下着以外は脱ぎ、見た目ズボンのような感じで穿いた。素材は弾力があり一見ゴムのような感触であり、梓音の言う通り少し引っ張ると思ったよりも簡単に伸びた。


「あれ?思ったよりぶかぶかだな」

「着たら、腰辺りに小さいボタンがあるでしょ? それを押してね」


 梓音に言われボタンを探したら、赤い色のボタンが腰の部分に装着されていたため、それを押した。


「うぉ!」


 ボタンを押すと一気に空気が抜けるように穿いていたズボンが身体に吸い付くようにしまった。行き成り身体に吸い付くように縮まったため驚いたが軽く屈伸をしても何の違和感も感じない。少々窮屈な感じはするがすぐ慣れそうだなとアキトは思った。


「それは自動でボディラインに沿うように伸縮するの。上半身の似たような感じだからすぐ着れると思うわ」

「分かりました」


 同じ要領で上着も袖を通し、首元にあったボタンを押す。少し内臓が圧迫されるような感じがあるが、これもすぐに慣れるだろうと思った。装着前は気づかなかったが、よく見ると肩や肘、膝、胸の部分、股関節辺りにプロテクターがあり、試しに身体を動かしてみたがプロテクターがゴムのようによく曲がるためまったく邪魔にならなかった。

そのまま更衣室を着ていた服などを持って外に出た。


「うん! よく似合ってるよ!」

「その黒いボディアーマーは対魔専用だからな。それを纏っているときはより自分の価値を考えろ」


 梓音と鴻上の二人からそれぞれ感想を貰い、少し照れながらも頷くアキトであった。鏡で自分の姿を見たが、そのまだ幼い容姿と少しゴツイアーマーが相まって自分では違和感しかないのだが、こkれも慣れると良いなと思いすぐに鏡から目線を外した。


「よし、じゃあ実験を始めようか」

「えっと何をやるんですか?」


 これを着たら終了だと思っていた、アキトは素直に疑問をぶつけた。


「まず、簡単に説明するとね。その対魔専用のボディアーマーは魔物から取れる魔石を研究した結果作られたんだけど、ゴブリンとか、オークとかの下位種の魔物の魔石はハンターや自衛隊に回されてて、鴻上隊長やアキト君が着ている奴はね上位種の魔石を使って最新型よ。特にオーガキングが相性がいいからそれを主に使っている感じね。ちょっと身体を絞められている感じがすると思うけど、これは身体にある魔力をより効率的に循環させるために行っているの。素材自体も上位種の魔物からまともに攻撃を受けても簡単には傷つかないわ。さらにオーガが持っている自動修復オートリカバリースキルの恩恵もあるから、何かあっても徐々に修復される優れものね。

その他オーガのスキルにある、肉体能力向上、気配察知程度は付与されているわ。その辺りは使用者の魔力に応じて効果が変わるから、鍛えれば鍛えるほどそのアーマーの恩恵も上がっていくからね」

「とりあえず、自分の肉体能力を知るべきだろう」


 そういって鴻上は懐から拳銃を取り出し、アキトの頭に向けて撃ち火薬の弾ける音が研究室に響いた。その衝撃にアキトの思考は止まりすぐに目を瞑ってしまった。


「鴻上隊長、行き成りは酷くないですか?」

「何言ってやがる。しかししたな」


 鴻上の目の前には銃弾が顔のすぐ五センチ前の所で停止しており、それに気づきアキトはさらに驚いた。すぐ目の前に弾丸があるのだ。つい最近まで普通の日常を過ごしていたアキトにとってはそれだけでも一気に非日常へ引き込まれる脅威であった。


「ちょ、ちょっと! 鴻上隊長! 行き成り撃つなんて酷いじゃないですか!!」

「馬鹿野郎が。散々言っただろう。普通の銃弾程度じゃダメージなんてねぇんだよ。

 しかし完全に不意を付いて撃ったんだがな。アキト、おめぇの異能アビリティ停止結界ステイシス”は自動発動するみたいだな」

「…………ステイシスって何ですか?」

「私がつけたアキト君の異能の名前ね。名前と異能が結びつくと制御がしやすくなるのよ」

「――――”停止結界ステイシス”」


 先ほど教わった自身の異能の名前を呟き、意図的に少し停止する範囲を広げてみた。

そして移動する。自分が移動しても停止した弾はそのままだ。今度は範囲を自分の周りに爪程度の大きさにまで縮めた。次は結界の外になった銃弾は重力に従い、床に金属音を鳴らしながら落ちた。


「うん、よく制御できてるわね。今の移動も興味深いし、後で時間貰って色々実験したいわぁ」


 両手を頬に当てクネクネと動く梓音を見ながら身の危険を感じアキトは一歩後退した。


「よし、アキト。異能を消せ、もっかいやるぞ」

「えぇ! 嫌ですよ。痛いんですよね!?」

「馬鹿かてめぇ! 言っただろうが、まず自分の肉体がどう変わったかを体験しろ。

この時代になって生まれた奴は必要ないが、変異前の時代を生きてた奴が魔力を感じるのに一番手っ取り早いんだ」


 そういってまた銃を構える鴻上に対し、深呼吸を何度もしながら目を思いっきりつぶり、アキトは異能を消した。


「……お願いします!!」

「いいぞ! これ以上ゴネるようならもミサイルを用意するところだった」


 冗談かどうか分からない鴻上の話を聞き、すぐにまた研究室内に強烈な破裂音が鳴り響く。

それと同時に額に強い力が当たり、アキトの頭がブレた。


「いってぇ!!」


 額を手で押さえ痛がるアキトに対し、鴻上は拳骨を落とした。


「オーバーリアクションで痛がるな」

「いったぁ!」


 そしてアキトは額から直ぐに拳骨を食らった頭を抑える。


「どうだ、アキト。

「――――拳骨です」

「だろう。これが魔力によって強化されている強度の違いだ。分かっただろう。

今のお前は魔力を循環させる術をまだ知らない。だがそれを学べがさっきお前が拳銃より痛いといった拳骨でさえ痛みを感じる事はない」

「アキト君。鴻上隊長ほど魔力を完璧にコントロールしている人を私は知らないわ。

これから半年間、鴻上隊長の下で学べばあたなはもっと強くなれえる。強くなれば助けられる命が増えるわ。だからがんばってね」

「うし、アーマーは来たままでいい。そのまま訓練所に移動するぞ。今日中に魔力を扱えるようにしてやる」

「いや、待ってくださいよ、鴻上隊長! 一応血液検査とかする予定なので、それが終わってからにしてくださいね!?」


 野獣のように笑う鴻上を見て、少し引きつるような顔をしていたアキトであった。



 






 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る