夢で最強の異能を貰ったのに目覚めるのに二十年掛かった件について

カール

第1話 初任務

「くそ! このままだと前線を維持出来ない!」


 陸上自衛隊五番隊隊長りくじょうじえいたいごばんたいたいちょうである山路やまじは部下の言葉に、目の前の状況を苦々しい表情で見ていた。

陸上自衛隊による部隊が目の前にいるオークキングと戦闘を始めてすでに90分が経過しようとしている。全長3メートルを超え、醜悪しゅうあくな容姿をした豚の怪物だ。

ファンタジー作品などに登場するオークがこの静岡県で暴れていた。

 二十年前に起きた魔界という場所からの。各国はその魔物対策に追われている。突然発生する魔物の襲撃に対し、レベルという形で危険度を表現している。

 そのレベルⅡ、低位の魔物の集団発生が現在日本の静岡県で発生していた。それに対し、防衛省から自衛隊が派遣され、魔物に対し攻撃を開始している部隊の数は総勢で約278名。事態は徐々に悪い方へと流れている。


「オークキングの発生を確認、レベルⅢへ移行しましたっ!」

「魔物用の特殊弾丸はありったけ使え! とにかく対魔たいまが来るまで持ちこたえるんだ!!」

「すでに応援を要請しています。ハンター達の援軍が藤枝市ふじえだしの北方に到着したとの事です」

「ハンター達のランクは!?」

「Bのチームが5、C+のチームが10です」

「オークキング相手にその戦力では少々心もとないな。こちらはどのくらい持ちそうだ!?」

「弾薬はまだありますが、こちらの所有する戦車がすでに3機大破しております。敵の数はオークキング5体、オークジェネラル13体、ハイオーク約100体、オーク約600体程度かと推測されます」


 戦車などの従来の重火器はこの新しい世界ではあまり役に立たないため、魔弾と呼ばれる専門の特殊弾薬を開発し使用しているが、この開発が中々追い付いていないのが現状だ。


魔研まけん特殊弾生成とくしゅだんせいせいが追いつかないのは今後の課題だな……」


 山路はそんな愚痴を零しながら破壊された戦車を利用しバリケードをさらに強化していく。オークキングが発生した事により魔物の数が一気に増えた。上位種が出現する事によって発生する召喚現象に現場のピークが最大となってきた。


「五番隊一班から五班まで、一度当たるぞ! ハンター達に連絡、連携を取るように伝えろ!」


 号令を掛けられた一班から五班は腰に両刃の剣を携えており、それを抜刀する。


「六班から九班までは引き続き射撃を行い上位魔物が接戦しないように注意! 一班から五班はバリケードが再構築されたら撤退だ! 異能アビリティ、”身体強化フィジカルブースト”を発動せよ」

「「身体強化フィジカルブースト」」


 兵達が一斉に異能を発動する。


「さらに、六班から九班。先行する班の撤退に合わせて魔法を使用っ!!」

「「はっ!」」

「佐山が指揮を取れ、引き際を誤るなよ……」

「承知いたしました」


 佐山と呼ばれた陸上自衛隊五番隊副隊長は敬礼を行う。


「山路隊長もご無理をなさらず……」

「わかっているが時間を稼がねばならない。早く行きなさい」

「はっ!」

「――異能アビリティ力の分配パワーオブディストリビューション”」


 山路隊長は右手を上空へ掲げ、異能を発動した。そこを中心に光が円環を成し地上を駆け、山路は左手に持つ拡声器より号令を告げる。


『私の異能により諸君らの力は倍増しているっ!! 恐れるな!! ここを突破されれば民間人へ多大な被害が出てしまう。我々が食い止めるのだ。そして、勇敢なるハンターの諸君。あと少しだ。もう間もなく対魔部隊が到着する。それまで今しばらく力を貸してほしいっっ!!!』


 能力が強化される異能により戦意が向上する。雄叫びを上げ、目の前に迫るオークたちへと攻撃を開始した。

山路は先ほど自分の端末よりあと五分で対魔部隊が到着する連絡を受けていたが、気になる事あった。


(こちらに来るのが対魔部隊隊長との事だが、零番隊なんて部隊はなかったはず。―――――新設部隊か?)


 一抹の不安はあるが、腐ってもあの。ただの部隊員でさえ、その戦闘能力は目を見張るものがある。


『―――――山路隊長。こちら対魔零番隊成瀬なるせです。もうすぐ零番隊隊長が上空より到着します。すぐに部隊、ハンター達を後退させて下さい。巻き込まれてしまいます』


 装備されている通信用の魔道具より対魔から連絡が入った。


「……巻き込まれる? 確かに対魔部隊が戦うのであればすぐに引き上げる予定だが……」

『いえ、魔物から距離を取ってください。今回向かっている零番隊隊長はです』

「―――――なっ!」

『巻き込まれる危険性があります。即時距離を取るようにしてください』


 上空を見る。そこには人影が飛来していた。フルフェイスタイプの仮面を装着し、黒いボディアーマーを着込んでおり、対魔部隊が来ている専用の白いロングコートを着ている。そして隊長の証である<零>のエンブレムがその両肩に刻まれている。


(当たり前のように飛行術式を使いこなしている所、さすが対魔か)

「こちら陸自五番隊隊長山路。対魔零番隊隊長と思われる人物は到着したが、他の隊員はどこだろうか?」

『こちら成瀬です。そちらに向かったのは零番隊隊長の玖珂くが隊長のみとなります』

「隊長一人だと?」


 確かに対魔部隊は多くの隊員がいる部隊ではないが、それでも三十人以上は通常いるはずだ。


『はい、零番隊は特殊な部隊として設立されており、隊員は存在しておりません。玖珂隊長とオペレーターの私、計二名の部隊です』

「馬鹿な――――」



 ありえない。

 確かに圧倒的な力を持つ対魔部隊は確かに少数精鋭だ。部隊の人数が限られているのは知っているがそれにしても経った二人。いや、一人は通信のみで現場にいないため実質一人だけ。部隊として機能を全くしていない。


『この特殊な編成には理由がございますが、それを詳しくお話する事はできません。ですからこちらから詳しく申せるのはこれだけなのです。味方が近くにいると玖珂隊長は本来の力を発揮できないため至急離れて下さい』


 上空より着地した零番隊隊長――――玖珂隊長がこちらに向かって歩いてきた。


「こちら対魔零番隊、隊長の玖珂アキトです。これより現場の指揮権はこちらに一時移譲されます」

「はっ! こちら陸自五番隊隊長、山路範宗のりむねと申します。承知致しました。それではすぐにこちらの部隊を引かせて頂きます」


 お互いに敬礼し、状況の共有を行う。恐らく声は加工されているのだろう。

なぜ仮面を外さないのか聞くべきなのだろうが、今はそれどころではない。


「敵の規模は既に把握しております。すぐに殲滅いたしますが、私が殺し損ねた場合に備えてください。それでは参ります」


 そういって玖珂隊長はオークに向けて移動を開始した。

それを確認に山路もすぐに部隊に連絡を取る。


「部隊に告げる。こちら山路。対魔部隊がこれより魔物の殲滅に入る。巻き込まれないように戦線を維持しながらすぐに後退せよ。一班から五班まで早急に離脱し、六班から八班までは魔法による援護射撃を行え。九班はハンター達に距離を取るように勧告せよ。万が一、ハンター達がこちらの指示に従わない場合でも三回まで勧告行動を行う事」


 通信機から部隊に指示を飛ばす。


『こちら佐山。承知致しました。可能な限り前線を維持したまま後退致します』


 そこから各班長から連絡が返答が入りこちらもすぐに動き出す。民間人は既に避難しているが一体どんな異能なのか。


(出来るだけ建物は壊さないで貰いたいがどうなるか……)


 山路から少し離れた場所で玖珂隊長は体に魔力を満たしている様子だ。


「――――”魔力の奔流フォルスバースト”」


 そんな言葉が山路の耳に届いたが、その瞬間まるで目の前で爆発でも起きたかのように風が舞い目を開けている事が困難になった。

すぐに目を開けて辺りを見ると玖珂隊長は既に遥か前方へ移動している状況であった。



*****



 前線より後退していた佐山は山路隊長より通信があった対魔の隊長である玖珂が目の前を通過するのが辛うじて見えた。飛行により巻き上がる煙が酷く共にいる部隊員は皆咳をしている。

すぐに双眼鏡で対魔が向かった前線を見て佐山の表情が固くなった。

 玖珂隊長は目の前に迫るオークを手刀で首を斬り落とし、抜き手で魔物の魔石を砕き、握った拳を放てばまるでボーリングのピンのようにオークが破裂しながら、周りを巻き込み飛んでいく。

そんな光景を見ながら後退した兵とハンター達はその様子に唖然としていた。

 

 その様子を双眼鏡で見ている佐山は考えている。


(相変わらず化け物じみた身体能力。やはり対魔の隊長は化け物だ。だが、この程度であればこちらは撤退した意味はなんなのだろうか)


 双眼鏡を使い玖珂隊長の戦闘を見ていた佐山は思わず舌打ちをした。

玖珂隊長の戦闘を見ていた一人のハンターが撤退指示が出たにも掛からず、また前線に出て戦い始めたのだ。恐らく玖珂隊長の戦いぶりを見て自分も前に出て戦果を上げようとしたのだろう。


「どこの馬鹿だっ! ハンターが前に出た、おいっ! 誰か連れ戻せ」


 部下に指示を出し、勝手に前線に戻ったハンターを戻そうとしたときだ。目の前の異常な光景に気づいた。佐山から指示を受けた者も足を止め、目の前の光景を見ている。

 先ほどまで殺気を纏わせこちらを惨殺せんとばかりに向かっていたオーク達の動きが止まったのだ。

それだけではない、崩れそうだった建物も崩壊途中で停止している。

そしてこちらの指示も聞かず勝手に前に出ていたハンターの動きも停止していた。まるで映像を一時停止させているような状態だ。


 その中を玖珂隊長だけが高速で移動し、まるで作業のように魔物を殺していた。

すると玖珂隊長の様子が変わる。何かを探すような動きをし始めた。そして勝手に前に出たハンターを見つけると、先ほどまで止まっていたオーク達がまた動き出した。しかし先ほどまでのようにオーク達は戦わず、非常に息苦しそうに呼吸を整えている。

そんな中に玖珂隊長はまた高速で移動し、ハンターを見つけると装備している防具を掴み、こちらに向かって投げたのだ。

片手で投げているにも掛からず20メートル以上離れているこちらに向かって投げるその膂力に驚きつつ、すぐにその問題のハンターを確保した。


「巻き込まれて死にたいのかっ!」


 そう玖珂隊長から怒声が聞こえ、また先ほどと同様に魔物たちが停止した。これがあの隊長の異能なのか。

考えたい事が多くあったが、まず投げ飛ばされたハンターの様子を確認した。


「おい、あの馬鹿はどこのどいつだっ! ハンターギルドに抗議しろっ!」

「佐山副隊長。例のハンターですが、脈拍が低く、息切れを起こしております。また、どういう訳か意識が朦朧もうろうとしており、このまま放置すれば命が危ないかと思われます」

「――玖珂隊長の異能の影響なのか? 救護班の方へ連れて行け。死なれたらこっちにクレームが来るからな」

「はっ!」


 部下に指示を出し、佐山はまた玖珂隊長の様子を見た。先ほどと同様に蝋人形のように止まったままのオークキングの身体に抜き手で魔石を奪い、あっという間にオークジェネラルを含めた上位種の魔物は魔石を抜き仕留めていた。

異様な事に魔石を抜き、殺されても依然魔物達は膝をつかずそのまま立っている。

 通常魔物は魔石を抜かれれば即死する。それなのに、魔石を抜かれた魔物たちはそのまま立っていた。まるで何が起きたか理解出来ていない様子である。辺りには戦闘による音は出ていない。

ただ、一方的にオークの肉体が破壊される音だけが響いていた。

そうして既に作業のように魔石を抜いた玖珂隊長は戦場で足音が響くという異常な状態を作りながらこちらに戻ってきた。



 その瞬間。



 糸が切れた人形のように総勢七〇〇体は超えていた魔物は一斉に息絶えた。




「殲滅は終了いたしました。私はこのまま帰投します。一応こちらの邪魔をしたハンターをそちらに投げましたが無事ですか?」

「はっ! 現在救護班に連れております、失礼ですが、あの症状は異能の力なのでしょうか」


 恐る恐る佐山は玖珂に質問を投げた。もしどういう症状なのか分かれば治療に役に立つと考えたからだ。


「詳しく説明出来ないですが、一時的に心臓などの内臓器官が停止した状態でした。そのため、心肺停止状態であったと考えてください」

「――はっ! 救護班とも共有し治療に当たります」


 佐山は驚愕していた。つまりあの空間は能力者の玖珂隊長を除いて生き物が生きられない死の空間になっていたという事なのだ。恐ろしく強力な異能に佐山は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。


「私はこれで戻ります。現場の指揮権は山路殿にお返しいたします。申し訳ないがそのように伝えて頂いてもよろしいか」

「――――――は、はい。承知致しました。魔物の遺体はこちらで処分致します。索敵班! 念のため他に敵影はあるか確認をっ!」

「はい、佐山副隊長。魔道具により探知致しましたが敵影は確認できません。殲滅されたかと推測します」


 佐山は部下の報告を聞き、すぐに玖珂へ報告を行う。


「玖珂隊長。それでは後始末はこちらでお任せ下さい」

「感謝します。では私は帰投します」

 

 そうして玖珂は身体を宙に浮かせ飛行し戻っていった。




****




 玖珂は死体などを含めた後始末を陸自の部隊に押し付けてその身体を宙に浮かばせて移動している。そのまま1キロほど飛行した所に軍用のヘリが飛んでいた。ヘリの扉が開き、そこへ玖珂は身体を移動させた。


「玖珂隊長、お疲れ様です!」

「ああ、ご苦労様。このまま東京へ帰還してくれ」

「はっ!! 承知しました」


 玖珂をここまで移動してくれた航空自衛隊員に礼を言い、椅子に座りすぐにフルフェイス型の仮面に内蔵されている通信機を起動する。


「成瀬、こちら玖珂だ」

『こちら成瀬。玖珂隊長お疲れ様でした。如何でしたか?』

「少々トラブルがあったが特に問題はない。戻り次第、皐月隊長へ報告に向かう。成瀬は対魔本部の入口で合流だ」

『承知致しました。お待ちしております』


 そうして通信を切り外に流れる雲を見ながら考える。


(なぜこんな事になったのだろうか)






 ―――――――あの日の事を思い出す。自分の世界が変わってしまった日の事を。

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