第43話
「それは、なんというか、お悔やみ申し上げます。」
やっとの思いで俺が絞り出しすことができた言葉がこれだった。
実をいうと、ファイブスターズのバランスがおかしいことは全員の能力を教えてもらった時から不思議に思っていたのだ。
カケルさん、ミサキさん、ヒカリさん、茜ちゃんは皆、攻撃系統の能力。
唯一、初攻略の階層を探索する際に同行するというマスターは斥候系の能力だが、獲得しているスキルは3つとも攻撃系であり、そうなると5人全員が戦闘時には攻撃に特化することになる。
以前言ったように特化させることは悪いことではないのだが、パーティーを安定させるために少なくとも一人はタンクかヒール、もしくはバフやデバフをかけられる補助系統の能力者が必須、というのが今の一般的な考え方だ。
今ここに居る4人は国内有数の人気を誇る第5ダンジョンで攻略を担っていることもあって、個々の能力は能力者の中でもかなり高いはずだ。
だが、その人気な第5ダンジョンを担当しているからこそ、なおのことピースが足りていないと感じていたのだ。能力者の中でも第5ダンジョンの攻略パーティーというのは人気があるのはもちろん、ダンジョンビジネスとして成功している母体に余裕もあるため予算も作ろうと思えば作れるはずで、いくら能力者不足であっても一人も見つからないというのはおかしなことだと能力者になってからの少しの期間だけでも気付くことができた。
半年前に脱退したというメンバーがそうなのだと勝手に思っていたが、今日マスターとの会話でちょうど否定され、より不思議に思っていたところだったのだ。
だが、それがメンバーがもう一人いて、更にカケルさんの妹だったとは・・・。
「ありがとう、陽向くん。だけど慰めの言葉は必要ないよ。いい大人が皆の前でいつまでもくよくよしているわけにはいかないからね。」
カケルさんは笑顔を浮かべながらそう言ったが、その笑顔は誰が見ても無理をしているのが分かるような不器用な笑顔だった。
男だからこそ分かるというのはおかしいかもしれないが、カケルさんの要望通り慰めの言葉はかけまい、と思う。
「ここまでの話だけで何となく想像はつくだろうけど、妹のハルカは回復系統の能力者。それも他のパーティーがうらやむほど優秀で基本的な回復魔法は全て使えたんだ。だからこそ半年前に一人メンバーが脱退した後も残ったメンバーで問題なく攻略を進められていたというわけだ。だけど2カ月前、地下29階を攻略していたときに妹に不幸があった。」
「ごめんね、カケル!やっぱり私のせいだと思う。私があんなことを言ってなければって。」
ここまで黙って話を聞いていたミサキさんが突然、声を震わしながらそう言った。
「それ以上は言うな、ミサキ。僕がリーダーなんだから全ては僕の責任だ。」
先ほどまでとは違って優しくさとすようなカケルさんの声。
ミサキさんのことをただのメンバー以上に大切に思っているリーダーのカケルさんらしい声だった。
「この際だからすべて話しておこう。あの日地下29階の初攻略だった僕たちはダンジョンにこもって数日が経っていて疲労困憊だった。だから一度しっかり休みたいと通路の隅の方にテントを設営して交互に休むことにしたんだ。」
俺はあまり経験がないが、それ自体は本気で攻略を行う時によくあることだと聞く。
野営設備を持ち歩き、本格的に疲れてきた際にはテントを組み立て、寝袋を使って睡眠をとる。
神経をとがらせながら行う、初見のダンジョン攻略を数日となると言葉通り疲労困憊だったことだろう。
「もちろんオーガが出現する可能性があるからその間見張りをたてることになる。普段は2人見張りをたてるんだがあの夜は1人にした。ミサキが今日は魔物は大丈夫だ、と言ったから。僕を含めたパーティーの全員がミサキの勘を信じているし何よりもメンバーを少しでも長く休ませたかった。だから僕の判断で見張りは1人と決めたんだ。そこで最初の見張りとして白羽の矢が立ったのが妹のハルカ。警戒しながら交互で先陣を務めていた他の5人と違って、後方待機でかつ魔力の消耗も少なかったハルカは他のメンバーに比べると比較的元気だった。」
「それにオーガは群れない魔物だったの。ゴブリンやオークと違って個で戦うオーガは多くて2体同時に現れるくらい。私の勘も大丈夫と言っていたし、2体なら襲撃されても皆が駆け付けるまでの時間を稼ぐくらいの実力は全員持っていたから。」
カケルさんは淡々と話し、ミサキさんがいつもよりトーンの低い声音で補足する。
経験が少ないために見張りの人数に関しては何が最適なのかは俺には分からない。
だがミサキさんのほとんど外さないという魔物に対する勘と、少しでも時間が稼げれば劣勢でも一気に形勢逆転できるというメンバーの突破力。
それを考えれば2人でローテーションすることよりも、1人で見張りをして少しでも長い時間寝られる時間を作ろうというカケルさんの判断は的確に思えた。
「だけど2人目に交代する時間になったときのことだった。2人目を担当することになっていたミサキの叫び声が聞こえて。慌てて駆け付けたらハルカが地面に横たわっていたんだ。最初は寝てるのかと思ったよ。顔色は少し悪かったけど体のどこにも傷はなかった。変だと思ったのはミサキが泣きながらハルカの上に乗っかって心臓の辺りを押し続けていたこと。受け入れたくなかった現実を受け入れて僕はすぐに駆け寄ったんだ。・・・だけどハルカは冷たくなっていて。」
「・・・それ以上はやめよう、カケル。」
俺は複雑な気持ちになっていた。
想像以上に辛く、悲しい話で、カケルさんにこんな話をさせて申し訳なくもあり、一方でカケルさんが話してくれたことが自分にとって大きな意味のあるものではないかとも思う。
カケルさんが一番の当事者であるのは間違いないが、それ以外の3人も家族のように過ごしてきたであろう大切なメンバーを失って苦しい思いをしたことだろう。
涙をこらえるようにぎゅっと両手を握りしめているカケルさんに代わってミサキさんが続ける。
「その後急いでダンジョンを出て病院に運んだけどすでに手遅れだった。悲しかったけどダンジョン攻略を進める能力者としてある程度の覚悟はできていたの。それでも私でさえ受け入れられるまでには時間がかかったけど。」
仲間を失う覚悟。自分の命を失う覚悟。
果たして俺にはできているのだろうかと自問自答する。
(・・・正直今の俺に答えを出すのは正直難しい。)
「その運んだ病院ではハルカは窒息死だと言われたわ。もちろん私たちもおかしいと気付いた。オーガと戦ったのなら無傷では済まないしオーガ以外は一度も見かけなかった。メンバー間の関係も良かったしテントを出れば誰かしらが気付く。原因を探るために私たちは地下29階をくまなく探索したけどそれでも・・・。」
ダンジョン内で人がなくなる主な原因は二つ。
魔物によるものか人によるものである。
ハルカさんの場合は地下29階という他の人が辿り着けないであろう階層での出来事であるため人によるものというのは考えづらいのではないだろうか。
オーガによるものでないとすれば、一つ考えられるのは徘徊の魔物によるものだ。
徘徊の魔物というのは通常の進化を遂げていなかったり、突然変異的に現れたり、下層から力をためて上層へと移動してきた魔物の総称で、発生の可能性自体はものすごく低いとされるが報告自体は国内でも数件あるという。
当然ファイブスターズもその可能性は考えたはずであるが痕跡は見つけられなかったということなのだろう。
「ミサキの言う通り僕たちは何も見つけることができなかった。精神的に参っていた僕たちは休養する許可をもらって、その後に攻略を再開することにしたんだ。第5ダンジョンを安全に保つためには能力者の力も必要だから1カ月という期限を設けてね。」
原因が分からなかったのであれば、なおさらカケルさんたちも辛い思いをしたことだろう。
そもそもダンジョン内では自己責任という考え方が強く、よほどの証拠や確たる目撃証言がない限りは、ダンジョンに関する警察組織も務めるダンジョン協会による介入が行われることはない。
何も見つけることができなかったら、言葉通り諦めるしか選択肢がなくなってしまうのだ。
「ここまで聞いて何か気になることはあるかい?」
カケルさんの問いかけに俺は首を振ってこたえる。
失礼だというのも分かるが、俺には何を言えば正解なのかが全くもって分からなかったからだ。
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