第3話

 それから数日が経過して金曜の夜。


 結局妹の雪が帰ってきたのは連絡があった次の日の夕方ごろで、それも通っている高校の制服姿だった。

 ダンジョン協会に所属しているということで特例措置が取られており、出席日数が足りなくてもテストの点数さえ酷いものでなければ問題ないとされているらしいが、真面目な妹は通える時には通っておきたいということで、任務帰りでそのまま学校で授業を受けてきたとのことだ。

 本当に優秀な妹であり兄として誇らしい。


 そしてその日から今日まで、ダンジョンに行かず数日の休養を決めた俺は日中の大学の講義だけで、その他の時間帯はほとんど暇だった訳だが、雪に関しては毎日学校に行き、そのままダンジョン協会本部で報告や打ち合わせなどの雑務をこなし、夜遅くに帰るという激務をこなしていた。

 本来は週末を含めて終わらせる量らしいのだが、休日をとるために懸命に動き回っている感じであった。


 帰りが遅いため作り置きの晩飯を温め、会話はその時に交わすのみ。

 俺が朝起きたときには、すでに学校へ行く準備が終わり朝食の用意まで出来ていた。


(自分が情けない・・・。大学でひたすら座って授業を受けているだけの俺とはまるで大違いだよ・・・。)


 雪に大丈夫かと聞いても、慣れてるからという言葉しか返ってこないが、正直兄としては毎日睡眠時間まで削って仕事や勉強をしているため結構心配である。


 能力者は身体能力がアップするのと同時に、体力もアップしているとのことだから雪の言う通り大丈夫ではあるのだろうが、雪はまだ高校生なのだ。


「お兄ちゃん、この格好はどうかな?」

「う~ん、良いと思うよ。」

「さっきからそればっかり!ちゃんと見てよ!」


 やるべきことを終えた雪は、休日に備えて早めに寝るのかと思いきや、意気揚々と休日2日分の服装を決めるためにプチファッションショーを開始した。

 今も自分の部屋から先ほどとは違う服装で出てきたが、これですでに5コーデ目。開始から30分以上はゆうに経っているだろう。


「分かった、分かった!」


 考え事をしながら答えたのが見抜かれたのか、少し怒った表情を見せた雪に慌てて、雪のコーデを確認する。

 上半身は黒いシャツの上に薄手のニットカーディガン。下はデニムスカートだ。


「うん、似合ってるよ。」

「それだけ!?もうちょっと、何かないのかな~?」


 考えたにもかかわらず簡潔な言葉で応えた俺に不満げな表情の雪だが、そもそもよほど奇をてらった服装でない限り、もともとの容姿の良さからどんな服でも着こなす雪だ。

 似合ってる、かわいい、良い、評論家でもない俺からこんな言葉しか出てこないのも仕方がないことだろう。


「また屁理屈でも考えてるんでしょ。もう・・・、それはお兄ちゃんの悪い癖だよ?」

「・・・そもそも兄の俺と出かけるのに張り切った格好は必要なのか?しかもダンジョンに入れば勝手に装備に切り替わるし、デートじゃないんだから。」

「またそんなこと言って。誰が見てるか分からないんだからね?常に恥ずかしくない格好をしなきゃ。」


 俺の言葉に衝撃を受けたような表情をした後、分かってないなぁといった口調で、そう話した雪。


「また上下ジャージとかだったら今度こそ許さないよ?」


 雪と同居を始めて、初めて一緒にダンジョン攻略に向かう日の朝に、着替えさせられるとはいえダンジョン攻略に行くんだから動きやすい格好で良いだろうと、普段ランニングの際に着ていた上下ジャージ姿で自室から現れ、呆れた表情で着替えを命じられたのは、掘り返されたくない思い出だ。

 雪の言ったことは図星であったが、分かっていたような口調で切り返す。


「そこは問題ない。この数ヶ月で大学生なりのコーデは学んだし大船に乗った気分で、」

「白のTシャツにジーパンじゃ駄目だから!」

「・・・はい。」


 今のはグサッと来たぞ、妹。考えが読めるのか?と思うくらい俺が着ようとしていた服たちとピッタリだ。

 どうやら妹のプチファッションショーが終わったら、俺も衣替えしたばかりのタンスを引っかきまわすことになりそうだ。



 そんなことがあって次の日の朝。


 マスターとのダンジョン攻略の約束は昼からだが、午前中からダンジョンに行きたいという雪の希望で、すでに出かける服装に着替えた後だ。


「まぁ、合格かな?」

「・・・それは良かった。」


 割と緊張の瞬間ではあったが、なんとか雪に合格をもらえたため安堵する。

 昨日の夜、タンスがごちゃごちゃになるまで考えた甲斐があったというものだ。


 向かうダンジョンは、この前のダンジョンとは家から見て反対方向にあるダンジョン協会が直接管理するダンジョンだ。

 一日中ずっと同じダンジョンだとつまらないということで、朝食の際に話し合って決めた。


 近辺にいくつもダンジョンがあるというのも、この家のメリットの一つだ。


(楽しみではあるが緊張するな・・・。)


 基本ソロで行動する俺と相性が悪いこともあって、何気に行くのは久しぶりである。

 朝食もそこそこに家を飛び出した俺たちは、歩きながら今から行くダンジョンについての確認をする。


「私も下層はたまに行くけど上層は久しく行ってないし、お兄ちゃんも行くこと自体久しぶりなんでしょ?」

「そうだな。一応作戦を確認しておきたいかな。」


 いくら能力者である雪と一緒とはいえ、命を落とすこともあるダンジョン攻略だ。

 少しでも生き残る確率を上げるためにも、事前に作戦や動き方、連携の確認を行うのは複数人で挑むときの常識である。


「今から行くダンジョンはスライムが中心。上層だから上位種も少ないと思うけど、油断は大敵だね。」

「あぁ。作戦はいつも通り、雪に壁を作ってもらうか足止めしてもらって、その間に俺が倒すという感じでいいか?」

「うん。あのダンジョンは一度に出てくる魔物の数が多いからね。」


 そう。ダンジョンにはいくつかのタイプがあるが、今向かっているのは広間型のダンジョンで、階層ごとにいくつかの広い開けた場所があり、そこに魔物が集まっているというタイプだ。


 ちなみに午後から向かうゲーム会社運営のダンジョンは迷路型のダンジョンで、狭いくねくねした道が続くタイプであり、一度に多くの魔物と戦わざるを得ない広間型に比べて、1対1のシチュエーションが作りやすいため、ソロでもなんとかやっていけるという訳である。


「そういえば獲得するスキルはもう決めた?それとも獲得したとか!」

「いや、まだ決めてないよ。」


 雪が言っているのは、ダンジョン内で宝箱から出る本を読むことで得られるスキルのことである。

 宝箱から出る確率もそこまで低いものではなく、買うにしてもそこまで値段は高くないため、攻略をスムーズに進めるために早い段階でスキルを獲得する人が多い中、獲得できるスキルは3つまでで、一度獲得すると変えることができないという特質のせいで、優柔不断な俺はまだ1つも獲得できずにいた。


「まぁ、すぐに決める必要はないと思うけど。お兄ちゃんは今でもそこそこ強い訳だしね。」


 そう。能力者である雪と比べるのは酷な話だが、妹の言う通りスキルを獲得していない今でも、ダンジョン攻略に真剣に取り組む人の多いサークル内で一番強いくらいには、現状スキルがなくても困っていないのだ。


「雪はおすすめのスキルとかあるか?」

「う~ん、前も言ったと思うけど難しいところだね。魔法系のスキルが強いのは皆知ってることだけど、お兄ちゃんは最前線で剣を持って戦うタイプだし、身体強化系とか防御系のスキルを取った方が良さそう。ただ今後もソロを考えるのなら遠距離攻撃手段も必要だと思うし・・・。」


 ダンジョン協会所属で有用なスキルについて詳しく、ダンジョン経験が豊富な雪でも悩んでしまうくらい、これは難しい問題なのだ。

 戦い慣れていない現代人にとって遠距離から攻撃できる魔法は非常に人気があり、スキル自体も強いものが多いのだが、一番最初に剣で戦うことを選択した俺にとっては悩みどころで、ソロで行動することが多いのも更に問題をややこしくしている。


 命にかかわる問題なため決めなきゃいけないのは分かっているのだが。


「・・・必要になったら獲得することにするよ。」


 こうやっていつも後回しにしてしまっているのである。


 そんな話をしているうちに、目的のダンジョンが見えてくる。


 明らかに商売が目的であるこの前のダンジョンとは違い、ダンジョン協会が管理する目の前のダンジョンは、入り口がむき出しのままになっており、休日だというのに人の姿は少ない。


「雪様!?今日いらっしゃるという予定は聞いておりませんが、どうなさったんですか!?」

「今日はプライベートだから。気にせず通常の手続きをして?」


 ダンジョン協会所属の能力者で、有名人ということもあり、入り口で対応をしていたお姉さんが慌てた声を上げたが、雪がそう答えると、そこはさすがにプロ。

 すぐに落ち着きを取り戻して俺と雪2人分のカードを預かり、ダンジョンに入る手続きを開始する。


「お二方とも問題はありません。本日のダンジョンに異常は報告されておりません。お気を付けて、いってらっしゃいませ!」

「ありがとうございます。」


 笑顔で見送ってくれるお姉さんからカードを受け取り軽くお辞儀をする。


「デレデレしてる・・・。」


 いやいや雪さん。そんなことないって!



 ・・・さぁ、いよいよ久しぶりの妹とのダンジョン攻略だ。


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