第2話

『ご利用、ありがとうございました。』


 受付を離れ、講習会でもらったダンジョン攻略者用のカードを機械に通すと、機械音声が聞こえた。

 この機械は身分証や許可証の役割を果たすほか、討伐した魔物や取得した素材、装備、貢献度なども記録される優れもので、最近日本のダンジョンの入り口付近でよく見かけるようになったものだ。


 まぁ、記録されたものが何かに役立つわけではないので、今はただの身分証として使っているのだが。


(人が多くなる前にダンジョンを出ないと。)


 これ以上特に用事のない俺は、少しずつ長くなりつつある機械に並ぶ列を離れて歩き出す。


 このダンジョンは都内でも有数の人気のあるダンジョンだ。

 大学の講義終わりにお昼頃からダンジョンに潜った俺だが、時間は既に夕方近くなっており、学校終わりの学生や仕事終わりのサラリーマンが少しずつ姿を見せつつあった。


 ダンジョンの入り口は運営する企業が建てた建物内部にあり、ダンジョンの入り口を囲むようにして、食事や休憩のための店が立ち並んでいる。


 どの店もそれなりの混雑を見せてはいるが、自炊をしている俺は見向きもせずに、建物の出口へと一目散に向かうことにする。


(数ヶ月前までは俺もこうだったのに。)


 出口までの間、友人や同僚と楽しそうに話しながら楽しそうにダンジョンに向かう人達を見て、少し羨ましくなる。

 命を落とす可能性のあるダンジョン攻略にソロで向かう人は、ほとんどいないのだ。


 そういった人たちをなるべく視界から外して、数十秒で出口に辿り着いた。

 出口は普通の店やビルのような自動ドアとなっており、5年前であればこの中にダンジョンがあるなど誰も信じなかったであろう。


(少し寒くなってきたな。そろそろ衣替えしないと。)


 季節は10月。

 温暖化が進んでいるとはいえ、10月の夕方ともなると肌寒さを感じる季節である。


 俺はなるべく寒さを避けるためにジーパンのポケットに手を入れ、通りに出る。

 目の前は普通に道路があり車が走っているように、街中にあり、気軽にすぐに行くことができるというのも、このダンジョンの魅力だ。


 予定通りスーパーに向かうために左へと進もうとすると、道の反対側の喫茶店の中から見知った顔が手招きしているのが見えた。


(ありゃ。見つかった・・・)


 決して店に行くのが嫌という訳ではないが、先ほどのこともあって気持ちが参っていた。

 とはいえ、早めに切り上げたため時間もあるし、久々ということで少しお邪魔することにしよう。


「いらっしゃい。久しぶりだね、陽向君。」


 優しげな表情と声音だが、がっちりした体型に坊主頭。強面に太い声。

 俺を手招きした、喫茶店のオーナー兼マスターであるミツハルさんである。


「お久しぶりです。ご無沙汰してます。」

「本当に。もう来てくれないかと思ってたよ。」

「いやいや!夏休みで帰省していたので。」

 

 俺の大学は9月中旬までが夏休みだから、マスターに言ったことはあながち嘘ではない。


 店の中を軽く見渡すと、ちょうどカフェタイムとディナータイムの狭間ということで客は少な目だ。

 料理もこだわっているらしく混んでいる時間が多いため、なかなかゆっくりと過ごせないことが多いが、黒を基調とした落ち着いた雰囲気の店内は、俺もすごく気に入っているのだ。

 ダンジョン帰りに一度立ち寄ってみた後、俺はこの店の常連となり、毎日のように通っているうちにマスターと自然と話すようになった。


「俺から誘ったんだ、まぁコーヒーでも飲んで行ってくれ。」


 マスターがカウンターに座る俺に差し出してくれたのは、すでにミルクが入ったコーヒーだ。

 ブラックが飲めずいつもミルクを入れて飲む俺には、いつからか最初からミルクが入った状態で出されるようになった。

 子ども扱いされているようで最初は断っていたが、見栄を張るのもばかばかしくなり諦めたのだ。


「ありがとうございます。」

「今日の稼ぎはどうだった?」

「まぁまぁでしたね。ゴブリンがいつもよりも多かったので少し厄介でしたけど。」


 俺の微妙な表情といつもより時間が早いことから察したのだろう。

 受付のセイラさんと同じように事情を知るマスターが苦笑いを浮かべる。


 ふと道の反対側の建物を見ると、次々と人がダンジョンに入っていくのが見える。


「すごい勘だよなぁ、あのゲーム会社。」

「それをマスターが言うんですか?」


 俺が先ほどまで攻略をしていたダンジョンを運営しているのは、あるゲーム会社である。


 ダンジョンの管理者を分類すると大きく分けて3つだ。

 政府組織であるダンジョン協会。企業。そして個人。


 当初は、国が土地を買い上げるという形でダンジョンを管理することが計画されたが、買収費、維持費などの様々な費用を考えると、全てのダンジョンを国が管理するということは不可能という結論に至り、ここでも法整備がなされ、企業所有、個人所有という形で管理、運営が始まっていった。


 どういう原理かは分かっていないが、ダンジョン限りの装備と違って、素材や資源は持ち出すことができ、またダンジョン内での装備の取引や攻略に必要なものを売買することで結構な利益が出るらしく、運よく自分の土地にダンジョンが現れた人は今ではそれなりの金持ちになっているようだ。


 そして目の前のダンジョンを運営する企業であるゲーム会社も、ダンジョン攻略が盛んになりRPGゲームなどをプレイしていた層がそちらに流れることを見抜いて、いち早く参入し、複数のダンジョンの買収を行った。


 それが今となっては、VR技術を使ったダンジョンの講習会や攻略本などの分野でトップを走る企業である。

 参入の時期が遅れて、辺鄙な土地のダンジョンしか購入できなかった他のゲーム会社とは天と地の差だ。


 かくいうマスターもダンジョン産業が活発化することを見抜き、ゲーム会社がダンジョンを買収するよりも前に目の前の建物の一角を借りて喫茶店をオープンしたらしい。


「そうだ、陽向君。今度の土曜日は空いてないか?久しぶりに、俺もダンジョン攻略に行きたい気分なんだ。」

「土曜日ですか?俺は特に予定はないですけど、普通に営業日じゃなかったですっけ?」

「良いんだよ。俺がオーナーなんだから。働きたいときに働いて、休みたいときに休むんだ。」


 その辺のサラリーマンに聞かれたら怒鳴られそうな言葉を吐いてドヤ顔をするマスターを眺める。

 これが強面なマスターが親しみやすい理由の一つであるが、店内の客にはくたびれたスーツを着たサラリーマンもいるため内心はひやひやだ。


「分かりました。何時ごろにしますか?」

「14時ごろかな?ここに集合ということで。」


 その後しばらくの間、マスターと他愛もない話を続け、次第に客が増えてきた頃に、会計を済ませ、忙しそうなマスターにお辞儀をしてから店を去る。


 店を出た俺は当初の目的であったスーパーに行って数日分の食材を買い込み、自分の住むアパートへと戻る。

 セキュリティー面は多少不安だが、築10年以内の2DKで月10万ちょっとという良物件だ。


 2DKにしている理由は部屋の一つは妹の雪の部屋で、同居人として家賃を折半しているためだ。

 ま、任務のために家を空けることが多く、ほとんど居ないのだが。


 妹に関しては、4月までは母親と一緒に妹が所属するダンジョン協会の本部がある、ここ東京に母親と住んでいたのだが、俺が上京するのと入れ替わりで、母親は地元九州へと戻り、妹は俺が新たに借りたアパートへと引っ越した。


 周りで聞くようなこともなく、俺たち兄妹は変わらず仲良くやれていて、同居生活も問題なく過ごせている。

 勝手に俺がそう思っているだけ、ではなかったらの話だが。


 一息ついて自室の椅子に腰かけスマホを見ると、その妹からメッセージアプリでメッセージが届いていた。


雪[明日、家に戻るから。よろしくね!]

陽向[明日?急だね。]

雪[任務が早く終わったの。週末は休みももらえたから、久しぶりにダンジョンに行こうよ!]


 学業に任務、ダンジョン攻略をこなす雪には基本、休みがない。


 その休みも自分のことに使うのではなく、ダンジョン攻略が中心で、趣味がダンジョン攻略といった感じだ。

 とはいえ、このことは珍しいことではなく、高校生や大学生の多くが放課後や休日をダンジョン攻略に費やしているのが現状だ。


 しかし少し前に聞いた言葉だ。


(マスターと約束しちゃったよ・・・)


陽向[日曜日は問題ないけど、土曜日は前行った喫茶店のマスターとダンジョンに行く予定なんだが。]

雪[じゃあ、土曜は私も参加ということで!日曜は2人ね!]


 俺の週末の予定が埋まった瞬間だった。

 ダンジョン攻略は俺も趣味だから嫌ではないが、週末に備えて明日からはダンジョンに行くのを控えることにしようと決意する。

 普通のソロ攻略と比べて下層に挑戦することの多い雪との攻略は結構な体力を使うのだ。


(それにしても明日、雪が帰ってくるのか!)


 特に時間は伝えられていないが、雪の言う明日というのは曖昧で、0時になった瞬間帰ってくることもあり得る。


 食材を一人分しか用意していない俺は、シャワーを浴びたい欲を我慢して、大慌てで再びスーパーへと向かう準備をする。


(・・・片付けもしないと、だな。)


 嬉しさだけではない。

 俺は共有スペースを見渡して、時間をかけて掃除しなければと心に誓ったのだった。






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