ダンジョンが現れた世界で『妹のヒモ』と呼ばれた男が覚醒して成り上がる!
諏維
第1章『覚醒』
第1話
※本作品は更新停止中です。改訂版を以下で更新中ですので、良ければご確認ください。
https://kakuyomu.jp/works/16817330654738375431
【10月2週火曜第5ダンジョン】
中肉中背で少しだけ整った顔立ち。
タイプは慎重だがたまに大胆。基本ポジティブでたまにネガティブ。
落ち着いた雰囲気だが、まだ都会に馴染み切れていない感じ。
これが最近よく話す友人と言える存在の俺への印象だ。
俺はこの春に上京したばかりの大学一年生。
偏差値がそこそこ高い私立大学にやっとの思いで入学したものの、半年以上たった今も周りとのギャップを感じている。
彼女が欲しくないわけではないが、周りにそういう関係になれそうな女性は居ない。
これまで何度か髪の毛を染めてみたらと勧められることもあったが、その一歩が歩みだせず今まで黒髪を貫き通している。
ここまで聞くとよくいる大学生、と思うかもしれないが俺には一つだけ普通じゃないことがある。
正確には俺の妹には、だが。
「誰かが隅にいると思えば、陽向(ひなた)、お前今日も一人かよ!」
今俺がいるのは通っている大学から一番近いダンジョンの一室で、部屋の主であったゴブリンを倒し終わり、少しばかり休憩をしているところだった。そしてそんな俺に向けられたのは、複数の笑い声と聞き馴染みのある声。
俺は嫌々ながらも、ぎこちなさげに笑い声のする方に顔を向ける。
笑い声の主は予想していた通り、以前数ヶ月という短い間ではあるが所属していたダンジョン攻略を目的としたサークルのメンバーたちだった。
(またかよ・・・。)
このような状況は今日が初めてではない。
こいつらは会うたび会うたびに何かと俺のことをからかってくるのだ。
なぜからかってくるのかの原因も分かっている。
それは嫉妬、だ。
これまでの経験から言い返しても無駄なことが分かっているため、言葉を発することなくそのまま黙る。
(このまま無視してしばらく待てば、いつものように居なくなるだろう。)
最初は少し言い返してみたりしたのだが、多勢に無勢。
俺が言い返さなくなってからは、気が済むまで言い続けると悪態をついてから消えるようになった。
それでも毎度からかわれているため、俺もそろそろ我慢の限界を感じつつある。
「そういえば今日はかわいい妹と一緒じゃないのか?妹にキャリーしてもらわないと痛い目見るぞ!」
そう、この言葉の通り。こいつらの嫉妬の対象はさっき普通じゃないといった俺の妹である、雪(ゆき)である。
ひいき目に見ずとも10人中10人が振り向くに違いない整った顔立ち。
普段は表情の変化が少なくクール系に見られるが親しい人には誰でも虜になりそうな笑顔も多く見せる。
身長は165センチと女性としては高めで、肌は全く日焼けしておらず白く、髪はさらさらとした黒髪のロング。
更に言うと、雪は東京のそこそこの私立大学に入学した兄である俺と違って、非常に優秀で、かつ能力者なのだ。
能力者。
ここで能力者と一般人の違いについて説明しておこう。
世界中にダンジョンが同時多発的に発生したのが5年ほど前だっただろうか。
当時高校生だった俺も、連日繰り返される不思議な報道に釘付けだったことを覚えている。
ここ日本でも突然様々な場所に洞窟のような入り口が現れ、いくつかの入り口を自衛隊が調査すると、それが漫画や小説で描かれるような、魔物が出現し、装備や素材を獲得することのできるダンジョンであることが分かった。
じゃあすぐに皆で攻略しましょうとなったかというと、そうではない。
いくつかの国ではいきなりそのようになったこともあったらしいが、日本では自衛隊の調査の過程で複数の死傷者が出たことや所有者が明確でないこともあって、しっかりとした法整備がされ、ルールが定まるまではダンジョンへの侵入を禁止し、入り口を自衛隊や警察が見張ることになったのだ。
しかし事態が急転したのが、ダンジョンが現れた1か月後。
日本と同じような対応をしていた国で、ダンジョンから魔物が溢れてしまうという事態が発生したのだ。
最悪だったのは、そのダンジョンが街中であったこと。
もちろんその国でも警察組織が入り口の前で待機していたのだが、魔物の数が多かったり物理攻撃無効で銃が効かない魔物もいたりで、出動した軍が完全に鎮圧するまでに、住人を含め多くの死者を出してしまった。
この報を受けて日本政府を含めた各国は慌てに慌てた。
基本はどの国も、いくつかのダンジョンを調査し魔物を倒してはいるが、放置してしまっているダンジョンの数の方が遥かに多い。
日本ではすでに100ヵ所以上のダンジョンが発見されていて、自衛隊や警察だけで対応すると人手が足りないことは分かりきっていた。
特に自衛隊はダンジョン発生前でも他の任務で人手が足りていなかったほどなのだ。
それに事態をさらにややこしくしていたのはダンジョンの特質にもあった。
重火器を持ち込んで魔物を一掃すればよいと思われていたが、いくら試してみてもそれが不可能だったのだ。
ダンジョンに侵入すると、もともと着ていた服や装備は全てはがされてしまう。
しかし、裸になってしまうという訳ではなく、はじめは皮の防具に若干頑丈な木刀という初期装備を皆等しく纏う。
もちろんダンジョンなので、自身の身体能力が強化されたり、魔法などのファンタジーな能力を獲得することができ、獲得した装備も含めて、次回侵入したときには引き継ぐことができたが、それはダンジョンの中のみ。
日本政府は慌てて、自己責任という名のもとで簡単な講習会を受けた者に、ダンジョン侵入の許可を与え、魔物の間引きを促した。
許可が与えられたのは18歳以上であったが、ダンジョンという言葉に憧れを持っていた多くの人が集まり、特に週末は混雑を見せるほどであった。
しかしそれは人口の多い都市部の話。
人口や若者の少ない地方の過疎地域では攻略者が少なかったため間引きが間に合わず、遂に恐れていた魔物の氾濫が起こった。それも複数の場所で。
政府は矢継ぎ早に自衛隊を投入して事態の鎮静化を図ったが、街中で重火器を多用することもできず被害は拡大する一方。
しかし、ここで活躍したのが能力者である。
ダンジョンの発生と同時に、ダンジョンに侵入していないにも関わらず、ダンジョン外でも魔法や超能力を使うことのできる能力者が現れたことがすでに報告されてはいた。
当時12歳で小学生であった俺の妹である雪も、ダンジョンが発生した日からある魔法が使えるようになり、俺も含めた家族は喜んでいいのかも分からない複雑な感情で大騒ぎだった。
妹を含めた能力者たちは、詳細が分かるまでとの名目で、すぐに政府組織による保護が行われた。
まだ小学生であった妹だが、母親の同伴が認められ、費用も政府が負担するとのことで、俺と父親とはしばらく離れて生活を行ったのだ。
そして魔物氾濫の鎮圧に政府が戸惑っていた時。
ダンジョン外でも能力を使えるのなら魔物が氾濫した地域に能力者たちを投入すべきだという多くの国民の声を受け、政府は今後危険性を認識されるであろう能力者たちの人権確保のためにも、許可がもらえた18歳以上の能力者たちに協力してもらうことにした。
投入の数日後。
単純に想像するような魔法のみならず様々な能力を持った能力者たちによって、すべての魔物氾濫を鎮圧し、能力者は一定の地位を得ることができた。
妹が能力者であるため、全くの無関係でない俺は、毎日テレビやネットの報道を固唾をのんで見守り、事態が鎮静化したことに安堵したのだった。
それから5年経った今。
法整備が整うと、ダンジョンに入ることができる年齢が15歳まで引き下げられ、2年前からは妹もダンジョン内外で活躍を見せるようになった。
能力者は今も出現し続けており、だいたい5000人に1人いると言われているが、その全員が使える能力を持っているわけではなく、実際に魔物に対して有効な能力を持っているのは、日本全体で1200人ほどだという。
その中でも妹の魔法は、攻撃能力にかなり長けており、腰のあたりまである綺麗な黒髪、整った顔立ち、少し冷ための表情といった容姿も相まって、今ではファンの多い人気者だ。
「何か言い返せよ!妹のヒモがよぉ!」
俺が休んで考え事を続けている間にも、飽きもせずにサークルメンバーが俺に対する罵倒を続けていた。
妹のヒモというのは、あながち間違いでもない。
俺の家庭はもともと裕福ではなく、東京の私立大学に通うにあたって、能力者として働く妹から学費等の援助を受けている。
もちろん、せめて家賃だけでも自分で稼ごうと、大学生のお金を稼ぐ手段としてのトレンドであったダンジョン通いをするために、大学入学と同時にダンジョン攻略のサークルに加入したのが数ヶ月前。
最初は上手くいっていたのだが、妹が有名な能力者であることがばれてから歯車は狂いだした。
俺の恵まれた環境に、かわいくて強い妹。
その妹は、俺のダンジョン攻略にたまに付き合ってくれ、その姿を目撃されたりもした。
極めつけは能力を持っていない俺が、サークルメンバーの誰よりも強かったこと。
嫉妬する複数のメンバーにより連携が上手くいかなくなり、結果俺はサークルを脱退。
それから俺は、基本的にはソロでダンジョン攻略を行っている。
(今日はもう終わりにするか。)
この先は一本道が続くため、攻略を続けるとなると、自然とこのサークルメンバーたちと行動を共にしないといけなくなってしまう。
俺は周辺の荷物をまとめ、勢いよく立ち上がる。
「な、なんだよ。」
「キャリーされなきゃいけない俺よりも弱いんだから、この先充分、気を付けてくださいね。」
突然立ち上がった俺を警戒する面々に向かって、俺は言いたいことだけ言い残し、そのまま来た道を引き返していく。
(言ってしまった・・・。)
ここで黙っていられないのは、自分がまだまだ未熟である証拠である。
後方からは相も変わらず喚く声が聞こえるが気にしてはいけない。
それから30分ほど早足で歩いて入り口付近の受付に着く。
このダンジョンは、企業によって運営されているダンジョンで、ダンジョン内の入り口付近にある受付で、得られた素材や装備を売ることができるのだ。
「陽向くん、お帰りなさい。早く帰ってきたのは後を追っかけて行った数人が原因かな?」
笑顔で受付から話しかけてきたのは、受付嬢として働くセイラさん。
何度も対応をしてもらううちに、俺の事情に対して理解してもらうことができ、それ以来仲良くさせてもらっている、このダンジョンで一番信頼できる受付嬢だ。
清楚なお姉さんといった感じのセイラさんと仲良くしていることも嫉妬の一因だろうと思っている。
「まぁ、そう言ったところです。今日も大変だったんですから!」
俺が取り出した素材や装備の鑑定を行いながら、セイラさんが苦笑いを浮かべる。
「今日もいい状態のものばかりだわ。はい、これが報酬。」
東京の家賃からすると十分と言える額ではないが、趣味とバイトが両立でき、楽しみながら、怪我をしなければ運動もかねて報酬を得られるのが、ダンジョン攻略の良いところだ。
(さぁ、スーパーに寄ってから帰るとするか。早くシャワーが浴びたい。)
これが俺の今の日常である。
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