第4話

 ダンジョンの中に入ると、光に包まれるようにして、着ていた服が自然と自分の装備に切り替わる。

 装備自体は全ダンジョン共通であり、他のダンジョンで装備を更新したとしても引き継ぐことのできる、ありがたいシステムだ。


「相変わらず、すごい装備だな。」

「まぁ、ね。でもお兄ちゃんも全身を装備更新したみたいだね。」


 最近更新したばかりではあるが、茶色や灰色といった地味な色の防具をまとった俺とは違い、青と白を基調とした美しい防具をまとった妹。

 見た目は俺の防具に比べて薄いものだが、耐久力に関しては俺のものより遥かに優れていることだろう。


「何か足りないものはありそう?」


 この前のダンジョンとは違って、ささやかに開かれているダンジョン内での必需品を売る店の商品ラインナップを見ながら雪が言う。

 体力や魔力の回復薬、自分にバフをかける効果のあるポーション。

 どれもがピンチに備えて持っておくべきものだ。


「いや、全部そろってるから俺は大丈夫かな。」


 俺は腰に掛けたアイテムポーチを指さしながら言う。

 空間拡張が施され見た目の何倍もの容量を誇る優れものだが、宝箱からは良く出るため、容量に違いはあるにせよ、ダンジョン攻略者なら誰もが持っているものだ。


「OK。さぁ、行きましょう!地下1階は素早く駆け抜けるよ!」

「おうっ、了解!」


 いくら人が少なく魔物の多い広間型のダンジョンとはいえ、誰もが通ることになるこの地下1階は、さすがに大半が湧きとともに狩られてしまい、目視できる魔物、つまりスライムの姿はまばらである。


 と思ったところで、進行方向すぐのところに水色のスライムが湧いたのが見えた。

 1匹だけのところを見ると、はぐれスライムらしい。


「10メートル先にスライム!」


 前衛を務め、斥候も務める俺が雪に接敵しそうなことを伝える。

 戦闘に備え剣を抜こうとしたところで、後ろから氷の弾丸が鋭くスライムに向かって飛んで行き、着弾した瞬間スライムがはじけ飛ぶ。


「さ、さすがだね。」

「ここは駆け抜けるって言ったでしょ?」


 得意げな表情で微笑む雪。


 ここで妹の雪の能力について簡単に説明しておこう。

 能力者である雪が使える魔法とは、特殊属性の氷魔法。


 その名の通り氷を自在に扱う魔法だが、水属性の上位属性であり、攻撃手段がとても豊富だ。

 今のことろ日本においては氷属性の使い手は雪のみで、魔法の美しさも雪が人気を集める要因の一つだ。


 雪という名前の妹が氷属性を使えるようになったのは運命だと思うのだが、陽向という名前の俺が火属性を使う能力者でないことは、からかいネタの一つとなってしまっている。


(まぁ、そんなことは気にしてないけど。)


 宣言通り、たまに敵が現れると間髪入れずに氷魔法で敵を倒していく雪。

 同じフロアにいる何人かは雪が魔法を使っていることに気付いているのだろう、近付いてくることはないが、こちらの方をチラ見しているのが分かる。


 そんな視線にも慣れているであろう雪は、気にすることなくどんどん進んで行き、その速さからいつのまにか前衛と後衛という概念はなくなり、気付いたら俺たち二人は1階層のボス部屋の入り口まで辿り着いていた。


 休む暇もないまま、入ったときと変わらない表情の雪が、躊躇することなくボス部屋の扉を開く。

 ボス部屋は一度に一組しか入れず、戦いが終わるまで扉が開かないため人が多いときは混雑することもあるのだが、今は待っている人もおらず、すぐにボス戦が開始できるようだ。


 中に入ると、現れたのは火、水、風、光、闇、各属性のスライムが2体ずつ。

 ボス戦と言っても地下1階のボスはこんなものだ。


「お兄ちゃんも準備運動は必要だと思うし、私は援護に回るね!」

「分かった。」


 ここ数日ダンジョン攻略を休んだため久しぶりの戦闘ではあるが、高校生の頃からダンジョン攻略を始めた俺にとっては手慣れたものである。


 さっきは抜きそびれた愛剣を手に取り、一番近い赤色の火属性スライムに向かってとびかかる。


(数日くらいじゃ、なまらないか。)


 とびかかった瞬間に妹の方からは魔法を唱える呪文が聞こえると俺とそのスライムを囲むようにして氷の壁が現れた。


 これは俺が出来るだけ魔物と1対1で戦えるように妹が開発した魔法で、耐久力が高い訳ではないが、氷の壁が崩されるまでの間に俺が魔物を仕留めるというのが、基本的な俺たち二人の作戦だ。


 俺がとびかかると同時にスライムも攻撃の態勢を作るが、俺のスピードの方が随分勝っている。

 攻撃態勢で隙だらけのスライムの核を狙って一突き。


 何かの素材を落として消えて行くが、俺は素材の正体を確認することなく、次のスライムへと向かう。


 この調子で一度も苦戦することなく、一撃で全てのスライムを倒して行く。


「よしっ!」


 最後に残った闇属性スライムを倒し終わると、後方から援護を続けていた雪と合流だ。


「お疲れ様。お兄ちゃん、また動きが鋭くなったんじゃない?」

「俺もずっとダンジョン通いしてたからな。やっぱり一人じゃないから戦いやすいよ。」


 普段ソロで戦っている俺にとっては1対多数の状況が作られないことは、パーティーの羨ましさを感じる瞬間である。

 本来は10体のスライムであれば、少し時間は掛かりつつもソロで倒すことができるのは間違いないが、久しぶりとなる連携の確認のためにも、いつものスタイルで戦ったのだ。


「じゃあ移動しようか。何階に行く?」

「そうだね。久しぶりだし、地下8階くらいでいいんじゃないかな?」


 それぞれの階層のボス部屋には、戦闘に勝利すると行ったことのある階層に移動できるポータルが現れる。

 そのため地下1階に関しては必ず全員が通ることになるため混むことが多いという訳だ。


 ちなみに俺と雪二人では、地下10階までの攻略を終えているが、いきなりそこに向かうのではなく、戦闘になれるためにも地下8階からというのが雪の提案であった。

 断る理由はどこにもないので、ポータル前のパネルを操作し地下8階に設定してから二人同時にポータルへと入る。


 入った瞬間は暗闇に覆われるが、すぐに地下8階の入り口前へと飛ばされる。


(この感覚はいつまでたっても慣れないな。)


 ポータルでの移動はちょっとした浮遊感を伴うため、ジェットコースターが苦手な俺にとっては、この移動も好きなものではない。


 軽く閉じていた眼を開き、周りを見渡す。


 広間の広さや見た目としては地下1階と変わりはないが、人が全くいないことや、それもあって魔物の数が多いことなど、ここが地下8階であると分かる材料は多い。


 さっき雪が言っていたのは冗談でも何でもなく、本当の準備運動。

 見える範囲だけでも100体以上のスライムがおり、通常のスライムだけでなく、2倍ほどの大きさの上位個体もちらほら見える。


 さぁ、ここからが本番だ。


 俺は一度しまった剣を再び手に持ち、妹は先ほどは持っていなかった杖を持つ。

 杖を使わなくても魔法を使うことは出来るのだが、杖を媒介とすることで威力を上げることができる。


『アイスレイン』


 まずは挨拶の一撃、と雪が半径10メートル内に氷の雨を降らせる。

 俺と雪の立っている付近だけ降らせないという、簡単ではない器用な操作だ。


 10メートル範囲内にいたスライムは、断続的に降り続けた氷の雨によって、もれなく消えるか、大きなダメージを負ったが、これで近くのスライムのターゲットが俺たちに定められ、次から次へと這いずりながら、飛び跳ねながら向かってくる。


 俺は剣を片手に飛び出し、近くのスライムを次から次へと倒して行く。

 もちろんこんなことが出来るのは俺だけの力ではなく、スライムに攻撃を続ける傍ら、さっきのように氷の壁を作って1対1とは言わないが1対少数の形を作り出してくれる雪のおかげもある。


(いい感じ!)


 上位個体は最初は自ら戦わず、下位個体に様子見をさせるため、最初のうちは一方的な戦いだ。


 しかし、俺も雪もかなりのスピードで下位個体のスライムの数を減らしているため、上位個体が気付いた時には周りに味方が少なくなっている。


 そうなると1対1のシチュエーションを雪が作るのはそう難しくない。

 慌てて動き出した上位個体のスライムを誘きだし、雪の魔法によって弱ったスライムを1体ずつ仕留めていく。



(よしっ、次が最後だ。)


 奥まで数百体はいたと思われるスライムは、大半は雪の魔法で倒されたのだが、30分もたたずに残り1体となった。

 最後の1体となったためすでに氷の壁で囲う必要がなくなった雪は、最後の1体を俺に任せ後方で見物するようだ。


 紫色をした闇属性の上位スライム。

 上位スライムは簡単な魔法も使ってくるため、初心者キラーともいわれる厄介な魔物だ。


 数秒間隔で飛んでくる闇属性の球体、ダークボールを横に走りながら避け続け、敵の隙を伺う。

 しばらく走りながら避け続けていると、突然魔法の攻撃が止んだ。


 俺が狙っていた、続けて撃ち続けたことで生まれた、魔法のクールタイムである。


 俺は走る向きを変え、一直線にスライムに向かって全力で走る。

 スライムも驚いて魔法を放とうとするが、まだまだクールタイム。


 俺は剣を構え、核に向かって一突き。

 声を上げることもなく、素材を落として最後の1体が消えて行く。


「良い感じだね。剣術の練度も上がってるんじゃないかな。」


 息を整えている俺に、疲れた感じが一切ない妹が近づいてきてそう言う。

 確かに言われてみれば、今回はほとんどのスライムを一撃で仕留めることが出来ていた。


「この調子なら地下11階まで行けるかな?少し休憩して向かおうか。」

「あぁ、すまないな。ありがとう。」


 少し疲れた表情を見せる俺に気を遣って休憩の提案をする妹に感謝の言葉を述べる。

 前衛の俺は雪と比べて駆け回ったというのもあるが、それ以上に能力者とそうでないものでは、様々な面で能力に大きな差があるのだ。


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