第5話

 結局その後、地下10階まで順調に進み、1階以降は5の倍数おきにある地下10階のボス部屋の主までは倒すことができたのだが、そこで時間切れ。


 マスターとの待ち合わせ時刻は14時であり、今は正午を少し過ぎたあたりでまだ時間的には少し余裕はあったが、昼食をとるのとシャワーを浴びるのとで一旦家に戻ろうということになり、俺の階層更新はならず、という結果に終わった。


 受付の人に数時間で得られた装備や素材を渡すと、その量の多さにかなり驚かれたものだが、俺の後ろに控えていた妹の姿を見て、雪様と一緒なら、と納得の表情を見せていた。


 俺たちはすぐに、マスターとの約束に遅れないため、寄り道をせずにそのまま帰路に就く。


「惜しかったなぁ。時間さえあれば階層更新できそうだったのに。」

「そうだね。また明日行く?」

「いや、せっかくだし明日は別のダンジョンにしよう。」


 あまりにも10階のボス戦まで順調に行けたせいで悔しさは残るが、明日また行きたいかと聞かれると別の話。

 そもそもこのダンジョンは2人で攻略するのには不向きなのだ。


 ダンジョンにいくつかのタイプがあることは前に話しただろうが、一つとして全く同じダンジョンは存在せず、出る魔物や構造などに必ず違いがあるのだという。

 日本ではダンジョンを区別するためにナンバリングされており、今まで入っていたダンジョンは第3ダンジョン、午後に行くダンジョンは第5ダンジョンとも呼ばれている。

 数字が若いのは単純に首都である東京にあるダンジョンからナンバリングされただけの話であるようだ。


「雪の第3ダンジョンの最高攻略階層は何階なんだ?」

「う~ん、一応それは機密扱いになっているんだ。他の人には言わないだろうし、お兄ちゃんになら話しても良いんだけどね。」

「そうなのか。いや、秘密を抱えるのも嫌だし、今のは聞かなかったことにしてくれ。」


 そういった報道は一切されることがないので興味本位で聞いてみたが、やはり機密扱いであるらしい。

 日本のトップパーティーに所属する雪の第3ダンジョンの最高攻略階層は、イコール第3ダンジョン自体の最高攻略階層となるのだろうが、各国が競うようにして攻略を進めていることや、地下に何が隠されているかが全く分からないことからも秘匿されるべきものだろう。


 巷では30階とも50階とも言われている最高攻略階層だが、そもそも全部で何階層あるのかもわかっておらず、なぜダンジョンが発生したのかという根本的な疑問も含めて分からないことだらけだ。


 最も10階層を超えると、どのダンジョンも難易度が急激に上がってしまうため、能力者か相当センスのいいもの以外はそれ以上の階層に挑もうともせず、ほとんどのダンジョン攻略者の興味は自分の攻略対象である上層に向いているのが現状だ。


「そういえば、昼食はどうするの?」

「少し早めに向かってマスターの店で軽食を取ろうと思ってるけど。どうかな?」

「いいと思う。やった!ミツハルさんの料理、久しぶりだなぁ。」


 マスターの喫茶店は今日は臨時休業になっているはずだが、前同じようなことがあった時は急な休みで材料の仕入れがそのまま行われてしまい、食材が余っていたことを嘆いていた。

 今回のダンジョン攻略はマスターからの頼みだし、お願いすれば俺たち2人分の軽食くらいは作ってくれるだろう。


 陽向[マスター、少し早く行くので昼食がてら2人分の軽食を作ってもらえませんか?]

 マスター[それは構わないが。2人分?]

 陽向[そう言えば、言い忘れてました。妹の雪が東京に戻ってきていて今日は休みをもらえているので、妹も一緒です。]

 マスター[雪お嬢ちゃんも!?あぁ、分かった。]


 そう言えばマスターには妹が同行することを言い忘れていた。

 慌てた表情のマスターが思い浮かぶが、以前も同じことがあったから恐らく大丈夫だろう。


「マスターには連絡しておいたよ。」

「ありがとう!準備ができたらすぐに向かおうよ!」


 マスターの料理が食べられると聞いて、俄然妹のモチベーションが上がったため、家に帰るとすぐにシャワーを浴び、少しだけ休憩してから、すぐにまた今度は第5ダンジョンに向けて出発となった。


 一日で一番暑い時間であるにも関わらず、少し肌寒くなった東京の街を少し歩き、目的地である第5ダンジョンの通りの反対側にあるマスターの喫茶店へと着いた。


 扉には臨時休業の看板が掲げられており、俺は扉を3回強く叩く。


「陽向君、雪お嬢ちゃん、いらっしゃい。そんなに強く叩くなら、着いたと連絡してくれればいいのに。」

「何回も連絡したんですけどマスターからの反応がなかったんですよ。」


 強く叩かれた扉を気にしながら苦笑するマスターにそう返す。

 実際出発時、到着5分前、到着時と連絡をしたのだが、全く反応がなかったのは事実である。


「そうだったか。さぁ、入って。時間までもう少しあるし、軽食も作ってあるよ。」

「お邪魔します。」


 こういうシチュエーションも初めてではないが、お客さんが誰もいない休日の喫茶店に入るというのは、どこか不思議な気分だ。


 俺と雪は奥のカウンター席に座り、マスターは軽食と飲み物の準備を始めてくれる。


「雪お嬢ちゃんは随分久しぶりだね。会うのは2度目かな?」

「そうですね。お久しぶりです、ミツハルさん。」


 前回はまだ暑くなり始めの頃だったが、今日と同じようにもともと約束していたマスターとのダンジョン攻略に雪が飛び入り参加するという形で初対面を果たした二人。


 そのお陰もあってか、会うのは2度目だが二人の会話にぎこちなさはないように思える。


「雪お嬢ちゃんは相変わらずアグレッシブだね。午前中は他のダンジョンに行ってきたんだって?」

「そうなんです。ダンジョン攻略は私の趣味でもあるので。」

「本業の方は最近どうなのかな?」

「順調です。ミツハルさんこそ、本業はどうですか?」


「待った待った。何ですか、その探り合う感じ!」


 つい二人の会話をさえぎってしまう。

 話している内容は普通に見えるが、会話のテンポが異常に遅い。


 やっぱり、ついさっきぎこちなさがないと言ったのは取り消したいと思う。


「話を変えますが、せっかくなので今のうちに作戦を確認しておきましょう。」

「俺のスタイルは変わらないが、雪お嬢ちゃんはともかく、陽向君とも久しぶりだからな。」


 マスターはスキルで風属性の魔法を3つ獲得しており、その中でも『風剣』という風を剣にまとわせて戦う、言うなれば魔法剣士だ。

 喫茶店のマスターをせず、本格的にダンジョン攻略に乗り出したなら、10階層より先に進むことも難しくないだろうと思える実力者であり、実際その人柄と周りを安心させるような後ろ姿から、リーダの座を受け渡してでも加わってほしいと言っているパーティーを見かけたことがあるほどである。


「俺もスタイルに変更はありませんね。未だにスキルは獲得していませんけど、前一緒に攻略した時より少しは強くなっていると思います。」

「スキルを獲得していないのに、そこまで強いのは反則だよな。雪お嬢ちゃんは?」

「何階層に行くか次第ですが、私はお兄ちゃんとミツハルさんに合わせますよ。」


 雪が全力を出したら俺とマスターの実力相応の階層の魔物など一瞬で倒してしまうのだろうが、雪は自分の魔法を相手や状況によって加減する技量を持ち合わせている。


「そうだな、確かに何階層に向かうのかは重要だな。罠の多い地下7階は構成的に俺たちに向いていない。その先ならどこでもいいのだが、2人は午前もダンジョンに行って準備運動は済ませているんだろう。いきなり10階層に向かっても良いかもしれないな。陽向君はどう思う?」

「マスターさえ良いのなら、俺はそれでも。・・・体力は、大丈夫ですか?」

「陽向君も言うようになったな。老けて見えるかもしれないが、これでも俺は30代前半だ。まだ心配する必要はないさ。」


 老けて見えるというより、渋い、ダンディーといった見た目のマスター。

 つい冗談を言った俺だが、マスターの提案した10階層からというのは、俺も適切だと思う。


 7階層は確かに罠が多くて、俺がソロでクリアした時にはポーション類を大量に使ってゴリ押ししたのを覚えている。


(あれは良くない思い出だな。)


 宝箱が多く出現するため対策が万端なパーティーには人気だが、俺自身はそれ以降一回も行っていない苦手な階層だ。

 俺のスタイルだと宝箱で何かを入手してもポーションを大量に使うため、費用対効果が薄い。

 そして、その後の8階と9階は10階に比べて少し魔物が弱いだけの代わり映えのしない階層である。


 そうこうしているうちに、俺と雪の前にはマスターお手製のサンドイッチとコーヒーが出される。


「おいしい!」


 さっそく食べ始めた雪が、笑顔でそう声を上げる。


 ただのサンドイッチと侮るなかれ。

 具材も良いものを使っているらしいのだが、特筆すべきは具材に満遍なくかけられたマスターの特製ソース。


 雑談の傍ら、特製ソースの材料を聞く客が後を絶たないほどの美味しさだ。


 夢中で食べたため、ものの数分で腹ごしらえを終えた俺たち2人は、時間になるまで作戦と連携の確認を続けた。



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