第6話

 当初の予定だった14時になったところで、さっそく第5ダンジョンへと出発する。

 出発とは言っても店の前の横断歩道を渡るだけなのだが。


 建物の中に入ると、今は休日のお昼過ぎということで先日来ていた時に比べても人の数が多く、建物内部の飲食店もピークの時間帯はすぎているのだろうが、それでもほぼ満席だ。


「相変わらず、このダンジョンは人が多いね。」

「まぁね。都内では一番人気のあるダンジョンだから仕方ない。なるべく離れないようにして動こうか。」

「・・・別に襲撃されても、倒れているのは相手側だと思うけど。」


 メディア露出が多く有名人である雪は、騒ぎにならないためにマスターの勧めで、帽子を深くかぶり、マスクをするという、簡易的ではあるが一目ではばれることのないような変装姿で歩いている。


 どうやら雪はそれが不満なようだが、マスターも前回の苦い記憶が思い起こされたのだろう。


 ダンジョンに入ってしまえば問題ないのだが、入り口に辿り着くまでに建物内部を数分歩かないといけないため、前回はその間に雪を見つけた人たちによって握手やサインを求める人だかりができてしまったのだ。

 結局その時は俺たちだけでは事態を収拾できず、マスターに警備員や職員を呼んできてもらって何とかその場を離れ、ダンジョンの入り口まで辿り着くことに成功したのだった。


「雪お嬢ちゃんはオーラがあるからね。」


 不満げな表情の雪にフォローを入れるマスターだが、そのマスターも視線を集める要因になっていることを本人は気付いていないことが、雪の不満の原因の一つでもあるのだろう。

 ダンジョン前の人気の喫茶店のオーナー兼マスターだし、ダンジョンに姿を見せることが少ないため、身長が高くてガタイの良いマスターは挨拶程度ではあるが、たまに声をかけられている。


 そんな感じではあったが、マスターの存在感のおかげなのか、肝心の雪の存在は勘付かれることなく、無事に入り口付近に辿り着くことができた。


 午前中の第3ダンジョンと違い、機械化が進むこの第5ダンジョンではダンジョンに入る際の手続きを全て機械が行っている。


『いらっしゃいませ。』


 そう機械音声が聞こえた後で、自分のカードを機械に通す。


『承認致しました。行ってらっしゃいませ。』


 これだけで手続きは完了だ。これだけ?と思うのだが、今までこのカードを使った不正の話を聞いたことはないので大丈夫なのだろう。

 どうやらカードにはダンジョンの資材や技術が使われているらしく、素人に複製できるものではないらしい。


(お金があるよなぁ・・・)


 この機械のライセンスもこのダンジョンを運営するゲーム会社が持っており、この頃は他のダンジョンでも見かけることが多くなっている。

 どうやら政府組織であるダンジョン協会には、今のところ予算がまわってきていないようだが。


 両隣を見ると、俺と同じようにして雪とマスターが手続きを終わらせていた。

 1分もかからず手続きが完了した俺たちは、さっそくダンジョンの入り口に向かう。


(内部もやっぱり混んでるな。)


 例のごとく光に包まれ装備への着替えが完了しダンジョンの内部に入ると、いつもの窓口にセイラさんの姿があったため、一応挨拶に向かうことにする。

 店は結構な混み具合だが、帰りに寄るであろう受付には数人しかおらず、セイラさんの受付はちょうど対応を終えたところであるようだった。


「セイラさん、お疲れ様です。受付は・・・、まだこの時間はそんなに忙しくなさそうですね。」

「あら、陽向くんにマスター、それに雪ちゃんまで!この3人はかなり久しぶりなんじゃない?」

「セイラさん、お久しぶりです!お会いできて嬉しいです!」


 雪がテンションを上げてセイラさんに話しかける。

 セイラさんと雪は初対面の時に意気投合して以来、今でもメッセージアプリで連絡を取り合っている仲らしい。


「私も雪ちゃんに直接会えて嬉しいわ。また少し身長が伸びたかしら?」

「そうなんです。もうこれ以上伸びなくていいんですけど・・・。」


「・・・陽向君、俺は久しぶりだから物資に足りないものがある。一緒に買いに行かないかい?」

「確かに、それが良さそうですね。」


 女子トークが始まってしまい、そこからしばらく動きそうにない雪。

 周りもちらほら雪の存在に気付き始めているようだが、完全に二人の空間になってしまっていて、自ら近付いていくような猛者はいなさそうだ。


 さて、いきなり10階層に行く上に、俺たち3人には回復役がいないため、回復系のポーションは全員が持っておくべきものだ。

 3人とも攻撃に寄っているため決してバランスがいいとは言えないが、逆に言えばそこが強みでもある。


 しかし、この構成だと必然的に物資にお金をかけてしまうことになるので、費用対効果が薄いのも事実だ。

 普段ソロで挑んでいる俺にとって、こんなことを考える機会はなくなって久しいのだが、人数が増えれば増えるほど得られる金額が少しずつ減ってしまうことになる。安全・安定を取るのか、それともお金を取るのかというのは、人によっても考えが異なる部分だ。


「こんなもので良いか。」


 マスターが買い物かごに3本の下級回復ポーションと1本の中級回復ポーションを入れている。


「あれ?今日は10階から挑むんですよね。それだけで大丈夫ですか?」

「今日は雪お嬢ちゃんがいるんだろ。彼女が同行者に怪我をさせることはしないと思ってのことだ。」


 そうか。確かにマスターの言う通りで、回復ポーションが必須と言いつつも、雪がついてきた際に怪我をしたことは一度もない。

 危ないと思った時には壁が現れガードしてくれたり、雪の攻撃魔法が飛んできて寸前のところで倒してくれたりするのだ。


「さぁ、俺は会計を済ませてくる。時間がかかりそうだから、陽向君は商品でも見といてくれ。」

「はい、分かりました。」


 時間がかかりそうといったのは、今のご時世コンビニやスーパーでもほとんどがセルフレジで会計が行われる中、入る際の手続きは機械化を行っているこのダンジョンで、ダンジョン内部の会計は全て従来の通り人力で行うという、謎の現象が起こっているからだ。

 謎の現状と言いつつ、もちろんこれも意図があって行っていることらしく、公式に発表されていることではないが、レジ係が相談役を務めているだとか、初心者にも優しく威圧感を与えないためだとか、色々と理由の推測は可能だ。


 このダンジョンの店は品揃えが非常に豊富で、自分が今使っている剣もここで買ったものであるし、スキル本、ポーション類も含めて、基本的なものはここで全て揃うようになっている。


 10分ほど剣がショーケースに並べられている一角をゆっくりと眺めながら歩き回る。

 自分に手が届かないような剣も色々と売られており、見るだけで楽しいのだ。


「お兄ちゃん、その剣が欲しいの?」

「雪か。あぁ、まぁな。ただ今の俺の実力には不相応だから眺めているだけで良いんだ。」


 セイラさんとの話を終えたのだろう上機嫌な妹が、いつの間にか横に立っていた。

 買ってほしいと頼めばお金に余裕のある妹は買ってくれるのだろうが、俺はそれを望んでいないし、そのことを分かっている妹もわざわざ野暮なことを言ったりもしない。


「あぁ、お待たせ。雪お嬢ちゃんも合流したか。」


 続いて袋に入れられたポーションを持ったマスターが合流する。

 もちろんマスターもアイテムポーチを持っているが、買ってから店の外でポーチに入れるというのが、ダンジョン内にある店のルールだ。


「じゃあ皆準備ができたようだし、行きましょうか。」

「うん。それとセイラさんから伝言!Bルートが空いてるって。」

「おぉっ、それは良いことを聞いた。ありがとう。」


 この第5ダンジョンは以前も話した通り迷路型であるが、入っていきなり5つのルートに分かれており、各ルート行き着くボス部屋も異なる仕様になっている。

 これが内部がそこまで混雑しない要因の一つであり、受付からは攻略者がどのルートに入っていくかが見えるため、一番混雑していないルートを教えてくれたという訳だ。


 運営企業のゲーム会社が出版するこのダンジョンの攻略本も持ってきてはいるが、必ず通らなければならないこの階層のマップは何度も通ううちに完全に頭の中に入っている。


 行き止まりがあったり、宝箱のある小部屋があったりで寄り道していくパーティーも多い中、俺たちの目的はこの階層には全くないと言っていい。


(これだけの人が居れば1階の魔物は狩られつくしているだろうし、最速で通り抜けたい。)


 俺たち3人は早足で、俺の頭の中の地図通りに、ボス部屋に向かって一直線に進んで行くのだった。


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