第7話

「よし。ここは少々難関だぞ。心の準備はできてるか?」

「はい。俺はいつでも。」


 少し時間は進んで、俺たちがいるのは10階のボス部屋の扉前。

 ここまでは数体ずつ現れるゴブリン種相手に連携を確認しながら戦い、一回も止まることなく順調に進み続けてきた。


「地下10階のボスは『ゴブリンの軍勢』だったっけ?」

「そうだ。上位種ゴブリンジェネラル率いるゴブリンの軍勢。弓矢を使うアーチャーや魔法を使うメイジもいる。」

「ここまでの連携通り戦えば問題ないはずですよね。」


 全く油断はできないが、過去にこのメンバーで問題なく討伐できた相手でもある。

 ゴブリンジェネラルは強い魔物だが、単体ならソロでもポーションを猛烈に消費しながら何とか勝てるであろう魔物。


 同じ剣を使う前衛でも、魔法を使ってスピードを上げ相手に的を絞らせないマスターと違って、単純な自分の身体能力だけで戦う俺にとって一番警戒すべきことは遠距離からの不意を突いた攻撃である。


 俺はゆっくりと深呼吸をし、黒く光る両開きの大きい扉を押して開く。


「お兄ちゃん!」


 その声と同時に開けた扉の方を見ると、複数の矢や魔法が俺たちに向かって押し寄せてきており、雪が慌てて前面に氷の壁をいつもより厚めに張る。


「陽向君、油断してたね。」


 心なしかマスターも焦った声である。


 そうだ。うっかり忘れていた。

 第5ダンジョンでは有名な地下10階の『初見殺し』。


 扉を開けると同時にアーチャーとメイジの遠距離攻撃が押し寄せてくる・・・。

 これは攻略本にもしっかり記載されていることで、もし防ぐ役割の攻略者がいなくても、開けてすぐに閉じるという単純な方法で回避が可能なのだ。


(妹やマスターが一緒だからって油断は禁物だ。)


 両頬を強く叩き気合を入れ直す。


「さぁ、改めて。まずは遠距離系の相手から倒して行きましょう!」

「了解、陽向君!」


 雪の氷の壁が消えると同時に、俺とマスターは最初から全開で前方から後方に退こうとしているアーチャーとメイジに向かって走って行く。


『アクセル』『風剣』


 立て続けにマスターが魔法を使う。

 風属性を剣にまとい、風の力を受けて急加速した。


 マスターがスキルの力を借りて数体のゴブリンを倒したのを横目に、俺も遅れてゴブリンへと攻撃を加えて行く。


 普通のゴブリンは錆びた剣を持っていて、俺の剣に合わせようと動いてくるが、そのスピードは遅く、俺は急所を狙って次から次へと切り捨てる。


(ゴブリンジェネラルは大剣持ちか!)


 奥の方にちらっと見えたゴブリンジェネラルは2メートルほどある大剣を担いでおり、最後方で自分の出番をじっと待っていた。

 この地下10階のボスはゴブリンジェネラルで変わらないが、その武装はランダムであり、今回のように大剣を持っていることもあれば、普通の剣と盾、槍、斧などを持っていることもあるのだ。


 大剣持ちを相手にするのは初めてのことだが、リーチが長い代わりに隙が大きいため決して戦いづらい相手ではないだろう。


 俺がアーチャーとメイジを守るために前に出てくるゴブリンを倒し続けている間に、雪は依然扉の前から動かず、氷の雨を降らせて的確に上位種であり厄介な存在でもあるアーチャーとメイジを倒している。


 ゴブリンたちも雪が自分たちにとって危険な存在であると気付いたのか、複数の上位種も含めて雪の方に殺到しようとするが、逆に俺たちに背中を向けて隙の大きくなったゴブリンを二人で次々と倒して行き、討ちもらしたゴブリンも雪の魔法によって一撃で倒される。


「お兄ちゃん、ミツハルさん!ゴブリンジェネラルが動き出した!」

「了解。雪お嬢ちゃん、他の雑魚は任せたぞ。陽向君、まずは俺たちで相手をしよう。」


 後方で全体を見渡している雪の掛け声があり、さきほどゴブリンジェネラルがいた場所を見てみると、背負っていた大剣を両手に持ち、少しずつ前進を開始しているところだった。


 俺とマスターは背後を気にすることなく、ゴブリンジェネラルの進行方向にいるゴブリンだけを倒しながらひたすら進む。


『ウインドブラスト』


 マスターが3つ目のスキルを使い、強烈な突風でゴブリンを切り刻み、吹き飛ばし、俺たちの進路をこじ開けた。


(ゴブリンジェネラル・・・)


 目の前に現れた地下10階のボス、ゴブリンジェネラル。


 体長は2メートルほどだが、自身の体長と同じ長さの大剣を悠々と担ぐゴブリンジェネラルの姿はさすがに威圧感がある。

 すでに20分程は全力で戦い続けており、少し息を整えるためにも休憩したいところだが、敵は待ってくれない。


「陽向君は前衛、俺は動き回って遊撃を務める!きつかったら変わるから、その時はすぐに言ってくれ!」

「分かりました。行きます!」


 マスターの指示を受け、まずは俺が飛び出す。


 担いでいた肩から勢いよく振り下ろされた大剣を横に飛んで避け、そのまま足元へと潜り込もうとする。

 一方俺の意図に気付いたゴブリンジェネラルは、足払いをするように牽制気味に蹴りを繰り出し、勢いよく後ろに退いた。


 だが、それは悪手である。

 退いた先にはマスターが先回りしており、がら空きになった背中に鋭い一撃を入れた。


 ガアッというゴブリンジェネラルの叫び声とともに一気にヘイトがマスターに向かい、ターゲットが切り替わってしまう。

 どうやら今の一撃がクリティカルヒットしたようで、これは予想外の展開だ。


「陽向君予定変更!今度は陽向君が遊撃だ!」


 さっきの俺と同じように、怒りでさらに鋭くなったゴブリンジェネラルの攻撃を時おり『アクセル』の魔法を使って避け続ける。


(これでは適切な隙を見つけるのが難しいぞ・・・!)


 最初の俺が最前衛でマスターが遊撃というのは適当に決めたわけではなく、基本に忠実で避けるときも大きな動きをしない俺と、避けるために魔法を使い動き回るマスターとでは、攻撃への加わりやすさが違うのだ。

 このようにゴブリンジェネラルがマスターに合わせて動き、振り回されていると、隙は見つけられてもすぐに移動して仕掛けるというのが難しくなってしまう。


「マスター、スイッチをお願いします!」

「了解っ!」


 俺はどうにかして隙を見つけるのではなく、次善策として、再び俺にターゲットを戻してもらうことをマスターにお願いする。

 俺の声を聴いたマスターはすぐさま方向転換し、攻撃を避けつつも、俺の方へと少しずつ近付く。


「スイッチ。」


 ゴブリンジェネラルから見てマスターと俺が重なったタイミングで、俺はそう叫び、マスターが横に飛びのいたのと同時に、前へと勢いよく飛び出す。


(上手くいった!)


 ゴブリンジェネラルは目の前の俺にターゲットを変更して攻撃を続ける。

 先ほどよりも鋭いものではあるが、避けるのが難しいほどではない。


 俺が避けてできた隙に合わせ、今度は刺激しすぎないように足を中心に狙い、マスターがダメージを加える。


 同様のことを10分程繰り返したところで、蓄積したダメージに耐えられなくなったのだろう。

 ついにゴブリンジェネラルが膝をつき、動かなくなった。


「マスター、畳みかけましょう!」


 ゴブリンジェネラルが大剣を振り回すという単純な攻撃を仕掛けるようになったのを見て、前衛と遊撃という分担から、一気に二人で隙を狙うというスタイルに切り替える。


 がむしゃらに振り回されるため厄介ではあるが、その分隙も大きくなっている。

 俺とマスターは横から、後ろから、ゴブリンジェネラルの胴体や頭部に傷を増やしていく。


『ウインドブラスト』


 瀕死のゴブリンジェネラルに止めの一撃、とマスターが魔法を繰り出した。

 風魔法の中では上位に属しクールタイムが長く連発もできないが、威力は高めで強い魔物にも通用し、ここぞというときには非常に役立つ魔法だ。


「陽向君、今だ!」


 魔法によって大剣も吹き飛ばされ無防備に見えるゴブリンジェネラルだが、必死に巻き返そうと拳で対抗しようとしている。


 精一杯の速度で走り、頭上に剣を振り上げ、そして下ろす。


(手応えありっ!)


 俺の剣によって止めを刺されたゴブリンジェネラルが粒子になって消えて行く。

 その場所には宝箱と、そして後方に階段とポータルが現れた。


「よくやった、陽向君!」

「マスターもお疲れ様でした!」


 ほとんどの攻略者がその危険度から挑むことすらしない、ゴブリンジェネラルだ。

 何回か倒したことがあるとはいえ、嬉しさは大きい。


「お兄ちゃん、ミツハルさん、すごかったです!」


 早々と他のゴブリンを倒し終え、後方でまた見物していた雪がそう言って駆け寄ってきた。


 前回3人で挑んだ時には、雪の力も借りてのものだったが、今回は2人で倒しきることができた。

 前よりも成長していることが感じられて、なおのこと嬉しい。


「お兄ちゃん、強くなったね。」

「そうだな。それに無理をせずにスイッチするという判断も良かった。」

「ありがとうございます。まだまだ、ですけどね。」


 このダンジョンにおいて公表されている、能力者以外で構成されたパーティーの最高攻略階層は19階であり、今月中にでも20階のボスに挑むという話であった。

 サークル内で一番強かったとは言っても、全体を見渡せば能力者以外でも自分より強い人はたくさんいるのだから、うぬぼれるわけにはいかない。


「かなり動きは洗練されてたし、一つ一つに無駄がなかったよ。でも逆に言えば・・・」


 ここから先は自分からは言いにくい、と雪がマスターを見る。


「そうだな。はっきり言えば、今のままだと成長の限界が近いだろう。そうならないためには、陽向君、君も分かっているだろう?」


 そう、スキル。

 マスターの戦い方を見ても分かる通り、スキルの力というのは大きいのだ。


 そろそろ自分の獲得するスキルを決めなければならない時が近づいている。

 3つすべてでなくていい。1つや2つ。


 しかし取ってしまえば変更できない一度きりのもの。

 せめてもう少し時間が欲しいのだ。


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