第8話

「宝箱の中身は・・・、大剣か。作りも立派だし頑丈そうだ。誰がこんな大きな武器を持てるのかは別として、装飾がきれいだからそれなりの値段で売れるだろうな。」


 気になる宝箱の中身を確かめてみると、ゴブリンジェネラルが持っていた大剣を少し小さくしたサイズの、細かな装飾が施された大剣だった。

 相当な腕力か技術が必要とされるため、実際に使うのは能力者か、そうでないものの中でも実力者に限られるだろうが、基本的には全員アイテムポーチの中にサブ武器を忍ばせているものであり、また戦闘では使わなくても憧れを持っていて鑑賞保存用として購入する者も少なくはない。

 マスターによる評価も悪くなく、大剣という実用性の低い武器であっても、ある程度の需要はあるのだ。


「それにしてもこのダンジョンって本当に不思議ですよね。誰が何のために作ったのか、魔物はどこから現れるのか、一番下には何があるのか。」

「確かに。だが、これに関してはこれまでの地球の科学で解明できることではない。いずれ雪お嬢ちゃんたち能力者が解決の糸口を見つけてくれるんじゃないかな?」


 俺たち3人がポータルに入るか階段を降りるかしてこのボス部屋を去れば、またゴブリンジェネラルが率いるゴブリンの軍勢がリポップして、次なる挑戦者を待ち構えるのだろう。


 雪が会話に加わってこないことを不思議に思って、雪を見ると、マスターをじーっと見つめ続けていた。


「ま、まぁ、雪お嬢ちゃん。ど、どうかしたのかな?」

「なんでもない。」


 決して怒っているという訳ではないのだが、何となく気まずい雰囲気が流れる。


「まだまだ時間もあるし、少し休憩して地下11階に向かいましょうか。」

「了解。俺は11階のマップを確認しておこう。」


 11階ともなると、上層に比べて情報は少なくなるが小部屋の場所や12階層へ降りる階段までのだいたいの道順、登場する魔物などは書かれている。


 俺もアイテムポーチから攻略本を取り出して該当ページを読む。

 11階に踏み込むのはかなり久しぶりなため少し緊張してきた。


 10分程主を失ったボス部屋で休憩してから、階段を下って地下11階へと向かう。


「この階層から情報は少なくなっている。一応、慎重に進もう。」

「お兄ちゃん、ミツハルさん、提案なんだけど慎重に進むでも、色々と探索しながらでもいいんじゃないかな?」

「確かにそうだな。マスター、どちらにしても次のボス部屋である地下15階には辿り着けそうにありませんし、まだ見つかっていないルートや部屋がないか探しながら、ゆっくりと進みましょう。」


 方針を決めた俺たちは魔物との遭遇に備えて慎重に歩き始める。

 特に角は突然遭遇することになる危険性もあるため、剣を抜いてすぐ戦えるような態勢を作っておくのがダンジョン内での探索時の常識だ。


「オークもさっきのゴブリンジェネラルと比べると、大したことのないように感じますね。」

「そりゃそうさ。1階層違うだけでボス級にポンポン出てきてもらっちゃ困る。」


 これまでの階層のメインの魔物はゴブリンであったが、ここからのメインはオークとなる。

 対応の仕方は基本的に同じで特に作戦や戦闘方法を変える必要はないが、単純な力が強いため、その辺は警戒が必要であり、1発もらってしまうだけで戦闘不能になってしまう危険性がある。


「ここを左に曲がろう。右の方に12階に下りる階段があるようだが、こっちは攻略本の情報も少ないから新たな発見もあるかもしれない。」


 何回かオークとの戦闘を繰り返したところでT字路に出た俺たちは、攻略者の侵入回数が少ないと思われる左を選択する。


「う~ん、なかなか宝箱見つからないね。罠にも全然引っかからないし、思ったより簡単かも。」


 カチッ


「・・・陽向君、今何か聞こえなかったか?」

「はい。確かに聞こえました。何かが押されたような音が。」


(雪、それはフラグだ!)


 後方を少し離れて歩いていた雪の足元をよく見てみると、地面と同じ色をしたスイッチが雪の足跡から顔をのぞかせていた。


「陽向君っ!」

「はいっ!」


 俺とマスターは急いで雪の方に駆け寄って行く。

 転移、落とし穴など様々な可能性が考えられるが、離れ離れにならないために罠のもとに固まるというのが今の主流の考えだ。


 雪の足元には魔法陣が現れており、俺たちも急いでその上に乗る。


(転移か・・・!)


 風景がブラックアウトして行き、体がポータルを通る時のような浮遊感に包まれる。

 話で聞いたことはあったが、実際に転移させられるのは初めての経験だ。


 数秒間苦手とする浮遊感を味わい、足が地面に着いたかと思うと闇が少しずつ晴れてくる。


「お兄ちゃん、マスター、そこを動かないで!奥に魔物の姿が見える!」


 雪が指をさす方向を見ると、確かにぼんやりではあるが魔物のシルエットが見えている。


「かなりのサイズだな・・・。」


 マスターの言う通り、魔物との距離からするとさっき戦ったゴブリンジェネラルより大きいのではないだろうか。


「シルエット的にオークではなくてオーガかも。」


(オーガだと!?)


 オーガ。凶暴な見た目をした鬼でオークの強化版的な存在である。

 直接この目で見るのは初めてだが、5年前の魔物氾濫の際に大きな被害をもたらした魔物として有名で、映像や写真でその姿は何度も見かけたことがある。


 攻略本には地下19階までの情報が記されているが、俺の記憶の中ではオーガの存在に関する情報は一切書かれていなかったはずだ。


「雪、この第5ダンジョンでオーガが出現したという報告はあるのか?」

「ある。21階から30階はオーガがメインと聞いてるよ。」


 ダンジョン協会に勤める雪は、ダンジョンについて俺とマスターが知り得ない情報を知っているのではと思い聞いてみると、間髪入れずにそう返事が返ってくる。


(21階から30階か・・・。情報が全くない訳だ。)


「雪お嬢ちゃん、オーガがこちらに気付いたようだ。どうする?」

「戦ったことはないけど、オーガは2人には荷が重い。私が相手をしますよ。」


 そう言って雪がオーガに向かってゆっくり歩いて行く。

 初めて飛ばされたのが俺たちだったのはある意味幸運とも言えるだろう。


『氷結界』


 雪がそう唱えると、一面に氷の結晶が降り始め、辺りの気温が一気に下がる。

 これは雪が本気を出すときに使う魔法で、この魔法を見るのは俺も久しぶりであった。

 継続的に氷魔法の威力を上げる効果があり、この場は彼女のホームとなる。


『フリーズ』『アイスストーム』


 立て続けに雪が魔法を唱えると、まずオーガの体が凍り、次に氷の竜巻が向かって行く。


「やったか!?」

「マスター、それはフラグです!」


 予想通り、オーガを覆っている氷が溶けだし、今度はオーガが激しく動き出した。


『ダイヤモンドダスト』


 雪は攻撃の手を緩めることなく強力な魔法を唱える。

 雪が使える氷魔法の中でも上位に位置していて、鋭い氷の刃を無数に飛ばし続ける魔法だ。


(雪が本気を出した時に使う魔法・・・)


 しばらくは氷の刃を受けつつも、そのまま進み続けようとしたオーガだが、次第に氷の刃による傷が増えていき、ついに足を止め足の方から順に凍り始めて行く。


「ミツハルさん、今度こそ倒したみたいですよ?」

「あぁ・・・、そうみたいだな。」


 マスターににこりと笑いかけながら言う雪。

 今度は氷が溶けることも再び動き出すこともなく、日本人の大多数が強力な魔物として認識しているであろうオーガとの戦いは、とても呆気なく、ものの数分で終わりを告げた。


「・・・ありがとう、雪。意外にも結構強い魔法を使って正直驚いたよ。」

「オーガは初めて戦う相手だからね。わざわざ手加減してやる理由もない。」


 なるほど。小説やアニメでは、少しずつ出力を上げてギリギリの戦いを演出するものだが、実際に命がかかる戦いにおいて、そんな馬鹿なことをする者はいないということだろうか。


 凍らされたオーガの方を見ると、やはり息の根を止めることができたようで、ゆっくりと消えて行く際中であった。

 その後完全にオーガが消滅するが、残念ながら宝箱は現れず素材が落ちているのみ。


「どうやって脱出ができるか正直分からない。どれだけ時間がかかるかも分からないから、すぐに素材だけ拾ってポータルを探そう。」


 そういうことですぐに出発したのだが、ここからは雪の独壇場だった。

 これまでの陣形を変更し先頭を務めた雪が強力な魔法で現れる敵を瞬殺して行く。


 俺とマスターは雪の後ろを離れないように着いて行くだけで、ただただ雪の魔法に圧倒されていた。


 慎重に、しかしながら素早く進むこと1時間。

 ボス部屋を見つけると、その部屋の主であるオーガの上位種でさえ圧倒的な火力で瞬殺した雪。


 さっきまでは何だったのかというくらい本当に呆気ない。

 もちろんオーガが弱い訳ではなく、ジェネラルゴブリンに苦戦した俺たちとは、それだけ実力に差があるということだ。


「ちょっと予定よりは早くなったけどポータルを通って入り口に戻ろう。マスター、お兄ちゃん、それで良いですか?」

「俺はそれで構わない。トラップの報告も必要だろうしね。」


 俺たちの言葉にマスターも頷いたのを見て、雪が設定を終えたポータルへと入っていく。


 予想外に大変な午後のダンジョン攻略となった。

 未だに鼓動が激しいのは仕方のないことだろう。


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