第9話

 ポータルを通り地下1階の入り口付近に戻ると、真っ直ぐに受付の方に進む。

 セイラさんは他の攻略者の対応中であったため、今は少しでも早く報告する必要があるという雪の判断で、受付でもよく見かける真面目そうな男性が務める隣の窓口へと向かうことにした。


「ミツハルさん、どうかされたんですか?」


 早足で窓口に近付いていくと、俺たちの表情やセイラさんを待たなかったことから何かの異変を感じ取ったのであろう男性が少し慌てた声で話しかけてくる。

 とりあえずはこの男性と顔見知りだというマスターに対応を任せることにした。


「ちょっと面倒なことがあってな。地下11階の話ではあるが、転移魔法陣のトラップがあって、すぐに対応が必要な攻略者の安全に関わることだ。」

「なるほど。攻略本に載っていないトラップがあったということですね。奥の部屋に担当の者がおりますから、そちらに案内いたします。そこで詳しいことをお聞かせください。」


 男性はそう言って大慌てで、受付の脇にある扉から3人を導き入れる。

 ほどなくしてすぐに、受付の後ろ側にある3つの扉のうちの一番右の事務所と書かれた扉の中へと案内された。


 セイラさんに以前聞いた話では一番左の部屋は休憩室となっていて、24時間営業であるダンジョンにおいて、夜中のシフトの時は仮眠室にもなるということだったが、ここを訪れるのは初めてのことだ。


「渡辺さん、ダンジョンについて新しい情報があるという方をお連れしました。奥のテーブルに案内しておきます。」

「分かった。ありがとう。」


 受付の男性の声に、若い女性の声で返事があった。

 俺たち3人は奥の会議スペースのようなところに通され、しばらく待っているように言われる。


 もちろん俺はここに初めて入ったが、とてもダンジョン内とは思えず、普通のオフィスのひと間といった感じだ。


「お兄ちゃん、きょろきょろ見渡さないの!」


 滅多に来ることのない部屋とあって、つい周りを見渡していると妹からお叱りが入る。

 雪にとってはこういうことはよくあることなのだろう。俺は初めてなんだから勘弁してほしいとも思ったが、デスクに座って書類とにらめっこしていた人とたまたま目が合ってしまい、恥ずかしくなった俺は言われた通り大人しく待つことにする。


「あら、皆有名人じゃない!ミツハルさん以外は初めまして、かしら。第5ダンジョン攻略本編集部副部長を務める、渡辺蘭です。気軽に蘭さんって呼んでね。よろしく。」

「愛川陽向です。こちらは妹の雪。よろしくお願いします。」


 どんな人が来るのかと構えていたが、俺にとっては予想外、茶髪の美人お姉さんといった感じの声音通りの若い女性だった。

 この若さで副部長ということもあり、いかにもキャリアウーマンといった見た目だが、疲れているのだろうか、目の下のクマが心なしか目立つような気がしてしまう。


「受付のセイラとは親友なの。だから雪ちゃんのことはもちろん、陽向くんのこともセイラからよく話を聞いているわ。」

「・・・悪い話じゃないといいですけど。」

「もちろん悪い話じゃないわよ。将来有望な攻略者がいるって話。」


 セイラさんにサークルメンバーに対する愚痴を言っている俺が苦笑で答えると、蘭さんは不思議そうな顔でそう答えた。

 セイラさんはその辺のことまでは話していないようで一安心する。


「雑談はここまでにしましょう。雪ちゃんも、ということはすぐに他の攻略者にも知らせるべき事なんでしょ?」

「話が早くて助かります。雪、話をお願いできるか?」


 ダンジョンについて一番詳しく、実際にオーガとも戦った雪に話を任せ、俺とマスターが転移した状況や詳しい位置などを適宜付け加え、補足する。


「というわけで、一般の攻略者については左のルートを侵入禁止にすべきかと。」

「なるほど。雪ちゃんがいてくれて良かったわね。他の攻略者だったら久しぶりに第5ダンジョンに死者が出ていたところだわ。」


 この第5ダンジョンは一般攻略者には無理のない攻略を推奨しており、ダンジョン攻略本に罠やトラップ、魔物の倒し方等も含めて色々な情報が記載されていることもあって、他のダンジョンと比べて死者が極端に少なく、それも人気の要因の一つになっている。


「3人ともありがとう。雪ちゃんには私よりもお偉いさんから話があるみたいだから少しだけ時間をもらえないかな?」

「分かりました。全然構いませんよ。」


 蘭さんの言葉に雪が仕事モードで答える。

 雪だけ呼ばれたということは、ダンジョン協会の雪に話があるということなのだろう。


 すぐに先ほどの受付の男性によって、さらに奥へと案内されていく。


「非常に有益な情報だったわ。あんまり多くはないけど情報料を渡せることになっているから、パーティーリーダーには書類に目を通して、サインをしてもらいた・・・」


 そう言いかけて蘭さんがしまったという顔をする。

 おそらく雪がパーティーリーダーだったらどうしよう、と思っているのだろう。


「大丈夫ですよ、蘭さん。今回のパーティーリーダーはミツハルさんです。」

「俺なのか!?」


 初耳といった感じでマスターが驚く。


「だってマスターは3人の中で一番年上じゃないですか!」

「ま、まぁ、それはそうだが。分かった。俺がサインしよう。ではこの間に陽向君は受付に戻って、俺が持っている分もついでに売っておいてくれ。構わないよな?」


 マスターの言葉に対して蘭さんが頷くと、マスターがアイテムポーチの中から、ゴブリンジェネラルの大剣やオーガの素材を含めて次々と取り出し、俺はそれを受け取っては自分のポーチに移すという作業を繰り返す。


 アイテムポーチの限界を知らない俺は次から次へと取り出される素材に心配になるが、問題なく全て納めることができた。


「じゃあマスター、後はお願いします。」

「あぁ。終わったら俺もすぐ向かう。」


 そう言って別れ、俺は来た道を引き返し受付へと戻る。

 運のよいことに、セイラさんが対応を終え列もなかったため、セイラさんの窓口に直行する。


「陽向くん、何かあったの!?」


 他の攻略者の対応の傍ら、奥へと入っていく俺たちを見たのだろう、心配そうな顔でセイラさんにそう尋ねられる。


「地下11階で攻略本に記載のないトラップに引っ掛かりまして。まぁ、雪も一緒だったので問題はありません。」


 俺はアイテムポーチの中から次々と今回得られた素材を取り出していく。

 ゴブリンジェネラルの大剣やオークの素材までは感心した顔で見ていたが、オーガの素材を取り出すと一気に驚き顔に変わる。


「陽向くんオーガと戦ったの!?ここにオーガの素材が出されたのは初めてのことよ?」

「正しく言えば、戦ったのは妹の雪、ですけどね。」


 オーガの素材は初めてとセイラさんは言ったが、それもそうだろう。

 攻略組はオーガの階層に未到達であるし、存在が噂される能力者組もわざわざ周りの目があるこの受付に素材を提出しに来ることはないだろう。


「オーガの素材については調べる必要があるわ。ここで少し待っててもらえる?」

「えぇ、全然構いませんよ。雪もマスターもまだ戻ってきませんし。」


 俺の返事を聞いたセイラさんが、オーガの素材をもって先ほど俺が出てきた扉へと入っていく。


 暇になった俺は隣の受付から聞こえてくるやり取りを聞いてみることにした。

 どうやら隣は初のダンジョン攻略を終えたばかりの高校生パーティーであるらしく、色々説明を受けながら、得られたわずかばかりの素材を売るところのようだ。


 俺にもこんな頃があったのかと懐かしむが、俺の場合当時高校生になったばかりの妹とが心配し同行することになったお陰で、色々と大変なことがあったことを思い出す。


 そんなことを考えながら受付の周りを見渡してみると、例のサークルメンバーたちがダンジョンの入り口に現れたのが見えた。


(やばいっ・・・)


 慌てて顔をそらすが少しだけ遅かったようで、俺のことを見つけた彼らがニヤニヤ顔で近付いてくる。


 前回俺に反論されて悔しがっていたのに図太いことだと思うが、面倒なことに変わりはない。


「よう、『妹のヒモ』くん。どうやら今日も今日とて一人のようだな?」


 反応するのも面倒なため、いつも通りまず無言だ。

 連中は懲りずに次から次へと俺に悪口を投げかける。


(よっぽどストレスが溜まっているのだろうな。)


 今日1日色々なことがあり、ゴブリンジェネラルを相手にし、オーガまでも直接見かけた俺にとって、威張った口調で話すだけのサークルメンバーは正直どうでもよく、無関心な態度を取り続ける。


 だが逆に俺のこの態度が気に障ったらしく、悪口はヒートアップして行く。


「何か言ったらどうだ!それとも妹が居なけりゃ何もできないのか?言えよ。妹、助けてください~、ってさ!」


「私がお兄ちゃんの妹だけど。何か用があるの?」

「雪!」


 心の中でナイスタイミング!と叫んだのは仕方のないことだろう。


「雪、、さん。」


 居ないと思っていた雪が怒った表情で登場し、サークルメンバーたちが思わず後ずさっている。


「ゆ、雪さん、俺昔からファンなんです。」


 散々俺に悪口を言ってきて、どの口がそれを言うんだと思ってしまうが、言った本人は至って真剣のようである。


「興味ない。お兄ちゃんは今日私が見てる前で10階のボス、ゴブリンジェネラルを倒したんだけど、君たちに倒せる?見るからに弱そう。性格も悪そうだし、良いところを見つけるのが大変そうかも。君みたいなファンはいらないから、来世の自分に期待しなさい。」


 まくしたてるように話す妹に、サークルメンバーたちは全員絶句だ。


「お兄ちゃん、行こう?セイラさんが待ってる。」


 固まるメンバーを一瞥して、雪が俺の手を引く。

 受付のところでは、セイラさんがしたり顔でこっちに手を振っていた。


 サークルメンバーは全員灰のようになっているが、これまでずっと悪口を言われつづけたことを考えると、かわいそうだとは到底思えない。


 むしろ俺の心にある言葉はただ一つ。


 ざまぁ見やがれ!



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