第10話

 その日の夜。


 素材などを売った報酬に加えて、情報料として思わぬボーナスを手に入れた俺たち3人は、都内の高級焼き肉店でちょっとした祝勝会兼お疲れ様会を開くことになった。


「「「乾杯っ!」」」


 妹はもちろん、俺もまだ未成年のため、当然のことながらお酒ではなく2人ともオソフトドリンク。俺はウーロン茶で雪はオレンジジュースだ。

 マスターも俺たちに遠慮してお酒ではない飲み物を頼もうとしたが、俺たちに気にせず頼んでほしいというと、満面の笑みでビールを注文した。


 もはや何を祝うのかも分からないところだが、3人とも悪い気分でないことは間違いなく、基本休みなしで喫茶店で料理を作り続けるマスターは特にそうだろう。


「しかし雪お嬢ちゃん、今日得られた金額をそのまま3等分でよかったのか?11階までの戦いはまだしも、それ以後の魔物は全て雪お嬢ちゃんが倒したようなものだが。」

「それは全然。正直お金には困ってないし、今日はパーティーで挑みましたから。」


 マスターが言っていたことは俺も昔気にしたことがあるのだが、貢献度的に突出した時であっても雪は必ず報酬については等分するという選択をしてきた。

 自身で言うようにお金に困っていないことも事実なのだろうが、彼女の真面目さからくるものでもあるのだろう。


 ダンジョン攻略者においてパーティーマネジメントというのはとても大事で、金銭問題というのはパーティーの解散や脱退の理由の上位だという。

 基本的な方針はパーティーのリーダーが決めたり、多数決で決められたりすることが多いと聞くが、メンバーの強さのバランスが変わったり、時間が経ったりすることで話は次第に食い違っていくのだという。


 ちなみに俺のような嫉妬は珍しいタイプで、妹が能力者という特殊な環境だからこそのことだろう。

 もっともこれを方向性の違いととらえるのであれば、また話も変わってくるのだが。


「正直最後は痛快だったよ。セイラさんからお兄ちゃんの状況は聞いていたからね。本当はコテンパンにしてやりたかったけど。」

「俺はその場にいれなかったのが残念だ。まぁ、良い酒のネタが増えたな。」


 妹だけではなくマスターまでもがそんなことを言う。

 これで状況が改善するかは全く分からないことだが、何かしらのアクションが起こせたことは良かったことだろう。

 正直今までのような状態が続くと、いつか耐えられなくなるのではないかと思っていたのだ。


 そんなことを話しているうちにお店の方が次々と料理を運び、俺たちはそれを舌鼓を打ちながら食べる。

 マスターのお酒を飲むスピードも速く、すでにアルコールがまわり始めているように見える。


「マスター、そんなに飲んで明日は大丈夫なんですか?」

「あぁ、問題ない。俺は次の日に酒が残らないタイプなんだ。」


 もちろんマスターは明日から再び喫茶店のマスターへと戻るわけであり、心配して尋ねると、そういった答えが返ってきた。

 その後小さく、もしもの時は休めばいいさともつぶやいていたから、楽しそうに飲んでいるマスターにこれ以上野暮なことは言うまいと思い、それ以上は突っ込まないことにする。


 そういった会話の間も雪は黙々と肉と白米を食べ続ける。

 普段から男とである俺よりも食べている妹に、俺は常々どうやって体型維持をしているのか気になってしょうがないのだが、基本的に動く任務についているのもあるだろうし、もしかすると能力者は新陳代謝的にも優れているのかもしれない。


「お兄ちゃんはね、本当にもったいないよ。もっと強くなれるんだから!」


 そんな風に思って雪を眺めていると、俺の視線に気付いた雪が珍しくダル絡みをしてくる。お酒を飲んでいるわけではないがこの雰囲気に酔っているのだろう。


「雪を守れるくらい強くなれるよう、俺も頑張るよ。」


 俺がそう言うと、満足そうに雪が頷く。

 本当にたまにではあるが弱音も吐くことがある妹は、今日の戦いを見るに俺たちが手も足も出なさそうであったオーガとは比べ物にならない強さの魔物とも戦い勝ってきたのだろう。だからこそ今日の圧倒的な実力差を見ても俺が雪を守るなんて言うのは夢のまた夢といった話だが、兄として何かあった時に助けになりたいというのは本心だ。


「まぁ、お兄ちゃんは私の後ろで大人しく守られてくれればいいんだけどね~」


 すぐ前の反応と逆のことを言う雪に苦笑いする俺。


 結局終始このような雰囲気で、楽しく祝勝会兼お疲れ様会はお開きとなった。

 最後まで食べ続けた雪のおかげもあって、会計は少し驚くような金額だったが、そこは男気を見せてマスターが全額支払った。


 店を出た頃にはマスターも千鳥足になっていて、俺と雪はマスターを送ってから帰路に就いた。


「何か青春、って感じだよね!」

「あぁ、そうだな。」


 ダンジョン発生以前にはこんなことになるとは思ってもみなかった。

 今日の出来事が雪の言うように青春と言えるのか俺には分からないが、これが新しい形の、能力者として多忙な日々を過ごす雪にとっての青春なのだろう。



 次の日。


 昨日は大変だったから、と休むようなこともなく、予定していた通り俺と雪は一緒にダンジョン攻略に出かけた。

 大変だったとは言っても後半は雪に任せっきりで大して戦闘もしていなかったため、寝て起きてしまえば疲労感はほとんど感じられなかった。


 第3ダンジョンでも第5ダンジョンでもない、少し遠い場所にあるダンジョンに電車を使って遠征したのだが、昨日とは違って妹は何の変装もしていなかったため、ダンジョンに入るまでにちょっとした騒ぎになってしまい、そこで体力がゴリッと削られてしまった。


 連日イベントが起こるようなこともなく、普通に楽しくダンジョン攻略を終え戻る際中、電車の中でダンジョン協会から雪に、急ぎの連絡が来たようだった。


「うげぇ。明日からまた任務で遠征みたい。」

「明日から?また随分と急だな。」


 急に任務が入ることは本当によくあることであったが、明日から、というのは珍しいことであった。


「ここ最近は大きな作戦に従事していたから予定が分かりやすかったの。まぁ、急に行かなくちゃいけなくなる分、これからしばらくの間はすぐに帰ってこられる任務が多くなりそうだけど。」


 周りに他の乗客もいるため小声で、かつ内容をぼかしながら話す雪だが、そもそも守秘義務とやらで雪が作戦や任務の内容を俺に話すことはない。

 とはいえある程度推測はでき、長期間、家を離れていたことを考えてもニュースでも報道されていた近くの国への派遣任務に参加していたのだろう。


 どの国でも同じように能力者は存在していたのだが、国によっては国の威信、とか、資源の確保、などという名目でダンジョン攻略を急ぐあまり能力者を無理に攻略させ、結果能力者のほとんどを失うといったケースが多発していた。


 そしてこのようなケースは発展途上国で多く、そもそもダンジョン攻略者人口の少ないこれらの国は、定期的に、ときには大規模に、日本などの先進国の能力者の力を借りて、魔物の氾濫が起こらないようにしているのだった。


「今回は、そうだな、週の半ばか週末までには帰って来れそうかも!」


 ウキウキでそう話したのは、週末に俺と一緒にまたダンジョン攻略に行くつもりだからだろう。

 一応週末には予定を入れないでおこうと思う。



 その夜。


 遠征の準備をしている妹の邪魔をすることのないよう自室でくつろいでいると、メッセージアプリにある人から久しぶりの連絡があった。


 ある人とは、俺と同じ時期に例のサークルに入ったやつで、大学の学部は違ったがダンジョンの攻略が好きな者同士ということで、入りたての頃に一緒にダンジョンに潜りまくった倉本ハジメだ。


 倉本は、俺が他のサークルメンバーの嫉妬によって連携が上手くいかなくなり、パーティーを外されるようになってからも、唯一一緒にダンジョン攻略を続けてくれ、自分から意見を言えるタイプではなかったためその場で何か言うことはなかったが、いつも俺のことを気にかけてくれた、サークルの中でただ一人の友達と言える存在だった。


 倉本[愛川くん、久しぶり。元気にしてるかな?]

 陽向[あぁ、元気にやってるよ。もしやダンジョン攻略の誘いか?]


 倉本は俺がサークルを脱退するのと同時にサークルを脱退し、さらにダンジョン攻略からしばらく距離を置きたいとのことで、俺もしばらく連絡を控えていた。

 本人はそうではないと否定していたが、ダンジョン攻略が大好きだった倉本が俺のせいで止めてしまうことを申し訳なく思い、もし気持ちの整理がついたら俺を誘うようにと言ってあったのだ。


 倉本[そう。よければ明後日火曜の夕方にでもどうかな?]

 陽向[良いぞ。基本的に俺はソロだし、いつでも問題ないよ。]

 倉本[良かった!じゃあ、いつもの第5ダンジョンで16時に集合で!]


 あのサークルに良い思い出はほとんどないと言っていいが、倉本とダンジョン攻略を毎日のように繰り返していた日々は俺にとっての青春だった。


 今から火曜日が楽しみになった俺は、眠気覚ましにでもと思い、苦手なブラックコーヒーを入れた。


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