第11話

【10月第3週火曜大学付近】


 そして約束の火曜の夕方。

 15時までは大学の講義であったため、家には戻らず直接ダンジョンへと向かうことにした。


 どこかに出かけたときの帰り際でたとえ荷物が多かったとしても、ダンジョン内にそれらが持ち込まれないというのは非常にありがたいシステムだ。


(眠いなぁ・・・。)


 短い間隔で出そうになるあくびをこらえながら歩く。

 

 寝不足気味なのは理由がある。昨日の朝に任務に向かった雪だったが、昨日はダンジョン協会本部での事務的作業のみだったようで夜には普通に帰宅したため、今度こそは本当に任務に行くからと、深夜までダンジョン攻略に付き合わされたのだ。


(まぁ、これくらいなら全然慣れたものだ。)


 基本はいつもソロで挑んでいることもあって俺は無理な攻略は行わないことを心に決めているが、泊りがけで攻略するパーティーも珍しくはなく、大学生の中には試験勉強の気晴らしに、睡眠時間を増やすことよりもダンジョン攻略を選ぶものだっている。

 そのためにダンジョン内部の店には、ダンジョン産の食料や飲料も揃えられており、とてもおいしいとは言えない味だが、栄養バランス的には悪くないものらしい。


 待ち合わせ場所に近づいたところで時計を見る。


 大学と第5ダンジョンはそれほど離れていないため、15分程早めに待ち合わせ場所に着いてしまった。

 待ち合わせ場所は第5ダンジョンの建物内部ではなく、少し離れた大学とは反対の場所にある公園前だ。

 これはサークルメンバーと鉢合わせにならないようにするためであり、俺が会う分には問題なくても、倉本が嫌がるだろうと配慮してのことだ。


 じゃあ遠くのダンジョンに行けばいいじゃないかと思うのだろうが、第5ダンジョンは俺たちが足しげく毎日通ったダンジョンであり、言ってみれば思い出のダンジョンなのだ。


(この時間は子どもたちが多いんだな。)


 俺が公園で遊んでいたような頃は鬼ごっこをしてみたり、戦隊物の真似をしてみたりしていたものだが、今の一番の流行りはダンジョンごっこなるものらしく、ここにも影響が表れ始めている。

 以前は外で遊ぶ子供が少なくなっていることも問題にされたりしたものだが、今では将来はダンジョン攻略者になりたいからと、体力をつけるために子どものゲーム時間が減って外に出て運動する時間が増えたのは奇妙な話である。


 そんな子どもたちが元気いっぱいに遊んでいるのを眺めていると、スマホからメッセージアプリの通知音が聞こえた。


 画面を見てみると15時55分。集合時間の5分前だった。


 倉本[愛川くん、直前の連絡で申し訳ないけど、実はお昼頃から体調が良くなくて・・・。ギリギリまで悩んだんだけど、また別の日にしてもらえないかな?]

 陽向[そうなのか・・・。残念だけど俺はいつでも暇だから、体調が整ったらまたすぐにでも誘ってくれ。]


 メッセージは倉本からで、体調が優れずに来られないとの連絡だった。

 メンタル面でダメージがあるなら、ダンジョンに行くということにまだ気持ちが乗らないのかもしれない。


 この後の予定がなくなった俺。

 今日を楽しみにしていた俺にとっては消化不良この上ないため、いつも通りソロで第5ダンジョンに行くことにする。


 平日のこの時間帯の第5ダンジョンは徐々に人が増え始める頃だ。

 今日も制服姿の高校生や仕事帰りのサラリーマンが、ダンジョンの中へと吸い込まれて行く。


(また今日もソロ、か・・・。)


 大きなため息を一つついてから、気持ちを切り替えるようにして早足でダンジョンのある建物内部に入る。


(土曜は自分が思っていた実力以上に戦うことができた。気分を変えて今日は地下8階からスタートしてみるか。)


 マスターと雪が一緒だったとはいえ、ボス部屋以外なら10階のみならず11階もソロで何とか乗り切れそうなほど成長を実感できた土曜日。

 前も言った通り7階は罠が多いためそもそも行くつもりはないが、いつものように5階までの最上層ではなく、地下8階からスタートしてみるのも有りかもしれないと思い始める。


(一応、ポーション類をいつもより多めに用意するか。)


 ダンジョンに入って、まずは店で回復系やバフ系のポーションを買い、いつもよりアイテムポーチ内の在庫を増やす。

 これらも決して安いものではないが、今は臨時収入が入って懐が温かめだからこれくらい構わないだろう。


(さぁ、行くか。)


 これからもっと人が増えていく時間であるため、できるだけ早く地下1階のボス部屋まではクリアしておきたい。

 それに8階まで移動してしまえば上層で活動するサークルメンバーと遭遇せずに済むとも思ってのことだ。


 俺はEルートを選択し、剣を腰に下げたまま早足で進む。

 俺の経験上、人が少ないことが多いのはEルートである。


 辿り着いたボス部屋には1パーティーが扉の前で並んで待っていたが、この時間から考えると混んでいない方だ。

 ほどなく10分ほどして俺の番が訪れ、何度も見てきた数体のゴブリンをそれぞれ一撃で倒して行く。もうこれは慣れたものだ。


(よし、今日も調子は悪くない。)


 いくつかの動きを試して準備運動を行うが、昨日は夜遅くまでダンジョン攻略をしていたとはいえ、特に体に異常がありそうな場所はなかった。

 さっそく俺はパネルを操作して地下8階を選び、そのままポータルを通って移動する。


(さて、攻略本で大まかなルートを確認するか。)


 ポータルを通ると指定した階層のどこに転移するかはいくつかのポイントからランダムで選ばれるため、こういう時に攻略本は本当に便利なのだが、最短ルート上の魔物は一番攻略者が通る道ということもあり魔物がすでに狩られていることが多く、最短ルートを通ると旨みが少なくなってしまう。

 そのためちょっとだけ遠回りをして、上手い具合に魔物と遭遇しつつ進んで行かなければならないという話だ。


 8階についてはどのポイントに転移したとしても行き着く部屋があるため、まだ他の階層に比べるとルートを考えるのは楽そうではあるのだが。



(っと、いきなり現れたか・・・!)


 ルートを決めて出発しようとした俺は、数十メートル先にゴブリンの上位個体ゴブリンソルジャー1体がたたずんでいるのを発見する。

 剣を持っていることは同じだが、普通のゴブリン違うのはアーマーを着ていることで、若干耐久力に優れた魔物だ。


 そのまま近付いて試しにゴブリンソルジャーと剣を合わせてみるが、俺の方が力が強いらしく簡単に押し返すことができた。


(やっぱり地下8階からで問題なさそうだ。)


 地下8階と9階はこのようにゴブリンの上位個体が単体か、上位個体が複数の普通のゴブリンを伴って出てくる階層で、上位個体と剣を合わせたことで8階からという選択に間違いなかったと確信することができた。


 その後も順調にゴブリンの上位種を倒した続け、全てのルートが合流する部屋に近づいたところで、いきなりその部屋から何人かの悲鳴と助けを求める声が聞こえた。


「た、たすけてくれ!誰か!誰かいないか!」


 悲鳴とは違う声で発せられた助けを呼ぶ大声。


(無理をして8階に挑んだ攻略者かな?)


 こういう場面に遭遇するのは初めてのことだが、ポーション類を十分にそろえず挑んだり、実力不相応の階層に挑んだりする攻略者もいるため、助けが呼ばれることがあるとは聞いたことがあり、余裕があるなら助けに向かうというのが攻略者の暗黙の了解である。

 8階層は挑む攻略者も多い訳ではなく、それも助けを呼ぶ声が聞こえる場所にいる攻略者となればもっと限られるだろうと思った俺は、急いで部屋へと向かい走り始める。


(この階層の魔物相手なら、少し数が多くても大丈夫だろう。幸い回復系のポーションは多く持っているし。)


 そう思い、楽観的に考える俺。


 しかし、そこに広がっていたのは予想外の光景、それもとてつもなく異様な光景であった。


「おい、お、お前、これは・・・、どういう状況だ。」

「た、たすけが、お、お、ひ、陽向じゃないか。へっ、へへっ、まだ運は俺を見放しちゃいなかったぜ。は、ははっ、作戦成功だ。」


 助けを呼んでいたのは、俺が脱退したサークルメンバー10人ほどで、土曜に会ったときに妹に罵倒された男、つまりはサークル内でのリーダー格の男もその中にいる。

 なんでこの8階層にいるのかは不思議だが、異様なのはそこだけではない。


 こいつらと対峙している魔物。

 その魔物は土曜日にも戦ったばかりのゴブリンジェネラル。言うまでもなく地下10階のボス部屋の主であり、8階層にいるべき魔物ではない。


(どういうことだ?何が起こってる?)


 混乱。また混乱。

 状況が一切理解できず、その場から少しも動くことができない。


 もちろん普段は上層で普通のゴブリンを相手に攻略を進めるサークルメンバーにゴブリンジェネラルと太刀打ちできる実力はなく、全員が怪我を負っており、数人はすでに地面からピクリとも動かなくなっている。


「た、助けてくれよぉ、陽向。お、お前はこの前これを倒したんだろぅ?」

「それ、その手に持ってるものは何だ?」


 リーダー格の男、その男が手に持っているのは何かしらの魔道具のようで、禍々しい闇の煙がモクモクと流れだし続け、さらによく見るとその男以外のメンバーの頭には闇の煙でできた輪っかのようなものがまとわりついている。


(他のメンバーはこの男に支配されているのか?)


 そんな魔道具の存在は一切聞いたことがなかった。

 この調子だとゴブリンジェネラルがここにいるのも、この男が関係してのことだろう。

 会話をしたことで俺は少し落ち着きを取り戻す。


(いや、まずいっ。ゴブリンジェネラルは支配を外れているのか!)


 全員が怪我をしていることから当たり前に気付けそうなことに今更ながら気付く。

 奥の方で新たな攻略者の登場に少しの間動きを止めていたゴブリンジェネラルが、再び武器を構えて動き始めようとしていた。

 忌まわしくも、ゴブリンジェネラルの手に握られているのは、この前と同じ大剣だ。


(どう行動する?)


 俺は一瞬迷って、このサークルメンバーたちを守りながら戦うことを選択する。

 ただでさえ動き続けながらようやく倒せるか倒せないかという相手だ。

 動けない数人を守りながら戦っていくというのは相当なハンデというのも分かっている。


(だが、こいつらにも家族がいる!)


 俺の中に見捨てるとか、逃げるとかいう選択肢は全くなかった。


 ゴブリンジェネラルは手加減してどうこうという相手ではない。

 最初から全力で動き、まずはターゲットをもらおうと動くことにした。


「あ、甘いなぁ。俺たちなんて見捨ててしまえばいいのに。そういうところも嫌いなんだよ。さ、さぁ、皆、もうゆっくり休め。」


 リーダー格の男がそう言うと、支配が解けかけていたのだろうか、怪我をしながらも自らの武器を構えてゴブリンジェネラルに抗おうとしていた者たちが、突然糸の切れたように座り込む。


(こ、こいつ・・・!)


 俺をターゲットに切り替え、向かおうとしていたゴブリンジェネラルは、好機と捉えたのだろう、座り込んだ一番近くのサークルメンバーの方に向きを変え、加速する。


(間に合わないっ。)


 ゴブリンジェネラルが勢いそのまま大剣を振りかぶり、下ろす。

 名前は確か東だっただろうか、冷や汗をかき、恐怖に顔をゆがめながら、そして目をつぶった。


 辺りに血しぶきが飛び散る。


 この空間に唯一響き渡るのはリーダー格の男の狂ったような笑い声のみであった。



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