第12話

「このくそ野郎がぁ!」


 しばらく見たくもない酷い光景に放心していたが、我を取り戻すと俺は大声でそう叫んだ。

 男は以前のように威勢良く反応することはなく、ずっと狂ったように笑い続けるだけ。


(ついに正気を失ったか?)


 このどうしようもない状況になのか、手に持った魔道具のせいなのかは分からないが、男がもう普通でないことは誰が見ても分かることだ。


 だが俺にはこの男を気にしている暇はなかった。

 こうしている間にもゴブリンジェネラルは次の動くことができないサークルメンバーをターゲットに定め、行動を開始している。


(間に合え!)


 勢いよく飛び出した俺は、ターゲットの体の寸前のところで剣を受け止める。


 一撃が重い。

 たった一回剣を受け止めただけなのに、俺は腕がしびれたような感覚を覚えた。


 邪魔が入ったことで機嫌を悪くしたゴブリンジェネラルは、俺の狙い通りターゲットを切り替えてくれた。


 基本的には避け続け剣を合わせないようにしてカウンターを狙うが、状況が状況だけにそうも言っていられず、動けないサークルメンバーを守るために剣を受け止める必要がある場合もあった。

 その度に腕は悲鳴を上げ、比較的新しい剣もしばらく戦えば壊れてしまいそうである。


 少しずつ傷を増やせてはいるが、決め手に欠ける俺は基本防戦一方で、このままだと先に体力が尽きてしまうのは俺だろう。


(このゴブリンジェネラル、学習しているのか!)


 すぐに怒ったり不機嫌になったりと感情直結型で決して賢いとは言えないはずのゴブリンジェネラルだが、俺が動かない者たちを守りながら戦っていることを分かって学習しているようで、先回りを繰り返し、立ち回りを変えてきた。


 よほど上位の魔物でない限り学習はしない、というのが最近の研究の風潮である。

 全体から見れば、たかが地下10階のボスにすぎないゴブリンジェネラルの動きは明らかに異常だ。


 先回りを繰り返され、また一人、また一人と、サークルメンバーが大剣の犠牲になって行く。


 良くは思っていない連中とはいえ知った顔の人間が、自分の目の前で命を失っていくことに心が耐え切れなくなり、つい歩みを止めそうになる。

 それでも俺の心の中に浮かぶのはマスター、セイラさん、父親、母親、そして妹の笑顔。


「俺は、俺は簡単に死んでやらないぞ!」


 ボロボロになりつつある防具を叩き、愛剣を高く掲げて気合を入れ直し、俺は戦い続けた。



 それからどれくらい経っただろうか。

 1時間は戦っているかもしれないが、もしかするとまだ10分程度なのかもしれない。

 時間を忘れるほど必死に動き、戦い続けていた。


 俺がこの部屋に救援に来た時には10人近くいたサークルメンバーのうち、まだ無事なのはリーダー格の男も含めて4人。

 無事と言っても全員が怪我を負っていて、時間がかかればかかるほど生存確率が下がるのは分かりきっている。


 だが、かくいう俺も満身創痍だった。

 休むことなく動き続け、呼吸も今までに経験したことがないほど荒い。

 肉体的にも精神的にもずたぼろで、自分でもまだ戦えているのが不思議に思えるほどだった。


 ターゲットにされた、この部屋にいる無事な4人のうち唯一の女子とゴブリンジェネラルとの間に割り込む。

 俺に悪口を言っていたのは、ほんの2,3人だということを知っているし、高圧的に出るメンバーに逆らえず言われるがままにしていたメンバーが多いことも分かっていた。


 ガキンッ


 何度目かは分からない全力で振り下ろされた大剣を受け止めた瞬間、俺が一番聞きたくなかった音が右手の方から聞こえた。

 何度も強烈な攻撃を受け続けてきた剣が根元から折れている。


(・・・ここまでか。なに、十分できることはやったさ。)


 ここに来てこれまでで一番冷静になる。


 俺は・・・、嵌められたのか。


 逆恨みか、それとも妹の精神的なダメージを狙ってのことか。

 後ろの方でずっと狂った笑いを続ける男が首謀者の一人であるのは間違いないが、自分の力で手に持つ魔道具を手に入れたとは思えない。


 だがもはや、そんなことはどうでも良いことだった。

 アイテムポーチの中に予備の剣は入っていたが、今は取り出すことさえ億劫だった。


(お父さん、お母さん、親不孝者でごめんなさい。雪もごめん。俺はもう疲れたよ。)


『陽向、健康で過ごすんだぞ。ちゃんと勉強はしろよ?』

『たまには連絡しなさい?辛くなったら、いつでも帰ってきていいから。』

『お兄ちゃん、私はいつでもお兄ちゃんの味方だから。』


 お父さん、お母さん、妹。

 家族のかけてくれた優しい言葉がフラッシュバックする。


 俺が目を閉じると、ぼんやりと妹の雪の姿が浮かんでくる。


『お兄ちゃん、本当に諦めていいの?』

「雪?」


 諦める?だってもう十分戦ったさ。剣だって、もうないんだ。


『お兄ちゃんらしくない。下を向かないで。生きるの。最後まで足掻き続けて、生きるの。それとも私を守ると言ったのは嘘だったのかな?』


 闇の中の雪が微笑んでそう言う。


 いや、嘘じゃない。俺は、本当に本心から思って。


『じゃあ戦うの。さぁ前を向いて。きっと、きっと何かが起こる。だって私の最強なお兄ちゃんだから。』


 雪に能力が開花したあの夜。

 隣の部屋で泣き声を聞いた俺は、雪の部屋に行き、朝になるまで雪の背中をさすり続けたのだった。


 自分はどうなってしまったのか、これからどうなってしまうのか。

 不安。不安。不安。


 小学生にはあまりにも重い状況に置かれることになった雪に、俺はこう約束したのだった。


「俺が、お兄ちゃんが最強になって雪のことを守るから。これは約束だ。」


(・・・雪、俺は忘れてた。俺はこんなところで死ぬわけにはいかない。いや、死にたくない!)


 強く閉じていた眼を開け前を見ると、ちょうどジェネラルゴブリンが渾身の一撃を俺に向かって喰らわそうとするところだった。


 俺はとっさに向かってくる大剣を掴むように右手を出し、すぐに襲ってくるであろう痛みに備えて、目を閉じ、歯を食いしばる。


 ゴンッ


 1秒、2秒、3秒、4秒、5秒。

 俺の手に痛みは訪れない。


 ゴンッ、ゴンッ


(どういうことだ?痛覚がマヒしたのか?)


 時間が経てども訪れない痛みを不審に思い、俺はゆっくりと目を開ける。


(これは、なんだ?壁が出現している?)


 突き出した右手のすぐ前に、1メートル四方の壁が、いやうっすらと空気がゆがんでいるように見えるだけなのだが、とにかくその壁が、ジェネラルゴブリンの大剣を何度も何度も防いでいた。


(・・・能力が覚醒したのか。)


 妹のために一時期能力のことに関する記事をあさりまくっていたから分かる。

 ある記事にはピンチに陥った時に潜在能力が引き出され、資格を持ったものには能力が覚醒すると書かれていた。


 だが、一安心はできても喜ぶことは出来なかった。


 色々試してはみるが、大きさが変わることも、自由に移動することもない。

 ただ俺の右手が動くのに合わせて動くだけ。


 利き手である右手を能力に使っているため、予備の剣を持つということもできず、今の俺にできることはゴブリンジェネラルの攻撃に合わせて右手を動かすことと、壁が消えないように集中力を切らさないようにするだけだった。


 ここまで来ればもう、根気比べ。

 だがさっきまでとは違い、負けてやるつもりは到底なかった。



 そこからはずっと、我慢勝負。

 ゴブリンジェネラルも俺ではなく他の4人を狙えばいいのだが、怒りでそれどころではないらしい。


 そしてゴブリンジェネラルも疲れ、大剣を振り下ろす動きが鈍くなってきた頃、ついに待ち望んだ声が聞こえてきた。


「発見したぞ!ゴブリンジェネラル確認、生存者5名!すぐに戦闘態勢に移れ!」


 大勢の足音にガチャガチャと防具がすれる音。


「陽向君!」


 遠くから俺を呼ぶ声が聞こえ振り向くと、マスターがフル武装で走ってきているところだった。


「マスター、俺は、俺は。」


 安堵からなのか、疲れからなのか、言葉にならない言葉が出てくる。


「陽向君。もう大丈夫だ。君はよく頑張った。とりあえず今はお疲れ様。」


 マスターにゆっくりと肩を叩かれると、俺は糸が切れたようにマスターにもたれかかり、そのまま気絶したのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る