第13話
「だって、明らかにおかしいでしょ!第三者の介入があったのは誰が見ても分かること。なのに、まだ分からないって。」
「セイラ、もう少し言葉を慎め。この方はダンジョン協会本部の方だぞ。」
「そんなの分かってますよ。だけど、納得できません!」
セイラさんの怒ったような声。それに答える男性。
(俺は、寝てるのか?何があったんだっけ?)
頭がごちゃごちゃして働かず、体も思うように動かない。
「まぁ、セイラさんの気持ちも分かる。だが実際、事情を知っているものは話をすることができない状態だ。あの魔道具は私たちも初めて見たものだ。直近の調査が終了し、安全が確認されるまでは申し訳ないがこの病院内にいてほしい。」
そうだ、魔道具。
俺はゴブリンジェネラルと戦って、能力が覚醒して、助けが来て、そして気絶したのか。
俺は目をゆっくりと開ける。
ぼんやりとしか見えないが病室、腕には点滴が刺さっている感覚があった。
光に目が慣れてくると、セイラさんにマスター、攻略本編集部の蘭さん、そして妹。
最近関わりのあった4人に加え、40代くらいの初めて見る男性が2人。
最初の会話から推測するに、それぞれダンジョン協会本部、第5ダンジョンのお偉いさんだろう。
「皆、黙って。お兄ちゃんが目を覚ましたみたい。」
全員の視線が俺に集まり、俺が目を覚ましたことを確認すると、扉に一番近い場所にいたマスターが医者を呼ぶ。
近くに待機していたのだろう、程なくして白衣をまとった医者が入ってきた。
「愛川陽向くん、初めまして。担当の吉川だ。どこか痛いところはないかな?」
簡単な診察が終えられ、今度はそう質問される。
「筋肉痛っぽい痛みはありますけど、他は特にありません。」
「検査は問題なかったようだけど、かなり体を酷使したようだね。じき反動が来そうだから、1日は2日は動けないことを覚悟した方がいいかもしれない。」
「分かりました。」
死の覚悟までした俺にとっては、1日や2日など正直どうでもよかった。
それよりも怪我なく戻ってこられたことが何よりも嬉しい。
吉川先生が妹と何かを話してから退室する。
「雪、俺はどれくらい寝てた?」
「半日とちょっとかな。今は水曜日の朝10時。」
どうやら漫画や小説のように長い間目を覚まさなかったということではないらしい。
前日寝不足だったと思えば、少し長く寝たくらいだろうか。
頭の中でさらっと時間を逆算してみると、やはりゴブリンジェネラルとは数時間は戦っていたようだ。
それだけ戦えば反動が来るとも言われたのも納得のことだ。
「あれ?マスターとセイラさんは仕事は大丈夫なんですか?雪も、任務は?」
「・・・実は込み入った事情があるみたいなんだ。」
雪はそう言ってスーツ姿の2人に目を向ける。
「私から話そう。私はダンジョン協会本部の入澤だ。そしてこちらは第5ダンジョンを運営するゲーム会社のダンジョン部門の責任者である栗原さん。陽向くん、体調は大丈夫そうかい?」
「はい、全然大丈夫です。」
「それは良かった。目が覚めたばっかりの陽向くんには申し訳ないが、実は聞かないといけないことが山ほどあるんだ。」
とりあえず俺は、眼鏡をかけた方をダンジョン協会の入澤さん、かけていない方を第5ダンジョンの栗原さんと覚えた。
「まずは・・・、そうだな。最初から状況を整理したい。昨日あったことをそのまま話してくれるかな?」
入澤さんにそう言われ、俺は日曜の夜に倉本から攻略の誘いがあったことから、順に話をしていく。
1人で向かうことになったこと。地下8階の攻略中に助けを呼ぶ声が聞こえたこと。サークルメンバーが居て、いるはずのないゴブリンジェネラルによってほとんどがすでに怪我を負っていたこと。闇の煙を放つ魔道具のこと。戦闘を始めてかなり苦戦したこと。そして、能力の覚醒。
6人全員が、俺の話を一切の茶々を入れずに、時には息をのんで聞いた。
「陽向君、よく頑張ったな。俺は君の友人であることを誇りに思う。」
マスターがそう言いながら、昨日のように俺の肩に手を置いてくれる。
能力が覚醒したとはいえ、良い思い出ではなく、むしろ悪い記憶。
俺の実力不足により目の前で失われた命のことを思い出し、涙が溢れそうになるが、必死にそれをこらえる。
悲しさなのか、悔しさなのか。
他の人のアドバイス通りスキルを取っていればどうにかなったのではないかと思わないでもない。
「怪我をしていた4人はどうなったんですか?」
「そのことだが、怪我自体はそこまで酷くはなかったのだが、4人とも別の病棟に隔離した状態だ。」
入澤さんの話を要約すると、4人とも魔道具から一定距離離れると叫び声をあげ、またリーダー格の男も魔道具が手にくっついたように離さないため、魔道具の正体と影響が分からない今は人が近づかないように厳重に警備して、別の病棟で4人一緒に隔離しているらしかった。
「あの男は魔道具を使ってサークルメンバーを支配していました。恐らくゴブリンジェネラルも魔道具で支配して誘きだしたのでしょうが、何かの折に支配が外れたのだと思います。」
「それならこの前の海外任務でちらっと話を聞いた。人や魔物を支配できる魔道具が発見されたという噂があると。世間話の中で聞いたことだから無視していたけど。」
雪が俺の話を聞いて、魔道具についての情報を話す。
「なるほど。魔道具の効果についてそうではないかと予想はしていたけど、だいたい理解したよ。それに実はあの部屋の端にはもう一つ魔道具が置かれていたんだ。陽向くんは、誰も助けに来なかったのを不思議に思わなかったかい?」
確かにいくら地下8階で攻略者が少なめとはいえ、人気の高い第5ダンジョンで数時間誰も現れないというのは、おかしな話だった。
戦闘中はそれどころではなかったから気にもしていなかったが、あの段階で地下8階にいたのが俺とサークルメンバーだけだったとは思えず、もし戦闘に加わらずに助けを呼びに戻ったとしても、それにしては救援が遅い。
「言われてみれば。そのもう一つの魔道具の影響なんですか?」
「そうだ。その魔道具については当協会も情報を持っていた。通称、人払い。その名の通り人を近付けなくさせる魔道具で、効果範囲内に入ったら自然ともとの道を引き返し、それを不思議とも思わない。」
人払い。もちろん俺は初めて聞く魔道具だ。
そもそも魔道具自体が非常に珍しく、効果もダンジョン内と限定的なため市場に出回ることはほとんどない。
「そんな魔道具が・・・。でもその話で言うと俺が近付けたのは、おかしくないですか?」
「そう、そこだ。私が思うに、陽向くんが現れたのと同時に誰かが取り出して設置し、効果を発動させたのだろう。陽向くんは不審な動きをしているものは見なかったか?」
いや。不審な動きをしているものなどいなかったはずだ。
全員怪我をしていたし、唯一可能性が考えられるリーダー格の男については、俺が目を話すことなくずっと見ていた。
アイテムポーチから取り出すのであれば動きに気付くはずだし、置くだけで設置完了といったものでもないだろう。
俺は思ったことを入澤さんに伝える。
「そうだろうな。私自身はおそらく他の誰かが設置したのだと思っている。そもそも闇の煙を放つ魔道具も自力で入手したとは思えないからね。そこで陽向くんの最初の質問につながるわけだ。」
入澤さんの話では、ダンジョン協会の調査でも第三者が関係しているのではないかという結論に至り、誰が本当のターゲットであるか分からない以上は、俺に関係のある人物を数日間保護し、様子見がてら安全を確保するということになったようだ。
妹やマスターなどが、ここに居られるのもそのためであるらしい。
セイラさんが納得できずにいたのは、第三者の存在が決定的にもかかわらず、ダンジョン協会がはぐらかし、それ以上の調査をしていないからとのことだった。
どうやらダンジョン協会にも何かしらの事情があるらしい。
「俺に関係があると言うのなら、倉本はどうなりましたか?」
「心配しなくていい。彼も保護しているが、どうやらリーダー格の男から『謝りたいから』と嘘を吐かれて、どうにかして陽向くんを呼び出してほしいとお願いされていたようだ。彼は重要な参考人かもしれないから本部で別に話を聞いているよ。彼らとのやり取りも全て残っていたからね。」
その言葉を聞いて安心する。
一瞬彼も協力者だったんじゃないかと疑ってしまったこともあったが、倉本の人柄や性格なら、そう言われてしまえば断れなかったに違いない。
「さぁ、他にも聞いておきたいことがいくつもあるが、今はここまでにしておこう。もうすぐ君の両親が到着する時間だしね。」
自分の子どもが緊急入院したと聞き、大慌てで向かっているであろう両親の姿を想像し申し訳なくなる。
皮肉なことに家族全員が一度に揃うのはかなり久しぶりのことだ。
「陽向くん。第5ダンジョンを運営する者の一人として、私たちのダンジョンで大変な思いをさせてしまった君には謝っておきたい。」
そう言って栗原さんが頭を下げる。
栗原さんたちは何も悪くない。事が起こったのがたまたま第5ダンジョンだっただけのことだ。
むしろ複数の死者を出したことで、この後事後処理に追われるのは間違いなく、責任者である栗原さんを気の毒に思った。
俺からすれば栗原さんも被害者の一人である。
「あぁ、そうだった。陽向くんには、退院したらすぐにダンジョン協会本部に来てほしい。妹さんを身近で見て分かっているだろうけど、申し訳ないが能力者として覚醒した今、これから先は普通の生活が送れないことを覚悟しておいてほしい。陽向くんが望むなら、妹さんと同じようにダンジョン協会の専属になってくれてもいいのだがね?」
「・・・入澤さん、勧誘はしないとの約束でしたよね?お兄ちゃんはまだ何も知らないんです。」
「雪、俺は別にそれでも。」
入澤さんに雪が強く反論し驚くが、俺がフォローしようとすると雪は俺に向かってこう言った。
「能力者も一枚岩ではないの。お兄ちゃんには、また今度話すから。」
予想以上の強い口調で語られた雪の言葉に、俺はこれから先の不安を感じずにはいられなかった。
この先どうなって行くのか。
今はただ流れに身を任せることしかできないだろう。
廊下から聞こえてきた両親のものであろう足音を聞きながら、俺はそう思ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます