第18話

 残り2体。


 すでに倒した1体が突っ込んできた間に、残りの2体もじわりじわりと俺の方に近付いてきていた。

 先ほどまでよりも警戒を強めている様子から、俺の壁が見えているのかまでは分からないが、右手の前に正体不明のものがあることには気付いている前提で動くつもりだ。


 色々試してみたいと思っている俺は、不意打ちという作戦がひとまず試せたため、今度は壁の色を黒く切り替える。

 陽炎の状態のままだと相手の魔物や他の味方だけでなく自分も戦いづらいことが分かったため戦いやすさを意識してのことだ。


 これは、まだ俺が自分の右手の前にある壁がどのような軌道で動き、どこまで範囲が及ぶのかを感覚として理解できていないだけのことであり、壁を出したままの戦闘に慣れて行けば陽炎状態でも問題なく戦えるようになるだろうと思っている。


 しばらく睨み合っていると、ウルフが2体とも自分から攻撃する気がなさそうであることに気付き、今度は俺から仕掛けることにする。

 右側のウルフをターゲットにした俺は、右手の前に壁、左手に剣の状態で勢いをつけて走り出した。

 愛剣はゴブリンジェネラルとの戦いでボロボロになってしまったため、今持っているのは1週間前まで予備だった剣だが、これも以前使っていた剣であり決して馴染みは悪くない。


 覚悟を決めたのかウルフも俺の動きに反応して、動き出す。

 ターゲットの右側のウルフは俺の正面から、左側のウルフは左側から、それぞれ俺の方に向かって走り出した。


 2体同時に戦うことも想定していたため、俺に焦りはない。

 左手に持つ剣を左側のウルフの方に向け牽制し、正面から勢いよく近付いてくるターゲットのウルフだけに集中する。


(これじゃどっちがメイン武器か分からないな。)


 メイン武器であるはずの剣を牽制に使っているためそう思ったが、剣を左手で使うことに慣れないうちは剣をメインにする方がむしろ不安だ。

 俺は先ほどと同じようにいきなり剣で攻撃するのではなく、壁でウルフの攻撃を受け止めようと前方に突き出す。


 しかし今度はウルフも馬鹿ではなかった。

 壁にぶつかることを避け、横から回り剣を持つ左腕に噛みつこうという動きを見せる。


 とっさに反応したのは、剣を持つ左手ではなく、右手。

 つまり、ウルフの噛みつき攻撃に合わせるようにして右手を振り回し、展開した壁でウルフの頭を殴るという選択をした。


 さぁ次こそは剣で攻撃を加えようと思ったその時、予想外のことが起きているのに気付く。

 午前中実際に触った時に厚めのプラスチックのような感触だったため、壁で強く殴ったり叩いたりしても、攻撃にはならないと思っていた。


 しかし、どうだろうか。

 今俺が壁で殴ったばかりのウルフは、俺の目の前から飛び退くことなく、ふらふらして立ち上がれないでいる。


(どういうことだ?)


 不思議には思ったが、わざわざ魔物が作った大きな隙を見逃す道理はない。

 俺は再び左手に持った剣で急所を狙って止めを刺した。


 さて、残り1体。


 俺が疑問に思ったことを考える隙も無く、どうやら最後のウルフは一撃必殺ではなく、動き続けながら少しずつ俺にダメージを与えることを選択したようで、俺の周りをくるくる回り、隙を見ては直線的に俺に向かって攻撃を繰り返している。

 すでにウルフの動きは見切っているし、最初のウルフが全速力で壁に突っ込んで気絶したのを見たからなのか、俺に突っ込んでくるスピードが遅めだ。


 俺は冷静に、ウルフの仕掛けてくる攻撃に合わせて右手を突き出すことができた。

 一撃でという訳には行かないが、反発ダメージによって少しずつウルフの動きが鈍くなってきているのが分かる。


(そろそろ、かな?)


 7,8分ほど経過しウルフの攻撃パターンが一定化してきた頃、再びウルフが近づいてきて何度目か分からない噛みつき攻撃を行おうとしてきた。

 俺は壁でその攻撃を受け止め、退いて行こうとしたその瞬間、ウルフを壁で殴りカウンター攻撃を仕掛ける。


 俺が防御に専念していたため全く警戒をしていなかったのだろう、避ける動作さえ見せなかったウルフに簡単に壁を当てることができた。


 続いて剣で止めを刺しに行こうと思ったところで、ウルフの体が消滅し始めるのが見え、左手で構えた剣を下ろす。


(あれ?倒したのか?)


 いくら反発ダメージがあったとはいえ、今の一撃だけで倒せたような感触はなかったため素直に驚く。

 戦闘が終わり、入り口付近で見守っていた雪が俺の方に歩み寄ってくるが、その雪も不思議そうな表情だ。


「お兄ちゃん、お疲れ様。3体ともスムーズに倒せたのに納得いかない表情だね。」

「雪も分かっているんじゃないか?いくらウルフとはいえ、簡単に倒れすぎている。」

「・・・何となくそうかなと思うことはあるけど、試しても良いかな?」


 俺が頷いたのを見て、展開したままの右手の前の壁にゆっくりと近づいた雪が、拳を握り、壁に強めのパンチをした。

 これは今野さんも試していたことだけど、などと思っていると雪から驚きの言葉が発せられる。


「じゃあ、今度はお兄ちゃんが軽く私に壁で攻撃してもらえるかな?」


 一瞬耳を疑い聞き返そうとするが、雪の真剣な表情を見て言葉を飲み込む。

 1体目は反発ダメージだとして、2体目と3体目は俺が壁で殴ったことで倒したのだ。


 原理が分からない以上危ないのではないかと、思ったことを雪に伝える。


「私が思っていることが合っているなら心配いらないよ。そもそも私の体はそんなやわじゃないから。」


 確かに雪の言うことはもっともで、雪は能力の成長とともに身体能力も向上しており、ウルフよりも断然耐久力に優れているのは間違いなかった。

 ひたすら雪が無言で圧をかけてくるため、俺は覚悟を決めて軽く壁を雪の体にぶつける。


「なるほど。」


 雪の様子に変わりがなく安心する。

 これは先ほども思ったことなのだが、例えば何かを殴ったり叩いたりしたときには、そのした側も程度はあるといえ衝撃を感じるはずだが、この壁を使ってのものだと、かなりそれが軽減されているのを感じる。


「雪、何か分かったのか?」

「一応、ね。ウルフとの戦いを見て最初に気付いたのは、お兄ちゃんも分かっているだろうけど、この壁にぶつかると反発ダメージが発生し、そのダメージはぶつかる力が大きいほど大きくなる。ここまでは大丈夫?」

「あぁ。それで1体目のウルフは倒すことができた。」


 実際に今日の午前中、能力検査で自分の出した壁を軽く拳で叩いてみたときに、反発する力と吸収する力を感じていた。


「そうか。つまり吸収する力?」

「その通り。私も能力検査の時にそれを感じて、じゃあ吸収された力はどうなったのか、と思った。そこで仮説を立てたの。吸収した力は、次に壁で攻撃した相手に放出される。1体目の時に吸収した力は2体目に。3体目がお兄ちゃんに攻撃し続けていた間に吸収した力は、3体目を倒した時に。そう思って今試してみたら、実際に壁が軽くぶつかった以上の衝撃があった。恐らく私が拳で叩いたときに吸収された力が上乗せされたの。」


 あくまでも仮説だけどね、と妹は付け加えるが、話を聞くとそうであるとしか思えなくなった。


 午前中は気にもしなかった吸収の力。

 その吸収した力が攻撃した際に放出されるのであれば、『全てを守る壁』は守るだけではなく、有効な攻撃を狙って放つことができる。


 しかし、その仮説だけだと説明できないこともあった。

 先週ゴブリンジェネラルと戦った時や、能力検査の時に雪の魔法を受けた時に吸収した力はどうなったのか。


 時間経過で効果がなくなる、一度しまうと吸収した力は消えてしまうなど色々なことが考えられるが、これは能力の核ともなる部分になりそうで、出来るだけ早く解決しておきたかった。


 その後もダンジョンの攻略を数時間続け、時には検証のために雪の魔法を壁で受け止めたりしながら、能力の把握に努めた。


 結果分かったことは、吸収した力は壁を一度しまうとリセットされてしまうこと。

 そして、吸収される力と反発する力は半々くらいで、今のところその調整をすることは出来ないことだ。


 能力の核となる部分に変更があれば、それをダンジョン協会へと申告しなければならないということで、帰り際に再びダンジョン協会本部へと寄り、その報告を済ませてから帰路に就いた。


 能力者としての一日目は、なかなか濃いものとなったのではないだろうか。



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