第17話
ダンジョン協会管理が管理しているものであるため予算の関係上むき出しになった入り口に近付いていくと、数人の職員と思われる人が入り口付近でダンジョン内部へと入るための手続きを行っており、さっそく俺たちもその場所へと向かう。
「雪様・・・!このダンジョンに来られるのは久しぶりですね。今日はプライベートでしょうか?」
「そう。私とお兄ちゃんの手続きをお願い。」
雪に会えたことで破顔している第2ダンジョン職員のお姉さんを前に、雪の応答は冷たい態度に思えるが、これが雪の通常運転だ。
口数が少ない訳ではないが、どちらかというと笑顔は少なめ。
兄としては真面目かつ自分に正直なだけだと思うのだが、世間からは素っ気なく冷たい人物として認識されているようだ。しかし氷魔法を使うということもあって、むしろそういうところは雪が人気である要因の一つであり、もしかするとダンジョン協会によるプロモーションなのではないかとさえ思えてくる。
珍しく雪が職員のお姉さんに能力者用のカードを渡したため、俺もならって先ほどもらったばかりの黒いカードを差し出した。
「・・・お兄さまも能力者だったんですか!?これは初耳です!」
俺の黒いカードを受け取って興奮したようにお姉さんが言う。
「最近覚醒して、今日登録したばかりなんですけどね。」
「なるほど。それで聞いたことがない訳ですね!兄妹揃って能力者なんてかなり珍しいですし、雪様のお兄さまなら頼もしいです!」
お姉さんの言う通り、確かに能力に覚醒する確率はとても低いため、家族や兄弟で活躍している能力者というのは世界でも数えるほどしか知られていない。
能力者が全員使える能力を持ち全員が有名になるわけではないので、単に他が無名であり聞いたことがないだけかもしれないが、俺が知っている中では関西に姉妹で能力者として活躍する2人がいると聞いたことがある。
自分だけではなくて兄も話題に上がっていることが嬉しいのだろうか、俺ではなくなぜか雪が得意げな表情をして少し口角を上げていた。
雪の笑顔を見て、雪が能力者用のカードを差し出したのはこのためだったのかもしれないと内心ほほえましく思った。
さて、1分ほどで手続きを終えた俺と雪は早速ダンジョン内部に侵入した。
抱いた感想は規模の小さい第5ダンジョン、だ。
入り口付近のスペースの広さは第5ダンジョンと変わらないが、受付の窓口の数が少なく、店も狭めで品揃えもそこそこといった感じである。
(寂れてる、なんて思っちゃいけないよな。)
これでも第2ダンジョンは地方の過疎地域にあるダンジョンと比べると大規模なダンジョンだ。それでも俺が寂しく感じてしまうのは、迷路型のこの形式は第5ダンジョンで慣れているからで、そこと比べるとどうしても随分ぽっかりとスペースが空いているように感じてしまうのも仕方のないことだろう。
高校生の時に一時地元で通っていたダンジョンも迷路型だったが、ここや第5ダンジョンとは入り口付近の作りが異なっているため、こんな風に感じることはなかった。
同じ迷路型で似た構造のダンジョンが電車と徒歩合わせて30分以内の距離にあるわけだが、第5ダンジョンの方が攻略本の充実、店の品揃えの充実、ダンジョンの外の飲食店の充実などで全ての面において一歩も二歩もリードしている。
それでもそれなりに人気があるのは、メインの魔物が人型ではなく動物型であることにあり、人型は倒せないが動物型ならという層が一定数いるからであった。
(時間もあると思うけど迷路型にしては人が少ないな。俺たちにとってはラッキーなことだ。)
とはいえ、今は平日のお昼頃。
この場所から見える人の数は両手の指で十分足りる程度。
攻略者にしてみれば、ボス部屋も混まないし、トラブルも発生しにくいので人が少ないのは決して悪いことではない。
さらに雪と一緒に来ている俺としては有名人の雪が注目を集めずに済むというメリットもあった。
「行こうか。」
今いる場所から道は4つに分かれており、俺の直観によって一番右の道を進むことにする。
人が少ないといえどもこの階層は魔物の姿がほとんどなく、暇をつぶすように雪が話し始める。
「お兄ちゃんが能力者になって言えることが増えたのは嬉しい。ダンジョン協会からの極秘任務であれば話すことは出来ないけど、ダンジョンの情報は能力者間で共有することが望ましいとされているから。」
「・・・極秘任務なんてものがあるのか。そういえば雪が先週言っていた任務はどうなったんだ?」
「緊急事態だったから他の人にお願いして代わってもらったの。新しく緊急の任務が入らない限りはしばらくお休みの予定だから、明日からは普通に学校に行くつもり。」
俺が入院したため任務から離脱したとだけ雪から聞いていた俺。
代わりの人には申し訳ないが、この数日間はいつも忙しく動き回る雪にとっても良い休日になったことだろう。
俺はダンジョンに関することを次々と質問して、雪に教えてもらう。
必要だからというよりは、単純に興味があってのことだ。
「日本での最高攻略階層は第3ダンジョンの地下39階。2カ月前に私を含めた5人のパーティーで攻略したの。」
俺は以前聞いて機密だからとはぐらかされてしまった問いにも答えてもらった。
39階と言えば、巷で言われている予想とそこまで変わらないようである。
「それにしても広間型のダンジョンが最高攻略階層なのは意外だな。」
「一番罠やトラップの警戒をしなくて済むからね。事前情報の全くない新たな階層に挑むとき、まず警戒が必要なのは罠やトラップに引っ掛からないこと。この前のように下層に転移してしまったら、パーティーごと帰って来れないなんてことも有り得るから。」
単純に戦いにくいことを考えてそう言ったのだが、雪の返答に俺はなるほどとなった。
39階の魔物がどれほど強いのかは想像もつかないが、無事に帰ってきていることから雪の魔法で倒すことのできる程度の敵だったのだろう。
それに広範囲で敵をせん滅できる雪からしたら、広間型は苦にしないのかもしれない。
「でも2カ月前から更新されていないというのはどうなんだ?いつもこんな感じで、これが普通なのか?」
「いや。次回の予定はまだ一切聞かされていないし、今回はいつもより間隔が空くと聞いてる。どの国も似たような状況だから様子を伺いつつ競い合って攻略を進めてるんだけど、どうやらある国のダンジョンの40階で一番手の攻略パーティーが全滅したらしいの。その情報が何となく伝わってきて、今はパーティー構成から考え直しているところみたいだね。」
40階と言えば5の倍数に当たるため、ボス部屋のある階層だ。
雪の話からボスによって全滅させられたと考えられるが、以前のような無理な攻略を進めなくなった今、強力な能力者のみで構成されたパーティーが壊滅するなど聞いたことのない話であった。
とてつもなく強いボスが40階には配置されているのか、それとも相性が悪かったのか。
そもそもそのダンジョンの地下40階に強いボスが出たからと言って、第3ダンジョンでも強いボスが出るとは限らないのだが、念には念をといったところだろう。
それほど上位の能力者を一気に失うことの影響というのは大きく、今頃その国は戦略を練り直しているに違いなかった。
雪もいずれ挑むことになるのかと考えると心配にはなるが、この前のオーガを簡単に屠って行った姿を見た俺としては、どんな魔物でも倒してしまうのではないかという予感がある。
雪の様子からも不安といったものは一切感じられず、むしろ早く行きたいとワクワクを抑えられないような表情だ。
ダンジョンに関する色々なことを話していると、一回も戦わずにボス部屋の前まで辿り着いた。
人が多い第5ダンジョンならまだしも、平日の昼間ということで人気の少ないこの第2ダンジョンで全く接敵しなかったことを不思議に思い雪に聞いてみると、どうやら1階は魔物の発生率が他の階層より低いようだ、とのことであった。
「雪、これは俺が能力に覚醒してからの実質初戦闘だ。よもやここで命を落とすということもないだろうから色々試してみたい。雪には危ないと思ったら介入してほしい。」
「うん、分かった。ボスはウルフ3体だから、素早さだけには注意してね。」
このダンジョン自体は初めてだが、ウルフとは他のダンジョンでも戦ったことがある。
ウルフは魔力を持つ狼もどきで素早さが特徴だが、直線的な攻撃が多いため攻撃を受け止めることは、そう難しくない魔物だ。
俺は雪の一歩前に出て、ゆっくりと扉を開けた。
居た。奥の方に3体とも。警戒しているのか、すぐに近寄ってくる様子はない。
俺は右手の前に『全てを守る壁』を展開し、いつもと逆の左手に剣を持った。
もちろん利き手は右手であるため違和感はすごいのだが、自分の中で能力を使わずに戦うという選択肢はなく、この先々のためにも慣れて行かねばならないという思いがあった。
(さぁ、どう動く?とりあえず攻撃を受け止めてみたいが。)
壁の能力を確かめるためには、まずはウルフから攻撃を仕掛けてもらう必要がある。
しばらくその場から動かないでいると、こちらが攻撃してこないのを見かねて、一番前に居たウルフが俺に向かって走り出す。
ウルフの攻撃手段は主に引っかき、噛みつき、そして体当たりの3種類。
その中で体当たりを選択した様子のウルフはスピードを落とさないまま俺に近付いてくる。
ウォォォォオン
鳴き声にもひるまず、俺はただ右手を突き出す。
まさにこれが狙いだった。
ウルフは俺に2メートルほどまで迫ったところで異変に気付いたのだろう、その勇ましい表情を一転させる。
俺が展開していたのは陽炎タイプの壁。
ダンジョン内は光が薄いため遠くから気付くことができないのは当然のことながら、全速力で走ってしまうと相当近付かないと気付くことができないはずだ。
異変を察知し慌てて減速しようとするウルフだったが、時すでに遅し。
減速は間に合わず、鈍い音とともにかなりのスピードで俺が展開した壁に激突した。
(・・・どうだ!?)
激しい衝突ではあったが俺自身に全く衝撃はなく、陽炎状態のためはっきりとは分からないが、雪の魔法でも傷一つつかなかったのだ、恐らく壁には今も傷一つないことだろう。
一方の激突したウルフを確認してみると、地面に横たわり気絶した状態である。
俺が吹っ飛べば衝撃を逃がすことができたのだが、このウルフは壁の持つ反発の効果を直撃で受けたことになり、脳に深刻なダメージがいったことは間違いない。
(よし、想定通りだ。)
俺は左手に持った剣で難なく止めを刺す。
初見でしか通用せず、相手も限られてはくるだろうが、これが俺の考えていた戦術の一つだ。
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