第16話
能力検査を終えた我々はダンジョン協会本部のメインビルに移動し、俺と雪は二人書類が出来上がるまで待合室のようなところでしばらく待つことになった。
「あんなに能力が限定的なはずはないんだけどなぁ・・・。」
能力を試してある程度満足している俺と違って、雪は先ほどの能力検査で見た俺の能力に不満なところがあるようで、小声でそうつぶやいている。
「でも実際にどう頑張ってもあれ以上の変化をしそうにないんだ。」
「う~ん、とりあえずお兄ちゃんに知っておいてほしいことは、ダンジョンで獲得できる魔法と違って能力者の能力はイメージ次第で開発やアレンジがいくらでも可能であること。それが上手くいくかどうかは別にしてもね。実際に私が年々魔法を増やしていることは知っているでしょ?」
確かに雪の言うように、雪は会うたび会うたびに使える魔法のレパートリーを増やしており、常に進化を続けている。
決まった手順で決まった効果のスキルしか使うことのできない、ダンジョンスキルとは全く異なるものであることは理解しているつもりなのだが、簡単にうまくいけば苦労はない。
「だけど同じような話はこれまでも聞いたことがある。固定観念が邪魔をするというパターンもあるし、お兄ちゃんの場合は命が危機にさらされているときに覚醒した能力だから最初に現れた初期状態のものを脳が強制的に能力全体として認識してしまっているのかもしれない。いくら開発やアレンジが可能といったって、そんなピンチでいきなり色々と生み出すのは誰しもがさすがに不可能だから。」
雪の言う話はとても説得力がある。
能力が覚醒した時は、不安や恐怖、安心など様々な感情が入り乱れ、とても正常と言える状態ではなかった。
能力に必要なのはイメージというのなら、能力が覚醒した時の記憶があまりにも強すぎるためイメージの邪魔をしていることは十分に考えられる。
これから時間が解決してくれるのか、自分で乗り越えられるのか、正直想像もつかない。
コンコンッ
そんな話をしているとノックの後に続いて入澤さんが部屋に入ってくる。
今野さんが居ないのは単に能力検査という仕事を終えたからだろう。
「書類が完成したよ。規則を読んでもらって同意するならサインをお願い。そしてこれがダンジョン協会に登録しているという証にもなる能力者専用のカード。攻略者のものと作りは一緒で色が違うだけだけどね。2年ごとに更新になるけど、再発行は面倒だから失くさないようにしてほしい。」
能力者専用だという黒色のカード。
能力者であることの証明にもなるらしいこのカードだが、今まで持っていたダンジョン攻略者用のカードも持っていてよいとのことで、状況に応じて使い分けようと思う。
一方、入澤さんから手渡しされた能力者の規則の方は、細かい字で数ページに渡って書かれていた。
(ぶ、分厚い・・・。)
「雪もこれを読んだのか?」
「いや、読んでない。2年ごとの更新の時にも渡されるけど、この前も読まなかったかな。他の人も同意しているんだし大丈夫だと思う。」
雪は本当に真面目なのかよく分からないことを言うが、真面目な人でも契約書類や規則、規約を読むのは面倒だと考える人が多いのは事実だ。
「大半は常識的なことが書かれているだけだけど、簡単に重要なことを説明すると、①能力をむやみやたらに使わず適切な場でのみ使用する、②ダンジョン協会からの緊急要請があった場合は必ず応じる、③年に数回はダンジョン協会からの依頼をこなす、この3つが特に重要かな。」
「付け加えるとすれば、これはこの前少し話したことでもあるけど・・・。私はダンジョン協会の専属で基本依頼をこなし続けているけど、フリーの人でも年に数回は依頼をこなさないといけないし、魔物の氾濫があったりで緊急要請があると必ず駆け付けないといけない、ということ。」
入澤さんが説明し、雪が補足する。
俺は飛ばし読みをして、ある程度確認できたところでサインをした。
「ありがとう。これで手続きは全て完了。この瞬間から君も晴れて正式な能力者だ。規則にも書かれていることだけど、くれぐれも緊急時以外はダンジョン外で能力を使わないように。」
そう言い残して入澤さんは書類を片手に部屋を出て行った。
「・・・この後俺たちはどうすればいいんだ?」
「完了と言ってたし、もう帰ってもいいと思うよ?入澤さんは忙しい人だから、もう次の仕事に向かっているだろうし。」
「・・・じゃあ、帰るか。」
建物を出て遠山さんの車が待っているわけでもなく、俺たちは普通に電車で家に帰ることにした。
ダンジョン協会本部から駅までは近いのだが、そもそもダンジョン協会本部の敷地内でそこそこ歩かされる。
「病院で入澤さんは、もう普通の生活は送れないなんて言ってたけど、専属にさえならなければそんなことはなさそうだな。」
「う~ん、お兄ちゃん、残念ながらそういう訳にもいかないの。専属はもちろん忙しいけど、フリーとはあくまでも専属じゃないという意味で、能力者は必ずどこかしらの組織に所属しないといけないという暗黙のルールみたいなものがあるの。悪いことをする人が出ないようにお互いを監視する狙いもあるし、攻略者を遊ばせておく余裕もないから。」
雪の言っていることは分からないでもないが、俺がダンジョン協会の専属にならないのなら、どこかの組織に所属しないといけなくなる。
もちろん俺に伝手などあるはずなく、完全に妹頼みだ。
これで妹のヒモを脱却できそうだと思っていたが、まだまだお世話になることは多そうである。
「それに関しては雪が色々と動いている、ということなんだよな?」
「そう。お兄ちゃんが嫌だと思う結果にはならないと思うから、そこは安心してほしい。意外と身近なところに伝手は転がっているものなの。」
雪の言葉に俺は安心するが、それでもまだ不可解なことはあった。
せっかく雪がダンジョン協会専属なのだから、俺も専属で良いのではないかと思ってしまうのだ。
単純に雪のように各地を飛び回って忙しくなるだけなら構わないのに、と俺は思う。
「俺が専属となるのを頑なに断っていたけど、何か理由はあるのか?」
俺の質問に対し、しばらく考える素振りを見せてから、雪はこう答えた。
「いずれ分かることだし良いかな。簡単に言えば、私はお兄ちゃんに怪我をしてほしくないの。」
「・・・怪我?ダンジョン関係の任務なんだから、そりゃ怪我することもあるだろうに。」
普通の攻略者でさえ怪我をする。
ダンジョンの攻略を専門として動くならば怪我をする人が多いのも当たり前だろうし、能力者は回復力も普通の人より優れているため問題なさそうに思える。
「怪我だけじゃない。ダンジョン協会の専属になった新人の死亡率は異様に高いの。任務の数の割に能力者の数が足りていないから、入ったばかりですぐに任務に駆り出されて次から次へと任務をこなす。それがダンジョン協会の方針で、こなせない人は任務の途中で怪我などで離脱していく。お兄ちゃんは現状でも能力的には使える部類だと思うから、能力に慣れないまま任務をこなすと使い潰される可能性が高いと思う。」
真剣に話す妹の話に、正直すぐには言葉が出てこなかった。
妹の普段の様子からは忙しそうだなという感想しか抱いていなかったが、知らないところで能力者の世界ではそんなことが起こっていたのかと衝撃を受ける。
ニュースや報道では能力者の良い部分しか映されていないということなのだろうか。
当然のことだが甘くはない。
ダンジョン攻略はゲームではないのだから怪我人も死者も出ることは分かっているのだが、これからは趣味ではなく任務で行くこともあるだろう。
そうなれば自分の都合や希望で、ここまでで終わりと言ってしまうこともできず、結果危険な状況に身を置かざるを得ない場合が出てきてもおかしくない。
「さぁ、気持ちを切り替えてダンジョンに向かおうか!」
話を強制的に変えるように、明るい声音で話す雪。
「ダンジョン!?家に帰るんじゃなかったのか?」
「せっかく行けるようになったんだし、予定よりも時間が早いから。」
妹に合わせて俺も気持ちを切り替える。俺も妹も引きずるタイプではない。
行くはずだった週末にダンジョンに行けず鬱憤をためていた俺たちは、予定を変更して気分を変えるためにも提案通り、このままダンジョン攻略に行くことにした。
選んだのは第2ダンジョン。
ダンジョン協会が運営する本部から徒歩数分の位置にあるダンジョンで、迷路型のため第5ダンジョンほどではないが比較的人気が高い。
歩いていると、ダンジョンに近付くにつれ自然と雪に視線が集まりつつあるのを感じる。
もし俺が能力者として活躍し、報道されるようになったとしてもここまで視線を集めることはないだろう。
しかし何気に第2ダンジョンに入るのはこれが初めて。
そのうえ、ゴブリンジェネラルとの戦いを除くと、初めて能力を使ってのダンジョン攻略ということもあり、期待と不安の入り混じった不思議な気持ちだ。
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