第20話

 時間もないため、俺と雪は信号が変わったのを見てから急いで横断歩道を渡る。


 マスターの喫茶店が入った建物は10階以上あるオフィスビルであり、その階層ごとに入る会社等も異なっている。

 その中にはダンジョン関連の事業を行っているであろう会社の名前もいくつかあった記憶があり、そのどれかではないかと俺は推測していた。


 俺は一度も使ったことのないエレベーターを使って目的地に向かおうと、マスターの喫茶店の扉とは別の入り口に行こうとしたところで、妹の雪から待ったがかかる。


「お兄ちゃん、こっちだよ?」


 俺の行動に対し不思議そうな顔をした雪が再び指をさしたのは、何回もくぐったことのあるマスターの喫茶店の扉。

 心の中ではそうではないかと思う気持ちはあったが、マスターから喫茶店を作った経緯からマスター自身のスキルまで色々なことを聞いてきた俺は、いまいち信じられないでいた。


 雪がノックをすることもなく喫茶店の中に入って行く。

 続いて俺も入ると、中にいたのはマスター一人だった。


「雪お嬢ちゃんに、陽向君、いらっしゃい。今日は時間ピッタリだね。」

「ミツハルさん、この前ぶりです。他の方もいらっしゃってますか?」

「あぁ、来てるよ。雪お嬢ちゃんと会うからって皆緊張しているみたいだがね。」


 雪とマスターの会話の内容からして、マスターが待ち合わせ相手の一人であることは間違いなかった。

 俺の頭の中が多少なりとも混乱しているのは仕方がないことだろう。


「マスター、マスターは能力者なんですか?」

「・・・あぁ、そうだ。今まで言えずにすまない。」


 そう言ってマスターが胸ポケットから、俺が昨日もらったのと同じ能力者用の黒いカードを取り出して俺に見せる。


「なら、なんで・・・。」


 その後の言葉につまる。

 最初は喫茶店のマスターと客というだけの関係だったが、俺が通いつめ表面上の話だけではなく次第にお互いの身の上話をするようになり、マスターの休みの日にはこの前のようにダンジョン攻略に付き合ったりもして、今では友達とも言える関係性だと思っていたし、マスター自身もそう言っていたと記憶している。


(受け入れるには時間がかかりそうだ。)


 これまでマスターは能力者ということを隠しながら、俺と一緒にダンジョン攻略に行っていたということになる。

 能力が何かなど細かなところは隠すにしても、せめて能力者であるということだけでも聞いておきたかったという思いがある。


「だからお兄ちゃんには明かしといたほうがいいって言ったのに。」


 雪が少し呆れたような口調でそう言う。

 当然のことながらマスターが能力者であることを雪は以前から知っていたことだろう。


 この間ダンジョンに行った時にも不自然な間が生まれていたマスターと雪。

 マスターと妹が会話する際に感じていた違和感の主体はこれだったのかもしれない、と点と点が線でつながったような気分になる。


「雪お嬢ちゃんは知っていることだが、これは陽向君にも理解してほしい。決して陽向君に言いたくなかったとか、どうしても隠しておきたかったとかいう訳ではない。契約上の問題で守秘義務があって、能力者関連のことは同じ能力者以外には一切言ってはいけないという決まりがあったんだ。」


 非常に申し訳なさそうに、しかし訴えるような感じでマスターが言う。


「陽向君、他の皆との話が終わったら君には全て本当のことを話したい。」

「分かりました。正直ショックは受けましたけど、マスターにも何かしらの事情があったことは分かりますし。」


 受け入れるのに時間がかかりそうだとは言ったが、何よりも能力者どうこうではなく、マスターを人として信頼しており、これくらいのことで今さらそれが全て無くなってしまうようなことはなかった。


「ところで他の方はどこに?」


 閉店後23時の喫茶店に入るのは初めてで、休みの日に来るとのはまた違う料理とコーヒーの匂いが強烈に染みついた店内ではあるが、周りを見渡しても俺と雪、そしてマスターの3人しかいない。


 マスターは俺の質問に答えず奥の方に進んで行き、俺と雪もそれに続く。


「ここだ。」


 マスターの前にはダンジョンのボス部屋のような重厚で装飾のされた扉。

 これまで一度も誰かが出たり入ったりするのを見たことがなく閉ざされたままだったため、今日この時までもしかしたらただのオブジェなのかもしれないと思っていた扉だ。


 マスターが扉を開き中に入る。

 少しずつ緊張してきていた俺は、大きく息を吐いてからマスターの後に続いた。


「お、来た来た!」

「来たか。待っていたよ。」


 中に入ると、聞こえてきたのは明るい女性の声と、はきはきとした男性の声。


 扉の先にあったのは、そこそこの広さの部屋。

 手前は机と椅子が並べられ会議もできるようなスペースで、奥には複数のモニターと様々なタイプのソファーが置かれた談話スペースだろうか。


 部屋の中には先ほどの声の主も含めて全部で3人。

 ブロンドのハーフのような見た目の女性、赤髪の男性、そして第5ダンジョンの受付で働くセイラさんだ。


「セ、セイラさん!?セイラさんも能力者だったんですか?」

「陽向くん、こんばんは。驚いているところ申し訳ないけど私は能力者ではないの。これから話す内容にも関わるんだけど、この組織のサポートをしているだけ。」


 セイラさんの言葉に衝撃を受けつつ安堵する俺だが、第5ダンジョンの受付でいつも見かけるセイラさんがサポートをしているとはどういうことなのか、さっぱり分からなかった。


「セイラ、お堅い話は置いといてまずは自己紹介をしましょう!まずは私から。私の名前はミサキ。このブロンドの髪は地毛で、見た目通り母親がイギリス人のハーフなの。」

「そして僕がこの組織のリーダーを務めているカケルだ。髪が赤いのは俺の能力が火属性の系統だからそれに合わせているだけ。他にも2人いるんだが眠そうだったから帰らせた。陽向くんには申し訳ないけど、明日にでも顔合わせを済ませてほしい。」


 2人とも20代後半くらいだろうか。

 ミサキさんはモデルのような体型だがテンションが高く、一方のカケルさんはさすがリーダーというか、頼れるお兄さんといった感じで話し方もしっかりしている。


「まずは確認なんだけど、陽向くんはこの組織に加入してくれるということでいいのかな?」

「はい、それで大丈夫です。これからよろしくお願いします。」

「良かった。こちらこそよろしく頼む。ミツハルさんのお墨付きだから馴染めないことはないだろうけど、何かあったらすぐ相談するように。」


 リーダーのカケルさんがそう言ってニコッと笑い、ミサキさんが俺の右手を握ってブンブンと握手をする。

 まずは2人から歓迎してもらえたようで一安心だ。


「さて何から話した方がいいものか。雪さん、陽向くんはほとんど何も知らないんだったよね?」

「そう、ほとんどね。知っているのはダンジョン協会かどこかしらの組織に所属しなきゃいけないことくらいかな。」

「じゃあ、まずはもう一度組織のことから簡単に説明していこう。陽向くんが所属することになるこの組織は通称『ファイブスターズ』。第5ダンジョンを運営するゲーム会社に支援をしてもらい、第5ダンジョンをホームにしつつ、このダンジョンの完全攻略を目指している。」


 簡単にと言いつつも、長い話であったので自分なりに重要な部分を要約していこう。


 以前、ダンジョンによって運営元が異なるというのは話したことがあると思うのだが、ではダンジョンはどのように運営されているのか。


 一般にも知られている能力者の役割の一つとして、ダンジョンの魔物を間引くというものがある。これは、かなり下層の魔物に関しては魔物氾濫の時も姿を見せず自分の階層から出てこないことが分かっているが、目安としては20階層より上層の魔物に関しては長い間倒されず力を蓄えると、進化し地上に出てくる危険性があるためだ。


 ダンジョン協会が管理するダンジョンに関してはもちろん専属の能力者の力を借りて間引く作業を行っているが、一方の企業や個人が運営するダンジョンではどのように間引いているのか。

 ここで登場するのが、フリーの能力者である。


 第5ダンジョンを例にするならば、ダンジョンを運営するゲーム会社が複数のフリーの能力者を雇い、支援し、氾濫の起きないように間引き作業や素材を得るための攻略を行ってもらい、攻略本の充実のための調査を実施してもらう。

 そのため、ダンジョンの数に対して能力者の絶対数が足りていない現状もあり、それなりの額の契約金や報酬が支払われるとのことであった。


 ちなみに最近行っていたという長期のダンジョン攻略とは、その間引き作業に加え地下30階の攻略を行ったが、30階のボス相手にあと少しというところで撤退したとのことだった。


「つまり、これから陽向くんは『ファイブスターズ』の一員として、俺たちとともに第5ダンジョンで魔物の間引き作業を行いつつ、攻略を進めて行くことになる。さっそく次回の地下30階の攻略には、陽向くんにも参加してもらいたいと思っているから、能力や連携の確認は明日にでも行うことにしよう。」


 今まで直接的には関わりのなかった世界。

 知らないことだらけではあるが、カケルさんの話を聞いて早く適応しなければならないという危機感を抱いた。


 能力者にとって魔物は待ってくれる存在ではない。

 立場が変わった今、立ち止まっている暇はないのだ。




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