第19話

【10月第4週火曜家】


 次の日。

 特に予定もなかったため、俺と妹はそれぞれ大学、高校に行き、俺はつかの間であろう今まで通りの生活を送った。


 昼休憩の時には事務室に呼び出され、事務の人からこれから先の過ごし方や成績評価の方法について説明を受け、講義は受けられる時だけでよいこととレポートの提出で単位がもらえることの説明があった。


 休むことなく真面目に、また興味のある分野を選択していたため残念な部分もあったが、能力者として貢献することは義務でもあり、これは仕方のないことだという。


 大学内ではダンジョン攻略のサークルメンバーの10人ほどが急に大学に姿を見せなくなったことが事実として伝わっており、ダンジョン内で事故があったという噂も流れていた。

 サークルには30人ほどが所属したはずであり、どのような理由でダンジョンに向かったかの事情を知っているものもいるはずであるが、死者が出た情報が一切出回っていないことからどこからかの情報統制があったことは間違いないと思われた。


 単純なサークルメンバーのみの犯行なら、ここまでではなかっただろうが、第三者の存在が確定視される今、下手に刺激を与えてはいけないと思うため、情報統制については俺も賛成だった。

 俺自身の本音としては、俺も関わっているため、自分に注目が集まることを避けたいという思いもあったのだが。


 さて、今は19時過ぎ。

 妹もすでに帰宅しており、二人で夕食の準備中だ。


「任務にも行かないし、ダンジョンにも先週からあまり行っていないから太りそうだよ。」

「確かに俺も同じだな。何も予定とか事情がないのにダンジョンに行かずに家に帰ったのは久しぶりだからな。」


 作りかけの料理を二人してつまみ食いしながらそんな会話をする。


 講義が終わった時間から考えると、ダンジョン攻略に行くことも十分可能だったのだが、能力者となった今、果たしてソロで活動しても良いのかということを疑問に思い控えることにしたのだ。

 高校から帰ってきた妹に聞いてみると基本的には行動の制限はされないということで全然行っても良かったらしいのだが、能力に慣れるまでは誰かと一緒に行動してもらい、そして能力がどの強さの敵まで通用するのかを知っておきたいという思いもあった。


「雪、次ダンジョンに行けそうなのはいつだ?」

「任務が入るまでは夕方以降ならいつでも。お兄ちゃんさえ良ければ、このあと23時までダンジョンに潜っていてもいいかもね。」

「よし。じゃあ食べ終わって少し休憩したら行こう。・・・ところで何で23時なんだ?」


 俺と同じくらいに雪のダンジョン熱は高く、さっそくこの後ダンジョン攻略に行くことが決まる。

 しかし俺の言葉を聞いた妹の表情は嬉々としたものではなく、どちらかと言うとしまったという表情だ。


「・・・言ってなかったっけ?今日の23時からお兄ちゃんが所属することになる組織の人たちとの顔合わせがあるんだけど。」

「・・・全く聞いてない。え、えっと、詳しく聞かせてくれないか?」


 驚いた俺は言葉を詰まらせながらも早口で妹を問い詰める。


 妹の弁明というか、説明はこうだ。

 俺が入院中の時から、ダンジョン協会の専属になってほしくないと強く思っていた雪は、彼女が知っている組織の中で一番信頼している組織に声をかけた。

 俺の加入に関してはすぐに承諾をもらえたのだが、リーダーを含めた主要メンバーの数人がちょうど休養中ということで、顔合わせの機会が伸び、全員が揃った今日の夜にということになったようだった。


 俺が所属することになる組織選びについては、俺が能力者の事情を何も知らないという理由で妹に一任していたため問題はないのだが、先週末に予定が決まっていたとのことで、せめて心構えを作る時間は与えてほしかったというものだ。


「まぁ、理解はした。全てを雪に任せていたわけだし、そこは仕方ないのかもしれない。雪、色々とありがとう。」

「うん。本当にごめん。そういえば待ち合わせの場所は第5ダンジョンに近いから行くのは第5ダンジョンにしよう。」


 申し訳なさそうにしている雪をフォローするように声をかける。


(第5ダンジョンか・・・。)


 人によってはトラウマにもなりそうなことを経験した第5ダンジョン。

 しかし能力が覚醒した場所というイメージが強いためなのか、不思議と忌避感は感じていなかった。



 それから3時間後。

 俺と雪が居るのは第5ダンジョンの地下9階だ。


 昨日と同じように俺が色々と試しつつ、雪がそれを見守るという形で地下8階から順調に攻略を進めていた。


 俺はゴブリンアーチャーを相手に取り、右手の前に壁、左手に剣という変わらぬスタイルで戦闘に臨む。

 弓矢を使う魔物相手に能力を使って戦うのはこれが初めてであったが、近接系の魔物よりも攻撃を防ぎやすく、動体視力も良くなっているのか弓の軌道が前よりもしっかりと見えるため、防ぎつつゆっくりと近付くということができていた。


 次第に近付いてくる俺に、ゴブリンアーチャーも慌てて次から次へと矢をつがえ放ってくるが、ゴブリンアーチャーの手元もはっきりと見えていて、容易に防げる。


 壁が届く範囲にまで近付いたところで少しだけ右手を振りかぶり、ゴブリンアーチャーに当てる。


 これだけで今まで吸収されたダメージが相手の魔物に与えられるのだ。

 さすがに上位種ということもあり、一撃で倒すことは出来なかったが、それなりのダメージを与えられたようでゴブリンアーチャーを見るとよろめいていた。


 壁を弓の前に固定し相手の攻撃手段を封じ、隙を見せたゴブリンアーチャーを左手の剣で急所めがけて一突き。

 左手ではまだまだ慣れていないため器用に動かすことは出来ないが、突きなどの単純な攻撃なら問題なく行える。


「遠距離相手の方が戦いやすそうだね、お兄ちゃん。」

「あぁ、そうだな。範囲攻撃を用いる相手じゃない限り遠距離の相手でも大丈夫そうだ。」


 1メートル四方の壁に相手からの攻撃を当てないといけないため、範囲攻撃を用いる魔物との戦い方は、剣のみで戦っていた時のように魔法の範囲から大きく避けつつ的を絞らせないために走り回ることになるのだろうが、その戦法だと攻撃を吸収することができず大きなダメージを与えるのが難しいことが考えられた。


「もう少し時間があるし魔物部屋に行ってみる?」

「そうしよう。複数相手の戦闘も試してみたいからな。」


 魔物部屋とは迷路型のダンジョンでは珍しい多くの魔物が一気に出現する小部屋のことで、ボスが居ないボス部屋という表現をされることもあった。

 それぞれの階層にいくつかある魔物部屋ではあるが、宝箱が出るには出るものの、出現する魔物の攻勢が決まっていないため割に合わないと考える攻略者も多く、実際に挑む者はかなり少ないらしい。


 俺はアイテムポーチから攻略本を取り出し、魔物部屋までの道順を確認する。

 どうやらすぐ先の分かれ道を右に行った突き当りにあるようだ。


 その間にも、複数のゴブリン上位種が現れ、時間を確認すると待ち合わせの時間まであと30分程となっていた。


「今日はこの魔物部屋で終わりかな。できるだけ楽な構成なら嬉しいんだけど。」


 俺の言葉に雪が頷いたのを見てから、ボス部屋と比べるとだいぶ簡素な作りの扉を開ける。


(ソルジャー1体に、メイジとアーチャーが2体ずつ、普通のゴブリンが数体か。正直言うと、厄介な構成だ。)


 遠距離系の攻撃手段を持つゴブリンが4体。

 範囲攻撃を用いる魔物を相手するのと同様に、壁を使っての戦闘だと遠距離の相手が複数というのは事情に戦いづらい構成であることが予想できた。


 俺は右手の前に壁を展開し、微妙にずれたタイミングで飛んでくる矢や魔法を受け止める。

 このままでは埒が明かないので、壁を体の正面に据えたまま、一番前方にいるゴブリンアーチャーに向かって前進を始める。


 しかし相手はメイジやアーチャーだけではない。

 ゴブリンソルジャーや普通のゴブリンが俺の両側面に周り込み、攻撃を仕掛けようとしているのが見えていた。


 壁は陽炎状態にしていたのだが、魔法や矢を防ぐ何かが存在していることを全ての魔物が気付いているのだ。


 俺は矢や魔法が飛んでくる方向から壁を動かさず、左にステップし、まずは左手の剣で左側の魔物の相手をすることを選択する。


(おっと、痛い・・・。)


 予想通りというか、慣れない左手に持った剣だけで複数のゴブリンの相手をすることはできず、ゴブリンの持つ剣によって左腕に傷ができる。

 ダンジョン内では痛みが抑制されるとはいえ、痛いものは痛い。


 やはり左手だけでは戦えないと、右手の壁でちょうど飛んできた矢と魔法を受け止めた後に、急いで右手を左側のゴブリンに向けようとした時だった。


「危ないっ!」


 その声とともに、右後ろで何かが凍る音がする。


「お兄ちゃん、時間もあまりないし良いかな?」

「・・・あぁ。頼む。」


 振り向くと、俺のすぐ後ろで剣を大きく振りかぶったまま妹の魔法によって凍らされたゴブリンソルジャーが居た。

 そのまま周りを見渡すと俺に許可をもらった雪の氷魔法によって、俺に近いゴブリンから順に次々と倒されて行き、2,3分のうちに魔物部屋に立つのは俺と雪だけになっていた。


(危機一髪、だったのか。)


 妹の介入が数秒遅れれば、ゴブリンソルジャーの剣によって大怪我を負っていたのは間違いない。

 もし怪我をしたとしてもアイテムポーチの中の回復薬を飲めば回復はできるが、これがソロだったらと思うと恐ろしい話だ。


「お兄ちゃん、帰ったら反省会だね?」


 妹は冗談っぽく笑って言うが、俺は少なからずのショックを受けていた。

 明らかに構成的に不利であったため途中で妹の介入が必要になるとは思っていたが、一体も自力で倒せなかったとなると、左手を使っての戦闘に慣れていないにせよ、壁に頼り過ぎだとか、動き方にミスがあったとか、今思うと反省すべき点がすぐにいくつか出てきている。


「お兄ちゃん、その壁は本当に右手の前から動かせないの?」


 雪はダンジョン協会の本部で能力はイメージだ、と言っていた。


 イメージ。

 俺の能力のイメージは何がもとになっているのか、どの光景がもとになっているのか。


 いくら動かすイメージを持っても右手の前から動かないのは事実であり、本当に能力をイメージ次第で変化させることができるのであれば、脳に焼き付いたイメージが邪魔をしているのは間違いなかった。


「・・・これは荒治療が必要かもね。」


 妹の質問に答えずじっと壁を見つめて考え込む俺を見て、妹はそうつぶやき首を振った。



 さて、ダンジョンでゆっくりとしている暇はなかった。

 俺は諸々を後で考えることにして気持ちを切り替え、妹に続いて夜が遅くなり人の数も減りつつある第5ダンジョンの建物を出る。


 時計を見ると約束の時間まで、あと5分程しかない。


「雪。もうすぐ時間だけど間に合うのか!?」


 初顔合わせで遅刻になることは避けたかった俺は慌てた声で妹に尋ねる。


「全然余裕だよ?だって待ち合わせ場所ってそこだから。」


 そう言って雪が指をさす。


 雪が指をさしたのは、第5ダンジョンの目の前の建物。

 マスターの喫茶店が入る、自分にも馴染み深い、通い慣れた建物だった。


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