第28話
【10月第4週木曜夜家】
その日の夜。
俺よりも妹の方が帰宅が遅かったため、今日の夕食は久しぶりに俺が担当した。
「お兄ちゃんももう少し料理のレパートリーを増やした方がいいと思うけどね。今は私も作るからいいけど一人暮らしだと飽きそうだよ。」
美味しいと笑顔で食べつつも、痛いところを突いてくる雪。
俺が作り、今2人で食べているのはハヤシライス。
妹はレシピを見ながら様々な料理に挑戦しているが、俺はいくつかの料理のローテーションだ。
3月までは父親と二人で暮らしていたため、仕事で忙しい父親が全ての家事をするのを申し訳なく思った俺は自分から率先して高校生の時から料理をすることも多かった。以前父親にも同じようなことをやんわりと言われた経験があるため、今思えば申し訳なく思ってしまう。
しかしどうも料理が得意ではない俺は、アレンジをしたり難しい料理にチャレンジしたりすると失敗してしまうことが分かっていて、外さない料理のローテーションを続けているのだ。
「そんなことより今日は協会本部に行ってきたんだろ?」
「そう。学校帰りにね。詳細を聞きたいと思って行ったけど聞けたのは今後の予定だけだったから特に進展はないよ。」
任務の最中でもないにも関わらず雪の帰りが遅かったのは、放課後に行ったときにダンジョン協会本部に行き、そのままミーティングがあったからとのことだった。
「それで大丈夫なのか?」
「メンバーは今までと変わらないみたいだから大丈夫だと思う。これまでのボス戦で厳しい戦いになったこともないし。急に決まったのは意外だったけど協会としてはそこまで警戒していないということなのかも。」
不安な気持ちに変わりはないが、雪が大丈夫と言っているのに俺が口を挟むのは野暮なことなのかもしれないし、そもそも俺自身には伝手も影響力もないから言っても無駄だという思いもある。
どこの国で全滅が起こったのかなど詳細は何も聞いていないため、俺が心配し過ぎなのかもしれない。
「話は変わるけど、こうなった以上私も忙しくなりそうだし色々アドバイスすることもできなくなるかも。一つ気になっていることがあるから明日にでも一緒に第5ダンジョンに行きたいんだけど夜はどうかな?」
「明日の夜は大丈夫だと思うけど。・・・気になっていること?それは聞いても良いのか?」
「いや、私の気にしすぎかもしれないから言わないでおきたいかな。ただちょっと予感めいたものがあって。」
妹の含みのある言い方に、つい疑問を浮かべてしまう俺。
雪は強制的に話を切り替えようと別の話題を持ち出す。
詳しく聞きたい気持ちもあったが、二人とも忙しくなればこの他愛もない雑談の時間が貴重になるかもしれないと思い、妹の話に乗っかることにした。
今が特別なだけでそもそも雪は長期間家を空けることが多いため家族としての時間は能力者となった今、より一層大切だと感じている。
次の日の夕方。
カフェタイム後の人の少ない時間を見計らってマスターが俺が一人で残るホームへと顔を出した。
すでに今日の攻略は終えていて全体としては解散した後だ。
「陽向君。攻略は順調にいってるみたいだね。一人で残っているところを見ると今日はこの後何か予定があるのかな?」
「お久しぶりです、マスター。順調というより、すごい勢いで進んで行くのに何とか着いて行ってる感じですけどね。今日は19時に妹と待ち合わせしていて、第5ダンジョンの攻略に行く予定なんです。」
「なるほど。いよいよ雪お嬢ちゃんも本腰を上げたということなのかな?」
マスターと会うのは全く久しぶりではないし、これまでも毎日のように会ってきたというわけではないのだが、大学とダンジョンの行き来という変化のない生活と比べると、この数日はかなり密度が濃くて何となくそう感じてしまうのも仕方ないように思えた。
「本腰を上げた?マスターも何か知っているんですか?」
「直接聞いたわけではないが予測はつく。俺から言うものではないと思うから言わないがね。それよりも雪お嬢ちゃんの次の任務の話、聞いたよ。」
「・・・マスターもですか?こういう話って機密扱いだと思っていたんですけど、どこから聞いたんです?」
前にも述べたとは思うが、ダンジョン攻略の最前線の情報というのは基本隠されるものだ。
各国それぞれが能力者を囲い、自国のダンジョン攻略を進めている現状、上位能力者の情報を秘匿するため、ダンジョン情報を明かさないためなど、様々な目的で情報の公開は制限されている。
それもダンジョンの謎を解き明かすことよりもダンジョンをどう生かしていくかということがダンジョンに対する考え方の主流になっているからで、妹が能力者であったからこそこれまでも多少の情報は入ってきたが、何の関係もない一般人は書店で並ぶような単なる攻略情報しか知らないはずだ。
個人的にはこのことが能力者たちの世界を閉鎖的にしている原因だとも感じ始めているのだが、今は置いておくことにしよう。
ともかく、協会専属でないマスターが一般向けには完全に秘匿される任務の情報をこんなにも早く入手していることに驚いたのだ。
「能力者としてのネットワークもあるし協会に友人もいるからな。他の国での話も広がり始めているからダンジョン協会としても今回の攻略を能力者に対して隠すつもりはないようだね。」
マスターが聞いた話やこれまでの経験からすると攻略の話がこれまでよりも広まるのが速く、それは協会が他の能力者たちの反応を気にしているからだとのことであった。
他の組織に所属する能力者でも協会所属の能力者と多少なりとも交流があることが多く、秘匿されるとは言っても、よほどの極秘任務ではない限り遅かれ早かれ情報は出回るらしい。
「なるほど。それで、その、大丈夫なんでしょうか?国のトップのパーティーが全滅するというのは異常事態ですよね。余計なことだとは分かっているんですが、どうしても妹のことが心配で。」
「・・・確かに異常事態ではあるから適当なことは言えないが、この国のトップパーティーは個人的には世界で一番実力と安定感を兼ね備えたパーティーだと思っている。固有魔法で火力の高い魔法を使う雪お嬢ちゃんはもちろんだが、世界最強と言われる桐生さんがリーダーを務めているのも大きい。心配はいらないと思うが。」
マスターの言う桐生さんとは、一般人にも知名度が高い能力者の一人でもある桐生正宗さんという人物。
雪と並んでダンジョン協会の広告塔的存在で、雪が使う派手な魔法とは対照的に刀を使って力と力の勝負を挑む戦い方が特徴の剣士であり、俺が剣を使うきっかけも映像で見た桐生さんの動きに憧れを持ったからである。
能力者では珍しく還暦近い年齢であるが、もともと有名な道場を運営していた実力者で強さは折り紙付きのものだ。
刀を使う上で特化した能力はもちろんのこと、攻略中に手に入れたという魔法を切ることができるという能力を持つ刀、これまでの経験、鋭い動体視力、優れた集中力に戦闘勘。
これらによって世界最強と言われる存在であり、日本の能力者の象徴的な存在になっている。
「そうですね。マスターの言う通り桐生さんが率いるなら心配するだけ無駄な気がしてきました。ありがとうございます。」
「いや、感謝されることはしていないよ。それよりこれだけ言っておきたい。陽向君、いいかい?とにかく今は自分のことに集中だ。地下30階のボスは陽向君がこれまで戦ってきた魔物と比べ物にならないくらい強い。当日までにできるだけ能力を磨いて連携を高められるように頑張ってほしい。出来ることを全てやって後悔だけはしないように。」
真剣な顔になったマスターに言われて気付く。
今は妹の心配よりも自分のことを心配するべきときなのだ。
ダンジョン攻略は遊びではなく命がかかった真剣勝負。
様々な能力がある中で戦闘に使えるまともな能力を得られたわけだが、これから挑んでいくのはダンジョン攻略の最前線とも言っていい場所である。
一瞬たりとも油断はできないし、慢心は自身の身を滅ぼすことになりかねない。
(人の心配よりまずは自分の心配をしないと、だな。)
「分かりました。マスターも当日は参加するんですよね?」
「いや、今回俺は待機組だ。初見ではないということもあるがこれもまた事情がある。ボスの詳細と合わせて近いうちにリーダーから話があるだろう。」
マスターが喫茶店に戻ろうとしたところで、そう声をかけると意外な答えが返ってきた。
今回マスターは同行しない。
居てくれればどんなに心強いかと思うところではあるが、一度挑んだことがあり今回が再挑戦というのも関係しているのだろう。
(よし、ちゃんと頑張らないと。まだまだ足りないんだ。)
久しぶりのマスターとの会話は、連携が上手くいきつつあって緩みかけていた気持ちを切り替えるきっかけになりそうだった。
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