第27話

 地下40階に2週間後、つまりは再来週挑む。

 聞いていた話からまだまだ先のことだと思っていたために俺が受けた衝撃は大きかった。


「・・・それにしても急すぎないか?」

「確か前に話したと思うけどいつも通りといった感じ。私もびっくりはしたけど、まだ話を聞いたばかりだからメンバー以外のことは何も分からないの。」


 変わらず平然とした顔と口調で淡々という雪。


 今回のダンジョンとは別の他国での話ではあるが、トップパーティーが全滅したという地下40階。

 国力を上げる要因であり、氾濫の際は戦車よりも戦闘機よりも活躍するというトップの能力者で構成されたパーティーが全滅するということが、どれほど異常なことであるか。


「詳しく話すと2週間後すぐに地下40階に挑むわけじゃない。連携を確かめつつ付近の階層を攻略して準備が整ってから挑む。これがいつも通りの私たちのやり方だから。」


 掘り下げて聞いてみると、招集からの期間を含めた通達事項は全くいつもと変わらないものであったらしい。

 雪が地下40階の攻略はまだ先になると言っていたから全く身構えていなかったが、自分にいつも通りだから大丈夫と言い聞かせるようにして俺に話す雪を見ると、到底何かを突っ込んで聞く気にはなれなかった。


 このことを決めたのはダンジョン協会のお偉いさんなのだろうか。


 日本は他国に比べて優れた能力者が多いと言われることが多い。

 なんでも想像力が豊かでイメージすることに長けているらしいのだ。


 慎重かつ真面目な国民性もあって、これまでは他国に先立って攻略することはせず、丁寧に慌てずに攻略を進め、むしろ他国の危機には能力者を送り込んで助力してきた。

 だからこそ、今回博打ともいえるような攻略をダンジョン協会が行わせようとしていることに疑問を持ってしまう。


 雪は俺におやすみ、と一言声をかけてから自室へ足早と向かって行った。


 いくら強いとはいえ雪はまだ高校生。

 恐怖、不安、戸惑い。


 助けてもらってばかりで、雪が不安に思っているときに気の利いた言葉の一つも出なかった自分に腹が立って仕方がなかった。



 次の日のお昼過ぎ。

 俺は昨日と同じく『ファイブスターズ』のホームにいた。


 朝はいつも通り過ごし、午前中は大学で講義を受け、そして今から昨日茜ちゃんが眠っていたためにできなかった反省会が開始されるところだ。


 カケルさんが遅刻せず、茜ちゃんが睡眠を多く取れて笑顔を振りまいているお陰か雰囲気は悪くない。

 気持ちがどんよりとなってしまいそうな俺にとっては、これはとてもありがたいことだった。


「皆着席したことだし反省会を始めよう。反省会と言っても問題点を無理に出すことはないし、良かったところは良かったところで全体に共有してほしいと思っている。」


 13時ちょうどになったところでカケルさんが号令をかけ反省会が始まる。

 例によってマスターはランチタイム真っただ中のため不在だ。恐らく喫茶店とここを結ぶ扉の先ではマスターが忙しく動き回っていることだろう。


「まずは軽く僕が戦闘を振り返った後で今回の主役である陽向くんに話をしてもらおうと思う。陽向くんはそれで良いかな?」

「はい、それでお願いします。」


 言葉は引き締まったものだが、会議というよりも本当に反省会という軽めの言葉の方が似合うような雰囲気だ。

 俺にすぐ話が振られるということで少し緊張はするが、これも想定していたことなので問題はない。


(落ち着け、落ち着け。)


「予告している通り我々は再来週に地下30階の攻略を行う予定だ。そのためにも今回は30階のボス戦を想定して地下15階のボス戦のみを振り返りたい。とは言っても予想以上にあっさりしたものだったね。陽向くんは最初は気圧されてる感じがあったけど、戦い始めてからは何の心配もなかったように思える。安心して見られたよ。」

「そうね。ハイオークの前で一瞬固まったときにはどうなるかと思ったけど!」


 笑いながらミサキさんが言う。

 気圧されていたのも事実だし、一瞬でも固まってしまうことは隙を作っていることに他ならない。

 この一瞬の油断が下層では命取りになるかもしれないのだ。


 俺も当然そのことは理解している。しかし雰囲気を感じ取っているのか、それとも本当に魔物がプレッシャーを放っているのかは分からないが、とにかくどうしようもなく気圧されてしまうことがあるのだ。


「・・・わたしも最初は怖かった。慣れるしかない。」

「茜の言う通りだね。こればかりは僕も慣れるしかないと思う。実際に30階に挑む前にそこまでの階層を攻略するつもりだから是非そこで慣れてほしいかな。」


 カケルさんの話によると、妹の雪が40階に挑む前に連携を確かなものにするために付近の階層を攻略するように、俺たちも地下30階までの攻略を進めるようだ。

 メンバーたちの経験則では、気圧されたのは恐らく本当に魔物が威圧感を出しているわけではなく、本能が自分より強い存在だと認識し威圧感のようなものを感じているだけの話だというので、慣れるというのは本当に重要なのだろう。


「そしてさっきの話の通り今回の戦い自体には問題なかったね。聞いていた通り1対1のシチュエーションであれば問題なさそうに思えた。ハイオークの攻撃に合わせて壁を動かす戦闘の勘、カウンターを狙って攻撃を仕掛けるタイミング。ダンジョン攻略、そして魔物との駆け引きに慣れているからこそのものだね。陽向くんの存在は非常に心強いよ。そして他の僕を含めたメンバーもカバーをしつつ魔物の数を上手く削ることができていた。簡単だけど振り返りはこんな感じかな。一気にまくしたてるようで申し訳ない。次は陽向くん、よろしく。」

「はい。まずは昨日の戦いでのフォローありがとうございます。特にヒカリさん。」

「気にする必要はないです。パーティーメンバーとして当然の務めですから。」


 俺の言葉にかぶせるようにしてヒカリさんがそう言う。

 ヒカリさんが俺の周りを動き回り、俺に向かってくる敵をなぎ倒し続けてくれたおかげで集中してハイオークと戦うことができたのだ。


「それでもお礼を言わせてください。ヒカリさんの助けもあって能力覚醒前はかなわなかったであろうハイオークと問題なく戦うことができました。あのような形であれば魔物の攻撃を受けずに戦闘を続けることができます。昨日の戦いに関して言えば俺としてもパーティーとしての戦いに問題はなかったと思います。」

「含みのある言い方だね?是非僕たちに相談してほしいけど?」


 俺は昨日の夜に雪と話した内容をカケルさん達にも順序だてて話す。


「なるほど。左手に盾、もしくは何も持たない、か。雪さんも面白いことを考えるね。正直に言うと確かに昨日の戦いでは左手の剣は死んでしまっていたと言っても仕方がないかな。」

「・・・陽向お兄ちゃんはどうしたいの?」


 俺を深く見つめるようにして言う茜ちゃん。

 俺自身がどうしたいか。それは何となく俺が考えないようにしていたことだった。


 左手に剣を持っていても実戦で使えるレベルにないことは自分自身理解している。

 それが分かりつつもこれまで剣を持ち続けていたのは、剣を持って戦うことに愛着があるからだ。


 能力覚醒前はずっと剣を持って剣で魔物を倒してきた。

 そのため今でも俺は剣士であるという自覚がある。


「俺は・・・。俺はいくつか試してみて今の自分に一番合っているものを選びたいと思っています。」

「そうか。僕たちもできるだけアドバイスはしよう。」

「・・・わたしも分かった。でもどうしても剣を使いたいなら剣術スキルを取るという手もあるから。」


 しかし俺の出した結論はこうだ。自分の我を押し通して他のメンバーに迷惑はかけられない。

 今は自分のやれるだけのことをやって少しでも貢献できるようになりたいという思いの方が強い。


 下を向いていた顔を上げるとふと茜ちゃんと目が合う。

 これまでの眠そうな目とは違う何かを訴えかけるような目。


 なぜか気まずくなって俺はそっと茜ちゃんから目をそらした。


 反省会は続く。


「陽向くん、他に気になっていることはあるかい?」

「そうですね、強いて言えばですけど何のスキルを取得すれば自分や周りのためになるか迷っていることですかね。」


 さっき茜ちゃんの言った剣術スキルも選択肢の一つだが、自分のこれからの方向性がまだ定まっておらず、自分にとっての最適なスキルが何であるかも全然分からずにいた。

 しかし、攻略の開始が来週ということもあって一つはスキルを取得しておきたいという気持ちも強いのだ。


「陽向くんは一つも取得していないんだったよね。どうだろう、誰か助言がある人はいるかな?」

「私から良いかな?」


 カケルさんがそう呼びかけると、すかさずミサキさんが手を挙げる。


「スキルは自分が本当に必要だと思うものを取得してほしいというのが前提で話すけど、もう少しだけ待ってほしいというのが正直なところかな。というのも現状ではハイオークに比べて更に強い相手に対して壁の攻撃がどこまで通用するか分かっていないからね。せっかく今まで取得せずに枠を開けているんだしね!」

「うん、僕もそう思うかな。実はヒカリを陽向くんのフォローに回すだけではなくて遠距離のみで支援してみたり僕がフォローに回ったり、色々なパターンを試してみたいと思っているんだ。」


 更にミサキさんが補足するには、壁の攻撃で相手の魔物を倒しきれなかったり、なかなか壁を当てる隙を作らない魔物を相手にしたりするときには、俺がヘイトを管理する役割をして、その魔物への攻撃に誰かが加わるということも想定しているとのことだった。


 攻撃手段を獲得できることも考えれば、左手に持つもの次第というところもあるし、もう少しだけ粘ってみるのが良さそうだと納得し、他のメンバーにもそう伝える。


「よし。だいたいこんな感じだろう。何か気付いたことがあればいつでもすぐに言ってほしい。陽向くん、改めてこれからもよろしく頼むよ。」

「はい、こちらこそよろしくお願いします。」


 そう言ってカケルさんから差し出された手と握手すると他の3人から拍手が巻き起こる。

 何か違う気もするが、悪い気は一切しなかった。


 予定よりも早く終わったため、この後はダンジョン攻略に向かうとのことだ。

 地下30階の攻略まで残された時間はそれほど多くないことを感じた。


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