第26話

 場所は変わって組織『ファイブスターズ』のホームである喫茶店横の部屋。


 ここまで俺が背負ってきた茜ちゃんは奥の一番大きなソファーで横になって小さな寝息を立てながら本格的に寝に入っている。

 俺を含めたその他のメンバーはシャワーの順番待ちをしながら茜ちゃんを起こさないように小声で他愛もない雑談を繰り広げていた。


 ダンジョンを出るときには内部での装備からもとの入るときに着ていた服装に自然と切り替わるのだが、ダンジョン攻略での汚れや汗は落ちてくれず不快な思いをすることも多かったため、すぐに身を清められるのはありがたいことだと思う。

 もっとも全員が全員同じようになるため気にしていない人も多いし、近隣にはそのような人たちをターゲットとした銭湯などもいくつかあるにはあるのだが、いつも混んでいてゆっくりできないため、俺はあまり利用してこなかった。


 このようにダンジョン単体だけでなく、飲食店や銭湯など様々な形態の店がダンジョン帰りの人をターゲットとして集まってきていることも、ダンジョン運営が一大ビジネスといわれる所以である。


「茜ちゃんはいつもだったらどれくらいで起きるんですか?」

「そうだな、日にもよるけど2,3時間したらといったところじゃないかな。」

「茜だけずるいわよね。私だって疲れてるのに!」


 不満げな表情でミサキさんが言うが一番疲れていなさそうに見えるため説得力はない。茜ちゃんとミサキさんは犬猿の仲まではいかないが、仲が良いと一言で片付けられる関係でもなさそうだということも分かってきた。


 今は3番目のヒカリさんがシャワーを浴び、最後に俺が控えている状況でこの部屋にいるのは茜ちゃんを含めて4人。

 マスターが直接持ってきてくれたコーヒーが良い眠気覚ましになっている。


 トントンッ


「うわっ!?」


 突然肩を叩かれ情けない声を出してしまう俺。

 慌てて後ろを振り向くと、髪の毛を乾かさないままの姿のヒカリさんがシャワールームを指さしてにこっと笑っていた。


「シャワーの順番ですよね?あ、ありがとうございます。」

「陽向くん、ヒカリに騙されない方がいいわよ。ヒカリは驚かせるのを楽しんでやってるの。さぁヒカリ、こっちに来て?」


 能力を使って音を立てないようにして俺の背後を取ったヒカリさんを呆れたような表情で見るミサキさんだが、ヒカリさんの笑顔は純粋そのもので悪意など一切ないように感じるため不思議な気分だ。

 ミサキさんがヒカリさんを呼んだため何をするのかと気になって見ていると、ヒカリさんがミサキさんの膝の上に座り近くにあったドライヤーで髪を乾かしてもらうようだった。


 2人とも身長が低い訳ではないため違和感たっぷりのその光景を、なぜか見てはいけないような気がして、俺はそそくさとシャワールームに向かった。



 そして2時間後。

 俺がいるのは自宅。


 というのも茜ちゃんが起きる気配を見せなかったために夜が遅くなる前に解散しようということになったのだ。

 茜ちゃんは家が近いというミサキさんがタクシーまで引きずるようにして運び、送ってもらうようであった。


 反省会を行わず解散したとは言っても、そもそも全員が集合したのが15時過ぎであったため、今は22時前。

 当然妹はすでに帰宅し夕食も済ませており、俺はそれを温めてもらって食べているところだ。


「お兄ちゃん、初めてのメンバーとのダンジョン攻略はどうだったの?」

「思っていたよりは上手くいったかな。4人とも強くて体力もあるから着いて行けるか心配だけど。」

「下層に行ったら罠とかトラップを含めて色々なものを警戒しないといけないから攻略スピードは心配しなくてもいいと思うけど・・・。」


 確かに雪の言う通りではあるが、今日の後半は明らかに疲れた俺に合わせてくれたのが分かったため、申し訳なさと先への不安があることにはある。

 さすがに地下30階の攻略の際にはスピードは落ちるのだろうが、これまで俺が経験してきたどの階層よりも神経を使って進まないといけないことは疑いようのない事実で、そうなると慣れのない俺はどうなってしまうのかという思いもある。


 そのためにカケルさんたちも今日のように連携を高めていったり、スピードに慣れさせようとしてくれているのだとは思うのだが。


 続けて俺は今日の戦闘や連携のことを次々と話していく。


「お兄ちゃんの話を聞いてると連携は問題なさそうだけど、どちらかと言うと能力をまだ信じ切れていないみたいだね。イメージで能力が変わることを言いすぎたのも悪いかもしれないけど、それは長い目で見ないといけないことだから今は地下30階の攻略に向けて、自身の能力で何ができるかをしっかり考えないと。」

「なるほどな・・・。」


 振り返ってみるとダンジョンの攻略中も今話していた間も、あれができればこれができればというのが多かった気がする。

 来週地下30階に挑むことを考えると妹の言う通り今は高望みせずに、能力に慣れ、使い方や動き方をマスターしパターン化することが必要に思えた。


(さすが雪だな・・・。)


 これまでもダンジョン攻略のことでアドバイスをもらうことは多かったが、これからは一層助けてもらうことになりそうな感じがする。


「そう考えてみた時に今一番の課題は左手に持った剣を全く生かせていないことかな。そもそも左手で剣を使って戦うには練度が全く足りてないし、今は最後の止めを刺すことくらいにしか使えてない。これならリーチの長い槍を持った方が良さそうに思えるんだけど・・・。」

「そうだね。それはお兄ちゃんの言う通りかも。だけど少し考えさせて。」


 そう言って雪は軽く目を瞑って考え込む。


 能力に関する疑問点や動き方で慣れない点はたくさんあるが、これまで能力を使って魔物と戦ってきて一番に思い浮かぶのは左手に剣を持つことが果たして正しいのかということだった。


「槍は・・・、止めておいた方がいいと思う。リーチが長くて魔物に当てやすいのは分かるけど何よりも慣れていないし長い分移動も制限がかかってきそう。一番重視するべきなのは相手の攻撃を回避したり壁に当てたりできるように機動力を保つことだと思うから剣のままか、いっそのこと盾を持ったり何も持たないのも良いかもしれない。」

「盾!?右手の前には盾代わりの壁が展開してあってもか?」

「試してみないとどうなるかは分からないけどね。壁は1メートル四方だから防げる範囲も制限されてるし複数の方角からの同時攻撃を防ぐことは難しい。その点左手に盾を持っていれば、衝撃を吸収できないから強くない魔物限定にはなるけど、体の左側をカバーすることができる。剣を攻撃手段として使えていない現状で、魔物の攻撃を防ぐ意味としては慣れていない剣よりも、ただ攻撃を防ぐ目的で当てるだけでいい盾の方が良さそうと思ったんだけど。」


 妹の言ったことを頭の中で整理し、実際に思い浮かべてみる。


 目の前には担当を任されたハイオーク。

 ハイオークの強烈な攻撃を壁で受け止めながら戦っている。


 他のメンバーがカバーしてくれているとはいえ、討ちもらすことも当然あるだろう。

 そうしたときに例えば普通のオークが襲ってきたとして、壁でハイオークと戦いながら、左手に持った何かでオークと戦わなければならない。


 果たして集中力が分散したその状況で、慣れておらず思うように動かせない剣で戦い倒すことができるのか。

 いや、出来なさそうだ。むしろ攻撃を上手く受け止めきれず負傷してしまう未来が見える。


 一方の盾。

 相手にダメージを与えることは出来ないが、攻撃を受け流すことならできなくもない。

 時間さえ稼げば誰かがフォローに来てくれるだろう。


 そう考えれば、盾を持つという選択肢もなしではないのか・・・?


「お兄ちゃんも分かるとは思うけど、もし盾を持った場合、壁の攻撃で相手を倒せなかったときにどうするかも考えておかないといけないよ。」

「そうだな。明日にでも試してまた報告するよ。」


「あっ、そうだ。お兄ちゃんも能力者になったし、これは言っておかなきゃ。私たちも2週間後ではあるけど、いよいよ第3ダンジョンの地下40階に挑むことが決まったみたい。」


 話が終わりかけ自室に戻ろうと腰を上げかけたところで、何ともないような普通の感じで雪が爆弾を落としたのだった。


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