第25話
先陣を務める俺が地下15階のボス部屋の扉を開ける。
見えてきたのは血気盛んに挑戦者を今か今かと待ち構えていたオークたち。
その中心にいるのが今回俺がターゲットを引き受けるハイオークだ。
頭一つとびぬけた身長。一回り大きい図体。
その割にはスピードが速く、跳躍力も警戒しなければいけないとの評判だ。
しかし一番注目すべき点は利き手である右手で持つこん棒。
素材は通常のオークが持つもののような木でできたものではなく、銀色に光る何かしらの金属でできたものである。
その重さがどれくらいあるのかは正確には分からないが、普通の能力者や攻略者なら簡単に吹っ飛ばされてしまうだろう。
もちろんのこと、ハイオークにはその重いこん棒を悠々と持ち上げ、振り回すパワーがある。
地下15階のボス部屋に挑む者が少ないのは、このハイオークと戦うことのリスクが高すぎるためである。
身体能力が向上する能力者ならまだしも、一般の攻略者にとってハイオークは自分の命を奪う可能性の高い魔物だ。
「行きますっ!」
「うん。陽向くん、頼んだよ!」
その声を合図にして、俺はそのハイオークを囲むようにしてこちらを警戒しているオークたちを避けるように動きながら、ハイオークに向かって一直線に駆けて行く。
時おり俺を狙うオークもいるにはいるが他のメンバーや魔法によってカバーされ、問題なくハイオークまで辿り着くことができそうで、俺を横から狙おうとしたオークはすぐさまターゲット変更をせざるを得ない状況に陥っていた。
10メートルほど先にいるハイオークはすでに俺が相手をすることに気付いているのだろう、鋭い眼光でこちらを睨み、その重たそうな金属のこん棒を持ち上げ、戦闘準備は万端だ。
(さすがに雰囲気が違うな・・・。)
そう言いつつそれが気のせいであることも分かっているのだが、これまでの経験から威圧感に似たようなものをハイオークから感じ、気圧されてしまっている自分が居た。
右手の前には『全てを守る壁』を白色にして展開済み。
ハイオークにとって俺は警戒すべき相手ではないと判断されたのだろうか、初見であろう壁に臆することもなくこん棒を振り上げて突っ込んでくる。
俺は焦ることなく、ものすごい勢いで振り下ろされるこん棒に合わせるようにして壁を動かし、そしてぶつけた。
(衝撃はない。問題なさそうだ。)
雪の魔法を受けても衝撃がなかったことから恐らく大丈夫だろうとは思っていたが、予想通りこん棒と当たった時に発生したであろう衝撃は全て壁が吸収、もしくは反発し、俺よりもむしろハイオークの方が反発ダメージを受けてのけぞっていた。
そのままハイオークは攻撃を続け、こん棒を使った攻撃でダメージを与えられていないことが分かると、動き回ったり、蹴りを入れたりしてパターンを変えてくる。
しかし俺は取り乱すことなく、落ち着いて壁を攻撃の正面に据えそして当てるだけの作業を繰り返す。
しばらくそのようにしていると、さきほど感じていた威圧感のようなものは消え去って周りを見る余裕が出てきていることに気付く。
すぐ近くでは、俺をターゲットにしたハイオーク以外の魔物をヒカリさんが担当し倒しているようで、俺から一定範囲内に入ったところで音もなく、静かに消えていく魔物の姿が見える。
離れたところでも他の3人が暴れまわっており、この短時間で魔物の数は半数以下になっているようだった。
一方オークの進化した姿であるハイオークはそれなりに賢いようで、自分に反発ダメージを与え続ける壁を警戒して、攻撃の手数を少なくし、俺に隙ができないかを慎重に見極めつつ器用に巨体を動かしてヒットアンドアウェイを繰り返していた。
こうなると俺にも更に余裕が出てきて、あとは吸収したダメージをハイオークに当てるだけとなった。
反発ダメージでこん棒を握るのもやっとに見えるハイオークに壁を当てるのはたやすく思え、しかい俺は油断することなくタイミングをゆっくりと見極める。
(よしっ、今だ。)
攻撃が終わり先ほどまでのようにハイオークが急がず退こうとしたタイミングで俺は全速前進し、警戒しておらず隙の多いハイオークの体に難なく壁を当てる。
よろめいたハイオークを尻目に、俺は追撃できるように左手に持った剣を握りなおすが、すでにハイオークは消え始めていてその必要はなさそうだった。
壁を使って戦う魔物の中では今までで一番強い相手であったため一撃で倒せるのかを心配していたが、ハイオークの攻撃を結構溜めていたのもあってか、一回で倒すことができた。
俺は休むことなく残っている他のオークたちにターゲットを変え、数分の間戦い続ける。
どうやら他のメンバーは、俺が苦戦したり危なくなったりしたらすぐに加勢できるように慎重に動いていたようで、ハイオークを倒してからは俺の加勢が必要なかったと思えるほど瞬く間に残りのオークたちが倒されていった。
予想していていたよりもはるかに呆気なく短時間で戦闘は終わる。
「陽向さん、お疲れ様です。」
「おっ・・・。ヒカリさんもお疲れ様です。」
俺の前に涼しげな表情をしたヒカリさんが姿を現す。
障害物もないこの場所でいきなり現れ、驚いた声を出してしまったがこれがヒカリさんの能力であり気にしても仕方がないことは理解し始めている。
「私が予想していたよりもお強くて感心しながら見ていました。まさか一回も助けに入らずとも倒してしまうなんて。」
「全て能力のおかげです。ヒカリさんもフォローありがとうございました。」
俺の言葉に微笑みながら頷いて再び姿を消すヒカリさん。
顔を少し赤くしていたところを見るに意外と恥ずかしがりやなのかもしれないなどと考える。
しかし実際にハイオークとの戦いに集中できたのはヒカリさんが俺に向かってくる魔物を倒し続けてくれたお陰でもあり、感謝の気持ちは本心からのものだ。
ヒカリさんが姿を消してすぐに、他のメンバーも俺の方に駆け寄ってきた。
「陽向くん、お疲れ様。良い戦いっぷりだったよ。安心して見ていることができた。」
「お疲れ様!私も上から見ていたけど連携も問題なさそうだったわ。一対一の状況がキープできさえすれば地下30階のボス相手でも問題ないかも!」
カケルさんの言葉に続き、戦闘時の指令役でもあるミサキさんがそう俺に声をかけてくる。
試験に合格したような気持ちで嬉しくなり、強く頷く俺。
言葉を頭の中でまとめ何かを話そうとしたところで、少し遅れてやってきた茜ちゃんが俺の目の前で眠そうにまぶたをこすりながら両手を大きく広げる。
「あ、茜ちゃん?」
「・・・だっこ。」
茜ちゃんはそれだけ言って流れるようにして俺の胸に飛び込んでくる。
カケルさんやミサキさんの言葉とは打って変わった予想外の言葉に予想外の行動。
訳が分からず戸惑いながら俺が受け止めると、茜ちゃんは俺に向かってニコッと笑ってから、すやすやと寝息を立て始めた。
さきほどまでの水晶を用いた魔法攻撃で次から次へと勇ましく敵をなぎ倒していた姿とのギャップに驚いて言葉が出てこない俺。
「数時間は動き続けたからさすがに限界みたいだね。これまでの僕の役割は陽向くんに任せることになりそうだ。」
「本当に眠いのかしら。茜。あ~か~ね~!」
茜ちゃんを親のような目で見つめるカケルさんに、俺にだっこされて眠っている茜ちゃんの頬をつねるミサキさん。
ミサキさんは相変わらず茜ちゃんには厳しいようだ。
改めて詳しく話を聞くと、睡眠が通常よりも必要なのは間違いないことで、戦闘が終わったら糸が切れたように眠るのは毎度のことらしかった。
これまでマスターが同行していない時のだっこ役はカケルさんが務めてきたそうだが、茜ちゃんが真っ先に俺に駆け寄ってきたことで、カケルさんは楽になり嬉しい気持ちと自分に来なくなり寂しい気持ちで複雑な表情を浮かべている。
そもそも茜ちゃんはカケルさんに厳しく接しているので親のような表情も報われていないような気がするが、カケルさんに言わせれば反抗期なだけらしい。
真相は茜ちゃんにしか分からないが、カケルさんの必死な感じが伝わり笑いをこらえるのに必死だった。
その後は茜ちゃんが寝てしまったことで反省会をするような雰囲気にもならず、素早く得られた素材等を回収して地下15階から去り、そのままマスターの喫茶店横のホームに戻ることになった。
「お疲れ様です。陽向くんも初めてのファイブスターズとの攻略お疲れ様。」
「セイラさん。ありがとうございます!」
地下1階の窓口では、カケルさんが代表して今日得られたもの全てをセイラさんに渡す。
数時間の探索だったにもかかわらず複数の魔物部屋に入りかなりの数であったため、周りの職員数名もヘルプで寄ってくる。
「どうだったかはまた後日聞かせてほしいな。」
「もちろんです。必ずまた連絡します!」
というのも顔の知れたファイブスターズのメンバーが人の多い受付付近に長時間留まるのはまずいということで、査定を待つことなくすぐにダンジョンを出るみたいだった。
これまで毎日のように相談に乗ってもらっていたセイラさんと話ができないのはかなり残念ではあるが、俺が茜ちゃんをだっこしていることで周りから注目を集め始めているため、俺としてもここを去ることに異論はない。
(疲れたけど何とかやっていけそうだ。)
ファイブスターズの一員として初めてのダンジョン攻略は思っていた以上に上手くいった。
しかし全く安心することは出来ない。
目標としている地下30階には、今日戦ったハイオークレベルの魔物がうじゃうじゃ出てくる階層だ。
それまでに出来るだけ強く、そして出来るだけ能力を自在に使えるようになる必要がある。
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