第21話
カケルさんの話は続く。
「我々『ファイブスターズ』に所属する能力者は陽向くんを除くと5人。もともと6人いたのだが半年前に一人脱退してしまって回らなくなってきたところだから、陽向くんには期待してるよ。知っての通りミツハルさんは喫茶店のマスターもしているから、新しい階層の本格的な攻略は深夜や喫茶店の店休日がメインだね。それに加えてサポートメンバーとしてセイラさんも含めて10人ほどが組織には所属している。」
喫茶店は決まった休日がないのだが、たまに臨時で休んでいるのを見かけたのはこういう事情があったからなのだろう。
深夜や休日も組織の一員としてダンジョン攻略に行っていたのだとしたら、マスターは果たしていつ休んでいるのだろうかと気になるが大丈夫なのだろうか。
「私たちサポートメンバーの主な仕事はダンジョン協会との調整と攻略本拡充のためのお手伝いかな。」
「そうだね。今セイラさんが言った通り、ダンジョン協会との連絡役はサポートメンバーにお願いしているんだ。協会からの任務もよほどの事態でない限りはサポートメンバーから伝えられることになるかな。この前組織として任務を終えたばかりだからしばらくはないと思うけど。」
個人に任務の依頼が来ることもあるそうなのだが、基本的には組織に任務の依頼があり、それを全員でこなすことで年間のノルマが達成されていくようだ。
主な任務としては魔物の間引きが遅れたダンジョンの攻略であることが多いそうで、この前も四国のダンジョンを数日間かけて攻略したとのことだった。
「任務と攻略についてはだいたいこんな感じかな。直近の予定を伝えておくと、今週はダンジョン攻略から戻ってきたばかりだから各自休養や調整に充てて、再来週の月曜日から再び地下30階の攻略に戻りたいと思っている。さっきも言った通り陽向くんにも一緒に来てもらうつもりだから、まずは肩慣らし程度に上層の方からゆっくりと進むことになるだろうけどね。」
今はちょうど曜日が変わり水曜日になろうとしているところ。
攻略が本格的にスタートする前に能力の全容を把握し、課題をできるだけ解決する必要があると強く感じた。
地下30階のボス部屋ともなれば、ボス以外にも遠距離攻撃や範囲攻撃を仕掛けてくる魔物が多く出現するはずであり、相性が悪いから戦えませんと、足を引っ張ってしまうことになるのだけは避けたい。
「これは単純な疑問なんですけど、上層の魔物さえ間引いていれば氾濫の危険性はなくなるんですよね?なぜ下層の攻略を進めるんですか?」
「いい質問だね。個人が運営するダンジョンの中にはそのようにしているところも多いが、企業が運営するダンジョンのほとんどでは第5ダンジョンと同じように能力者によって緩やかにではあるが下層の攻略が進められている。突然発生したダンジョンの謎を解明しなければならないという使命が能力者にはあるというのも理由の一つだが、一番の理由は簡単に言ってしまえば企業間の戦争だね。」
カケルさんの説明はこうだ。
下層では強い魔物を倒した対価として、貴重なスキルを獲得できる本や珍しい素材、強い装備が手に入る。
装備はダンジョン外に持ち出すことは出来ないが、それが素材や資源なら話は別だ。
企業はそれを使って、例えば第5ダンジョンの入り口で使われているような機械を作成し、他の企業より優位に立ちたい。更に言えば、第5ダンジョンを運営するゲーム会社にも、似たようなシステムでダンジョン運営を進めるライバル会社が複数おり、競い合うようにして攻略を進め、それを宣伝に利用し攻略本の充実にもつなげたいという思いがあるようだ。
「要するに雇われの身である我々は、クライアントの要望に応じて他のライバル企業に負けないように下層の攻略を進めているんだ。正直これは企業のエゴでしかないが待遇は悪くないし、我々もダンジョンの攻略を楽しんで進めているから問題ないのだけどね。」
(ダンジョン運営の裏側の事情を知ったような感じだな。)
確かにダンジョンの攻略が趣味でもある俺にとっては、下層の攻略はまさにもってこい状態で、逆に禁止されたとしても単独で少しずつ攻略を進めたいほどである。
「まぁ、この企業のエゴが今回の陽向くんの加入にも繋がっているんだけどね。」
「どういうことですか?」
セイラさんの言葉に、俺は質問で返す。
「陽向くんも関わったこの前の事件で第5ダンジョンはたくさん死傷者を出したでしょ?第三者の関りもあったからダンジョン協会によって情報統制は行われたけど、全てを漏らさないことは不可能だった。不幸なことに多数の死傷者が出たということだけが漏れて、事件の後から少しずつだけど一般の攻略者が減っているの。そこで事態を重く見たゲーム会社がダンジョン運営やこの組織の予算を増やしてイメージ改善を図ろうと、攻略本の更なる充実と下層の攻略による素材の獲得を進めさせようとしている。そしてその予算を使って今回の陽向くんの雇用を行ったというわけなの。」
なるほど。
ダンジョンを運営し利益を出さないといけないわけだからゲーム会社も必死なのだろう。
能力者の活動はダンジョン運営の生命線ともいえるもののように思えるが、その能力者の活動にもきちんとあらかじめ予算を決め動いているところを見ると、第5ダンジョンの運営がうまく行っている理由が分かるような気がする。
「基本的な説明はこれくらいかな。細かいことは追々分かってくるだろうし、能力関連のことは明日に。」
「最後に、雪さんを間近で見てきて分かっているとは思うけど能力者となった今、普通の生活を送るのは難しいと考えた方がいい。昼夜関係なくダンジョン攻略を進めるし、長期間ダンジョンにこもること多い。第5ダンジョンでは僕らも能力者として知られつつあるから一緒に行動して周りに知られるようになると、これまでのように単独で攻略に向かうことも難しいかもしれない。陽向くんは、その辺の覚悟はできているかい?」
これまでの笑顔を消し真面目な表情をしたカケルさんに尋ねられる。
「もちろん覚悟はできています。」
俺も真剣な表情をし、強い言葉で答えた。
嬉しそうにしながら頷くカケルさんとマスター、セイラさん。
ミサキさんの姿が見えないことを不思議に思って奥に目をやると、ソファーで気持ちよさそうに寝るミサキさんが見え苦笑する。
(自由だなぁ。でもなぜか上手くやっていけそうな気がする。)
こういう光景が見られるのも、組織内での人間関係が上手くいってるからこそのことだろう。
「さて、夜も遅いからとりあえず今日はここまでにしよう。明日はお昼頃に集合するということになっているから遅れないように。」
「気になったんですけど、喫茶店の扉から入ってくるんですか?」
「あぁ。いや、普段あの扉には常に鍵がかかっているから僕たちは反対側の扉から入っているよ。扉を通るには指紋と顔の認証が必要だから後で登録しておいてね。」
この部屋は普段から『ファイブスターズ』のたまり場になっているらしく、自由に使ってよいとのことだった。
奥には風呂やトイレも備わっており、帰るのが面倒な時はここで寝泊まりするそうだ。
ちなみに指紋と顔の認証が必要だという扉には、ダンジョンの素材や技術が使われており、今のところ偽造もできず、他の企業には再現できていない最新のものであるらしい。
こういった技術を提供したり開発することで、ゲーム会社も利益を上げているそうで、素材の確保が重要であることを改めて感じる。
俺はセイラさんの案内のもと登録を行い、セイラさんはなぜかついでに雪の登録まで済ませていた。
登録を終えた俺は、雪にこの部屋で少し待っているようにお願いをし、先に部屋を出て行ったマスターの待つ喫茶店の方へと向かった。
「ありがとうございます。」
喫茶店に入ると、マスターはいつもの定位置で立っていた。
それにならって俺がいつも通りのカウンターの椅子に座ると、マスターによって間髪入れずに俺の前に淹れたてのコーヒーが差し出された。
俺は自分好みのコーヒーの味を楽しみ、しばらく店内には沈黙が続く。
「・・・俺はマスターと一緒に働けることになって嬉しいです。」
「俺もだ。陽向君が入ってくれて心強いし、これからもっと成長していくであろう陽向君の姿を見られることが今から楽しみだ。」
何となくいつもよりテンポの悪い会話に気まずさを感じ、コーヒーをいつもよりも速いペースで飲み切ってしまいそうだった。
「雪お嬢ちゃんにも待ってもらっているし、本題に入ろう。」
意を決したような表情で話し始めるマスター。
「まずは能力者であることを黙っていてすまない。さっき話した時に守秘義務があるといっただろう。それは俺の能力に関わることだからだ。俺の能力は聴力強化というもので、簡単に言えば聞こえる力が向上している。」
マスターによると、単純に遠くの音が聞こえるだけでなく、ダンジョン内で遠くから聞こえる魔物の声から魔物の位置を判断したり、反響した音から罠の存在を把握したりすることができるそうだ。
この前、雪がトラップに引っ掛かって転移魔法陣で転移した時に即座に反応できたのも、能力のおかげでトラップの存在に気付いていたかららしい。
ではその能力と守秘義務にどう関わりがあるのか。マスターの話は続いた。
「実は俺はもともと第5ダンジョンを運営するゲーム会社で働いていたんだ。そして5年前、この能力を得た。ほどなくして会社がダンジョン運営に乗り出すことを知った俺は即座にこのことを報告し、それを聞いた当時の社長が俺の能力を聞いてあることを思いついた。その思いついたことというのが、俺の能力を利用して他のライバル企業より優位に立とうというもの。」
驚くべき話だ。
マスターの喫茶店での使命とは、遠くでの会話もピンポイントで聞くことができるという能力を利用して、第5ダンジョンの攻略を終えた攻略者からの情報を得たり、調査に来た他企業に雇われた能力者の会話を盗み聞いたりする、いわゆるスパイ役をするというものであった。
まるで映画やドラマの世界のような話だと思うのだが、実際に第5ダンジョンの建物を出たことで油断して、自分の所属する企業が運営するダンジョンの情報を漏らしたり、攻略者が知られていない宝箱や魔物部屋の存在を話していたりすることはよくあるそうだ。
「だがこれだけは言っておきたい。陽向君と仲良くなったのは何か狙いがあったわけではなく単純に心から仲良くなりたいと思ってのことだ。最初に話しかけた時には妹が雪お嬢ちゃんということも知らなかったし、攻略者の有望株であることも知らなかった。ただ陽向君の話を聞いているうちに陽向君の人柄に惚れて一緒に戦ってみたいと思ったんだ。」
俺の目を見て熱く語るマスターを見て、つい照れて顔をそらしてしまう。
「そこは疑ってませんよ、マスター。本当の話を聞くことができてよかったです。これから先もよろしくお願いします。」
俺の反応を見て自分が熱く語ったのに気付き顔を赤くするマスターにそう言う。
しばらく沈黙が続いた後、俺とマスターは互いに大きく頷いて、固く、固く、握手を交わした。
もっと早く知りたかったという気持ちがなくなったわけではないが、マスターのことは信頼しているのだ。
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