第22話
日は変わって水曜日。
昨日喫茶店から家に帰った後にも妹の雪と反省会を行い、布団に入ったのは深夜3時過ぎだった。
午後から能力者としての予定があるうえに、出席回数に関しては単位と関係がないため必ずしも講義に出ないといけないわけではないのだが、雪がいつも通りの時間に起き学校に向かったのに負けじと、俺も今まで通りの時間に家を出て大学に向かったこともあり今日は寝不足気味である。
午前一つ目の講義が終わり、二つ目の講義が行われる場所に移動を開始しようとしたところで俺はあることに気付く。
(そういえば、お昼頃って何時なんだ?)
カケルさんが集合時間として俺に告げたのは、お昼頃という曖昧な時間だけ。
時計を見ると今の時刻は10時半過ぎであったが、人によっては11時もお昼頃と認識するだろう。
(連絡だけでもまずは交換すべきだったな。)
これまでのやり取りは全て雪が行っていたため、まだマスター以外の連絡先は知らない。
昨日はそのような話は一切出なかったため失念していたのだ。
一応、俺はマスターにメッセージアプリではっきりとした集合時間の確認のための連絡をする。
しかし、モーニングの営業は行っていないマスターの喫茶店だが、11時の開店に向けて今は準備で忙しくしている時間帯だろう。
(早く行って損することはないか・・・。)
俺はしばらく待っても返事が返ってこないことを確認し、講義に出席することをあきらめ、第5ダンジョンの方へと足を向けた。
今から歩いて向かえば11時までには余裕をもって着くことができるだろう。
正門を出ると、複数のグループが俺と同じように第5ダンジョンのある方角へと歩いている。
俺自身この時間にこの道を歩くのは久しぶりのことだが、空いている時間にダンジョン攻略ができるほど、俺の通う大学の学生にとって第5ダンジョンは身近なものだ。
もっとも、俺に関してはこれからダンジョン攻略をするわけではないのだが。
昼食時には賑わいを見せるいくつかの飲食店も今は開店前ということで、人通りもだいぶ少ない道をしばらく歩き、第5ダンジョン付近まで来る。
道の反対側の方では依然として複数の学生グループが、がやがやと楽しそうに話しながら第5ダンジョンの建物に吸い込まれて行った。
俺はそれを横目で見つつ、とりあえずマスターに挨拶をするために開店直前の喫茶店に入る。
「お客さん、まだ・・・。なんだい、陽向君か。集合時間にはまだ早いと思うがどうした?」
「マスター、こんにちは。カケルさんからはお昼頃としか聞いていなかったので遅れることのないよう早めに着いておこうと思って。」
「なるほどな。日によって集まる時間はまちまちだが、昨日は遅かったからまだ時間がかかると思うぞ。そこの扉は鍵がかかってるから裏からまわってくれ。」
そう言い残して作業に戻って行くマスター。
俺は言われた通り、喫茶店を一度出て、昨日セイラさんに教わった裏側の扉の方に向かう。
目的の扉の前に辿り着いた俺は、扉の横に設置されたモニターに自分の顔を映し、更に指紋の認証装置に右手の親指を置く。
普通のビルの中にあるこの扉のおかげで、このスペースだけ10年も20年も時が進んだようである。
『認証しました。』
機械音声でそう聞こえ、ガチャッと鍵が開く音がする。
「し、失礼します。」
今日からは頻繁に訪れることになるだろうこの部屋だが、まだ全然実感がなく、他人行儀な挨拶をしながら入る。
昨日の喫茶店の扉とは真逆の位置から入ったため、手前がソファーの並べられたくつろぐためのスペースだ。
「・・・おはよう。お兄ちゃんはだれ?」
大きめの茶色いソファーの上で眠そうにまぶたをこすりながら、5歳くらいの女の子がそう尋ねてくる。
頭にはぴょこんと寝癖を付けており、毛布が体にかけられているところを見ると俺が扉を開けた音で起きたのかもしれない。
「名前は愛川陽向。昨日から新しく『ファイブスターズ』に所属することになった能力者なんだけど。」
「・・・陽向お兄ちゃん。ここに座って?」
相変わらずの眠そうな声で自分の隣に座るよう言う女の子。
俺の後に自己紹介をしてもらえるかと思ったのだが、今は眠気との戦いでそれどころではないようだ。
俺は言われた通りにソファーに腰掛けた女の子の隣に座る。
「・・・おやすみ。」
「はいっ!?」
俺が座った瞬間、今度は隣に座った俺の膝を枕にして再び横になり寝息を立て始める。
俺の膝を枕にして、だ。
慌てて俺は軽く肩をゆすりながら起きるように呼び掛けるが、女の子からの反応はない。
(・・・参ったな。この女の子もまさかメンバーの一人なのか?)
カケルさんは眠そうだったから帰らせたと言っていたが、この子がメンバーと言うならそれも納得できる。
しかし、それが事実なら帰らせたというもう一人も子どもであることが考えられ、そうなるとはたから見たらまるで家族のような組織である。
いや、中学生以下はダンジョン攻略ができないんだったっけか。
もしかすると例外があるかもしれない、なんてことを現実逃避で考える。
その間もしばらく呼び掛けたり体をゆすったりして何とか起こそうと試みるが、完全に眠りに落ちてしまったようで、俺は起こすことをあきらめた。
膝に女の子を乗せた状態の俺は、身動きが取れず、ズボンのポケットにしまっているスマホも取り出すことができないため、周りを見渡しながら女の子が起きることを期待しつつ他のメンバーが部屋に現れるのを待つことになった。
「陽向くん、陽向くん!」
「・・・はい?」
俺の名前を呼ぶ声を聞いて意識が急覚醒する。
この声はミサキさんだろうか。
どうやら寝不足であったせいか待っているうちに俺も寝てしまったようで、時間を確認すると、すでに12時を回り『お昼頃』になっていた。
同時に俺の膝を借りて寝ていた女の子も目を覚ましたようで、大きなあくびを一つしてぽやーっとしている。
「・・・さらってきたの?」
「い、いや、そんな訳ないじゃないですか!早めにここに来たらすでにこの女の子がいて、隣に座れっていうから言われた通り座ったらそのまま俺の膝枕で寝ちゃったんですよ!」
「そんなに必死にならなくても。冗談、冗談!」
そう言って笑うミサキさんだったが、最初の言葉は俺を本気で疑っているような声と真剣な表情で驚いてしまった。
「・・・あかね。」
「えっ?」
女の子が小さい声で何かを言ったのを聞き取れなかった俺は、そう聞き返す。
「わたしの名前。あかね。『ファイブスターズ』のメンバー。陽向お兄ちゃん、よろしく。」
「茜ちゃん、こちらこそよろしく。」
つい頭をなでながら俺がそう言うと、俺にぴったりとくっつくようにして、少し離れたな所から茜ちゃんがすぐ隣に移動してくる。
「妹とはそんなに離れていないんですけど、ちょうど雪が茜ちゃんと同じ年くらいの時に両親が共働きで夜が2人とも遅い時期があったので俺が面倒を見ていたんです。」
再び疑いの目を向けてきたミサキさんに先手を打つようにして弁明する。
確かに茜ちゃんは成長したら美少女になりそうだが、俺は決してロリコンではない。
「違うのよ。陽向くんにそれを言いたかったわけじゃない。茜!もう少しちゃんとできるでしょ?」
声を少し大きくしてミサキさんがそう言うと、俺の着ている服の袖をぎゅっと握りしめてくる茜ちゃん。
夜一人で眠れないと泣いていた妹のことを思い出して、ついかばってあげたくなる。
「ミサキさん。茜ちゃんが怖がってますよ?」
「陽向くん騙されちゃだめよ!この子は見た目通りの年齢ではないの。」
「・・・どういうことですか?」
ミサキさんの説明によると、茜ちゃんはある魔法を使うことで消費した体内の魔力量に応じて、その分だけ姿見た目が若返ってしまうらしい。
どうやら先日の地下30階からの撤退時にその魔法を使ったようで今はこの姿ではあるが、元の年齢に戻るまでは通常の何十倍かの速度で成長するようだ。
「まぁ記憶は全て引き継がれているはずなんだけど、どうやら精神が見た目に引っ張られてしまうみたいだけどね。」
「成長のためには睡眠が必要なの。」
茜ちゃんが言うには、成長している間は通常よりも睡眠が必要らしく、常に眠いらしい。
そのためもあって思考力が低下し、より見た目通りの行動しか行えなくなるそうだ。
「そう言えばまだ他の2人は来ていないのね!」
「私は居ますよ。」
「あら、ヒカリはいたのね!」
ミサキさんは平然と返事をしたが、俺はというと突然すぐ隣の一人掛けソファーから声がしてびっくりしていた。
「ヒ、ヒカリさんですか?新しく加入した愛川陽向です。ちなみにいつからそこに・・・?」
「陽向さん、よろしくお願いします。陽向さんが11時ごろに部屋に入ってきたときから、です。」
「ヒカリが突然現れることに驚いているとキリがないわよ。これはヒカリの能力によるものだからね。私はもうあきらめたわ!」
ドヤ顔でそう言うミサキさんだが、いくら能力とはいえ入ってきたときも話していたときも気付けなかったというのはすごい話だ。
「カケルはまた遅刻ね。今度こそ魔物部屋に一人で放り込んでやるんだから!」
昨日はとてもしっかりしたリーダーだと感じたカケルさんだが、意外にも遅刻常習犯のようだ。
ミサキさんは続けざまにずっと騒がしく話を続けているが、茜ちゃんは眠そうにし、ヒカリさんはにこにこしながら頷いているだけ。
なかなかカオスな現状に呆気にとられ、俺はミサキさんの話に混ざるべきかどうか、しばらく考える。
この組織にいると退屈することはなさそうだな。
カオスな状況から目をそらし、俺はとりあえず現状逃避した。
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