第42話
「申し訳ないです、キングオークのターゲットをもらい続けるという役割を果たせませんでした。」
能力覚醒前なら絶対にかなわなかったキングオークを倒せた嬉しさ半分、一度キングオークに逃げられてしまった悔しさ半分といったところだ。
俺は荒れた息をどうにか整えようと、深く深呼吸を繰り返す。
「いやいや、陽向くんはよくやっていたと思うよ。本心からね。」
「そう。私がフォローする役割として待機していたので問題ないです。」
迷惑をかけたカケルさんとヒカリさんの二人からフォローの言葉をもらい気持ちが楽になるが、一方で自分が情けなくも感じてしまっていた。
それまで苦戦していたわけではなかったため、キングオークの狙いが読み取れなかったのは自分に油断があったと思っているからだ。
そう思った俺の表情を読み取ったのかは分からないが、カケルさんがさらにこう続けた。
「陽向くんにとっては初見の相手だ。キングオーク相手に互角以上に戦い合えることが分かっただけでも今回の収穫は十分にある。反省するべきところもあったかもしれないけど、悪いところばかり見ていては駄目だ。それになぜ毎度ヒカリをフォローに回しているか考えたことがあるかい?」
「どこかで予定外のことが起こった時にすぐに対応するため、ですよね。」
「そうだ。陽向くんも分かっているじゃないか。たまたま今回陽向くんが相手をしていたキングオークが予想外の行動をしてきただけの話。キングオークが戦闘中にターゲットを変えるのは僕も初めて見たし、それこそ僕を含めた他のメンバーもヒカリのフォローによって助けられたことがある。」
俺は今まさにカケルさんからパーティーの一員としての心構えを教わっているような気分だった。
攻略者としては異例のソロ生活に没頭していた俺は自分で全てをこなすことが当たり前になっていたし、パーティーで攻略していた際も力量差がはっきりしていてそこまで辿り着くことがなかったのだ。
パーティーにはメンバーそれぞれに役割がある。
皆が完璧に役割をこなせるならば最初からフォローの役割を用意する必要はないが、人間だから誰しも失敗や見落としがあるということなのだろう。
それをあらかじめ考えて動けるのが成功しているパーティーだ。
(慢心はいけないけど、カケルさんの言うことももっともだ。)
油断はあったかもしれないが、結果的に上手くいったことから連携は上手くいったと捉えることができる。
俺に必要なことはもっと仲間を信頼すること、そして状況を正しく見極められることなのかもしれない。
「ところで陽向お兄ちゃん、剣は大丈夫・・・?」
「あぁ、剣。そうだったね。」
ここまで会話に入ってこなかった茜ちゃんが一旦話が停滞したのを見てか、俺の袖の辺りを掴んで心配そうに聞いてきた。
忘れかけていたがキングオークとの戦闘の序盤で剣が折れてしまったのだった。
俺は一度しまっていた剣を取り出し、改めて確認してみる。
「真っ二つ、だね。」
そうカケルさんが言う通り、剣はきれいに真っ二つに折れており修復は不可能に見えた。
(折れた瞬間ほどショックは感じないけど残念、ではあるかな。)
そもそもダンジョン外に武器は持ち出せないため、もし壊れてしまったら修復は考えずに買いかえるのが一般的だ。
よほど大事にしているものだったり貴重なものであれば、わざわざ修繕系のスキルを取得した変わり者に依頼することになるのだが、そこまでの愛着があるわけではない。
「これはもう使えそうにないですね。戻ったらすぐにでも新しいのを買おうと思います。」
先日まではお金に苦労していた俺だったが、ファイブスターズに加入した際に契約金としてそれなりの額が口座に振り込まれていたのを確認していたため、愛剣よりも性能の良いものを買えるだけのお金は十分にあるのだ。
「それはいい。一応確認のために言っておくけど装備を買った際は領収書をもらうのを忘れないようにね。メンバーの装備は経費で落とすことができるから。頻繁に更新するとお偉いさんから小言を言われるかもしれないけどね。」
「経費・・・。そうなんですね。それはありがたいです。」
完全に自費で出すつもりだった俺は少し安堵する。
良い装備にはお金がかかるし、いくら契約金を受け取ったとはいえ懐に滅茶苦茶な余裕があるわけではなかったからだ。
「だけど陽向くん、本当に剣で大丈夫なの?この前左手に何を持つか迷ってるって言ってた気がするけど。」
カケルさんにそう言われハッとする。
(そう言えばそうだった。)
今日は初見の敵に挑むということで当然のように剣を選択したが、そもそも雪との間でも色々案を出して思案している真っ最中だ。
予備の予備であるしょぼい剣しか所持していない今を思えば、左手に持つ物を変える絶好の機会に思える。
「時々不慣れなんだなぁって感じさせるような動きをしてるもんね~。」
「あかねは陽向お兄ちゃんが剣を使ってるのかっこいいと思うけどなぁ。」
からかうようにして言ったミサキさんを、すぐさま茜ちゃんが否定するように続けた。
笑いながらミサキさんが茜ちゃんを睨みつけるが、茜ちゃんはチラッと見ただけで相手にしない。
もしかすると茜ちゃんも分かってやっているのかもしれない、と俺は思い始めた。
(ミサキさんの言うことももっともだけど・・・。)
「ひとまず新しい剣を買うのは決まりです。一番慣れている武器ですし、キングオーク相手でも仕掛け自体は悪くなかったと思います。ただ他の武器も色々試してみたい気持ちはあります。」
「確かに。これまでの戦いを見ていても戦いを経るごとに動きが良くなっていたのが分かるよ。悩んだ時にはまた相談してほしいかな。」
カケルさんはそう言ってくれたが、俺の中ではある程度腹積もりが決まっていた。
(剣で行けるところまでは行ってみよう。)
試せる機会があれば他を試したい気持ちもあるが、どちらにせよ地下30階の攻略が間近に迫った今、突然得物を変えるというのは賢いとは思えない。
それに剣を使うこと自体に思い入れがあり、剣士に憧れたきっかけである桐生さんと直近で手合わせしたことも剣を使いたい理由の一つになっている。
カケルさんが大剣を使っているのも恐らくロマンに近い。
それほど大剣は使いこなすのが難しく、能力者であっても実用的ではないとされる武器である。
自分で決められる、メンバーに迷惑の掛からない範囲ならばやりたいようにやる。
仕事となった、趣味のダンジョン攻略を嫌いにならないためにもそれは必要不可欠なことであると思ったのだ。
「さぁ、そろそろ戻ろうか。皆まだ体力は残っていそうだけど出発前に言ったように話さなければいけないこともあるしね。」
ひとまず簡単な反省会を終えた俺たちは、カケルさんの合図でドロップ品を回収し、次の階層に進むことなくポータルを通って1階へと戻る。
少し離れた先頭をカケルさんが歩いており、急にしんとしてしまった空気に耐えられなくなった俺は隣を歩くヒカリさんに気になっていたことを聞いた。
「ヒカリさんの攻撃はなぜ通ったんでしょう?単なる武器の性能差だけとは思えないんです。」
「私もそう思いますよ。確かに私の短剣は良いものではありますが、陽向さんの剣がいくらなんでも簡単に折れてしまうというのはおかしな話ですよね。」
そう、あのときは戦闘中でもあったためそんなものかと受け入れてしまったが、改めて考えてみると、ヒカリさんの剣には傷がつかなかったどころかキングオークにダメージを入れることができたというのを不思議に思っていた。
「簡潔に言うと狙いを正しく定めることです。」
「狙い、ですか?」
「そう、狙いです。人の体にも硬い部分と柔らかい部分がありますよね。例えば私たち人間はお腹に力を入れると腹筋が収縮して硬くなります。魔物もそれは同じです。魔物の硬い柔らかいを理解し、さらに力の入れ具合で攻撃の通るポイントがどこなのかを判断する。難しいことですが意識していれば少しずつ分かってきますよ。」
ヒカリさんの話には説得力があった。
なんとなくの弱点を狙うことはこれまでもあったが、それ以上を意識して魔物を相手にしたことはない。
さらに言えば、キングオークへの攻撃は装備の隙間を狙っただけであったため、剣が耐えられないような特に硬い部分に当たってしまっていたとしても、それは不思議な話ではなかった。
「陽向くん、ヒカリのそれは私の勘みたいなもの。私も意識するようになったけどヒカリほどのことは一生かかっても無理だと思う。」
少し前を先行していたミサキさんが会話に加わってきてそう言った。
(なるほど。これはヒカリさんの得意分野というわけか。)
ここまで話を聞いて何となくわかってきた。
ミサキさんの魔物の特性を把握する勘にヒカリさんの体の流れを理解する判断力、そして妹である雪の新しい魔法を開発する天才的な発想。
単なる能力だけではなく、能力者が付随する何かを持っているのことを偶然で片付けられるだろうか。
そんなことを話しながら歩いていると、あっという間にホームとしている一室に着く。
いや、他のメンバーの雰囲気的には着いてしまった、という表現が正しいだろうか。
簡単にダンジョンで汚れた体を整えると、談話スペースではなく初めて来た時以来の会議スペースに一人ずつ腰かけていく。
議長席に座ったカケルさんの表情は、いつもと違って緊張したような感じで、他のメンバーにもそれが伝わってヒリヒリする雰囲気だ。
「全員そろったか。まず何から話せばいいか。なぜ攻略を急いでいるのかを話すためには、まずあれを話さないといけないし。いや、最初にこの話から。えっと、だめだ。」
「カケル、落ち着いて。まずは私から攻略を急ぐ理由を話そうか?」
珍しく慌てるカケルさんを見かねて、心配そうな声音でミサキさんがフォローを入れる。
こんなカケルさんの姿を見たのは、もちろん初めてのことで俺は内心びっくりしていた。
「いや、僕が話さないと。・・・よし、覚悟を決めたよ。ミサキ、ありがとう。」
数秒の沈黙の後にカケルさんが言うと、今度は祈るように一度顔の前で両手を組み深呼吸すると、今度こそ落ち着いた口調でこう切り出した。
「陽向くんは、このパーティーのバランスが悪いと思ったことはないかな?もちろん陽向くんが加わる前の僕たちの話、だけどね。」
「・・・そう思ったことはあります。」
カケルさんの言葉は絶妙な切り出しだった。
「そうか。そう思うのも当然だと思うよ。実際に陽向くんが加入前のパーティーバランスは悪かったから。実は陽向くんに隠していたことがある。いや、正しくは気持ちの整理がついてなくて言い出しにくかった。だけど陽向くんや他の皆が前に進んで行く姿を見て僕も前に進まなきゃと気付いたんだ。陽向くん、実はね、2カ月前にファイブスターズはメンバーを一人失っているんだ。そして、そのメンバーは、僕の、僕の妹だった。」
(え・・・?)
言葉が出ないというのはこういうことか、と思った。
なぜ雰囲気が重苦しかったのか、今なら当然のように理解することができる。
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