第32話

 俺の中にあるのは混乱。


 なんで今日はこんなにも人と遭遇するのかとも思ったが、ダンジョン協会本部に来たら初めましての人や知り合いとも遭遇する可能性が高いだろうことに気付く。


 桐生さんには教えていただけるかと言われたものの、どのように言葉を返せばいいかを測りかねていた俺に、今度は優しい口調で助け舟を出してくれる。


「良い目をしている。それだけにその濁った太刀筋をどうしてももったいなく感じてしまうのだ。ゆっくりでいいから話してみなさい、雪の兄殿。」


 驚くことに桐生さんは俺が雪の兄であることに気付いているようだった。

 俺は顔を少し上げて俺よりも少し高い位置にあるテレビでよく見てきた桐生さんの顔をじっと見つめる。


(話してみてもいいかもしれない。いや、話すべきなんだろう。)


 さきほどの言葉とひたすらに向けられた優しいまなざしに俺は心の落ち着きを取り戻し、ポツリポツリと自然に、能力が開花したきっかけから、トラウマをかかえているために能力が制限されていることまで、ゆっくりと話していった。

 どうしても戦闘のイメージが強い桐生さんだったが、意外にも聞き上手で何とも言えない包容力を感じたのだ。


「なるほど。少し話は聞いていたがそういう事情だったのか。会議が煮詰まって気分転換にでもと思ったのだが、たまには訓練場にも来てみるものだ。気になっていた悩める若き才能の持ち主と出会え、そして話を聞けるとは。」

「・・・才能の持ち主なんて。俺は何もなしえていませんし、ただの気の弱い一人の能力者です。」


 俺が自分の話を一通り終えた後、桐生さんがそのように褒めてくれたのだが、今の自分には憧れの人物からかけられたその言葉さえ受け入れることができず、否定して言葉を返してしまう。


「陽向くん、聞きたまえ。若いうちに悩むことはとても素晴らしいことだ。しかし今の陽向くんのように悩んで自分を卑下したり歩みを止めてしまったりしては何事も成されない。その能力は君だから得られたもの。君の、君だけの能力だ。」


 まるで図星だった。

 自分は弱いと卑下し、昨日のようにゴブリンジェネラルに挑まず歩みを止める。

 桐生さんの言う通りだと強く思った。


「時たま私の能力があれば誰でも最強になり得るという輩がいるが、私はそうは思わない。どれだけ強い意志を持ち、どれだけ強い覚悟を持てるか。能力を与えられた人物には、その能力に応えられるだけの強さがある。」


 それはそうかもしれない。

 桐生さんの能力は確かに最強ではあるが、もともと土台があってのものであるし、死ぬかもしれないという状況において実力を最大限に発揮し恐れず戦えるというのは、誰にでも出来るわけではなく、むしろ出来る方が少ないはずだ。


(だけど俺は、どうなんだろうか。)


「もちろんそれは陽向くん、君にもだ。絶望の中ゴブリンジェネラルに最後まで立ち向かい、そして生き残った強さ。周りと比べる必要は何もない。ただ己を顧み、自分がやるべきことは何かを自覚しなさい。」


 確かに俺は周りと自分を比べてしまっている。

 専属の能力者として大活躍する雪はもちろん、戦いの際は俺の何倍もの働きをしているように見えるファイブスターズのメンバーたち。

 全てがまぶしくて到底かなわないような気になっていた。


「陽向くんの能力は『全てを守る壁』か。今野もまた変わった名を付けたものだと思う。だが今野が能力名に込めた思いは分からんわけでもない。陽向くんのその能力には間違いなく最強たり得るポテンシャルがある。」


『全てを守る壁』。この名前も重荷に感じていた。

 今の俺は全てを守るはおろか、一体の敵を倒すだけで苦労している。


「・・・恐らく今回の私たちの攻略、かなり厳しいものになるだろう。しかし私は自身の命を賭してでも雪を含めたパティ―メンバーは必ずここに無事に返して見せる。よくよく思い返してみると、ここで君に会えたのは偶然ではない。陽向くんの能力には無限の可能性があり、陽向くんにはそれを扱えるだけの強さがある。悩み、進み、そして強くなりなさい。」


 これまで楽々と攻略を終わらせてきた桐生さんでさえも警戒する今回の攻略。

 桐生さんの強い思いが強烈に伝わってくる。


「自分で言うのも恥ずかしい話ではあるが、私に何かあった時この国の能力者界隈は相当混乱するだろう。それだけではない。次第に分かってくるだろうが、ダンジョンには必ず何かある。今はまだ私の推測でしかないが、遠くないうちに再び世界を混乱に陥れる出来事が起こるだろう。もしその時に私が居なければ、それに対応するのは君を含めた次世代の能力者たちだ。私が思うにその筆頭が陽向くん、君だ。私の次に雪を含めた皆を守るのは他でもない君なのだ。」


 そう言って桐生さんはごつごつした大きい手を俺の肩に置いた。


 何か言葉を返すべきなのだろうが、あいにく何も言葉を出せそうにない。


 どうして桐生さんがここまで期待しているのかが全く分からなかった。

 今の俺は戦闘系の能力者としては下から数えた方が早いだろう。


 しかし桐生さんの眼は、言葉が本気であることを否が応でも指し示している。


 桐生さんの言葉に勇気づけられたのは事実だが、まだまだ不安は大きい。

 だが確実に俺の中で何かが変わった瞬間だった。


「桐生さん、ありがとうございます。桐生さんが何で俺にそこまで期待してくれているのかは分かりません。だって俺はまだまだ弱くて、パーティーメンバーについて行くだけで必死なんです。だけどこれだけは少し分かった気がします。自分が為すべき事は何なのかを。」


 桐生さんの話を聞いて、今の俺のように立ち止まっていることは罪だと思った。

 俺は常々からダンジョンの存在には疑問を抱いている。だからこそ桐生さんの危惧は理解できるし、世界が混乱に陥る可能性がある出来事が起きるかもしれないことも想像できる。


 その時に俺に力がなくて大切な人を失うことになったら間違いなく俺は後悔するだろう。


(・・・後悔だけはしたくない。)


 今を見るのではなく未来を考える。

 今どうあるべきかではなく、将来どうなりたいかを考える。

 今の俺に必要なのはこれだと思った。


「よし、良い表情だ。もう少し時間がある。何かアドバイスができるかもしれないから、陽向くんの能力を見せてくれないか。私も少し体を動かしたいからな。」


 桐生さんはそう言って俺の返事を待たずに、腰に下げていた日本刀を抜いて構える。

 ダンジョン関連で多忙な桐生さんと模擬戦というのは誰もがうらやましがることであり、俺にとっても当然断る理由はなかった。

 本物の日本刀を構える桐生さんではあるが、ここまでの達人ともなると手加減をすることも楽勝なはずで怪我をする心配もないだろう。


(よし、全力で行く!)


 気持ちが晴れた俺は、憧れの人と手合わせできることに興奮する気持ちを抑え、右手の前に『全てを守る壁』を発動させ、左手に木刀を構えようとして、そこで思い止まった。


(桐生さん相手に小手先の木刀が通じるわけがない。)


 何回も言うが桐生さんは最強とも言われる能力者である。

 その強者相手に、弱い魔物相手にも通用するかどうかわからないレベルの左手の木刀を使って戦うのは重しにしかならない。

 それならいっそ機動力を重視して壁のみで戦い、それだけに集中しようと思ったのだ。


 俺は少し離れた邪魔にならなそうな場所に木刀を静かに置いて再び元の場所に戻り、『全てを守る壁』を構えて桐生さんをじっと見つめ、そして深く深く深呼吸する。

 桐生さんは俺が木刀を置いたことに驚いたような表情を見せたが、戻ってくるときの俺の様子を見て納得したように2回頷いた。


「さぁ始めよう。陽向くんの全力を見せてほしい。未来へとつながる君の全力を。」


 相変わらずの低く渋い声で桐生さんがそう言葉を発した。

 今のが開始の合図なのだろうが、桐生さんの方から動き始める気配は感じられない。


 負けて当然の戦いなのだ。

 俺はもう一度気合を入れて、胸を借りる気持ちで桐生さんへと突っ込んでいった。





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