第38話

 日曜だというのに人気のない第5ダンジョンの裏口から、カケルさんとミサキさんがいるという受付の方へと向かう。

 右手はずっと茜ちゃんに握られていて大学生にもなった俺としてはかなり気恥ずかしい思いをしながらここまで来たのだ。


(人に見られない場所を通れるのは助かるけど・・・。)


 少しでもこの恥ずかしさを紛らわせようと、俺はヒカリさんに何となく気になっていたことを尋ねる。


「そういえばヒカリさん、活動日に決まりはないんですか?今日は日曜ですけど普通に攻略を進める日のようですし。」

「そうですね、活動日についての決まりごとは特にありません。普段は第5ダンジョンから魔物が溢れ出さないように設けられたノルマさえクリアしていれば問題ないですから。」


 ファイブスターズの盛り上げ役であり、会話の中心となることが多いミサキさんが今はいないため、俺の問いかけに応えてくれるのは専らヒカリさんである。


 気配遮断の能力を活用して気配を隠し驚かせることの多いイタズラ好きなヒカリさん。

 本人から話すことが得意でないとは聞いたことがあるが、俺はそうは思っておらずヒカリさん自身も話すことは好きなようだ。


「えっ、攻略にもノルマなんてものがあるんですね。」

「ヒカリお姉ちゃん、そんなの誰も気にしてないよぉ。」

「そうですね。一応雇い主から設定はされていますが、茜の言う通り第5ダンジョンは人が多いですから私たちが間引かずとも魔物が力を蓄えるまで成長することはまずないでしょうね。」


 確かにヒカリさんの言う通り、立地や構成含めて第5ダンジョンは日本屈指の優れたダンジョンと言われており、単純に人が多く、その中には上位の攻略者や自分の時間に攻略をしたい能力者も含まれている。

 ファイブスターズとしては攻略や訓練がてら比較的下層の魔物を倒すだけで自然とノルマが達成されるのだろう。


「さぁ、そろそろ受付ですよ。2人は会議室にいるとのことなので私たちもそこに向かいましょう。」


 ヒカリさんの後をついて到着したのは、ある会議室。

 地下11階の転移魔法陣のトラップを報告した時にも通された部屋だった。


 事務所を通過するときに、そのとき知り合った攻略本編集部副部長の渡辺さんが俺を見つけて小さく手を振ってくれたので、俺も二人に気付かれないように小さく振り返した。

 つもりだったのだが茜ちゃんが俺の手を握る強さが手を振った瞬間明らかに強くなったので普通に気付かれたようだ。

 いやいや手が割れるって。どこからそんな力出してるんだ、茜ちゃん。


 そんなこともありつつ会議室に入ると、どうやら会議を終え俺たちの到着を待っていたようで、二人部屋に残ったカケルさんたちは椅子に座らずに入り口付近で立ち話をしていた。


「おっ、来たね。3人とも、今日は突然の時間変更申し訳ない。ヒカリから聞いたと思うけど、さっき正式に地下30階の再攻略に挑む日が決まったよ。今日からちょうど1週間後。来週の日曜日に地下30階のボス、ジェネラルオーガに挑む。陽向くんからすると早いと思うかもしれないけど僕たちにも急がないといけない理由があってね。今日の攻略が終わった後にその辺のこともきちんと伝えることにしよう。」


 加入してからまだ数日しか経っていないため、確かに今日から1週間後というのは早く思える。

 だが加入時に近々地下30階に挑むと聞かされていた俺としては心構え自体は作られつつあるため、そこまで問題のないことのように思えた。


(ジェネラルオーガ・・・。一体どんな強さなんだろうか。)


 心配なのは日程のことよりも、足手纏いにならないようにどこまで自分を高められるか、ということだ。

 オーガは転移魔法陣で飛ばされたときに見かけた魔物だが、あの時点では到底かなう気のしない格上の存在だった。

 そのオーガを雪は何ともないようになぎ倒していたのだが・・・。


「・・・カケル、あのことも話すの?というかその前にカケルは話せるの?」

「もう大丈夫だ。この前のことがあって僕も気持ちの整理がついたから。」

「なら、いいけど。」


 ミサキさんが言っているのは、マスターも言っていた複雑な事情とやらのことだろう。

 カケルさんは特に表情や雰囲気が変わった感じはないが、他の3人についてはカケルさんを窺うように恐るおそる、という様子だ。


「さ、話は一度置いといてさっさと攻略に行こうか!会議で体が固まったから早く運動したい気持ちなんだよね。」

「そうだな。陽向くんもこんな言い方をしたら気になってしまうと思うけどひとまず攻略に集中していこう。僕らに残された時間は決して多くはないからね。」


 ミサキさんの呼びかけで急に重苦しくなった場の雰囲気はガラッと変わり、皆がほっとしたような表情になった。

 すでにダンジョン内部ということもあって俺を含めた5人とも準備万端であり、このまま例のFルートを通ればすぐにでも目的の階に挑むことができるため、会議室を出て歩きながらカケルさんが今日の目的と作戦を話す。


「ということで今日はこれから地下20階に挑む。体も慣らしたいからボス部屋まで積極的に接敵するようにしよう。陽向くんは初めての階層だからボスの説明をしておこう。地下20階は一般の攻略者が未到達の階層だからね。」


 そう。

 一般の攻略者が攻略を終えているのは地下19階までであり、攻略本にもそこまでの記載しかない。

 つまり俺としては地下20階は完全初見というわけであり、それに気づかされた俺は少しずつ手に汗をかき始める。


「私から説明するよ!地下20階のボスはキングオーク。その名の通りオークを統べる王、だね。王冠のようなものを付けているからすぐにキングオークだとわかると思うよ。ハイオークほどの跳躍力とか俊敏さはないけど力は桁違いに強いし、それにかなり賢い。私たちが攻撃を入れられないようにクレバーな戦いを仕掛けてくるから注意が必要ね。」


 詳しい情報はなかったが、噂程度になら能力者になる前にも地下20階のボスであるキングオークの話を聞いたことがある。

 オークの上位種やその他普通のオークをまるで手足のように操り、盤上のように自由自在に戦場を支配する。

 一般の攻略者が地下20階を突破できていないのは、このキングオークの壁があまりにも高すぎるからだとの話だった。


「今回も陽向くんには一番の強敵であるキングオークの相手をしてもらいたい。これは僕たちにとっても苦い思い出なんだけど、キングオークは自分の命がピンチの時に咆哮するんだ。それによる膠着効果も注意すべきなんだけど、一番気を付けないといけないのは他のオークたちに強力なバフ効果が与えられること。オークはハイオーク並みに、上位種も一個上の上位種並の強さになるんだ。初めて挑んだ時はそれを知らなくて、あれはかなりのピンチだったね。」

「そう、あのときは大変だったよ陽向お兄ちゃん・・・。」


 依然俺の右手を握ったままの茜ちゃんもしみじみと言う。

 4人の表情から見るにキングオークはあまり印象の良い相手ではないようだ。


「ということは俺は他の皆がキングオーク以外を倒しきるまでターゲットをもらい続ければいいということですね。」

「うん。そういうことになるかな。」


 カケルさんの話で自分の役割は理解することができた。

 賢いというキングオークなら、先に他のオークを倒してしまおうという俺たちの作戦に早々と気付いてしまうかもしれないが、そこは俺がどうにかしてターゲットをもらい続けろ、ということなのだろう。


(駆け引きとタイミングが重要になりそうだな。)


 俺が気を付けないといけないことはターゲットをもらい続けるということもそうだが、間違ってもキングオークに自分のピンチを感じさせるような中途半端な攻撃をしてはいけない、ということだ。

 自分の攻撃を過信した結果一撃で倒すことができなければ、一気に形勢逆転し皆が危なくなる。

 ただし壁は俺の意思によって攻撃か防御を切り替えることができるようなので、その点俺が焦らなければ特に問題はないのだろうが。


 このように作戦を確認しながら進み、Fルートを進んだ先のボス部屋に着くと、瞬きする間もなくカケルさんが火属性魔法でボス部屋の魔物を瞬殺し、そのまま止まることなくポータルを通過する。


 しばらくの浮遊感ののち着いたのは地下20階。


 作り自体は俺の通い慣れた階層とそんなに変わるところはないが、出現する魔物は一般の攻略者の命を一撃で脅かす恐ろしい魔物ばかりだ。


「お、さっそくハイオークが2体いるね。肩慣らしに1体は陽向くんが相手をしてもらえるかな?」

「はい、俺がやります。」


 カケルさんの指を差した方向を見ると、確かにそこには敵を今かと待ちわびるハイオークの姿が二つ見えた。


 ハイオークは地下15階のボスであり、対面時は威圧感を感じた俺ではあるが今は違う。

 俺は冷静に右手の前に壁を出現させ、左手に剣を持った。


 昨日までと違い、自分の心の中に迷いはほとんどない。

 ただ目の前の敵に冷静に対処して、自分にできることをやるだけ、そういう思いが強かった。




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