第39話

 目の前にはハイオーク一体。

 もう一体はミサキさんがひきつけて先の通路まで誘導してくれたため、完全に一対一の構図だ。


 ハイオークが戦闘の開始を告げるように叫び声を一つ上げる。

 それを受けてもハイオークからこの前のような威圧感は一切感じられず、対峙している今も心にはかなりの余裕があった。


(さっさと片付けてしまおう。)


 いくら重い攻撃でも壁によって吸収が可能で、かつ一切の衝撃を受けない俺にとって、ハイオークの一番注意すべき点は高い跳躍力をもって動き回られ死角を狙われることだ。


 しかしこの前と決定的に違うのは場所の広さ。

 ボス部屋と違い通路で戦うためハイオークも派手な動きができそうにない。


 ハイオークは俺が1人になったことで油断するのではなく、自分たちを倒しにきた攻略者が1対4で別れるという状況の不自然さに警戒心を最大限高めている様子だ。

 とはいっても俺にはヒカリさんが気配を隠して、万が一の時や他の魔物の介入に備えて待機しているのが何となくわかるのだが。


(そっちが仕掛けてこないなら俺から行くぞ!)


 銀色の金属でできたこん棒を構えたままハイオークが動きを見せないのを見て、俺の方から仕掛けることにする。

 とはいえ壁にダメージは蓄積されていないので見せかけの攻撃に過ぎないが。


 俺は体の前面に壁を押し出し、そのまま地面を強く蹴ってハイオークの方へと飛び込んだ。

 すぐに動ける態勢を作っていたハイオークも俺の動きに合わせるようにこん棒を振り下ろすが。


「遅いっ!」


 つい戦闘中に声を漏らしてしまうほど、ハイオークの動きは遅く思えた。

 楽々とこん棒に壁を押し当て、そして強く押し込む。


 壁の反発ダメージに加えて俺が壁を押し込んだことによりハイオークが大きく体勢を崩した。


「ウガァァア!」


 通路にハイオークの苦し気な声が響き渡る。

 ハイオークが体勢を崩し、多くの隙を作った瞬間に、意識することなく自然な流れで左手に持った剣での攻撃を決めることができたのだ。


 同じようなことを何回か続けて俺はハイオークを通路の奥へとどんどん追いやっていく。

 慣れない左手の剣での攻撃はハイオークにとって致命的なダメージにはなり得ないが、それでも繰り返し同じような場所を狙い続けたことでハイオークの動きが鈍りだしている。


(こんなものだったっけ?)


 前回戦った時もそこまで苦戦した記憶はないが、さすがにここまで一方的ではなかったはずだ。

 戦闘を開始してから大した時間も経っていないが、目の前のハイオークはすでに満身創痍で闘志も失いつつあるように見えた。


 右手の壁と左手の剣で牽制し、通路の壁際へと追いやるように誘導すると、再びハイオークの方へと地面を強く蹴って一定量のダメージが蓄積した壁をハイオークの腹のあたりに押し当てる。

 直前に俺の意図に気付いたハイオークが急いでこん棒を振り下ろそうとするが、俺の方が速く、体力の尽きたハイオークはこん棒を振り下ろす素振りのまま粒子となり消えていった。


(もう終わったのか。)


 まるで呆気ない戦いだった。

 前回ハイオークと戦った時とは全く違う感覚で、まるで能力者になる前でも楽に戦うことのできたゴブリンとでも戦ったような手応えのなさである。


「陽向さん、この数日でかなり力をつけたようですね。ハイオークは完全に陽向さんにとって格下なようです。」

「いや、俺にもなにが何だか。確かに拍子抜けするほど楽に戦うことができましたけど・・・。」


 俺の予想通り近くで待機していたヒカリさんが姿を現して、そう言った。

 俺の内心と同じように、彼女の表情からは驚きが感じられる。


 程なくして他の3人も少し離れたところでの戦闘を終え、俺たち二人の方に駆け寄ってきた。

 倒す様子を少し見ていたが、準備運動がてら大きく立ち回り決定的なダメージを与えないように戦っていたため、一人で戦った俺よりも時間がかかったのだろう。


「陽向くん、気になってちらちら様子を見ていたけど短期間でかなり腕を上げたようだね。」

「能力覚醒後は特に一回の戦闘経験だけでも大きく成長することがあるからね。もしかして、お姉さんに秘密の特訓でもしたのかな?」


 カケルさんの言葉に続けて、ミサキさんがからかい半分で冗談を言う。

 だがミサキさんの言葉は図星で、俺には一つ心当たりがあったのだ。


 昨日の桐生さんとの手合わせと剣での打ち合い。

 長い時間ではなかったが、戦い方や立ち回りで吸収できることはたくさんあったし、自分でも驚くほどの集中力で想像していたよりも遥かに戦い合うことができた。


 胸を借りるという気持ちと本当の命がかかってないことで半分捨て身で挑めたこともあるだろうが、能力者になってからは初めて自分が持つすべてを出し切った感覚まであったのだ。


 俺は正直にそのことを伝える。


「桐生さんって、あの桐生さんだよね?そうなら間違いなく昨日の経験が生きているんだろう。僕にとっても憧れの存在だから色々考える前に羨ましいという感情が出てきてしまうけどね。」


 カケルさんは俺が桐生さんと手合わせしたという話を聞いて少年のように驚き、更に詳細を知りたがった。

 ミサキさんや茜ちゃんはそのカケルさんを暑苦しい男でも見るような目で一瞥したが、意外にもヒカリさんも俺の話に興味を持ったようで続きを促してきたのだ。


 決して安全な場所ではないというのに俺は2人からの圧に負けて、昨日の話をかいつまんで話していく。


「桐生さんの攻撃を15分も受け続けることができたと。」

「結局隙を狙おうとしたときに一気に詰められて簡単に負けてしまいましたけどね。」

「それは当たり前です。桐生さんは世界最強の存在ですからね。陽向さんの能力は私たちが想像していた以上に素晴らしいものかもしれません。」


 戦闘に必死でその場で気付いても気にすることができなかった事実を子どものように興奮する二人との会話によって思い出し、今更ながら大きな実感がわいてきた。

 とすればミサキさんの言ったように、昨日の経験が能力者としての成長につながったことは疑いようのない事実だろう。


 ハイオークの動きを遅く感じたのも桐生さんと比べれば遅いのも当たり前のことで、集中した状態で一応はさばき切ることができたのだから、ハイオークの速さが全くの脅威に感じなかったのも当然のことだ。

 慣れない左手の剣で攻撃を繰り出せたのも、隙を見つけようとする意識が高まったことや、上がった動体視力に慣れ始めたことでハイオークが対応できるスピードになったことが関係しているのかもしれない。


「まぁまぁ、カケルもヒカリも落ち着きなよ。まだ一回戦っただけだし次は連携も意識しながら戦ってみようよ。」


 まだまだ話を続けたそうな二人に呆れて、ミサキさんが会話に割って入る。


「確かにそうだ。つい興奮してしまったよ。とにかくこの前に比べて陽向くんの戦いに対する安心感は大幅に上がっているよ。油断してはいけないけど、自信も持って戦っていこう。」

「分かりました。俺自身戸惑ってもいるので気付いたことがあれば教えてください。」


 ミサキさんの言葉により、今度こそ地下20階の攻略をスタートする。

 一戦交えてはいるが、今日のスタート地点はまだ見える位置であり時間も考え少しペースを上げて進むこととなった。



 そして2時間後。

 積極的に接敵し戦闘を行ったことでペースの割に時間はかかったが、やっと地下20階のボス部屋の禍々しく重厚な扉の前まで来ることができた。


 スタミナに課題はあるため少し疲れを感じてはいるが、ここまでの戦闘では連携含めて順調そのものだった。

 そもそもハイオークは苦戦する相手ではなかったが、終盤に遭遇した更なる上位種ジェネラルオークも苦労せず倒せたことで、成長の実感とこれまでなかった自信が生まれたのを感じている。


「持ち物は確認できたかな?準備ができたようならボスに挑もう。陽向くん、キングオークの相手は任せたよ。」


 俺は改めて回復薬などの必要物資を持っているのを確認し、カケルさんの期待の言葉に対し強く頷く。

 緊張はしているが不安はなく、むしろ高揚するような感覚を覚えている。


(キングオークとの戦いを楽しみに感じているんだ。)


 昨日桐生さんと戦い、話をしたことによる精神の安定は様々なところで影響を及ぼしてくれているようだった。


(任せてください。)


 まだ恥ずかしくて言葉には出せないが、心の中でカケルさんの言葉に対してそう唱えた。


 ふと気になって4人の顔を見てみる。

 カケルさん、ミサキさん、ヒカリさん、茜ちゃん。誰一人として不安そうな表情をしたメンバーはいなかった。


 これまでは周りを気にする余裕はなく、ひたすら自分がどう行動すればいいかばかりが気になっていたことに気付く。

 しかし今は落ち着き、そして自分も他の4人と同じような表情ができているはずである。今日が俺のファイブスターズの一員としての本当のスタートかもしれない、そう感じる瞬間だった。


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