第40話
カケルさんの合図で俺とミサキさんは地下20階、ボス部屋の重い扉をゆっくりと押し開ける。
事前の打ち合わせでは俺がボスであるキングオーク、ミサキさんとカケルさんで2体出現するというジェネラルオーク1体ずつとその周辺の敵、茜ちゃんは後方からボス部屋内のオークを遠距離攻撃で減らし、ヒカリさんは敵の多いところのフォローに入ることになった。
ヒカリさんと茜ちゃんが優先的に俺に近付いてくる魔物を狙ってくれるようだが、それでも俺がキングオークだけに集中するというのは危険だろう。
扉を完全に開けるとキングオーク率いるオークの軍勢の全容が見える。
ばらばらに散らばるのではなく整然と並んだオークたちは、光景に見慣れていない俺に通っては異様で不気味に感じる。
ここまで戦ってきてオーク1体1体は問題なく倒せることが分かっているが、軍勢というだけあって、その数は100を優に超えているだろう。
(奥に見えるのが俺が相手をするキングオーク・・・。)
一番奥の中心で待ち構えているひと際大きなシルエットをしたのがキングオークに間違いないだろう。
周りのオークと比較した感じ3メートルほどはあるだろうか。
ここからは表情までは見えないが、全身を鎧で纏っており、王冠とこん棒はどちらも金ぴかに光っており悪趣味に感じる。
「さぁ陽向くん、行くよ!」
ミサキさんに呼びかけられてはっと我に返り、すぐに一番先にボス部屋へと入ったミサキさんに続く。
恐怖や不安ではないが、魔物の整った軍勢というものに少し圧倒されていたのだ。
ミサキさんは俺を待たずに先行し、飛行魔法でこん棒の届かない距離まで上がってからオークの軍勢全体を見渡している。
上から俯瞰して戦闘中の指示を行うことの多いミサキさんは、まずはどこか陣形に綻びがないかを探しているのだろう。
オークは静かに、動きを見せることなく、陣形を整えたまま俺たちが攻撃を仕掛けるのを待っている状態だ。
(こんなボス戦は初めてだ。)
ミサキさんの合図で突っ込める心構えを作っていたが、オークの軍勢は静観し、茜ちゃんやカケルさんが魔法で仕掛けることもなく、そしてミサキさんは飛行魔法で再びこちらへと戻ってくる。
(あれ?ミサキさんが戻ってきたぞ?)
このまま戦いを始めるつもりでいた俺はミサキさんの行動に拍子抜けする。
驚くことにミサキさんが先行したのは単なる偵察が目的だったということなのだろう。
降りて再び地面へと戻ったミサキさんを囲むようにして、俺を含めた4人が再び集まった。
「驚いたでしょ!」
ミサキさんがニヤニヤしながら俺に向かって言った。
奥を見ると、この間もオークの軍勢は相も変わらず待ち構えるのみだ。
ミサキさんの言う通り俺は驚いたのだが、すぐにあることを思い出して納得がいった。
(キングの名がつく魔物が率いる軍勢は統率力が半端ないんだっけ。)
以前読んだダンジョンの情報誌にそう書かれてあった記憶があった。
通常の魔物は上位種によってある程度統率されるとはいえ、それなりの自由行動を伴う。
しかしキングが率いる軍勢だけは、キングのもとで陣形を組んで守りに徹することがあるのだと書かれていたはずだ。
「キングオークが率いるというのはこういうことだったんですね。」
「そう。僕たちも初見の時は普通のオークでさえ動きを見せなくて驚いたものだよ。それでミサキ、どうだ?」
「今回も陣形に乱れはないね。だけど強いて言うなら私たちから見て右側のオークの方が弱いかな。装備も若干貧弱に見えたよ。」
ミサキさんが真面目な口調で答える。
ダンジョン内の魔物は倒されても記憶や経験が引き継がれることがない、というのが常識だ。
だが同じ魔物でも個体差があり、力が強いものや賢いものといった風に異なっている。
「ミサキさんは見るだけで弱いというのが分かるんですか?」
「装備は見れば分かるよ。装備をまとっているオークが左側に多いのが上から見て分かったんだ。あとは、勘かな?」
「ミサキの勘は本当に勘なのか疑ってしまうくらい当たりますけどね。」
ミサキさんが冗談ぽっく言った言葉に、すかさずヒカリさんがフォローした。
ヒカリさんによると、ミサキさんの魔物に対する勘は外れたことがないらしく、索敵系の能力を持つマスター不在でも安全に攻略が進められるのは、彼女の勘によるところが大きいらしい。
ダンジョン出現前からナンパを避けるのが上手かったというのはミサキさん談だ。
「ではこうしよう。左側を僕、右側をミサキが担当する。陽向くんはミサキと一緒に右側から攻めて、斜めにキングオークの方へと切り込んで行こう。僕はなるべく左側のオークを引き付けておくけどヘイトを買いすぎるとまずいから、茜とヒカリで援護を頼んだよ。」
(そうか。わざわざ正面から突っ込む必要はないのか。)
カケルさんの立てた作戦に俺は感心する。
俺はキングオークに辿り着く最短ルートである正面から、というようにそれぞれが分かれて攻め立て、各自が担当の魔物を各個撃破していくイメージをしていたが、それだとパーティーの良さを全く生かせていない。
とはいえ全員が同じ場所から攻めると敵戦力も集結して、乱戦になってしまう可能性がある。
カケルさんの作戦はうまく敵戦力を分散させつつ、なるべく早く俺がキングオークのもとに辿り着けるようにする最善策のように思えた。
「では行こう。皆、くれぐれも油断だけはしないように。」
カケルさんの合図で前線を張る2人が飛び出し、今度こそ俺はミサキさんに続いて陣形右側の方に向かって進撃した。
ミサキさんは飛行魔法で上昇して先行し、早くも先頭のオークに攻撃を仕掛ける。
(さぁ、行くぞ!)
俺も気合を入れ直し、壁を右手の前に展開してから左手に剣を持つ。
キングオークの影響でミサキさんの攻撃に対して冷静に対処しようとするも次々と切り伏せられるオークの群れに、俺も突っ込んでいく。
(まずは一体目。)
ミサキさんの攻撃によって傷だらけだったオークに剣で攻撃を加えて仕留める。
ヘイトがミサキさんに向かっているため周りのオークは隙だらけだ。
「陽向くん、周りのオークに気を取られ過ぎないでね!」
隙だらけのオークに気を取られて次の敵を欲していた俺にミサキさんが冗談っぽく忠告してきた。
あまりにも図星だったため俺は思わず苦笑するが、ミサキさんの言うことは100%正しい。
(俺の相手はあくまでキングオークだ。)
俺とミサキさんの攻撃に加えて、後方による茜ちゃんの精密な魔力水晶による援護射撃によって、右側の陣形は少しずつ崩れつつある。
この調子で進んで行けば、容易にキングオークのもとに辿り着けそうだ。
そんなことを思って戦うこと10分。
ハイオークに止めを刺した俺にある魔物が目を付けた。
このボス部屋の中ボス的存在であるジェネラルオークだ。
すでに俺に向かって動き出した後であり、交戦は避けられそうにないと思った俺は壁を突き出して、降りかかるこん棒に備える。
その時だった。
振り下ろされたこん棒を受け止めたのは俺の壁、ではなくジェネラルオークの目線まで降りてきたミサキさんの剣。
ミサキさんはそのまま銀色に光るジェネラルオークのこん棒を難なく弾き返した。
「君の相手は私だよ?」
ミサキさんは不敵そうにジェネラルオークに笑いかけてから、再び上昇し間合いを取る。
どうやら上手くターゲットが切り替わったようで、ジェネラルオークの視線の先はミサキさんだ。
「陽向くん、今のうちに。頑張ってね!」
「はい。ミサキさんもご武運を!」
(こんな風に頼もしい人になりたい。)
ダメージや衝撃を完全に吸収する壁で攻撃を受け止める俺に対しミサキさんは生身で衝撃を受けるわけで、さすがにさっきのジェネラルオークの初撃は多少なりとも腕にダメージがあるはずだった。
しかし、それを一切表情に出さず俺を送り出したミサキさん。
もしかするとそもそもダメージを受けていないのかもしれないが、どちらにしてもすごいことだ。
俺はジェネラルオークの脇を抜けて、一直線にキングオークのもとへと向かう。
すでに陣形は伸びきっているが、きまだキングオークの周辺には親衛隊のようにハイオークが10体ほど固められている。
「陽向くん、援護します。」
すぐ後ろの方から、これまた頼もしい声が聞こえた。
気配を遮断しているため姿は見えないが、全体のフォローを担当しているヒカリさんの声だ。
なるべく1対多を作りたくない能力を持っているため、どのようにしてハイオークの群れを切り崩せばいいかを考えていたが、ヒカリさんの援護があるのならば話は変わってくる。
この間も左側の敵を引き付けてくれているであろうカケルさんのことを思い、俺はすぐに真っ直ぐと正面から突破することに決め、そのまま駆け出す。
(自信を失っていた昨日までなら、ここで一旦立ち止まっていたかもしれない。)
予想通りヒカリさんの援護は適切で、俺はここまでに溜めていた壁のダメージを1体目のハイオークにぶつけて即殺すると、その後ろに控えていたハイオークを次のターゲットに定める。
周りのハイオークは姿の見えないヒカリさんの攻撃に翻弄されて、がむしゃらに正体を探しているようで俺に見向きもしていない。
俺はものの数分でキングオークの前に立ちはだかる最後のハイオークを倒し、いよいよ本来のターゲット、キングオークと対面する。
キングオークはすでに臨戦態勢で、戦闘の始まりを今か今かと待ち構えているようだ。
前進を鎧でまとってはいるが、どちらかというと武人というよりは蛮族といった方が自然な見た目だ。
3メートルというこれまで戦う魔物の中で一番の大きさのため存在感は感じているが、これまで初見の魔物と戦った時のような威圧感は感じていない。
(さぁキングオーク。楽しもう!)
ダンジョン攻略はもともと俺の趣味で、かつ日々の楽しみだった。
強敵を目の前にして、体内の血がたぎっているのを感じる。
興奮する心を落ち着けるようにして一度大きく深呼吸をしてから、俺は左手の剣を強く握りなおした。
いよいよ戦いの始まりだ。
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