第30話
【10月第4週土曜家】
そんなことがあった次の日。
昨日、結局俺はゴブリンジェネラルに挑むことができなかった。
妹の精神も不安定だった、準備ができてなかった、などと言い訳をしようと思えばいくらでもできるのだろうが、正直に言うと戦う覚悟が決まらなかった、とにかくこの言葉に尽きる。
今までの何となく過ごしていた日常とは違い、これからは日々色々なことが起こり、そして終わって行くはずだ。
(雪とはしばらく会えなくなる。この問題を本当に自分だけで解決できるのか?)
昨日聞いた通り予定は早まって、雪は明日ダンジョン攻略をスタートすることになった。
もちろんいきなり40階層に挑むわけではなく、ここは予定通りある程度の期間ダンジョンにこもって順応し、そして本番を迎えるとのことではあったが。
余裕があればそれより先の攻略も進めるとのことで当分雪は帰ってこないことが予想でき、しばらくの間、もっと言えば雪が帰ってくる頃にはファイブスターズの地下30階の攻略すら終わっているかもしれない。
しかし、俺はこのままの状態で地下30階の攻略に挑むのはかなり不安が大きいと思っていた。
能力が限定的なことはもちろん、考えたくもないが同じような状況に陥った時に自分がどうなってしまうのかが心配なのだ。
今の俺はソロではなくパーティーを組んでいる身。自分だけではなく、他のメンバーにも迷惑をかけてしまうかもしれないことが何よりも恐ろしい。
とはいえ自分のことばかりを考えてはいられない。
お分かりの通り、不安が大きいのは俺だけではないからだ。
昨日のダンジョンからの帰り道で交わした雪との会話を思い出す。
最初は気まずい雰囲気が流れていたが、そこは兄妹。少し時間が経てば問題なかった。
「予定が早まった理由は何と説明されたんだ?」
「準備が整っているから、とだけかな。確かに装備は問題ないし、ダンジョン内で必要になるものは全て準備されているみたいだったから。」
前回の攻略からは少し時間が空いているため、すでに全ての装備は更新され整備もされているようだった。
しかしそのことは事前に分かっていたはずである。一度通達があってから日程を前倒ししたことに対して、どうしても不信感を感じてしまうのも仕方のないことだろう。
「他のパーティーメンバーとは話したのか?」
「うん、全員に同時に知らされたからその場で。こんなの初めてだったから皆驚いてた。唯一、パーティーのリーダーである正宗さんだけは知らされていたみたいだったけど。」
理由は分からないが、ダンジョン協会が40階の攻略を明らかに急いでいることだけは明白だ。
しかしなぜこうなったのかを予測をしようにも情報が少なすぎる。
今回の件について協会への不信感は募る一方ではあったが、出発日はそこまで迫っており、雪にも俺にもすでにできることはなさそうだった。
雪の不安そうな表情。
笑顔が似合う雪をその表情にさせている一因が自分ということもあり、情けなく、自分に対してどうしようもなく腹が立つ。
そして今の時刻は午前10時。
妹はダンジョン協会本部でパーティーメンバーと作戦を詰めるために朝早くに出発しており、俺は一人ソファーの上でこのような考え事を繰り返し、繰り返し続けていた。
せめてやるべきことがあればよかったのだが、カケルさんに電話口で妹の事情を話すと、カケルさん判断で今日はファイブスターズとしての活動は休みとなった。
俺の都合で休みにしてしまうのは申し訳なかったので何度も断ったのだが、他のメンバーの良い休養にもなるからと強引に押し切られたのだ。
俺としてはもやもやした気分で戦闘をこなすことが不安だったこともあり、内心はかなりありがたく思う部分もあった。
そしてそのことを雪に伝えると、16時ごろに雪が忙しい合間をぬって本部の訓練場で少し鍛錬に付き合ってくれることになり、俺はその時間までどうするべきかを悩んでいる。
昨日は色々考えてしまってなかなか寝付けず、結局3時間ほどしか寝ていないが今は特に眠気は感じていない。
大学やダンジョンには行きたくないが、何かしていないと落ち着かない、まさにそんな気分だった。
(そういえば本部の訓練場は誰でも使っていいんだったな。)
本部には3つの訓練場があり、ダンジョン協会に能力者として登録してさえいれば自由に使うことができる。
もし訓練場がすべて使われていたとしても様々なトレーニング用の設備があるため、やることを探すのに苦労はしないだろう。
(ここでただ考え事をしているよりはずっといい。体を動かせば何かが変わるかも。)
思い立ったら即行動、と外出用に服を着替え荷物を準備する。
動くときに着る用のジャージはリュックの中だ。
「さ、行くか。」
俺は15分ほどで素早く準備を終え、ダンジョン協会本部に向かって出発した。
その約20分後。
俺は電車の中で体を揺られている。
出勤ラッシュはとうに終わり、この時間は多くの乗客が椅子に座ることができるくらいには空いていた。
「次の講義だるいなぁ・・・。」
「お?サボっちゃう?」
「いや、今日は普通に受けるよ。先週はサボってダンジョンに行っちゃったしね。」
反対側の席では通学中の大学生5人組が各々スマホを覗きながら少し大きめの声で日常的な会話を繰り広げている。
(この前までは俺もこうだったのが懐かしく思える。)
このような関係性の友達が居たのかどうかはさておき、ついこの間までは妹が能力者ながらも普通の大学生であり、何気ない日々を過ごしているはずであった。
『次はダンジョン協会本部前、ダンジョン協会本部前です。』
車内に妙に人間っぽい機械音声が流れ、俺は降りる準備をして席を立つ。
大学生たちはまだ先の駅が目的地のようで相も変わらず同じような会話を続けている。
少しして駅に着くと電車を降り、改札に向かってしばらく進む。
(あれ?あの後ろ姿はもしかして。)
2メートルほど離れたところに見知った顔を見つけ、その瞬間その人と目が合う。
「あ、入澤さん、ご無沙汰してます。」
「陽向くん、この間ぶりだね。元気そうで良かった。その荷物を見るに目的地は同じようだし、一緒に行ってもいいかな?」
「はい、是非とも。」
そう。
見知った顔とはあの出来事以降、色々と担当してくれたダンジョン協会本部の入澤さん。
改札を抜け、俺と入澤さんは横に並んで本部に向かって歩き始めた。
駅を出ると風が冷たく急に寒く感じ、薄着で来たことを後悔する。
降りた駅の名前はダンジョン協会本部前ではあるが、本部は敷地自体が広いため、歩くと少し時間がかかるのだ。
「入澤さんは電車通勤なんですか?」
「いや、今日はたまたまだ。いつもは自分の車を使っているよ。」
他愛もない雑談をしながら歩き続ける。
入澤さんがこの時間に出勤なのは、24時間いつでも対応できるように職員の出勤時間をずらしているかららしい。
今では24時間営業のダンジョンも多くあるし、いつ緊急事態が起こるかも分からないため、常に複数人は本部に待機しているとのことだ。
(そういえば入澤さんなら40階攻略の予定が早まったことについて何か知っているんじゃないか?)
入澤さんと話をしながらそのようなことが頭をよぎるが、タイミングを見計らうのが難しく、なかなか切り込むことができない。
「ところで陽向くん、何か言いたそうな顔だね?」
恐らく表情に出ていたのだろう。話していた話題がちょうど終わったところで、入澤さんがそう言った。
「そうな・・・」
「いや、それ以上は言わなくていい。陽向くんが聞きたいことは分かっている。本来なら関係者以外には話してはいけないのだが、今回の場合は陽向くんも関係者と言えるだろう。うん、これから話すことは私の独り言。それをたまたま陽向くんが横で聞いていただけだ。いいかい?」
「・・・はい。」
真剣な表情で俺を見つめていた入澤さんは、俺の返答を聞くと再び雰囲気を和らげて話し始めた。
「と言っても実は私もそこまで詳しく時は知っている訳ではないんだ。分かっているのはダンジョン協会トップ付近から下された決定だということと、40階に”探し物”があるということだ。」
「”探し物”ですか?」
「そう。申し訳ないがこれだけしか話せない。隠しているのではなく、これ以上は不確定な話だから今は伝えるべき時ではないんだ。」
私たちも驚いたのは同じなんだ、と最後に小さな声で呟いてから黙り込む入澤さん。
その哀愁の漂うサラリーマンのような姿に嘘は感じられず、俺は納得する。
入澤さんも組織の中の一人。
能力者と常に接している入澤さんも雪と同じように不安や不信感を抱いていることが容易に想像でき、到底これ以上話を掘り下げる気にはならなかった。
これまで接した感じから入澤さんが能力者に対して親身になってくれていることは分かっている。
その後もぽつぽつと話をしているうちに敷地へと侵入する門をくぐり中に入る。
門では入澤さんは顔パス、俺は能力者専用のカードを提示した。
「さぁ、ここでお別れかな。今日は色々と話ができてよかったよ。」
「こちらこそ。本当にありがとうございます。」
「また会う機会もあるだろう。陽向くんの幸運を願っているよ。」
そう言って右方向の道へと進んで行く入澤さん。
何というか、言葉に表すのが難しい、そんな感情になった。
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