第31話

「行ってしまわれましたね。入澤くんは今日も忙しそうだ。」


 うんうんと頷きながら、先ほどは少し面倒くさそうな感じで俺の身分証の確認をしていた警備員さんが持ち場を離れて、急に話しかけてくる。

 警備員さんは中肉中背のいかにも普通といった見た目のおじさんだ。

 話しかけてきた感じからは気さくにも思えるが、当然今日が初対面である。


「入澤さんとは数回しか会ってませんけど、会うときは毎回忙しそうにしているような気がしますね。」

「そうそう。実際にとても忙しいんだよ。入澤くんには入澤くんにしか出来ない仕事がたくさんあるからね。戦う系の能力者じゃなくても大変な人は大変だってことだよ。」


(ん・・・?戦う系の能力者じゃなくても?ということは入澤さんは能力者なのか?)


 警備員さんの言葉に少し違和感を覚え、疑問を浮かべる。


 突然間を開けて返答しなくなった俺の反応を見て察したのだろう。

 慌ててまくしたてるように警備員さんが話を続ける。


「いや、まぁ、今のは空想上の話だよ。そう、空想上の話。あぁ、今日も良い天気だなぁ。」

「・・・それはさすがに無理があると思いますけど。」


 警備員さんは現実逃避をするように急に上を見上げ空をきょろきょろと見ているが、俺の言葉にはギクッとした反応を見せた。


「う、うん。そういえば初めて見る顔だよね。新人?それとも、もしかしてだけど協会の専属じゃない?」

「どっちの質問にもはい、ですかね。最近能力者として登録した新人で、つい先日『ファイブスターズ』という組織に加入しました。」

「どっちも!・・・人が良さそうな顔をしている君にだから言うんだが、実はさっきの話、専属かつ信用のおける人にしか話してはいけないことになっているんだ。入澤くんと一緒に来たから問題ないと思ってしまってね。その、他の人には秘密にしてほしいんだ。」


 俺の素性を知って、隠し通そうとした方針を真逆に転換させた警備員さん。

 人が良さそうと俺を褒めるところは今の発言を秘密にしてほしいという本来の目的が透けて見え、テンションも相変わらず適当な感じである。

 しかし他の人に話したところで何のメリットもなさそうなので、俺は警備員さんの言葉に素直に頷く。


「良かった。あ、そういえばすぐに終わらせないといけない仕事があるんだった!じゃあ、また今度!」


 俺が頷いた瞬間、警備員さんはそれだけ言い残して元の場所に戻っていく。

 明らかに不自然な会話の終わらせ方は、これ以上何事も漏らすまいという強い意志を感じる終わらせ方である。


(変わった人だな。ここで働く入澤さんが能力者とするならば、この警備員さんも能力者なのかも?)


 入澤さんが能力者らしいことはちょっとした衝撃で、どのような能力なのか気にはなったが、今度こそ本来の目的である訓練場に向かって歩き始める。

 しかしその数秒後。数メートル移動したところで、俺は困った状況にその場から足を動かせないでいた。


(このまま真っ直ぐ行けばいいのか?)


 そう。前回訓練場を訪れた時には、雪の担当である美咲さんの車での移動だったためにどちらに進めばいいか、全くもって道が分からないのだ。


(うかつだった。こんなことなら入澤さんか警備員さんに道を聞いておくべきだったな。)


 大学生にもなって迷子。

 道が分からないだけではあるが、この状況は少し恥ずかしく感じる。

 普通であれば地図アプリで調べればいいだけなのだが、ややこしいことに防衛の観点から内部の細かな地図は表示されないようになっていた。


 頼りになりそうな入澤さんはすでに一緒にここまで歩いてきたときよりもスピードの速い早歩きでの移動のため、すでに姿は遠く、目視では見えなくなりつつある。

 引き返して警備員さんに道を尋ねるのも先ほどの会話から気まずく感じてしまうため、時間を急いでいない俺は自分の勘を信じて一番広い道でもある直進を選択しようとする。


(うん?)


 そう決め歩き始めようとしたところで唐突に背後から強い視線を感じ、たまらず後ろを振り向く。

 もちろん視線の主は先ほどの警備員さん。

 振り向いた俺と目が合うと、さっきとは真逆のぶっきらぼうな表情で左方向へと指をさす。


(これは左方向に進めってことだよな?)


 事情を知っていたのか、門の目の前で不審な行動をとる能力者を見かねたのか、善い行いをしてさっきの発言の埋め合わせをしたいのか、理由はどうであれ助け舟を出してくれた警備員さんにお辞儀をしてから、今度こそ訓練場に向かって歩き始める。


 きれいに整備された道の両脇には以前公園だった名残である部分が多く残っており、散歩気分で歩を進める。


(心が洗われるようだ。気分も落ち着いてきたし、ここに来たのは正解だったかも。)


 そう思いながら訓練場に向かう俺。我ながら単純なのかもしれない。


 だがその1時間後。その思いは、ある予想外の人物によって強く否定されることになるのだが。


 そうとは知らない俺は、いくらか歩いて訓練場付近に辿り着き、職員の方に訓練場を使いたいことを伝え、第1訓練場まで案内してもらう。


(この前今野さんに能力検査をしてもらった第2訓練場よりもだいぶ広いな。)

 

 そう思った通り、案内してくれた職員によると、この第1訓練場は3つある訓練場の中で最も広く、そして貸し出し用の装備もかなり充実しているようだった。

 当たり前のことだが能力者とはいえ有事以外の武器の携帯は許されておらず、そもそも基本的に装備類はダンジョンから持ち出せない仕様になっているため、このように貸し出しのものが充実しているのだろう。

 

 しかしながら殺傷能力のある実戦用の武器等に関しては専属の能力者の立ち合いや予約が必要とのことで、久しぶりに右手で剣を振りたくなった俺は木刀を貸し出ししてもらう。

 能力を発動させたトレーニングが必要だということは重々承知だが、どうしても今はそういう気分にならず、剣を振ることで気分が晴れるかも、と思ったのだ。


 だだっ広いこの第1訓練場には俺以外の人影はなく、ただひたすらに無心に俺は剣を振り下ろし続ける。


(やっぱり剣は良い。)


 久しぶりに利き手の右手で振った剣に満足していた俺に、低く渋い大きな声が飛んできた。


「太刀筋に雑念が混じっておる。恐怖、不安、後悔。どれもが太刀を振る際にあってはならないもの。何を思って乱れているのかを教えていただけるかな?」


 突然厳しい口調でかけられたその言葉。

 自分が気付かないようにしていたことだったため驚いたのはもちろん、声が聞き覚えのあるもので軽く衝撃を受ける。


「まさか、桐生さん・・・。」


 腰に日本刀をたずさえ一切隙のない立ち姿、優しげな表情の奥に秘められた強烈な威圧感、以前執事をやっていたころの名残だという燕尾服、全てを見通すような鋭い眼光、何が相手でも跳ね返しそうな強者の余裕。


 そう。俺に声をかけてきた人物とは、雪のパーティーのリーダーにして、その圧倒的な強さから世界最強と呼び声高い桐生正宗さん、その人だ。

 ダンジョンの発生後さらに厳しく武器の携帯が制限された今、愛刀である日本刀を常に携帯できているのはダンジョン協会、ひいては政府からも信頼されているという証でもある。


(桐生さんがなぜここに?いや、ここはダンジョン協会本部だし桐生さんが訓練場にいても全くおかしくはないのだが。)


 妹である雪のパーティーのリーダーではあるがこれまで一切交流はなく、雪と並んでダンジョン協会の広告塔としてメディア露出の多い桐生さんは、どちらかというとテレビの中の人といった印象が強い。

 剣を持つきっかけになった憧れの人ではあるが、会えた嬉しさよりも桐生さんからかけられた言葉に対しての衝撃の方が当然ではあるが大きかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る