第33話

『全てを守る壁』が発動した右手を前に突き出す。


 当然のごとく桐生さんには隙といったものが一切なく、対人の戦闘経験がない俺にはどこからどう攻めればいいか全くわかったものではない。

 そもそも俺の能力の特質上、自分から攻めて戦うのは不利であり、桐生さんが自ら動こうとしなかったのも強者の余裕ということだけではなく、有利に戦闘を進めるための作戦の一つだろう。


(とりあえず攻撃を壁で受け止めないことには何も始まらないぞ!)


 それでもしばらく隙を探し出そうとして牽制するような動きを繰り返していた俺だが、牽制を受けても桐生さんが微動だにしないのを見て自分から仕掛けることを決意する。

 俺は牽制後の一歩引いたタイミングでいきなりベクトルを変え間合いへと飛び込み、ダメージを吸収していないために攻撃力の低い壁を桐生さんの右半身に当てようと動く。


 その時だった。

 桐生さんが素早く腰に日本刀を戻したかと思うと、次の瞬間目を疑うようなスピードで壁の少し上を狙った鋭い一撃が飛んでくる。


(っ、やばいっ!)


 俺の動きを読んでいたのか、壁に攻撃力がないことを知っていたのか。

 真相は分からないが、ともかくこの攻撃を防がないと戦いが敗北で終わってしまうことを悟った俺は、慌てて壁を上へとずらし、寸前で桐生さんの一撃目を受け止める。


 安心したのも束の間、桐生さんの攻撃は始まりに過ぎず、そこから怒涛の連撃が始まる。

 鬼のような表情へと変わった桐生さんが俺の周囲を飛び回り、上から下から次々と一撃でも貰ってしまえば死につながってしまうのも仕方がないと思えるような攻撃を放ってくる。


(間合いに入ったのは失敗だ。もっと慎重に動くべきだったのに!)


 だが今更後悔しても仕方がない。

 俺は桐生さんの動きに合わせて体、特に右手を振り回し、絶え間なく飛んでくる攻撃を壁で受け止め続ける。

 何回に一回はひやっとするような一撃はあるものの、能力者になり動体視力も向上しているのだろう、何とか受け止めることはできているのだが、桐生さんは考える隙を与えてくれず俺はひたすらに防戦一方だ。


(さすが世界最強の存在。動きが尋常じゃない!)


 桐生さんの動きは素早いなどという次元ではない。

 これまで見たどの魔物よりも速く、覚醒前の人間では考えられないスピードに、経験からのものであろうフェイントを加えた複雑な動き。

 ただひたすらにその動きに愚弄される。


 だがしかし、俺はこれで良いのではないかと思っていた。

 危ないこともあるが、このままなら何とか受け止めることができそうだ。

 加えて壁は桐生さんの攻撃を受け止めるたびに吸収し、今は恐らく大きなダメージを与えられるだけの攻撃力となっているだろう。

 それに明らかに俺よりも激しく動いている桐生さんにはスタミナ面でも負けることはないだろう。


(あとは桐生さんが疲れて隙を見せた瞬間に攻撃を加えるだけ。実際に当てると危ないから寸前で止めよう。)


 なんて思っている時期が俺にもあったのだが。


 戦闘開始から15分後。

 桐生さんの攻撃は緩むどころか、ますます苛烈になってきている。

 刀の奥から見える桐生さんの表情からは疲れは全く見えず、それどころか戦いを楽しんでいるかのような笑みを浮かべているのが分かった。


 どう考えても先にスタミナが切れて攻撃を受け止められなくなるのは俺。

 それも気を張って防御を続けているせいで通常よりも疲れを感じるのが早く、体の動きが桐生さんの攻撃に付いていけなくなるのも時間の問題と思われた。


(このままだとジリ貧だぞ。)


 せっかく憧れの桐生さんと手合わせできているのだ。

 こんな貴重な機会に防戦一方でスタミナ切れという結末に終わってしまうのはあまりにももったいないと思い、どうにか離脱してこちらからの攻撃を加えようと試みることを決意する。


(よしっ、今だ。)


 これまでの戦いのように桐生さんの攻撃を終え予備動作に入ったタイミングで大きく後ろにステップし、すぐに壁を振り下ろす動作に入る。


「えっ?」


 思わず声が漏れる。

 タイミングは完璧だった。これまでの経験からすると多少の時間を稼げるのは間違いないと思っていた。


 だが俺の目の前には、刀。

 桐生さんが飛び込んで近付いてきており、もうそこまでに迫っていた。


(間に合わない!)


 急いで刀に合わせるように右手と壁を動かすが、時すでに遅し。

 防御が不可能であることを悟った俺は、咄嗟に目を閉じてしまった。


「ここまで、のようだね。」

「・・・はい。ありがとうございました。」


 桐生さんが俺の反応を見て戦いの終わりを告げると、俺の口からは自然と感謝の言葉が出たのだ。


(まさに完敗、だな。)


 俺の中に悔しさは一切なく、あるのはいつか超えたいという思いだけ。

 攻撃を加えることも隙を見つけ出すこともできずに負けたのも事実だが、予想していたよりも戦い合えたことは正直大きな自信となっていた。


「さすがの能力だ。ここまで本気を出すことができたのはいつぶりだろうか。久しぶりに良い運動になった。今の戦いを踏まえて何か聞きたいことはあるかな?」


 なんとか乱れた呼吸を整えて桐生さんの言葉に返答を試みる。

 良い運動と言った通り、桐生さんの表情は戦う前と全く変わらずむしろ血色が良くなっているくらいで、疲労困憊といった感じの俺とは対照的なのだ。


「はい、いくつか。まずは俺の能力について率直な感想を聞かせてください。」

「なるほど、率直な感想か。一言で言えば最強に成り得る能力、かね。自分で言うのも何だが私の攻撃をここまで防げるというのは尋常ではない。防御力という点では自信を持つべきであるし、それに加えて壁だけで攻撃に転じられるとなれば一対一の戦いにおいてのジャイアントキリングには最適だろう。」


 皆が最初に言うことは同じで一対一であれば最強だということ。

 これは現状タンク職というのが全く流行っていないことにも関係しているだろうか。

 盾を使ったタンク職の見た目が地味というのもあるが、盾はあったとしてもその後ろの体はほぼ生身で、かつ取得できるスキルも3つという制限があるためタンクとしての役割が完成に至らないのだ。

 つまりは俺の戦い方は、能力の特質と能力者としての身体能力が合わさってこそ出来るものだということである。


 加えて能力者でも防御をほとんど無視した攻撃系の能力を持った人が多く、強い相手や初見の相手と戦うときは攻撃を受けないように立ち回る必要があり、その点気にせず攻撃を受け止めることのできる俺の能力は稀有な存在らしい。


「戦いが終わった今だから正直に話すが、私は卑怯な戦いをしてしまった。陽向くんの能力について軽く聞いていたし、最初に仕掛けてきた様子と事前に聞いていた話から壁にダメージが溜まっていないことが分かったのだ。だからこそすぐにカウンターを仕掛けることができた上、一度間合いに入って攻撃を始めれば絶対に負けないという自信があった。もし何の情報もなかったら陽向くんの攻撃を避けて膠着状態が続いたかもしれない、とは思うが。」

「そうだったんですね。もちろん卑怯な戦いだとは思いません。知っている情報は使うべきですし、実際に俺も桐生さんの戦い方を知っていましたから。」


 俺の言葉に桐生さんは一度深く頷く。


(たとえ俺の最初の攻撃を避けていたとしても結果は全く同じものになっただろうな。)


 最初の攻撃で流れが違えばという次元の話ではなく、圧倒的な実力差があった。

 少しタイミングの差はあれど絶対に同じような展開になったはずだという確信があるからこその俺の言葉である。


「あれ、そういえばなぜ反発ダメージを喰らってなかったのですか?今は吸収と反発で半分ずつになっていたはずなのですが。」

「よくそこに気が付いたな、陽向くん。実は私の刀が壁に当たる直前に力を抜いて大きなダメージを与えないようにしていたのだ。であるから、反発ダメージはほとんど受けていないし、実際には壁に吸収されたダメージも私にとってはそこまで痛手ではないだろう。ある程度はダメージも積もっているだろうがね。」


 桐生さんの言葉に俺は唖然とする。

 ここが桐生さんという人のすごさ。もちろんこれは能力ではなくて彼の技術のなせる業である。


「そんなに驚かないでくれ。そこまで難しいことではない。」


 そう言って桐生さんが軽く笑う。

 早速いつか超えたいという前言を撤回したくなる瞬間だった。


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