第2章『専属』

第14話

【10月第4週月曜家】


 週が変わって月曜日。


 火曜の夜に入院し、水曜に目が覚め、金曜には予定通り無事に退院することができたのだが、元のような生活に戻れたわけではない。

 その週末はダンジョン協会本部や第5ダンジョンなど今回の事件関連で色々な場所に赴いて話をしなければならなかったため、病み上がりの体に鞭を打って本当に大忙しだったのだ。


 入院中は妹や両親を始めとしてマスターやセイラさんも例の件でずっと病院に缶詰だったため病室には常に話し相手が居て暇はしなかったが、次から次へと人が訪れたため逆に一人の時間が欲しいと思うほどで精神的には疲れたのも事実。


 俺以外の4人も俺の退院と同時に病院から出ることを認められたが、その際に調査がどうなったかの報告はなく、セイラさんやマスターは不満げな表情を隠そうともしていなかった。


 俺としてもせめて報告ぐらいほしいと思ったのも事実だが、協会の所属で俺たちよりも情報が多く入ると思われる雪ですら何も伝えられていないとのことで、雪は特に新しい情報がないから伝えられなかっただけではないかと推測しており、これからも継続して警戒する必要があることをお互いに確認して解散したのだった。


 というわけで俺自身は怪我での入院ではなかったため退院して初めての週末はダンジョン攻略にでも行きたかったのだが、色々な理由で行くことは許されておらず能力を試してみたいというワクワクする気持ちを抑えた息の詰まる土曜と日曜だった。

 いや、もっとも一緒にダンジョン攻略に行きたがっていた妹の雪が一番残念そうにしていたのだが。


「お兄ちゃん、もうすぐ時間だよ?迎えの人がもう着いてるみたいだけど。」

「迎え!?何も聞いていないんだが!」

「あれ?言ってなかったっけ。とにかく、迎えが来てるから急いでね。」


 今の時間は午前9時15分。

 平日ではあるが大学の講義を受けに行くわけではなく、俺が今ダンジョン攻略に行けない主たる原因を解決するために、妹とともに10時にダンジョン協会の本部に向かうことになっていた。


 俺の慌てた声に対して、とぼけたような妹の雪の声。


 ダンジョン協会までは徒歩と電車で20分ほどのため、ちょうど着替えを始めたところだったが、妹によると迎えが来ているとのことであった。

 自室の窓から覗いてみると、それらしい車が止まっているのが見える。


(これは確信犯だろ!)


 妹が早々と準備を済ませていたため迎えが来るのを知らなかったとは思えず、思わず心の中で叫ぶ。


 荷物はすでに詰めていたため、あとは着替えるだけなのだが何を着ていくかをまだ決めておらず焦る俺。

 初対面であろう人を長く待たせるわけにはいかないと思い、仕方なしにタンスの一番上の服を取り素早く着て、玄関付近で待つ雪と合流した。


「地味・・・。」


 遠慮のない妹の一言が俺の胸に突き刺さる。


「仕方がないだろ。時間がなかったんだから。」

「確かにそれもそうかも。今回は迎えが来ることを言ってなかった私も悪いし、待たせるのも申し訳ないからそれでも良いかな。」


 俺のファッションセンスについて言われるのは慣れたものだが、それでもまるで酷い言い草だ。

 入院中、俺が目を覚ますまで寝ずに見守っていてくれたと聞いた雪とは別人のようである。


 玄関を出て鍵を閉める。


「美咲さん、おはようございます!」

「雪ちゃん、おはよう。お兄さん、初めまして。ダンジョン協会で雪ちゃんの担当をしている遠山美咲です。お兄さんのことは雪ちゃんからよく聞いているわ。どうぞ、よろしくお願いします。」

「遠山さん、よろしくお願いします。」


 車の運転席に乗っていたのは、落ち着いた感じのお姉さんだった。

 車に乗り込んで話を聞いていると、どうやら雪のマネージャー的存在らしい。


「雪はいつも迎えに来てもらっていたのか?」

「いや、私はいつも電車で行ってるよ。今日は珍しく、なの。」

「私は毎日でも全然構わないんですけどね。どうやら雪ちゃんは遠慮しているようなんです。」


 家からダンジョン協会に行くときはいつもこうなのかと思い聞いてみるが、そうではないらしい。

 俺としてはむしろ騒ぎになる恐れもある電車移動の方が心配なのだが、得意ではない変装を嫌々として何とかばれずにいられているようである。


「それにしてもお兄さんとは初めて会った気がしませんね。雪ちゃんから常日頃色々とお兄さんの話を聞いていますから。」

「み、美咲さん、余計なこと言わないでくださいね!」


 少し顔を赤らめて雪がそう叫んだ。


(雪が恥ずかしがるなんて珍しいな。)


 なぜ恥ずかしがっているのかが気になって遠山さんに突っ込んで聞いてみたくなるが、隣から強烈な視線を感じ喉まで出かかった言葉を仕舞いこむ。

 

 そんなこんなで車は進んで行く。道が混んでいるため時間は掛かっているが、予定の10時よりは早く着くことができそうだった。


 そして家を出発してだいたい15分ほど経ったころ、奥の方にダンジョン協会本部の大きな建物が見えてきた。

 本部の建物だけでなく、能力者用の訓練施設やダンジョンの研究を行う施設も併設されており、敷地はとても広いのだ。


 当然こんな広い敷地がまるまると都内に残っているはずもなく、政府がとった方策は、ある公園を潰し、そこにダンジョン協会本部を建てるという驚きの手段だった。

 もちろん公園の利用者であった近隣住民を中心に批判が集まったが、世論的には魔物氾濫があった後でダンジョンに対する危機意識が高かったこともあって、批判は盛り上がることなく次第に容認されていったという経緯がある。


 遠山さんが警備員に身分証を見せ、車は敷地内に入って行く。


「そういえば雪、今日は能力者登録をするだけだよな?」

「うん。そのために能力検査が必要だけどね。実際にどんな能力なのかが分からないことには登録もできないから。」


 ダンジョンの外でも能力を使うことのできる能力者の把握のために、能力が覚醒した人に関してはダンジョン協会に登録することが義務付けられており、登録しない限りは自身の意思で能力を使った場合、厳しい罰則があるとのことだった。


 俺はこれまでこのダンジョン協会の登録によって、能力者が全員ダンジョン協会の所属になっていると思っていたのだが、絶対にそのようにしなければいけないわけではなく、雪のような専属とフリーを自分で選択することができるとのことだった。

 この辺りが、病院で雪が言った能力者の世界が一筋縄ではないとの言葉に関係しているのではないかと思っている。


「さぁ、雪ちゃん、お兄さん、目的地に着いたわよ。第2訓練場で入澤さんと検査官が待っているみたい。」


 そう言って美咲さんが車を止める。

 車が止まったのは写真や映像でも見たことのある訓練施設の前。

 ダンジョン協会に登録された能力者なら誰でも使えるという3つの訓練場、トレーニング施設、プールなどが体や能力を磨ける施設が一つになっており、特に訓練場は魔法にも耐えられるようにダンジョンで得られた特殊な素材で作られているらしい。


 俺と雪は、美咲さんにお礼を言ってから車を降りる。


「行こう、お兄ちゃん。入澤さんは時間に厳しい人だから、もう来ているかも。」

「あぁ、俺は場所が分からないから雪に付いて行くよ。」


 入澤さんが時間に厳しいというのは、何というか見た目通りなのだが、まだ予定の時間まで余裕はあるので急いで向かう必要はない。


 俺は周りを見渡しながら妹の後を追う。

 外はもともと公園だった名残が残っていて、緑が多く、花壇もまめに管理されているのか立派に花を咲かしている。


 内部に入ると、いかにも近代的といった感じで最先端のものが色々な部分で導入されているようだった。


「雪はよくここを利用しているのか?」

「う~ん、たまに、かな。基本任務と学校の行き来だからあまり来ないけど、任務がないときにはここに来て新しい魔法を考えたり試したりしているよ。もしかするとトレーニング施設なんかは任務に就いている能力者よりもこの本部で働いている人の方が利用しているかも。」


 雪の言うことは、当初の目的からすると本末転倒な気がするが、雪の普段の様子からも分かる通り、能力者は任務にダンジョン攻略にと忙しく動き回っているらしい。


「ここが第2訓練場だね。」


 5分ほど歩いて、美咲さんに言われた場所に辿り着いた。

 中に入ると隣のすぐ隣に、入澤さんと白衣を着た、いかにも研究者っぽい見た目の男性が立っていた。


「おはよう、陽向くん、雪さん。よく来てくれたね。一昨日言っておいたとは思うが、まずは登録に必須な能力検査をしてもらう。こちらは検査を担当する、今野だ。」

「おはようございます。今日の能力検査を担当するダンジョン協会本部の今野です。能力検査にはペアとして能力者にペアとなって協力をお願いしているのですが、陽向くんの能力は防御系と聞いているので、雪さんにご協力をお願いした次第です。約1時間程度で終わりますので、よろしくお願いします。」

「こちらこそよろしくお願いします。」


 一昨日にダンジョン協会本部に来た時に入澤さんに妹も一緒にと言われ、どういうことかと不思議に思ったものだが、今野さんの言ったことに納得する。


「さぁ、では早速始めましょうか。まずは能力を直接見せてもらえますか?」

「分かりました。」


 今野さんの合図で俺は右手を前に突き出し、意識を集中させ壁を出現させる。


「ほぅ、これがジェネラルゴブリンの大剣による攻撃を数時間防ぎ続けたという壁ですか。」

「これがお兄ちゃんの、能力・・・。」


 登録するまでは使ってはいけないと厳しく言われていたため、実は妹に見せるのもこれが初めてだ。

 約1週間ぶりとなる能力の使用に、もしかすると発動しないのではという不安も一瞬よぎったが、あの時と同じように右手の少し前に1メートル四方の空気がゆがんだような壁が現れていた。


「ありがとうございます。では色々と試していきましょう。」


 能力検査は、続く。






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