第45話

「陽向くんはボス部屋のヒットアンドアウェイ戦法って知ってる?」


(ヒットアウェイ戦法・・・?)


 ミサキさんが発した聞き馴染みのない言葉に俺は一瞬頭の中で疑問符を浮かべるが、すぐにある本の一節にそれについての記述があったことを思い出す。

 ボス部屋の性質を利用した緊急事態時に使う戦法だったはずだが、その本では非推奨とされていた記憶があり、詳しくは覚えていなかった。


「名前だけ知っていますが内容までは・・・。」

「そうよね。滅多に使われない戦法だし名前を知っているだけでもすごいと思うわ。簡単に説明すると、ボス部屋から一度出て態勢を立て直す戦法よ。攻略者はボス部屋から自由に出たり入ったりできるけど魔物は出られない特質を利用した、ね。」


 ミサキさんの説明を聞いて、俺は頭の片隅に追いやられていた戦法の内容を思い出した。

 ボス部屋は一度中に攻略者が立ち入ると外から扉を開けることはできないが、中からだと自由に開け閉めして出入りすることができる。

 その性質を利用すると扉の外で待機していた無傷の別のパーティーと入れ替わったり、増援で人数を増やしたりすることができるということで、最初期に流行った戦法だったはずだ。


 ボス部屋の攻略法として有効であるのに今この戦法が使われていないのは、攻略に携わる人数が増えれば増えるほど報酬の旨味がなくなっていくことや最適人数を超えればむしろ戦いにくくなることが考えるが、それよりも致命的な落とし穴がある。


「思い出しました。でも確か、まれにボスが扉から出る可能性があって危険性が高いとされる戦法では?」

「その通りよ。ヒットアンドアウェイ戦法は3年前にダンジョン協会が能力者以外の使用を禁止した戦法。ボス部屋の内側から扉を開けるのは、かかっていた鍵を開けるのと同じで二度とその鍵を閉めることはできない。普通のボスならそれでもボス部屋から出ることはできないけど、ボスが力をためていたり存在進化したりしていたら話は別。そのままボス部屋の扉を抜けて最悪はダンジョン外まで飛び出してしまう。幸いこれまでは地上に到達する前に能力者とか別の攻略者に討伐されてきたけど事態を重く見たダンジョン協会が最悪の事態が起こる前に禁止したの。」


 ミサキさんの言った禁止になった経緯は本で書いてあった覚えがなく、まるで初耳だった。

 そもそも日本においては命の危険を感じるほどのボス部屋に挑む一般攻略者はほとんどおらず、前提としてこの戦法が使われる場面自体が少なく知名度が低かったということもあるのだろう。

 しかし、それでもその少ない場面でボス部屋を飛び出す魔物が複数現れたのはヒットアウェイ戦法を使わざるを得ない状況になることイコール、ボス部屋の魔物が想定していたよりも強かったということであり、それは通常のボスではなく扉から出られるほどの力を持っていることに繋がってしまうはずだ、と頭の中で納得する。


「つまりミサキさんたちはジェネラルオーガが扉を出られるほどの力を溜めていないとみて戦法の選択をしたんですね。」

「いいえ、それも考えなくはなかったけど本当の理由はそれではないわ。その場で一時退避して再び戦うなら大丈夫だけど、私たちに再び戻って戦う選択肢はなかったし、放置すればするほど力を溜めて扉をくぐる可能性が高くなるから。」


(なるほど。ということは茜ちゃんの魔法をそこで使ったのか。)


 ミサキさんのヒントでようやく俺は納得することができた。

 じっと会話を聞いている他の3人を見てから、ミサキさんは答え合わせをするような口調で説明を再開する。

 ようやくの思いで話し、自分の仕事を終えたカケルさんを含めて他の面々は会話に加わってくる様子すらなかった。


「気付いたみたいね。そう、扉をふさぐのに茜の魔法を使ったの。今の茜の姿を見れば分かる通り、扉の大きさの魔力水晶を作り出すのはかなりの魔力が必要で代償も大きかったけど・・・。」

「それまでの戦闘でも魔力は使っていたはずですよね?どうやって魔力を補充したんですか?」


 俺の疑問は単純だった。

 実は魔力や魔法に関するメカニズムは未だ研究中で色々な説があり、詳しくは明らかになっていない。

 しかし確実なのはダンジョン内は魔力に満ちていて、能力者はダンジョン外でも魔法が使えることから体内に魔力を備えているということ。そして一般の攻略者、能力者、どちらにしても使える魔力に限界があり、魔法によってはクールタイムが存在するということだ。

 もちろんその中でも個人差はかなりあるのだが。


 俺の知識でいえば、ボス部屋の巨大な扉をふさげるほどの魔力水晶を具現化するためには、かなりどころではない莫大な量の魔力が必要で、茜ちゃんが優れた能力者であることを差し引いても一定の魔力を失った戦闘直後に発動できる魔法ではない、と思ったのだ。


「陽向くんの言う通り、普通の能力者なら無理だと思うわ。それこそ陽向くんの妹の雪ちゃんでもね。時間稼ぎ目的で一時的にふさぐための魔法なら使える人もある程度いると思うけど、一度地上に撤退して戻ってくるまでとなると密度を濃くして余計に魔力を込める必要が出てくるから。」

「つまり必要な魔力を得るために代償を払う必要があったと・・・。」

「そう。そもそも前提として茜の魔力水晶は魔力の消費が大きい魔法よ。でも茜は身体的な代償を支払う代わりに一時的に大きな魔力を集めることができる。よく分かっていないものだから切り札としてそれこそパーティーに危険が迫った時にしか使わないと決めているけど。もちろん誰でも出来ることではないし、これも私の勘みたいなものだと私たちは考えているわ。」


 確かに限界を超えて魔力を集めるという話は、俺も聞いたことがなかった。

 能力者の世界をあまりにも知らなかったおかげで茜ちゃんが魔法を使った代償として若返ったという話に特に疑問を抱くことはしていなかったのだが、能力者の世界でも珍しい話のようである。


「たぶん今回は今までで一番魔力を使ったと思う・・・。だって今までで一番成長が遅いから。」

「茜ちゃん・・・。」

「使ったこと自体に後悔はしてないけどね!」


 不安そうな表情を無理やり笑顔に変えて茜ちゃんがそう言った。

 初めて会った時に通常よりも睡眠は必要だが元の年齢まで数十倍の速度で成長するという話を聞いたが、茜ちゃんの不安そうな表情が表すように茜ちゃんの姿は出会ったときと全く変わっていないのだ。


「・・・ともかく茜のおかげで僕たちはボス部屋から撤退して一度態勢を立て直す時間を得られたんだ。だが、いくら茜の魔法と言えども効果の続く期間は有限。僕たちは撤退後すぐにこれまでの経験から効果を1カ月と見積もって再びボス部屋に挑むことを決定したんだ。そして我々にとっては幸運なことにセイラさんやミツハルさんの知り合いだった陽向くんを迎え入れることができ、足りなかったピースも埋めることができた。少し余裕をもって日程を組むとそろそろボスに挑む必要がある。ここまでの話で分かったと思うけど、これが僕たちが30階のボスの攻略を急がなきゃいけない理由かな。」


 それまでしばらくミサキさんに話の進行を任せていたカケルさんがそう話を締めた。


「分かりました。」


 俺は一呼吸置いてからシンプルにそう返事をした。

 カケルさんやミサキさんが色々と丁寧に説明をしてくれたおかげで現時点での疑問は一切残っていないのだが、大きなしこりのような感情が心の中でどうしようもなくつっかえている気がしてならなかった。

 気の利いた言葉でも返すことができればいいのだが、俺の今の感情は言葉に表すことが難しく、かといって適当に言葉をかけるのも違う、と俺の本能が訴えていた。


 しかし感情を言葉に表せなくともこれだけは強く、強く感じる。


(俺もこの人たちの本当の仲間になりたい。)


 メンバーの誰しもが他のメンバーのことを思いやり、そして実際の行動に移した。

 これまでパーティーで上手くいかずソロでの経験もある俺としては、ファイブスターズのメンバーの関係性は眩しくも羨ましくも思えるもの。


 言わずもがな簡単に茜ちゃんの魔法で扉をふさいだ事実だけを話すという選択もできたはず。

 しかし初対面の時から俺に皆が明るく振る舞って、これまであった気付かれないように必死に隠していたをことを打ち明けてもらえたのだ。


(受け身でいてはだめだ。)


 果たして偶然なんてものがこの世に存在しているのだろうか。

 能力者としての覚醒、ファイブスターズや桐生さんとの出会い、そして30階のボス戦への参加。

 当たり前のことだが一つ一つの出来事が川の流れのようにつながっていることを感じる。


 その流れの中でも自分の役割というものが少しずつ見つかりつつある、そんな気のする瞬間だった。



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